33話
「平蔵くん、そろそろどかない?」
ほっぺをつんつんしてみたけど、つーん。こうかはいまいちのようだ。
「おねえちゃん、そろそろごはんの準備したいなーって」
ごはんと聞いて耳がピクッとしたけど、つーん。こやつめ、長期戦の構えか。
詩子の家にお泊りしてからしばらく、ずっとこんな感じである。どうもあの一晩は相当寂しかったらしく、普段そっけないお姉に甘えたり、夜はずっと私のベッドで寝ていたらしい。寂しい思いをさせたのは悪かったけど、この子はこんなに甘えんぼだっただろうか。もうすぐ学校始まるんだけど大丈夫かな。
今日も午前中の諸々が終わって、お昼前にひと息つこうとリビングのソファに座ったのが運の尽き。膝の上で丸まって離れなくなってしまった。
耳裏をかいかいしても、顎をうりうりしても、肉球をぷにぷにしても、背中をなでなでしても、お尻をもみもみしても、つーん。お尻に至ってはもっと揉めと言わんばかりに押し付けてくる始末である。なんでだよ、気に入ったのか。
無理矢理どかそうとしても爪をたてて抵抗するんだよね。オキニのスウェットワンピが傷むから止めなさい。
「どう?」
お姉が様子を見に来た。顔笑ってるじゃん。
「相手は籠城の構えにござる」
「さようでござるか。お昼はあたしがやるから、しばらく甘えさせてあげなさいな」
「へーい、よろしく」
仕方ない、末っ子くんのリクエストにお応えしてお尻を揉んであげよう。……うーん、毛がしっとりなめらか。指で梳るとうっすらまとわりついて、すっと流れる。上質のスエードみたいな触り心地。この気持ちよさ、ブラッシング職人がいい仕事してますねえ。ブラッシング職人は誰だって? 私だよ。
お尻もあったか、もっちり、ぷにぷに。なにこれ、一生揉んでられるわ。雑貨メーカーは今すぐ猫のお尻スクイーズを商品化すべきだね。きっと億単位で売れる。いや、むしろ玲花さんのコネとか借りて私が出すか。玲花さんにもこのお尻を味わってもらえればマッハでゴーサインが出るに違いない。全人類、猫のお尻を揉んでハッピーになろう。
「んにゃあ」
「んー? 気持ちいいかにゃー?」
「にゃう」
「そっかー。おねえちゃんも気持ちいいにゃー」
でろでろに蕩けてるであろう私たちを見て、お姉がくすくすと笑っていた。晩酌配信のネタが増えた気がする。
かわいいのはいいんだけど、ずっとこの調子だと流石にちょっと困る。移動は許してくれたけどずっと抱っこはなあ。平蔵くんもそろそろ体重が5キロとかになってきたし流石にちょっと重い。
それにトイレにまでついてくるのはちょっとね。さすがに外で待たせた。……もちろんちゃんと拭いてるし洗ってるけど、トイレ出たばっかの乙女に鼻をふんふんさせるのはやめようね。
平蔵くんは基本的にとても聞き分けがいい子で、お風呂や爪切りも抵抗せずにやらせてくれる(凄い嫌そうな顔はする)んだけど、ここまで引っ付き虫になるのはちょっと困ったな。叱るべきか? 躾も大事だし。
……叱る? この子を? 無理無理無理。
「平蔵くんは困った弟くんだにゃー」
「にゃ?」
「おねえちゃんを困らせる弟くんはお仕置きが必要かにゃー?」
「にゃうにゃう」
「んーそっかー。おねえちゃんが悪いかーそうだにゃあ」
し、仕方ないね。もうちょっと甘えさせてあげれば気も済むだろうしね、うん。叱るのはやめておこうね。仕方ない仕方ない。
夜はまた配信予定があるけど、昼のうちにいっぱい遊んであげて早く寝てもらおう。
★
計 画 通 り。にちゃあ。
お昼の間にボクシングしたり猫じゃらししたりボール遊びしたりと遊びまくった結果、平蔵くんは配信の時間の前にすやすやと寝てしまった。寝顔もかわいいね、うん。
離れるとむずがるので、PCデスクの前に座りながら膝の上に載せて左腕で支えてる状態だけども。重いぞ。
今日は珈原こまめさんとコラボらしい。特になにか企画があるわけではなく、時間あいそうーじゃあコラボしよかーおkーなにするー? マルカでもやろーおkー、みたいな緩いコラボらしい。
で、マルカか。説明不要の世界一売れてるレースゲームだね。主人公のイタリア人のマルコさんも副業のレーサーのほうが儲かることになるとは夢にも思わなかっただろう。やだねえ、あたしゃ配管工であってレーサーじゃないんだよ。でもマルちゃん、配管工の仕事してたの最初のほうだけだったよね?
リスナーさんも早いもの勝ちで参加してもらいつつ何戦かプレイした。といっても私の左腕は平蔵くんが占拠しているので、もっぱら片手プレイである。コンフィグをいじれば片手でもプレイできるんだけど、できるというだけでやりやすいわけではない。むしろ難しい。
そもそもカートはそれなりにはやってるけど、積極的に極めようっていう気はあんまりないのよな。やっぱり戦うゲームが好きだし。
『今日は魔王様おとなしいな』
『片手プレイらしいしさもありなん』
『それでも上位には入ってくるんだな……』
「や、あんまり騒ぐとせっかく寝かせた猫が起きてきそうで」
「最近ずっとべったりだものねえ」
「そうなんだ。なにかあったの?」
事情を話すと、あるある、とか、うちのお猫様もそれぐらい甘えてほしいとか、猫好きからと思わしきコメントが大量に返ってきた。
「猫かー、いいなあ。あたしもペット飼おうかなあ」
「是非猫を飼いましょう。日々の生活が潤うこと間違いなしです。なんならペットショップお付き合いします。うちの子はアメショなんですけど、スコティッシュフォールドとかもちっちゃくてかわいいですよね。毛の長い子がタイプならメインクーンとかラグドールとか、あと日本だとあんまりみないらしいですけどミヌエットとかもかわいくて」
「よーし、一旦落ち着こうね」
『オタクくんすっごい喋るじゃん』
『猫はオタクっていうのかなあ……?』
『猫好きなのはよーくわかった』
『猫>>>>魔王』
おっと、つい早口になってしまった。でも猫好き仲間が増えることはいいことだよ、うん。
で、次のメンツが揃って、もうすぐ始まるってところで
「んにゃあ」
「あれ、起きちゃったか」
平蔵くんが起きてしまった。うん、目がちょっととろんとして顔がゆるっとしてるから、本格的に起きたわけじゃなさそうだね。ちょっと構ってあげればまたすぐ寝そうだ。
「すみません、猫が起きちゃったのでしばらく静かになりますね」
「えー? 音声乗っけたほうが撮れ高になりそうじゃない?」
「や、流石に恥ずかしいんで……」
「うーん、しょうがないか」
猫に構うときは文字通り猫なで声になるからなあ。さすがにちょっとね。
えっと、ミュートミュート……あ、こらこら、もぞもぞするな、マウスをてしてしやろうとするんじゃない。ちょ、もう、大人しくしなさいってば。
「こらこら、大人しくしててってば、もう」
『ん?』
『あれ、ミュートしたのでは』
『気づいてない?』
「大人しく寝ろにゃー」
「にゃーう」
「にゃう?」
「んにゃ、にゃ」
「そうだね、おねえちゃんもそう思うにゃ。だから早く寝ようにゃ」
『かわいい』
『声があまーい』
『本格的に気づいてないぽいな』
『ちょっと面白そうなんでこのまま行きます。バレないように協力求む <緋影レン>』
『だいじょぶそ? <珈原こまめ>』
『たぶんいいもの見れる<緋影レン>』
『そういうことなら、まあ』
『姉が許可したらな仕方ないな』
『悪く思うな、妹ちゃん』
やれやれ、やっと大人しくなった。えっとレースは……やば、もう始まるところだ。慌ててコントローラーを握り直す。うん、案の定出遅れた。
マルカは順位が低いほど強力なアイテムが出るけど、それでもぶっちぎりで差をつけられると逆転するのは困難だからある程度はレースの腕前も求められる。だいぶ慣れてきたとはいえ片手やりにくいな。更に平蔵くんがもぞもぞするので気が散る。コメントとか見てる余裕が全然ないや。
えっと3周中2周目が終わって現在10位か。ちょっと厳しいかなあ。とりあえずアイテムアイテム……お、キラーきた。
「キラーどーん」
「にゃーん?」
「どーん」
「んにゃ?」
「にゃーん」
「にゃうにゃう」
『かわいい』
『なんだこれw』
『ここが楽園ですか』
『だいぶ追い上げたな』
『でもこのままだとトップは難しそうだが』
キラーが終わって6位まで追い上げた。トップとの差はあんまりなさそう? 割と団子状態みたいだし。
えっと、次のアイテム……うお、スターだ。この順位でも出るんだ、らっきーらっきー。
すぐ使ってもいいんだけど、後ろにいるやつサンダー持ってるぽいな。次のジャンプ台あたりで仕掛けてきそう。でも位置取り的にこのコースのことはあんまり知らなさそうだな。
次のジャンプ台に入る。角度を調整して…3,2,1,ここ。スター発動。
『ふぁ!?』
『ショトカ? こんなとこに?』
『300時間やってるけど知らんぞこんなショトカ』
『サンダーもスターで凌いだか』
『やべーこれワンチャンあるぞ』
にゃっはっは、このショトカは知るまいて。私も偶然発見したやつである。角度調整が結構難しいしアイテム吐き出すタイミングでもあるのであんまり上手く行かないんだけどね。
さて、スター残ってるうちに追い上げよう。
「にゃにゃにゃーにゃーにゃーにゃにゃっにゃーにゃにゃにゃーにゃーにゃーにゃにゃっにゃー」
『スターのBGMw』
『かわいい』
『お前さっきからかわいいしか言っとらんやないか』
『気持ちはわかる』
『ゴボウ抜きィ!』
『コーナリングえぐいて』
「にゃにゃっにゃっにゃっ、にゃっ、にゃっ」
『それ本家や』
『スター切れたあとってこのBGMが脳内再生されるよな』
『マルコさん(イタリア人)は日本人のDNAに染み付いているからな』
『日本人とは一体何だ……?』
3位まで追い上げた。コースもあとちょっとで終わる。アイテムは、えーと、赤コウラか。前の二人がバナナと緑コウラ持ってるな。んでちょっと後ろから追い上げてきた一人がサンダーもってる。タイミング的に次のコーナーでサンダーが……おし、1位の人がサンダーくらってバナナをロストした。ついでに落っことしたバナナに2位の人がひっかかった。うへへ、らっきーらっきー。こっちもアイテム落っことしたけど、この距離なら逃げ切れる。はい、勝利。
「いえーい。ほらほら見てみて、おねえちゃん勝ったにゃー……寝てるんかい」
平蔵くんが大人しいなと思ったら再びすやすやと寝ていた。寝顔かわいいね、うん。
さて、猫も寝たしレースも終わったからミュート解除を……解除、を?
「……え?」
「お、気付いた?」
「いやーいいもん見れたよレンレン」
「でしょ?」
『かわいかった』
『魔王様の意外な一面』
『切り抜き班、ショトカ部分の切り抜き急げー』
『これは歴史に残る』
「にゃ……」
「にゃ?」
「にゃ~~~~~~!!!!」
alt+F4連打連打、連打ァ!
★
後日、にこぷれ公式から、私がにゃーにゃー言いながらショトカ使って逆転するショート動画が投稿された。
猫語がかわいいとか、ショトカの発見も相まって瞬く間に100万再生を越え、共有ポストに仕込まれていた「#ねこかわいい」のハッシュタグがSNSでトレンド入りした。
さらに、そのハッシュタグを見たVTuber全く関係ない愛猫家の人たちがこぞって愛猫の画像や動画をアップし、トレンドランキングに入った。
さらにさらに、それを見た犬や鳥といった他のペット愛好家も自慢の家族を披露し、ついでに動物園とか水族館とかの公式アカウントもこぞってアピールし始め、Xtterはしばらく動物の画像や動画がトレンドを席巻したらしい。
VTuber関連だとアイに猫耳が生えたイラストがいくつか投下され、ついでに「にゃーにゃー歌いながらゴボウ抜きしていく様がシュール」と受けとめられたのか、私が過去にプレイしていたゲームににゃーにゃー歌ってるBGMに差し替えられた動画がいくつか投下されて何十万回と再生され、「シュールすぎて面白い」「サイコパスのそれ」「最近の魔王は猫族なのか」などというコメントが添えられた。
なんでだよ。




