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7/8

7話

美咲が選んだのは映画は、dulcis〈ドゥルキス〉がデビューした年に公開された、ティーン向けのラブコメだった。


当時24才の俺が高校生役を演じている。



ラブコメ映画は、勢いのある若手俳優やアイドルの登竜門。


最近では、ケイタが似たような映画に主演し公開中だ。ケイタは演技には乗り気では無かったが、ハマり役だったこともあり、ヒットしている。


見た感想はまだ、本人に伝えていなかったな。たまには、ちゃんと褒めてやろう。



「原作者のマンガ、私が中学生の頃に流行ってたの」



部屋を少し暗くしてDVDをセットする。


ソファに2人で並んで映画鑑賞か。のんびり、まったり、いい休日だろう。


自分が出ている作品を恋人と見るのは、変な感じだけど。



「テレビが大きいから、映画館みたいだね」


「実はホームプロジェクターを買うか悩んでる。どうせなら、音にもこだわりたいから、映画専用の部屋があるといいのかな」



ジュンがシアタールームを作ったと言ってな。今度、詳しく聞いてみるか。



「一般人の感覚だと、簡単に買えないけどね」


「まぁ、稼いでますから」


「謙遜ゼロだね」



稼いだ金額に相当するのかはわからないけど、無くしたものもあるさ。



「美咲と2人で外出もできないし、せめて、部屋でできることを楽しみたい」


「うーーん、カラオケとか?」


「いいね。美咲の歌声は聞いたことないし」



それなら、思う存分やりたい。レコーディング前の練習もできるようにしたい。そうなると、シアタールームを兼ねて、防音部屋にしないとだめか。



賃貸でどこまでリフォームできるのか、いっそ引越も視野に入れて動いてみるか。


せっかくなら、周囲の目を気にしない、プライベートな庭みたいなバルコニーがある部屋がいい。


バルコニーにテーブルを出してランチをしたり、BBQができたら最高だな。



「あ!コウキの制服姿だ」



あれこれ部屋を妄想しているうちに、本編が始まったようだ。



「原作の印象にピッタリ。かっこいいんだよね、ツンデレ主人公のアキル君」



今のは俺のビジュアルを褒められたのか、作品の登場人物のキャラに対して言ったのか?



「似合うね、シルバーの髪色」


「2回もブリーチをしてから、染めたんだよな」


「最近は黒髪?」


「うん。久しぶり染めるかな」



6月からは新しい映画の撮影もはじまるから、期間限定で明るくしようか。


Instagramのコメント欄に、ファンの子から髪色についてリクエストがあったはず。



「コーヒー飲む?」


「うん」



この映画を見るのは、ヒロイン役の子とプレミア試写会に出たとき以来だ。今より演技が荒削りで、なんか、恥ずかしくなってくるな。



カウターキッキンから美咲の様子を伺う。ソファの前、 毛足の長いラグの上、体育座りをして画面を見ている。


そんなに、食い入るように見られるなんて、画面の中の俺が羨ましいね。



キャラメルがたっぷりかかった、甘いポップコーンがあったのを思い出す。映画といえばポップコーン。定番な組み合わせだ。


皿に入れてコーヒーと一緒に持って行く。



「ありがとう」



画面からは目を離さないまま、お礼を言われる。



「あーーん、して」



ポップコーンを1粒摘まみ、美咲の口の前に差し出した。


昨夜、飲み会の場では渋っていたくせに、今はなんともなしに口を開けた。



「甘い」


「きらい?」


「ううん、コーヒーによく合うね」



俺は美咲の後ろ、ソファに寝転んだ。美咲に手が触れらるれるほど、近くでね。



そのまま、ストーリーは展開していき、クライマックスも近づく頃だ。



ポロリ。



美咲の手から、ポップコーンが落ちる。



俺が演じるアキル君が、ヒロインである数学の先生に、後から抱きついていた。誰もいない、夕焼けの教室。なんて、ベタなシチュエーションなんだろう。



後から、頬にキスをする俺。いや、アキル君。


耳から首筋まで、何度もキスを繰り返すと、ヒロインは振り返り、そして。



「ちょ、ちょっと!」



後から両目を隠され、美咲から抗議の声が上がる。



ティーン向けのわりに、エロいキスシーンだったのを思い出した。


監督からカットがかからず、ずいぶんと長いキスシーンだった。



「いいところだったのに!」



リモコンに手を伸ばされたので、先回りして奪う。停止ボタンを押して、床を滑らせるように放った。



「もう、なんなのよ」


「彼氏のキスシーンなんて見なくていいよ」


「彼氏じゃなくて、アキル君なのに」


「いやいや、俺ですけど」



プッと頬を膨らませて怒る美咲。



「他の女とのディープキス見て、妬かないの?」


「妬いてるよ」



いやいや、まったく伝わらない。



「冒頭からずっと、コウキとデートできていいなぁとか、キレイな人だなぁとか、私もしたいなぁとか、思ってます」


「したいって?」


「え、いや、別に」


「映画を見ながら俺とキスをしたくなったと、そういうことですね」


「ち、違います」


「美咲」



さっきの映画と同じように、後から美咲を抱きしめた。


頬に、耳に、首筋に、ゆっくりとキスをする。



「んっ」



ピクリと美咲の肩が動く。



「映画は終わりにして、キスしようか」


「うん」



長くて、少しエロいキスを堪能する。



時計は3時を過ぎている。そろそろ、シーツは乾いた頃だろう。



どうしようか。


昨夜も今朝も、たくさんしたのにね。


洗い立て、太陽の香りがするシーツの上で、もう一度抱きたいなんて言ったら、呆れられるだろうか。



いいや、きっと受け入れてくれるだろう。



「コウキ、好きだよ」



かわいい声と、とろけるような表情。



そして、美咲は言った。



「映画の続きは、帰ったらV-NEXTで見るからね」


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