32話
さてさて、お腹もいっぱいになったし出店もあらかた冷やかしたし、お参りも済ませてお守り(学業成就)も買ったしそろそろ帰ろうかなってところで
「わっ、わっ」
っと、しーちゃんがバランスを崩したので慌てて支える。うお、ちょ、ちょ、ちょっとっと。結構本格的にバランス崩したな。どうしたんだろ。
「だいじょぶ?」
「うん……あぁでも、これ……」
しーちゃんが裸足の右足をぷらぷらさせた。下駄の鼻緒が切れちゃったのか。
えーと、とりあえずどこかに座ろうか。と言っても座れる場所あるかな。
「たしかそっちにベンチがあったと思う」
しーちゃんに肩を貸しながらの案内に従って移動する。出店が並んでる参道から外れた、ちょっと暗がりになってるところにベンチはあった。ここは末社の近くかな。暗がりでこういう建物の近くはちょっと怖いね。いや神様を祀ってるとこだってことは分かってるんだけども。
喧騒が少し遠くなって、虫の鳴き声がよく聞こえる。虫除けリング着けてきてよかったな。
そういえばこんなこともあろうかと、おばさまから手ぬぐいを持たされてたんだった。
「ちょっと貸して。直してみる」
「え、出来るの?」
「やったことないけど、まぁ検索すればなんとかなるでしょ」
助けてグー◯ル先生。……ふむ、なるほど。手ぬぐいを通して5円玉をストッパーにするのね。
手ぬぐいを引き裂いて細くし、鼻緒に結んで補強する。なかなか新鮮な体験で面白いぞ、これ。
「……あーちゃんはなんでもできるね」
「んー? そんなことないよ」
「そんなことあるよー。それに比べて、今日はダメダメだ、わたし」
しーちゃんは背もたれに背中を預けて空を見上げた。……目が少しきらきらしていたのは見なかったことにしておこうね。
「ちょっとだけ話したよね、中学の時のこと」
「さっきのやつら?」
「うん。あいつらだけじゃないけどね。大なり小なりみんなあんな感じ。あいつらみたいに露骨に攻撃してくるやつもいたし、笑顔で接してきたかと思ったら陰口叩いてるやつもいたし。ほんと、嫌になっちゃう」
「……大変だったんだね」
「ん……高校に入って、あーちゃんやクラスのみんなと仲良くなれて、吹っ切れたつもりだったんだけどなあ。せっかくあーちゃんとの夏の思い出なのに、水をさされちゃった」
中学、か。不幸自慢するわけじゃないけど、私も中学時代に苦い記憶がある。いや、友だちは多かったし今みたいにぎゃるぎゃるもしてたけどね。
強い雨と風の日、自宅で裸で抱き合ってる母親と知らない男、両親の争う声、眦を釣り上げた母親の顔。……脳裏に浮かんだ嫌な記憶を振り払う。
嫌なことをガムみたいに繰り返し噛み締めるのはもう止めたんだ。そんなことに、あんな連中のために時間を使うより、もっと有意義に、未来のために時間を使おうって、私はあのひとりの家で決めたのだ。
うん、そうだよね。そのほうが絶対いい。
「はい、ちょっと試してみて」
「あ、うん。ありがと」
鼻緒を応急処置した下駄を手渡した。しーちゃんは立ち上がって感触を確認する。ん、大丈夫そうだね。
「大丈夫っぽい。ありがとね、あーちゃん」
私も立ち上がって、そのまましーちゃんを思いっきり抱きしめた。
背中に手を回して密着し、肩口に顔を埋める。息が髪にかかって、心臓の音まで聞こえてきそうだ。てかめっちゃいい匂いするな、しーちゃん。
「あ、あーちゃん?」
「思い出なんてさ、これからいくらでも作れるよ。
「夏は終わっちゃうけど、秋も、冬も、次の春もずっとさ。いっぱい楽しいことして、美味しいものとか食べてさ。そんで幸せになってやろうよ。幸せになって、見返してやろうよ。ざまあみろ、私はこんなにも幸せになってやったぞ、ってさ」
「……」
「しーちゃんがいいなら、私はいくらでも一緒にいるからさ。ね?」
顔を離して、とびっきりの笑顔でしーちゃんに微笑みかける。
「……詩子」
「うん?」
「詩子って呼んでほしい。さっきは呼んでくれたでしょ」
「しーちゃん、のほうがかわいくない?」
「かわいいけど、名前で呼んでほしいな」
「わかった。……し、詩子」
うお、なんかめっちゃ照れるな。顔に熱が集まってくるのを感じる。なんだこれ。
「ありがと、愛。──うん、そうだね。二人でたくさん思い出つくって、前を向いて、幸せになろうね」
よかった。……ん? 二人で?
どういうことかと尋ねようとしたとき、空が明るくなって、ドーン、という音が響いた。え、花火?
「あ、たぶんこれ隣の市でやってるお祭りの花火だよ。今年は同じ日にやってるんだった」
ほー。
雲ひとつない夜空に、次々と花火が打ち上がる。赤、緑、青、色とりどりの花が絶え間なく夜空に咲いていく。
「綺麗だね」
「うん。――ほんと、綺麗」
喧騒も遠くなった暗がりで、私たちは抱き合ったまま、ずっと花火を見上げていた。
★
花火が終わったあと、ご家族にお土産を買って志津木家に帰り、浴衣を返して、お風呂をいただき、今しーちゃん…詩子の部屋でドライヤーをかけている。詩子は入れ替わりでお風呂だ。さすがに一緒に入るのはね、家庭用だから二人だと狭いし。
詩子の部屋はなんというか、全体的に白とピンクとかわいい小物、ぬいぐるみで構成されたいかにも女子って感じの部屋だ。服以外は殺風景な私の部屋とは大違いである。
しかし慣れたものとはいえ、長いとドライヤーが面倒なんだよなあ。てっぺんも大分プリンになってきたし、もうすぐ学校も始まるから黒に戻さなければ。
……いっそついでに切るのもありか? 長いといろいろ遊べて楽しいんだけど、短いのもちょっと憧れがある。ウルフとかかっこいいよね。
髪の手入れが終わって手持ち無沙汰になったのでスマホでYuuTubeを開くと、お姉が配信していた。ん? 晩酌配信?
珍しいな。お姉ってあんまりお酒飲まないんだよね。冷蔵庫に入ってるのもあんまり見ないし。全然飲めないってわけでもないみたいだけど。
【それでね、猫と遊んでる時の妹がね、もうかわいいのなんのって】
なに話してんだおい。
【一緒ににゃーにゃー言いながら会話? してたりしてね。にっこにこでね、もう、かわいい】
『もう聞いた』
『何回目よこれ』
『まぁ微妙に言い回し変えてるし……』
『誰だよシスコンとかないって言ってたの』
『シスコンは、ありまぁす!』
【シスコンとかじゃないわよー。全然、シスコンじゃないし】
『はいはい』
『シスコンはみんなそう言うんだ』
『これアーカイヴを妹ちゃんが見たらどうなるんや』
【アーカイヴは爆散する予定だからだいじょぶー。あんた達が黙ってれば誰にもバレないわよぉ】
『ウッス』
『俺達の胸の中にしまっておくね』
『お嬢のチャンネルの規模で完全秘匿は無理がねーか』
『酒の席での話ってことでひとつ……』
見てるけどな。
【猫もう一匹飼おうかなあ。あ、でも、犬もいいわね。犬のほうが愛情表現がストレートだし。犬にデレデレの妹が見たい……そして猫に嫉妬されてご機嫌とってる妹も見たい……】
『あくまで基準そこなんすね』
『お嬢は妹にデレデレやな』
『挟み撃ちの形になるな』
『新参だけど、妹さんいないとこんな感じなんだな』
『いや、お嬢は普段はもっとクールというか……』
『バンギャというか……』
『ヤのつく自由業というか……』
【つーん。今日は妹のこと語れて機嫌がいいから見なかったことにしてあげる】
『ありがた山』
『わいも最近知ったクチやけど、いいお姉さんじゃん』
『ちょっと意外な一面ではある』
『新参なら無理もない。古参のわいらも知らん顔や……フフフ……誰これ』
『知らんのかい』
『うちも姉いるけどこんなに妹思いやないで。もっと扱いが雑』
『俺も。よくパシられてたわ』
【んー……妹もあの歳で色々と苦労してるから。幸せになってほしいのよ】
……しょうがないなあ、もう。
『そんなふうには見えなんだが』
『俺らの知らないところで色々あんでしょ』
『魔王さんちの家庭事情』
『なんかそんなマンガあった気がするな』
『あんまり酔っ払わないようにね <緋影アイ>』
『あ』
『やべ』
『消せ消せ消せ』
【……配信終了! アーカイブ爆破!! おつ!!!】
『おつ』
『乙』
『おつカレー』
『ドリアー』
『バーモントー』
配信が終了した。やれやれ、何をやってるんだか……。
しばらくして詩子が戻ってきた。白いパジャマに身を包んで肌が上気した詩子は、なんだか色っぽい。
「おかえり」
「ただいま。……なに見てたの?」
「んーYuuTubeとか」
「そうなんだ。どんなの見るの?」
「最近はVTuberかなあ。結構面白いよ」
「ふうん。わたしはあんまり見たことないなあ。てゆか愛って結構オタクだよね」
「えっ」
そ、そうかな……。いや、たしかに元々ゲーマーだし、最近はBLやらなんやらにハマってたりもするけども。
そうかー、私はオタクだったのか……いや、いいけどね。偏見があるわけでもないし。
その後はお互いの見るチャンネルとか色々おしゃべりして、日付が変わる頃にベッドに入った。
詩子がどうしてもと言うから一緒に寝ることになったけど、シングルのベッドに二人はやっぱり狭い。ほとんど密着に近い距離だ。詩子とは1年ちょっとの付き合いだけど、こんなに距離が近くなったのは初めてかもしれない。
ベッドに入ってからも小声で喋って、時折クスクスと笑って、いつの間にか私は眠りに落ちていた。
★
朝起きて一番に目にするのが大好きな人の顔。こんなに幸せなことってあるだろうか。外はまだ暗い。カーテンの隙間から見えた空は少しだけ白が差していた。
あーちゃん。愛。わたしを救ってくれた人。大好きな人。愛しい人。
いつもはメイクばっちりな愛も、寝るときはさすがにすっぴんだ。でもかわいい。メイクなんてしなくて、愛は十分かわいいと思う。こんなにかわいくてなんでもできるのに、いつもちょっとだけ自信なさげなのはなんでかな、とも思う。
人差し指で愛のくちびるをそっと撫でる。少しだけかさかさしているそのくちびるに、起こさないように気をつけながら指を這わせ、その指で自分のくちびるをそっとなぞる。
我ながらキモいことをしてる自覚はある。
……焦らずに行こう。世間がいくらか寛容になったとはいえ、同性の友だちと結ばれることがどれだけハードルが高いかは、わかってるつもり。
彼女の側にいるために、色々と手を回してきた。クラスの裏ラインで「男子に興味はありません。皆瀬さん一本狙いで行くから、邪魔しないでくれたらこっちも邪魔はしません」とはっきり宣言したし、日頃から笑顔やスキンシップは欠かさないようにしてきた。理解してくれたクラスメイトのみんなには感謝しかない。
でも、わたしがまずやるべきだった努力はそれじゃなかったのかもしれない。こんな姑息な根回しじゃなくて、もっと根本的なこと。
強くなりたい。この人の隣に胸を張って立っていられるように。この人が折れてしまったときには、側で支えてあげられるように。
二人で幸せになるために。




