1話
アイドルとの秘密の恋♡普通の会社だけど、イケメンに溺愛されています
『でも、私なんかが行って本当にいいのかなぁ?コウキの迷惑じゃない?』
電話の向こう、明らかに困惑している声がした。
「なんか、っていうのはやめて。迷惑なら誘ってないからね」
俺にとっての特別な人を否定する発言は、例え本人でも許せません。
もっと自信を持てばいいのに。
会社でも、きっと美咲を狙ってる男は多いはずだ。この前、偶然に美咲と一緒にいるところを見てしまった、同僚だというアイツは要注意だ。
この予感は、恋人の色眼鏡なんかではない。
狙われている本人に、まったくの自覚が無いことも問題だ。
「アラタが、美咲に会わせろって、うるさいんだよ」
俺が所属する5人組アイドルグループ、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバー定例会は、最年長のアラタの知人が営むイタリアンレストランで行われる、早い話が飲み会だ。
メンバーの他、気の許せるスタッフや友人、ときには恋人が参加をすることもある。
個人の活動も多いため、最近は全員揃うことは少なくなったが、仕事を抜きにした、コミュニケーションの場は大切だと思う。メンバーの仲の良さも、グループの魅力のひとつだと、ファンレターにもよく書かれている。
「無理にとは言わないよ。火曜日の夜だから、次の日も仕事だろうし」
平日の夜9時スタートの飲み会は、たぶん普通の社会人とは感覚がズレているのだろう。夜型の人間が多く、盛り上がると深夜0時を過ぎることもよくあることだ。
『ううん。次の日は祝日だから、それはいいけど』
なるほど、昭和の日。カレンダーを把握していないのも、会社勤めではない故か。失礼しました。
『私が行っても行かなくても、コウキは行くんでしょ?』
「まぁ、顔は出すかな」
俺としては、大勢で騒がしい所より、美咲と2人でゆっくり宅飲みの方がいい。もちろん、飲んだ後のことも含めて、だけど。
『行ってみようかな』
「え、本当に?」
意外だった。
『コウキが他の人といるところを、自分の目で見てみたいし。ちょっと緊張するけどね』
何を着ていけばいいかな?なんて、可愛いこと言いいながら、この日の電話は終わった。
◆◆◆
博多発の飛行機が羽田空港に着いたのは、午後9時を回ったところだった。機材トラブルで予定より出発が遅れたが、とにかく無事に着いてよかった。
「コウキは事務所に戻るわよね?」
「ああ、車を置きっぱなしだから、取りに行く」
「そう、じゃあタクシーで一緒に戻りましょう」
マネージャーの葉山と、2人並んで足早に到着ロビーへ向かう。
世間はゴールデンウィーク直前。10日以上の大型連休になる人もいるようだ。羽田空港に降り立つ人は多かった。出発ロビーはもっと混雑しているだろう。
「ねぇ、あれって、dulcis<ドゥルキス>のコウキじゃない?」
「え、うそ!かっこいい!」
同じ飛行機に乗っていた登場客か。後方からそんな声が、チラホラと聞こえてきた。
マスク、帽子、メガネ、そんな小物で素顔を隠しても、180㎝を超えると日本人の中では高身長のため、どうしても目立ってしまう。
「手荷物を預けなくて正解ね、さっさと行くわよ」
マネージャーが小さなキャリーバッグを、ガラガラと転がしながら先を歩く。
異論はない。今夜はこれから大事な用があるのだから。アイドル生命を繋ぐ大事なファンだとしても、ましてやファンでもない野次馬たちの相手をしているヒマはない。
「中目黒に向かって下さい」
タクシーに乗ると葉山が運転手に告げた。
そして、バッグから小型のノートパソコンを開くと、パチパチとキーボードを叩きはじめる。グループ全体を管理する、チーフマネージャーへの業務報告だろか。
敏腕マネージャーは大変だね。
支えてもらって感謝はしているが、アラフォーの彼女には、女性としての幸せも蔑ろにしてほしくはない。なんて、言葉にしたら、ヒールで足を踏まれて怒られてしまうだろうな。
気が強く、負けず嫌いだから。美人なのに、もったいない。
空港から首都高速道路に乗り、タクシーは順調に進む。よかった、渋滞はしていない。
ジャケットのポケットからスマホを取り出し、未読メッセージが数件あることに気づく。
『19:15 CM撮影おつかれ!21時に銀座のいつもの店で待ってるよ♡』
同じグループの最年長メンバー、アラタからだ。最後の絵文字は不要だな。
年はアラタが2つ上だが、事務所に入ったのが同じ時期で、10年ほどの付き合いだ。
彼女ができたと伝えたら、誰よりも早く会わせろうるさかった。俺に心を許せる人ができたことが嬉しいと言っていたが、まぁ、嘘ではなくとも、本音は好奇心が勝っているはずだ。
『20:45 お店着いたよん』
こっちは、最年少メンバーのケイタだ。
アホっぽいスタンプまで送ってきている。バラエティーのロケがあるから、遅くなると言っていたが、予定より巻いたのか。
ケイタがいると、周りの酒の量が増えるのが問題だ。ホスト経験があるとか言っていたか。飲ませ上手で、わいわい大人数で楽しむのが好きなタイプ。参加者が酔った後の介抱が面倒臭い。それに、ケイタは、
『21:05 美咲ちゃん、可愛いね♡』
女グセが悪い。
まさかとは思うが、俺の彼女だと分かっていて、手を出すほどのアホではないだろう。
いや、どうだ?
過去に何度かファンにも手を出して、事務所が週刊誌の記事をどうにかしたこともある。その度に大目玉をくらったが、あまり反省の色はなかった。
うちのアイドル事務所でダントツに目を引くベビーフェイス、そして、問題児。
『21:10 おつかれさま。先にはじめています』
絵文字もスタンプもない、シンプルなメッセージは、美咲からだ。
軽く見られがちなアラタは、その実、誰よりも人に気遣うタイプだし、ケイタは場を和ませるのが上手い。美咲が孤独感を感じることはないだろう。
とはいえ、誘ったのは俺なのに、遅れたことを怒っているだろうか。
いや、たまには本音で怒る姿も見たいかも。
俺が有名人だから、というのを引け目に感じているようだ。いつも遠慮していて、美咲からのアクションが無いため、彼氏としては寂しさを感じている。
『遅れてごめん!羽田に着いたから、事務所に寄って向かう』
ゴメンネ、という猫のスタンプを送るか迷って、やめた。
簡単なメッセージだけを送り、もっと飛ばせと、タクシーの運転手の後頭部に念を送った。
アルファポリスで先行投稿しています♡
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/961948104