31話
夏休みもそろそろ終盤。今日は夕方からしーちゃんの家にお邪魔して、浴衣を着せてもらって神社のお祭りに行って、そのままお泊りする予定なのだ。何気に浴衣は初めて着るからちょっとわくわくしている。
志津木家は家は一軒家で、お爺さんが建てた家をリフォームしたらしい。淡いクリーム色の外壁は真新しく、小さいけど庭もあって、お爺さんが育てているらしい花壇や鉢植えが並んでいる。
玄関からお邪魔して、居間にいるご家族に挨拶する。家族構成は会社員のお父さんと専業主婦のお母さん、父方のお爺さんとお婆さん、そして大学生のお兄さんがいる。ただ、今日はお兄さんはいないらしい。ちょうどお兄さん以外は居間にいたようだ。
「こんばんは、お邪魔します。今日はお世話になります」
「待ってたよ、いらっしゃい」
「よう来たよう来た。相変わらず何もない家だがゆっくりしていきなさい」
今でこそこんなににこやかに歓迎されてるけど、1年の時に最初に遊びに来たときははすんごい訝しげに見られて大変だった。そりゃまあ、真面目だと思ってた娘がいきなりギャルい友だち連れてきたら警戒もするわな、うん。何度か顔を合わせるうちにちゃんと誤解は解けて、今ではこの通りとてもよくしてもらってるけどね。
1年の頃といえば、お姉に「在宅勤務を始めるからしばらく友だちとかを呼ぶのは遠慮してほしい」と言われてたのだけど、今考えるとあれはVTuber活動のためだったのだな。
★
着付けはおばさまがやってくれるらしいので、荷物をしーちゃんの部屋に置いてからおばさまの部屋に移動する。今回着せてもらう浴衣はおばさまが若い頃に着ていたもので、おばさまのお母さん(つまりしーちゃんのお婆さん)から受け継いたものらしい。そんな大事なものを他所の家の子に貸していいのだろうか、普通実の娘が着るんじゃないのかな? と思ったけど、しーちゃんは先日、そのお婆さんに浴衣を新調してもらったのでそっちを着るらしい。
「じゃあ、まずは袖を通してね」
えーと、まずは羽織って袖を通すんだね。ちなみにおばさまはちょっとびっくりするぐらい美人で、親世代とは思えないほど若々しい。服を揃えて娘と並んだら親子というよりは姉妹に見られかねないレベルだ。あとしーちゃんはお母さん似だな。
「愛ちゃん相変わらず細いわねえ。ちゃんと食べてる?」
わひゃひゃひゃ、おばさまに脇腹を撫でられた。くすぐったいってば。
「た、食べてますよ」
「本当? 足もこんなに細くて…おばさん心配になっちゃうわ」
「お母さん、あーちゃんにセクハラしないで」
「はいはい、妬かないの」
しーちゃんが唇を尖らせて言った。しーちゃんは浴衣を着慣れているらしく、自分でするすると着付けて帯まで結んでいた。彼女の浴衣は白地に藤の花が描かれた華やかなもの。帯が暗めのえんじ色で、浴衣の華やかさを落ち着かせて全体的に大人っぽい雰囲気に仕上がってる。いつもと違うしーちゃんにちょっとドキドキするね。
私の浴衣は深い紺色の生地に白と淡い紫で牡丹が描かれてて、帯は…これは梔子色というのかな。赤の入った温かみのある黄色で、真ん中あたりに白で市松模様が描かれててかわいい。浴衣が落ち着いた雰囲気だから帯で華やかさを増してる感じだね。
ちなみに浴衣のときは下着を着けないという都市伝説があるらしいけど、普通に線の出ない下着を着るし、襦袢という専用のインナーもある(ロングスリップとかでもいいらしいので今回は家から持ってきた)ので、紛うことなき都市伝説である。というか下着つけなかったら色々擦れて痛いじゃんね。
「詩子、着終わったんならおばあちゃんに言って下駄を用意してもらってきて」
「はーい」
しーちゃんはぱたぱたと出ていった。浴衣ってちょっと歩きにくそうだと思ったけど、ああやってちょっと歩幅小さめに歩けばいいのか。
「今度は晩御飯も食べにいらっしゃいな。ああでも、愛ちゃんなら一緒に作るのも楽しそうねえ」
「詩子ちゃんにもこの前ちょっとレクチャーしましたよ」
「あの子はねえ……手伝ってくれようとするのはいいんだけど、まだまだ危なっかしくて。ハラハラするのよ」
「わかります……」
「ああいうところは、お婆ちゃんに似たのねえ」
同居してる父方のお婆さんもやっぱり料理が苦手で、お嫁入りするにあたって必死に覚えてなんとかなったそうだけど苦手意識は抜けなかったらしく、おばさまがお嫁入りしたら全部任せるようになったらしい。なるほど、血筋かあ。
おばさまが体に手を回し、浴衣を調整しはじめた。おはしょりっていうんだっけ? こうやって着丈を調整するらしい。
「愛ちゃん、改めてありがとうね」
「え?」
「詩子と友だちになってくれて。あの子は中学まで人間関係に苦労してたみたいだから」
あぁ、そのことか。
友だちのことをこういうふうに評するのはちょっとモヤッとするんだけど、しーちゃんは正直、同性受けが悪いタイプだ。
しーちゃんは顔がいい。そのへんのアイドルとかでもちょっと相手にならないぐらいには顔がいい。
この顔がいい、というのは女子のコミュニティにおいて最強クラスのステータスで、上手く立ち回ればこれだけでカーストトップに立てたりもする。ただ、それと同時に嫉妬の呼び水にもなりやすい。しーちゃんみたいに男子と付き合うでもなく、女子とも壁を作るタイプはなおさらだ。顔がいいからって男をえり好みしている、自分以外の女子を見下して調子に乗っている、と捉えられてしまうのだ。本人の意向は関係なくね。
実際、入学当初のしーちゃんは誰に対しても壁があったと思う。聞いた限りだと小学生の頃から女子の嫉妬に晒されてたみたいだから、防衛本能みたいなものが染み付いちゃったんだろうね。しーちゃんはそのあたりの立ち回りがあまり上手くないタイプなのだな。
今みたいに親友とか、強い関係性をもつ相手(面映ゆいけど私だ)や仲のいいグループといれば大分緩和されるんだけどね。
「おばさんたちも気にはしていたんだけど、親の立場で出来ることはあまりなくてね。愛ちゃんの隣ではあの子も随分楽に息ができているみたいだから。よかったらこれからも仲良くしてやってちょうだいね」
「こちらこそですよ」
よかった、とおばさまは微笑むと、てきぱきと残りの着付けを終えた。今のお話をするために最初はわざとゆっくりやってたのかな。
「はい、できた。うんうん、かわいいわね」
姿見で全身を見せてもらう。おお……我ながらかわいいじゃないの。浴衣の大人っぽいシックさと帯のかわいさが絶妙なバランスだ。あーでも、髪を黒に戻してくればよかったなあ。明るいとちょっとチャラっぽくてこの浴衣には合ってない気がする。髪はローポニーにして和柄のクリップでまとめた。ポニテでもいいんだけど、あれは長時間やってると頭が痛くなるからちょっと苦手なのだ。
スマホで写真を撮って、お姉に送る。あと玲花さんと結衣子お姉さんにも送る……おう、3人から爆速でかわいいスタンプが送られまくってきたぞ。いやいや、送りすぎ送りすぎ。通知がマッハでたまっていく。
「用意してもらってきたよー。あ、あーちゃんかわいい」
しーちゃんが戻ってきたので、他のご家族にも浴衣を見せに行く。
「よく似合ってるじゃないか」「うんうん、婆ちゃんの若い頃にそっくりだ」「お爺ちゃん、それ若い子がいちばん反応に困るやつですよ」「そ、そうか……?」「そうですよ。ああでも、なんだか孫が増えたみたいで楽しいわねえ」「はっはっは、違いない」
あはは…うん、いいな、こういう雰囲気。
……しーちゃんへの嫉妬は、私にもある。こんなに優しくて暖かい家族がいるのに、何が不満なんだ、ってね。
もちろん、これはしーちゃんに何か非があるわけでもない。ただの私の個人的な事情からくるものだ。このように、嫉妬という感情は厄介なものなのである。
★
夕暮れの街にからん、ころんと下駄の音が響く。やっぱりちょっと歩きにくいのでしーちゃんと手を繋いでいる。いや、普段から繋いでるけどね。
お祭りの日だけあって夕暮れ時でも人が結構歩いてる。親子連れ、カップル、友達グループ。浴衣を着てる若い女子は珍しいのかちょいちょい見られるし、年配の方に「かわいいわねー」なんて声をかけられたりもする。ちっちゃい子が浴衣着てはしゃいでるのを微笑ましく見守りつつ、あれが食べたい、子どものときはあれ食べてた、なんて話しながら歩く。
夏の夕暮れ、ヒグラシの声、下駄の音。うーん、風流だね。ないはずのノスタルジックな記憶が蘇るぜ。
「あれ、志津木じゃん」
同世代ぽい女子二人組がしーちゃんに声をかけてきた。
……あんまりいい声色じゃないな。というか変な服着てるなあ。ベージュの安っぽいレーストップスにやたら短い黒のミニスカ。もう一人は白のオフショルにデニムのショートパンツ。でも靴はなんか普通のスニーカーだし、髪もちょっと野暮ったいし、メイクは……なんだこれ。20代向けのファッション誌に載ってたのをそのまま真似したみたいな感じ。
なんか全体的にちぐはぐというか、無理して背伸びしてる感が半端ない。
「南原に西山……」
「へー、いい浴衣着てんじゃん。それでまたオトコひっかけにいくわけ?」
「……」
「相変わらずだんまり? ツラはよくても陰キャなのは変わらないんだ、ウケる」
……ふーん、なるほど。察するに中学までの同級生で、しーちゃんに辛くあたってた連中か。
二人はしーちゃんに言いたい放題いい始めたけど、しーちゃんは黙ったまま。……これが、中学時代のしーちゃんの日常だったんだろうか。こんな連中に3年も付きまとわれてたんだろうか。
……しーちゃんの前に立った。
私はね、勝負事は好きだけど揉め事は好まないし、悪意を向けられるのは普通に怖い。みんな笑ってハッピーエンドが一番だと思ってる楽観主義者だ。
でもね
「な、なんだよお前」
友だち攻撃されて黙ってられるほどビビリでもないしお人好しでもないんだ。
「人のことどうこう言う前に鏡見たら?」
「は、はぁ?」
「なにそのだっせー服と髪型。背伸びしすぎてて似合ってないし、そういう服着るならもっとダイエットしなよ」
「な、おま」
「あとメイクも全然ダメ。大人っぽくしようとして失敗してるの丸わかり。すっぴんのほうがマシだわ」
最近忘れがちだが、私はギャルである。髪は染めてるし、顔はまあしーちゃん程ではないけどそこそこいけるし、メイクもお姉直伝のばっちりメイク。つまり、顔が派手だ。
女子同士の戦いにおいて、顔の良さは最強の武器。ましてこいつらみたいに遊び慣れてなさそうなやつらはギャルに弱い。
つまり、この場において私は強者だ。
「ちょ、調子のんなし……つうか誰だよお前」
「詩子の親友だけど?」
「は? 志津木に親友?」
「そう。てか調子のってんのそっちでしょ」
「なにこいつ、ウザ……」
「……やろうっての?」
「いいけど、先に周り見なよ」
お祭りの日だしね。この時間でも結構人は歩いている。そして、世間ってのは残酷だ。知らない他人同士が争ってれば、見た目がいい方の味方になる。まぁ今回は言いがかりつけてきたのはあっちだしね。つまり周囲の人に白い目で見られてるのはあっちだ。親子連れのお母さんはそそくさと立ち去っていくし、おじさんやお兄さんは眉をひそめて見ている。同年代っぽい男子のグループなんか今にも介入してきそうだ。
「……行こ」
「くそ……」
南原と西山(だっけ?)はこっちをひと睨みして足早に立ち去った。けっ、おととい来やがれ。
おっと、あんなやつらはどうでもいい。しーちゃんは大丈夫かな。
「しーちゃん、だいじょぶ?」
「……うん、ごめん。ごめんね、巻き込んじゃって」
「いいのいいの、気にしないで」
「ごめん、ありがと……うん、大丈夫」
「そう?」
「うん。せっかくのお祭りだもん、ヤなことは忘れて楽しもうよ」
わたしが言うのは違うかもだけど、と、しーちゃんは力なく笑った。
★
神社の境内は結構広かった。ざっくりだけどサッカーのグラウンドぐらいあるんじゃないかな。
本殿へ続く広い石畳の両サイドにずらっと出店が並んでいて、宣伝してるおっちゃんらの声が飛び交っている。うーん、壮観だね。
焼きそばやたこ焼き、お好み焼きなんかをシェアしながら食べつつ、たまにベビーカステラとかチョコバナナとかを挟んだり。あとリンゴ飴は見逃せない。これ好きなんだよね、かわいいし甘いし。
お腹がいっぱいになったら食べ物以外の出店を冷やかしながら見て回ってたら、ヨーヨー釣りがあったのでやってみた。
10個ほど釣ったところで店番のおっちゃんから泣きがはいったので、ここで勘弁してあげた。いつの間にか小学生キッズたちに囲まれてて「ねーちゃんすげー!」って讃えられてた。ふふん、凄いだろう。ゲームと名の付くものならこの愛さんは無敵なのだよ。
まぁこんなにいらないのでどうしようかと思ったけど、ちょうど近くに未就学児っぽい子どもたちのグループがいたので、保護者の方に話して貰ってもらった。喜んでくれたようでなにより。
おっちゃんもまあ、キッズたちが俺も俺も! と参加し始めたのでトータルでは黒字になっただろう、多分。
お祭りは久々だけど、楽しいね。友だちと一緒だと特にね。
でも、しーちゃんの笑顔には、いつもと違って少し陰りがあったように思う。




