4話
「ねぇ、してあげようか?」
2人仲良く湯船に入ってすぐ、美咲にがおもむろに口を開く。
「え、それって」
ナニをナニしてくれるってこと?
はじめて抱いた日は、とにかく緊張してカチコチだった美咲の気持ちを大事にした。少しずつ時間をかけて、プレゼントのリボンを取るような気分だった。
今まで、それなりに経験をしてきたけれど、あんなに優しく女性を抱いたことなんか無かった。
慈しむっていう言葉は、本当にあるんだな。
こういう気持ちや体験は、俳優としての仕事にもプラスになるんだろう。
『恋愛はたくさんした方がいい。それは、人数による経験値のことではくてね』
大御所の俳優が言っていた言葉を思い出した。
その日は、俺に心と身体を許してくれたのが嬉しかったから、自分の欲望や快楽なんて、考えもしなかった。今思い返しても、なんて紳士的なセックスだったのだろう。
その甲斐があっての今なのだろうか。
「してくれるの?」
「うん、いいよ。私、上手だよ」
それは、全男が昇天するレベルに悦ぶセリフじゃないか?
それとも、わざと挑発しているのか。いやもう、酔っててもなんでもいいか。
「でも、その、私にも、してくれる?」
今にもお湯に顔が沈みそうなほど、うつむいて、ポツリと美咲が言った。
なんて、可愛いおねだりなんだろう。
バシャン!
「きゃ!」
思わず後ろから抱き締めた。浴槽からお湯が溢れる。
「いいよ。美咲が望むことなら、なんだって、何度だってしてあげる」
恥ずかしいことも、格好悪いところも、身も心もさらけ出して欲しい。全部を受け止める気持ちでいるのだから。
◆◆◆
「気持ちいい?」
「うん、すごい、気持ちいい」
美咲は目を閉じてうっとりしている。
「あーーん、そこそこ!」
「はいはい、ここですね」
右耳の後を少し強めにかいてやる。
まったく、自分で言うのもなんだが、今や国民的人気アイドルとなった、dulcis〈ドゥルキス〉のコウキに、髪を洗ってもらえる女なんて、世界中探しても、ここに1人しかいないんだぞ。
世界。そう、今年は初の海外ツアーも計画だったな。
邪なことを期待したのがいけないのか?いや、素っ裸の男女が風呂でやることなんて、あれかこれか、それぐらいだろう。
髪を洗い合うって、なんのプレイだよ。しかも、宣言通り、美咲のシャンプーは上手かった。
「はい、流しますヨーー」
シャンプーを流したあとは、トリートメントだ!黒髪サラサラヘアのジュンがCMをしてバカ売れしているらしい、海外ブランドの高級トリートメントをたっぷり付けてやる。
もうすっかり、俺のムスコは意気消沈だったが、これはこれで仲良くできて、楽しい時間かもしれない。
「お風呂出たら、しようね」
「あ、なに?」
トリートメントを流してやりながら、もう騙されないという、強い気持ちで返す。
「次はドライヤーだろ?髪の乾かし合いでもするか?」
「すごーーい、コウキよく分かるね」
無邪気に笑う。その胸に、もう一度かじりついてやろうかな。
「化粧も落とすよ?このまま寝たら、肌荒れするからな」
アイドルは顔と身体が資本。美容マニアのアラタほどではないが、俺も最低限は気にしている。
美咲の顔にクレンジングを塗ってやった。ついでに自分も。こんなこと、女性にやったことない。
そういえば、美咲の素顔を見るのは初めてだな。この前は泊まらずに帰ってしまったから。いつも薄化粧だから、そんなに変わらないか。
アイシャドウもマスカラも取れた素顔は、なんだか幼くなったか?
「ふ、可愛い」
「え?なに?」
これはこれで、そそられる。
「なんでもないよ。ほら、暖まってから出よう」
チャプンとお湯が音を立てる。なんでもない音さえ特別に愛おしく感じる。
風呂から上がったら、メンバーに誕生日プレゼントでもらった、最新のマイナスイオンが出るドライヤーで、髪を乾かしてあげる。速乾うるツヤのお気に入りアイテムだ。
そして、アラタのプロデュースした化粧水と美容液で肌を保湿だ。
「さっぱりしたね」
バスルームから脱衣場に出る。
美咲の髪をタオルで拭いていると、酔ってか湯にのぼせたのか、ふらつきそうになるようで、俺の腰にしっかりと両腕をまわしてくる。少し濡れた、火照った裸の素肌が触れ合うのは、浴槽の中とは違って生々しい。
「ねぇねぇ、コウキ」
甘えた声で呼ばれる。
「なんですか、お姫様」
「ベッドで、ちゃんとしようね」
「ん?」
今度はなんだ。枕投げか?いいだろう、修学旅行以来だが、この際だ。しっかり応戦しよう。
「えっち、したい」
はぁ。
最上級にかわいいことを言う口を、俺は自分の口で塞いでやった。
まだまだ夜は長そうだ。