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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ここに眠る僕達は。

作者: 三月よる
掲載日:2024/10/14



 雪は好きだ。陽光を弾いて煌めき、その美しさで世界を飾り立ててくれる。


 毎年冬になると、辺境伯領の草原は、一面の銀世界へと姿を変えた。

 領地の境界にあるその場所は、人里から遠く離れている。雪景色を楽しむのに、打ってつけの場所だった。


「わあっ……とっても素敵な場所ねリアム」


 新雪の絨毯を踏み、エフェメラルは感嘆の声を漏らした。

 彼女は金色の髪を靡かせながら、喜色満面で後ろを振り返る。

 リアムは、まるでエフェメラルの鏡写しのような顔で微笑んだ。

 

「姉さま、僕のマフラーをお使いください」


 外套から覗く寒々しい首元に、リアムは手を伸ばした。


「そんなことをしたら、リアムが寒いでしょう?」


「いいから、ほら」


 エフェメラルの頬と鼻先は、その極寒に赤らんでいた。リアムは彼女の白くて細い首に、そっとマフラーをかける。

 姉を世話できるのは、弟の特権だ。


「これで温かいでしょう?」


「ありがとう。ふふ、リアムの香りがする」


「気に入りませんか?」


「いいえ好きよ」


 ──好きよ、か。


 胸の奥で熱が燻って、全身がそそけ立つ。

 感情のままに、リアムは口を開いた。


「今日も愛しています」


「まったく、あなたはいつもそれね。そんなことだから変な噂が立つのよ」


 エフェメラルは、はぁ、とため息を漏らした。 


 ──リアムは双子の姉を愛している。


 巷では、そんな噂がまことしやかに囁かれていた。

 そう咎められるたび、リアムは首を傾げた。

 だって、それの何が問題なのだろう?

 リアムは薄笑みを浮かべた。


「かまいません。僕には姉さまだけですから」


「わたしは違うわ。愛する婚約者がいるもの」


 言下に、リアムから想いを拒否した。

 三年前、エフェメラルと婚約者は婚約した。


 ごくありふれた、政略的な婚約。けれど二人の関係は例外的だった。

 必要以上に顔を合わせ、会えなければ手紙を送り合っていた。まるで、本物の恋人のように。


 明日、結婚式を終えた二人は晴れて夫婦になる──はずだった。


「姉さまは、真実の愛を分かっていません」


 リアムは噛み付くように言った。


「愛とは、憎しみを伴うものです。傷つくほどに想いは強くなる」


「……愛はもっと優しいものよ? 幸せで笑顔になるの。貴方も、愛するひとができたら解るわ」


「よくもそんな……姉様っ、僕の気持ちに気づいているはずです!」


「ねえ……リアム。わたしも貴方がとっても好きよ? でも、わたし達は姉弟。それ以上でも、それ以下でもないわ」


「そんなもの知りません! 姉さまは僕の──」


 喉が張り裂けんばかりに声を張り上げた。

 その沈痛な声が、静謐な白銀の空間に溶けてゆく。


 リアムは、手元のマフラーに顔を埋めた。


「本当に……愛しているんです」


 細声が、強風に攫われていった。

 凍えた頬に、矢のような雪が打ち付ける。

 顔を上げると、エフェメラルの姿は消えていた。



 ──こうするしかなかった。



 リアムは跪き、湖の氷面の雪を手で払う。

 そして氷に秘めた「それ」へと視線を向けた。


 いつも薔薇色だった頬は、いまや魚の腹のように生白い。

 長い金色の髪は凍りつき、乱れて絡まっているように見えた。

 輝きを失った青瞳は、虚な眼差しを向けてくる。


 それは──絶命したエフェメラルだった。


 ひと月前、リアムは彼女を殺した。

 結婚式の前日のこと。

 リアムはこの雪原で求愛し、にべもなく拒絶された。


『姉弟だから』


 逃げ惑いながら彼女はそう繰り返した。


 リアムは首を傾げた。

 そうだ、自分たちは双子の姉弟。ひとつの胎を分け合っていた仲だ。

 それなのに、なぜ生まれた後は、ひとつに繋がることが許されないのだろう?


(こんなの不公平だ。たまたま一緒に生まれただけなのに……)


 リアムは氷の上で拳を握りしめた。

 固められた雪が、ぎゅっと音を立てさせる。

 体温は徐々に奪われていった。

 朦朧とする意識のなか、エフェメラルの笑顔を思い出す。


 幸せな結婚生活をどれだけ夢に見ていたことだろう?

 弟の自分には見せない深部を、夫には見せようとしていた?

 

 考えを巡らせると、熱いものが腹の底から迫り上がってくる。エフェメラルが婚約してから、ただひたすらにそれを飲み下す毎日だった。


 彼女を攫ってしまおうかと思った。

 どこか遠くで、二人きりで暮らそうと。

 けれど、あの執念深い婚約者だ。ヤツはきっと追いかけてくる。


 殺してしまおうか? 

 だがそんなことをすれば嫌われてしまう。

 そして生涯、エフェメラルは婚約者を想い続けることだろう。


 仕方がなかったのだ。自分の物にならないのなら、相手に奪われてしまうくらいなら……消すしかない。


 諦念が全身に重くのしかかってくる。

 

 吹きつける雪が、微細な宝石のように輝く。

 エフェメラルの上にそれが降り積もると、リアムは、ふと思い出した。


 ウェディングドレスを試着して喜ぶ、エフェメラルの姿。

 安っぽいドレスだった。

 既製品の、彼女の美しさにそぐわないただの布切れである。

 それに比べて、この白雪のドレスはどうだ。

 これ以上の贈り物なんて、きっと無い。


 リアムは、エフェメラルの輪郭を氷の上からなぞった。


 温かな笑顔で、やさしい言葉を紡ぐ人だった。

 その一つ一つを思い出すたび、胸の奥が冷えてゆく。


 これでよかった。

 これが愛のための最適解だった。


 それなのに、エフェメラルを見ると涙が溢れ落ちるのは何故だろう。

 だが解らなくていい──永遠に。


「姉さま、これからはずっと一緒です」


 リアムは白い闇の中で、氷面を撫でた。

 そしてエフェメラルに寄り添うように、その場で横たわる。


 吹雪は強さを増しゆく。その極寒にリアムは微睡み、エフェメラルの言葉を思い出した。


『愛はもっと優しいものよ? 幸せで笑顔になるの』


 リアムはその言葉を思い出し、雪影の中で微笑んだ。


 

 ◇◇◇



 ──春。雪解けした草原で、二人の遺体が発見された。


 L.Sと刺繍されたマフラーが、現場に残されていたのだ。

 それがリアム・スノーヴェルの物だと執事の証言で明らかになり、姉を探しに行った先で、遭難したものと断定された。


 エフェメラルの遺体は、まるで蝋人形のように固まっていた。水死体とは思えないほどの、狂気的な美しさを誇っていた。

 リアムの亡骸は膨れ上がっており、生前の美貌は見る影もない。

 

 老年の執事は言った。


「坊ちゃまは……お嬢さまを何より愛しておられました」


 ──春。命の芽吹きが、冬の過去(あやまち)を忘れさせる。

 薫風は湖畔の白い墓標を撫でて過ぎ去った。

 

 

 彼らは今でも、静かにここに眠っている。




(了)





最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
リアムが最後にとった行動が衝撃的でしたが、姉様への狂気的とも言える愛を如実に感じられてとてもよかったです。面白い作品をありがとうございました。
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