18話
にこっとぷれいの本社は6階あるオフィスビルの上2フロアを使ってるらしい。
親族が経営してるビルだから安くしてもらってるんだよね、とは玲花さん談。やっぱそういう家の生まれなんだなあ。
というか、普通に本社に連れてこられたな…てっきりこの前みたいにどこかのお店でやるんだと思ってた。
地下の駐車場からエレベーターで5Fにあがって、会議室みたいな部屋に通された。中にはお姉とスタッフさん?がいて、私達が入るとスタッフさんは軽く会釈してお茶を出してくれたあと、外に出ていった。
「悪かったわね、玲花」
「いーよん、ひさびさに高校生の若いオーラを浴びれたからね」
玲花さんは座ってお茶を一口飲むと、真面目な顔になってこっちを向いた。自然と背筋が伸びた。
「まず、謝らせてね。ごめんんさい、愛ちゃん。私たちが調子に乗った結果、君を傷つけることになっちゃった」
玲花とお姉が頭を下げる。
いや、大人に頭を下げられると恐縮するんだけど…別にふたりが悪いわけじゃないし。
「頭をあげてください、謝ってもらうことは何も無いです」
「いや、これは大人としてのけじめだからね」
ふたりが頭を上げて、居住まいを正した。
「ある程度事情は聞いてるから、率直に言うね。愛ちゃんがこの先もわたしたちの配信に出てくれるなら、やっぱりVTuberとしての体と、出来れば名前もあったほうがいいと思う」
「絵はたしかこの前描いてたわよね?」
「あ、うん。これなんだけど」
スマホを開いてオンラインドライブに保存してあるデータを見せた。
「よく描けてるねー。もうちょっと手直ししたらこのまま使ってもいいと思うよ」
「デザインはレンに寄せたのね。これなら妹でも違和感なく通じると思う」
な、なんか照れるな。
「話を続けるね。これはわたしたちの不手際でもあるんだけど、愛ちゃんが色々言われてるのって、やっぱり非公式のゲストとして出続けてることで、戸惑ってるリスナーさんがいるからだと思うんだ。顔の見えない相手って、リスナーさんにはノイズになってしまう部分が大きいんだよね。だから、正式にVtuberとしての器を用意して、企業として公認した存在になったほうがいいと思う」
「そんなに変わるものですか?」
「リスナーさんは、やっぱり人を見に来てるからね。入口はそれぞれ違うけど、常連さんになってくれる人はやっぱりライバー本人を気に入ってくれることが多いから、公認や顔のあるなしは大事だと思う」
そう言われれるとそうかもしれない。顔の見えない相手に人間は悪意をふくらませやすいっていうのは私自身の考えでもあるし。
「それはそれとして、もう配信には出ないっていう選択肢もあるのよ?」
「そうだね…わたしとしては残念だけど、大人の都合に高校生の君をいつまでも付き合わせることはできないから」
「あたしは、愛が傷ついてしまうならもうやめてしまってもいいと思う」
「今この場で返事しなくてもいいから、蓮理ともよく相談して考えてみて欲しい」
配信に出ない、か。
それもいいかもしれない。気楽なただの高校生に戻って、配信はリスナーとして楽しむのも全然ありだ。
…今まで関わってきたライバーさんのことを考える。
お姉は、やってるうちに楽しくなってきたから続けてる、と言っていた。
玲花さんは、自分の好きなものを好きと言って、共有するのが好きだと。
にこぷれの他のライバーさんからは聞いていないけど、彼女たちの楽しそうな様子は演技や仕事として、だけではないと思う。
ギャル山さんは、楽しければそれが十分な理由になるんじゃないか、と言ってた。
煌星るみなさんはどうだろう。成功しているとはいい難い彼女がそれでも配信活動を続けてる理由はなんだろうか。楽しいから、なんだろうか。
私は、どうだろう。
最初はただの事故で、次に出たのはお詫びみたいなものだ(報酬につられたのも事実だけど)。その次は…配信活動が楽しかったから、だった。
褒められるのは嬉しい、好きを共有することは楽しい、コメントなんかで色んな人と繋がれるのも真新しくて面白い。
そうか…私自身、配信が楽しかったんだな。楽しかったからこそ、それを手放したくなくて、私を排除したがる言葉が怖くなったんだ。
なら、問題は私自身がどうしたいか、じゃないだろうか。誰かの顔色を伺うんじゃなくて、皆瀬愛自身の意思。
人気あっての商売なんだから色んなリスナーのことも考えるべき? それは一理あるかもしれない。
でもさ、何十万とチャンネル登録者がいて、同時接続が1000人以上、アーカイブも万単位で再生されてるチャンネルで、その全員を満足させることなんて常識的に考えて出来なくない?
にこメンの人たちだって、リスナーに気は使っていても媚びは売ってない。自分たちの楽しさを、好きを共有するだけ。リスナーさんだって、そんなライバーの姿を見て一緒に楽しんでるだけ。
なら、私がやりたくて、それを受け入れてくれる人たちがいるなら、続けてもいいんじゃないだろうか。
きっと痛いことも、怖いこともなくならない。弱い私は、また誰かの心無い言葉に傷つくかもしれない。
でも傷ついたままで終わってしまったら、その楽しさもなくなってしまう。幸い、私の前には選択肢があって、選んで手を伸ばせば引っ張り上げてくれる大人がいる。
だったら、その手を掴むのもいいんじゃないか。我儘に自分の好きと楽しさを人に伝えて、共有してもいいんじゃないか?
「ど、どうしたの愛ちゃん」
「え?」
「凄い百面相してたけど…」
「色々考えてるとこうなるのよこの子」
「「えっ」」
「愛ちゃんも驚くんだ、そこ」
「自覚なかったので…」
そんな癖あったのか、私。さすがお姉はよく見てるな…。
あぁ、そういえばこれだけは確認しておかないと。企業のことだしね。
「ひとつ聞きたいんですけど」
「何かな?」
「私の存在って需要ありますか?」
玲花さんは少し驚いた顔をした。
「そうだなあ。愛ちゃんの影響でゲーマー界隈の人がそれなりに入ってきて、数字が伸びてるのも事実だね」
「今までうちはゲーマーはあんまりいなかったものね。かおりがFPSやってるぐらいで」
「そうだね。今までのリスナー層とは違う人が見てくれてるってデータもあるしね」
「なら、続けたいです」
はっきりと、自分の意志で告げた。不要とは思われてないなら、辞める理由は何も無い。
「…いいの? 無理にここで結論ださなくてもいいんだよ?」
「自分の意志でやりたいって決めました。やらせてください」
玲花さんは私の目をじっと見つめた。私も、目を逸らさずにまっすぐに見つめ返した。
自分の意志で決めたんだ。目を逸らすことはしない。
「意志は固いみたいだね。蓮理はどう?」
「愛が自分で決めたのなら何もいわないわ」
「わかった」
玲花さんはスマホを取り出すと誰かに連絡し始めた。
「それにしても、百面相してる間に何があったのやら」
「皆のことを考えただけだよ。皆が楽しそうだったから、私も楽しいことがしたい」
「たのしーことしたい、ね。レンの妹らしいじゃない」
お姉はくつくつと笑った。そういえば緋影レンの設定ってそんなんだったっけ。
「マネージャーがこっちに来るから、ここで決められることは決めちゃおう。その前に、愛ちゃん」
「はい」
「ようこそ、にこっとぷれいへ! 歓迎するよ!」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして、私はVTuberとしての一歩を踏み出した。
不安がないわけじゃない。苦しいこともたくさんあるかもしれない。
でも、きっと大丈夫だ。私はひとりじゃないし、きっと苦しいこと以上に楽しいことが待ってるだろうから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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