8話 〈最終話〉
この日はオフではあったけど、夜に約束が入っていた。共演した俳優、それも大先輩からのお誘いのため、遅れるわけにはいかない。
名残惜しいけれど、そろそろ出かける支度をしなければ。
「車で出るから、家まで送ろうか?」
「いいよ、逆方向だし。電車で帰るから」
化粧をしてる後ろ姿に声をかける。俺だけの彼女から、外行の姿に変わっていくは、なんとなく寂しい。
映画の途中、洗ったシーツを敷きなおすことももどかしく、リビングで最後までしてまった。
明るい自然光の中でみる美咲の素肌は、暗がりで見るよりも透明感がありキレイだった。
ベッドとは違った雰囲気と、背徳感でたまらない、なんて言ったら、美咲は呆れるかもしれない。でも、本音だから仕方ないか。
「美咲、ちょっと来て」
玄関の横の日当たりの悪い部屋は、中に大きな鏡を置き、衣裳部屋のように使っていた。
「どっちがいい?」
キレイ系のテーラードジャケットか、やわらかい雰囲気のカーディガン。両手にそれぞれ持ってみる。
「カーディガンかな、春っぽいキレイな色だね」
「じゃあ、こっちにするか」
当然、美咲が選んだ方を着る。こうやって、服を選ぶのもなかなか楽しい。ついでに、アクセサリーも美咲仕様で今日は外出しよう。
「いっぱいあるね」
部屋の中をぐるっと見渡し、美咲がこぼした。
撮影時に気に入った服を買い取ることもあるし、先輩にもらった服もある。アンバサダーをしているブランドの物もある。服だけでなく、靴やアクセサリーなど、どうしても物は増える。
「職業柄ね、身なりには気を使わないと。でも、俺はメンバーの中じゃ少ない方かもな。サクヤは古着も好きだし、買い物ばっかりしてりから、この部屋の倍はあるんじゃないかな」
「欲しいものなんて、あるのかな」
「サクヤ?」
「違うよ。まだ先だけど、コウキの誕生日。7月7日だよね。こんなに色々持ってたら、何をあげればいいかわからないよ。まぁ、高級品はとても買えないけど」
ガラス製の飾り棚に置かれた時計を指さされた。
「ここにあるもの、全部が高級品じゃないよ」
最近は口座入ってくる桁が、ガラッと変わった。最初こそ、腰を抜かしそうになったけど、人はすぐに慣れるもの。
物欲は無い方だけど、がんばったご褒美にと、ずっと憧れていた時計を買った。ちょっといい車が買えるほどの金額だった。けれど、学生時代に買った数万円の国産メーカーの腕時計も、今でも大事に使っている。
「格差恋愛だよね」
冗談っぽく言っているけど、たぶん本音なんだろう。
もし逆の立場だったらと、想像すれば気持ちがわかる。
俺は普通の家庭に生まれても育った。10代で事務所に入って、24歳でデビューするまでは、それなり苦労もした。スーパーの仕出し、通販サイトのコールセンター、いくつかバイト経験もある。
「お金で買えるものだけが、欲しいものじゃないけどね」
「なにそれ、愛とか?」
「そうだね。まさしく」
棚からいくつか並ぶ香水を選ぶ。ミント色の瓶を手に取る。手首に吹き付けたあと、美咲の首筋に触れて、同じ香りを付けてあげた。
黙ってされるがまま、俺を見上げているのが可愛い。
「コウキと一緒の香りだ」
アラタがプロデュースした夏の新作の香水。まだ販売前のものだ。
「日向に干したリネンのような香り、だってさ」
「ふふ、洗ったばかりのシーツみたいだね」
そのシーツ、今夜はひとりなのが残念だ。
あと10分もしたら、家を出る時間だ。髪は後ろにさっと流して身支度完了。
「わ、かっこいい」
「今頃、気づいたの?」
触れるだけの、軽いキスをする。
「コウキ、また会えるよね」
「なにそれ」
「なんでもない」
めずらしく、美咲から抱きついてきた。
「さみしくなってきた?」
「うん。だって、こんなに長い時間、一緒にいたのは初めてだもん」
「予定外だったけど、美咲が『帰りたくない』って、駄々こねてくれたおかげだな」
「それは、言わないで」
もうすっかり、二日酔いは抜けたらしい。汗をかいたせいかな。まぁ、なによりだ。
「また連絡する」
「うん」
今度は、しっかりと長いキスする。
たっぷり飲んで酔って、わがまま放題言ったかと思えば、ベッドでは乱れて魅了する。そのくせ、あどけない笑顔を見せる。
俺を振り回すのは、この世界に美咲だけだ。
お読みいただきありがとうございました(_ _)
こちらはコウキ目線の短編ですが、美咲が主人公の本編も執筆中です。また、dulcis〈ドゥルキス〉の他のメンバーの恋模様もぜひご覧ください★
アルファポリスで、2人の出会い編を先行公開しています(_ _)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/595936588