6話
稲庭うどんを茹でて、氷水でしめたら器に盛って、和歌山県の梅干し、三陸海岸のワカメをのせる。生姜を少し添えた、そして最後に、
「こちら某料亭のめんつゆ」
関東の濃い茶色いとは異なり、黄金に近い透き通っためんつゆをかけて出来上がり。
簡単だけど絶品。二日酔いにはピッタリなぶっかけうどん。
「おぉ!美味しそう!」
「美咲、よだれ」
「え!」
「うそだよ。でも、マジでこれうまいから」
俺がテーブルに運ぶ間に、美咲がコップにお茶を入れる。
「あ、箸はこれ使って」
食器棚から箸を2膳出す。
「この前、ロケで福井県に行ったとき買っておいた」
若狭塗という工芸品らしい。
カフェにも出てきそうな、シンプルでお洒落なデザインが気に入ったので購入した。
持ち手の色は、ターコイズブルーとサーモンピンクの2種類。
「こっちは、美咲用ね」
サーモンピンクの箸を美咲に渡し椅子に座った。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「ただの箸をだよ、大袈裟だな」
「コウキとお揃いなんて、はじめてだもん。それに」
「それに?」
「仕事で離れてるときに、私を思い出してくれたことも、嬉しいよ」
ペアの箸をお土産屋で買うのは、少し恥ずかしかったけど、喜んでくれたなら良かった。
美咲はニコニコと笑っている。
酒をたくさん飲んだ翌日の、ありがちな顔のむくみはない。むしろ、いつもより肌ツヤがいいような気もする。
明るい自然光で見るせいだろうか。
箸を両手に持って姿勢を正すと、真面目な顔で『いただきます』と言った。そして、
ず、ずずっ。ちゃんとすすって食べた。
「うまい!」
男かよ。かわいいにも程があるだろ。
思わず笑ってしまった。
「あ、ごめん、つい夢中で食べちゃった」
「この前、共演者とスタッフで蕎麦屋に行ったんだ。若い女優さんが、蕎麦を2.3本ずつ無音で食べてたな。全然、美味しくなさそうだった」
俺も同じように、おとを立ててすする。
うん、うまい。
「梅干しがいいね、サッパリして、関西風のめんつゆによく合う」
「薬味に、みょうががあれば完璧だったな」
冷凍の刻みネギでもあれば良かったが、あいにく切らしていた。
「楽しいね」
「ん?」
「こんなに楽しい休日は久しぶりだよ。一緒にいてくれて、ありがとう」
ああ、なんてまっすぐな目をするんだろう。お礼を言うのは俺の方だ。
「食べ終わったら、何しようか?」
「コウキが出てる映画、視たいな」
「俺の?」
「ごめんだけど、見てない映画とドラマ、いくつかあるから」
「何がいいかな。恋愛、アクション、ホラーもあるけど」
主演でない作品も含めたら、それなりにある。
「ホラー以外で。ひとりで寝れなくなっちゃうから」
「それならホラーにしようか。今夜も帰れないように」
「明日はお仕事です」
それは残念。
遠くて洗濯機が終わった音がする。食べ終わったら、シーツを干そう。
天気がいいからすぐに乾くだろう。
ただ、洗い立てのシーツでひとり寝るのは、少しさみしいかな。
満足することなんてない。何度でも、いつまでも、そばにいたい。もっと愛したい。
俺の邪な視線に気づいていないのか、美咲は美味しそうに、うどんを食べている。
ず、ずずーーっ。
なんて、かわいい俺の彼女。
美咲がそこにいるだけで、俺はご機嫌になる。