7話
美咲が選んだのは映画は、dulcis〈ドゥルキス〉がデビューした年に公開された、ティーン向けのラブコメだった。
当時24才の俺が高校生役を演じている。
ラブコメ映画は、勢いのある若手俳優やアイドルの登竜門。
最近では、ケイタが似たような映画に主演し公開中だ。ケイタは演技には乗り気では無かったが、ハマり役だったこともあり、ヒットしている。
見た感想はまだ、本人に伝えていなかったな。たまには、ちゃんと褒めてやろう。
「原作者のマンガ、私が中学生の頃に流行ってたの」
部屋を少し暗くしてDVDをセットする。
ソファに2人で並んで映画鑑賞か。のんびり、まったり、いい休日だろう。
自分が出ている作品を恋人と見るのは、変な感じだけど。
「テレビが大きいから、映画館みたいだね」
「実はホームプロジェクターを買うか悩んでる。どうせなら、音にもこだわりたいから、映画専用の部屋があるといいのかな」
ジュンがシアタールームを作ったと言ってな。今度、詳しく聞いてみるか。
「一般人の感覚だと、簡単に買えないけどね」
「まぁ、稼いでますから」
「謙遜ゼロだね」
稼いだ金額に相当するのかはわからないけど、無くしたものもあるさ。
「美咲と2人で外出もできないし、せめて、部屋でできることを楽しみたい」
「うーーん、カラオケとか?」
「いいね。美咲の歌声は聞いたことないし」
それなら、思う存分やりたい。レコーディング前の練習もできるようにしたい。そうなると、シアタールームを兼ねて、防音部屋にしないとだめか。
賃貸でどこまでリフォームできるのか、いっそ引越も視野に入れて動いてみるか。
せっかくなら、周囲の目を気にしない、プライベートな庭みたいなバルコニーがある部屋がいい。
バルコニーにテーブルを出してランチをしたり、BBQができたら最高だな。
「あ!コウキの制服姿だ」
あれこれ部屋を妄想しているうちに、本編が始まったようだ。
「原作の印象にピッタリ。かっこいいんだよね、ツンデレ主人公のアキル君」
今のは俺のビジュアルを褒められたのか、作品の登場人物のキャラに対して言ったのか?
「似合うね、シルバーの髪色」
「2回もブリーチをしてから、染めたんだよな」
「最近は黒髪?」
「うん。久しぶり染めるかな」
6月からは新しい映画の撮影もはじまるから、期間限定で明るくしようか。
Instagramのコメント欄に、ファンの子から髪色についてリクエストがあったはず。
「コーヒー飲む?」
「うん」
この映画を見るのは、ヒロイン役の子とプレミア試写会に出たとき以来だ。今より演技が荒削りで、なんか、恥ずかしくなってくるな。
カウターキッキンから美咲の様子を伺う。ソファの前、 毛足の長いラグの上、体育座りをして画面を見ている。
そんなに、食い入るように見られるなんて、画面の中の俺が羨ましいね。
キャラメルがたっぷりかかった、甘いポップコーンがあったのを思い出す。映画といえばポップコーン。定番な組み合わせだ。
皿に入れてコーヒーと一緒に持って行く。
「ありがとう」
画面からは目を離さないまま、お礼を言われる。
「あーーん、して」
ポップコーンを1粒摘まみ、美咲の口の前に差し出した。
昨夜、飲み会の場では渋っていたくせに、今はなんともなしに口を開けた。
「甘い」
「きらい?」
「ううん、コーヒーによく合うね」
俺は美咲の後ろ、ソファに寝転んだ。美咲に手が触れらるれるほど、近くでね。
そのまま、ストーリーは展開していき、クライマックスも近づく頃だ。
ポロリ。
美咲の手から、ポップコーンが落ちる。
俺が演じるアキル君が、ヒロインである数学の先生に、後から抱きついていた。誰もいない、夕焼けの教室。なんて、ベタなシチュエーションなんだろう。
後から、頬にキスをする俺。いや、アキル君。
耳から首筋まで、何度もキスを繰り返すと、ヒロインは振り返り、そして。
「ちょ、ちょっと!」
後から両目を隠され、美咲から抗議の声が上がる。
ティーン向けのわりに、エロいキスシーンだったのを思い出した。
監督からカットがかからず、ずいぶんと長いキスシーンだった。
「いいところだったのに!」
リモコンに手を伸ばされたので、先回りして奪う。停止ボタンを押して、床を滑らせるように放った。
「もう、なんなのよ」
「彼氏のキスシーンなんて見なくていいよ」
「彼氏じゃなくて、アキル君なのに」
「いやいや、俺ですけど」
プッと頬を膨らませて怒る美咲。
「他の女とのディープキス見て、妬かないの?」
「妬いてるよ」
いやいや、まったく伝わらない。
「冒頭からずっと、コウキとデートできていいなぁとか、キレイな人だなぁとか、私もしたいなぁとか、思ってます」
「したいって?」
「え、いや、別に」
「映画を見ながら俺とキスをしたくなったと、そういうことですね」
「ち、違います」
「美咲」
さっきの映画と同じように、後から美咲を抱きしめた。
頬に、耳に、首筋に、ゆっくりとキスをする。
「んっ」
ピクリと美咲の肩が動く。
「映画は終わりにして、キスしようか」
「うん」
長くて、少しエロいキスを堪能する。
時計は3時を過ぎている。そろそろ、シーツは乾いた頃だろう。
どうしようか。
昨夜も今朝も、たくさんしたのにね。
洗い立て、太陽の香りがするシーツの上で、もう一度抱きたいなんて言ったら、呆れられるだろうか。
いいや、きっと受け入れてくれるだろう。
「コウキ、好きだよ」
かわいい声と、とろけるような表情。
そして、美咲は言った。
「映画の続きは、帰ったらV-NEXTで見るからね」