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9.番の時間

 新年の儀から5日が経った。

 その間にベルタへと手紙を書いた。あの様な新年の儀になってしまったので、どうしているのか心配だったのと、第二王子オルランドのことをクラノスから聞き不安だったからだ。


 国は混乱の最中だ。

 ベルタは大神官に楯突いた後、何処かに連行された。その後特に彼女からの連絡もない。


(心配だ……だけど、仕事もしないと……)


 どんなことがあろうとも、聖女としての仕事を全うしなければならない。


 今、ティティアは祈りの間の草むしりをしていた。【聖女の仕事、その1。祈りの間の清掃】を実行しているのだ。


 ここへ来る前は、何処かの部屋が祈りの間なのだと思っていたが、どうやら違うらしく祈りの間は中庭のことだと言う。


(祈りの間じゃなくて祈りの庭じゃないの……引き継ぎ書、間違ってるわ)


 代々引き継がれてきた、ページ数が異常に少ない聖女引き継ぎ書に文句を言った。


 初めて来た時は暗くて分からなかったが、雑草や枯葉が多く、祈りの水晶の周りは汚れていた。


 スピラレ言わく、前聖女ダニエラは掃除をしていなかったし、その前の聖女は高齢になってからは簡単な掃除しかしていなかったと言う。


 雑草を取り、芝生を整える。花壇の中は薬草が植えられていた。これらの周りに生える雑草も抜いた。

 

 まだまだ終わらないが、雑草ばかり気にかけていられない。今日の雑草取りはここまで。あとは明日の自分が頑張るはずだ。


 籠いっぱいの雑草を端に置いて、湧き出る池で手を洗った。掃除用に着けたエプロンで手を拭き、次はバケツに水を汲んだ。

 半分程水を入れたバケツを持って、祈りの水晶前迄移動する。


「ティティア」


 目の前にクラノスが降り立った。人の姿に翼だけを生やしている。どうやら半竜よりもこの姿になる時の方が楽らしい。だが飛ぶ速さは半竜より劣る。


「なんでしょう?」

「掃除は終わった?」

「いえ、今度はこの周りを掃除する所でした」


「……そう」


 クラノスは微笑み芝生にゆったりと座る。何故か祈りの間を掃除していると、どこからともなく現れ、近くで座ってこちらを見てくる。

 何をする訳でもなくただそばに居るだけだった。


(ちゃんと掃除をするか見張っているのかしら。ダニエラ様はやってなかったみたいだし)


 祈りの水晶を磨くが、上の方が届かないので明日脚立の場所をスピラレに聞くことにする。


 掃除を終え、水を捨てると再び手を洗った。エプロンから紙を1枚取り出し、そしてエプロンを脱ぐ。

 

 次に祈りの水晶の前に両足を着いて跪く。先程エプロンから取り出した紙を下に置いて、手を胸の前に交差させ、頭を下げた。


(太陽神リオスよ、本日も我々に活動の時間を与えて下さりありがとうございます。月神セーレよ、昨日も我々に休息の時間を与えて下さりありがとうございます。大地と豊饒の神レススよ、本日も作物を――)


 ティティアは神々に感謝を伝える。今度は各町村の名称と今起きている問題を述べ、神々に救いを求め祈った。


 最後に魔力を両手に込めて、水晶へと触れる。夜空のような水晶は、ティティアの魔力で流れ星が中に流れるように光り輝く。


 ティティアは手を離し、ひと息吐いた。

 祈りの間の掃除と、本日の祈りは終了である。


(よし、これでこの後は――)


「ティティア」


 クラノスから再び話し掛けられ振り返る。


「はい、何でしょう」

「もう終わった? この後の予定はない?」

「いえ! フェブライオ村に行こうかと思います」


 フェブライオ村は竜王城から1番近い村で、竜人族が主に住む村だ。


「そう。何か買い物? 使用人に頼めばいいよ」

「買い物ではありません。本日の朝、フェブライオ村の神殿から手紙があったのを覚えてますか? 天賦の才(ギフト)が何か見てくれるそうです」


 聖女の基本魔法は守護結界魔法だった。それ以外に使える魔法を天賦の才(ギフト)と言う。


 天賦の才(ギフト)は聖女によって違い、1つだけ与えられる特別な能力で、これがない聖女もいた。

 

「ああ、そうだったね」

「何か私に用があったのでしょうか?」

「うーん……いや、また時間がある時に」

「ん? 分かりました」


 クラノスは立ち上がると、ティティアの頬に触れ、名残惜しそうに離れた後、飛び立って行った。


「どうしたのでしょう?」

「『どうしたのでしょう?』じゃ、ありませんよ!」


 不意にスピラレの声が聞こえ驚いた。祈りの間で仕事をしている間、スピラレは中庭の端にいた。だがいつの間にか側へと移動し、少し怒っている。


「クラノス様は番の時間を取りに来たんですよ!」

「『番の時間』? それは何ですか?」


「……まさか……ご存知ないのですか?」


 頷くと、スピラレが驚いた表情をする。


「……そんな……人間族は番の時間がないのですか!?」


 『番の時間』なんて聞いた事がない。きっと獣人達の習慣か何かなのだろう。


「……はい」

「そうですか……うーん、申し訳ありません。言い訳になりますが、聖女様には簡単な文化の違いを教えるのですが、夫婦としての違いを教えたことはないもので……これでもティティア様が来られて急いで本を読んだんですけど……大変失礼いたしました!」


 スピラレは頭を下げた。


「あっ! いえ、その、急にですし……私も勉強不足で……」


 竜人族にまつわる本は、聖女見習い期間に少し読んでいる。だが夫婦間について書いてある所は、すっ飛ばして読んでしまった。


「それで、その、番の時間というのは何でしょうか? 人間だと夫婦の時間というものでしょうか? ですが人間の夫婦の時間はただ2人でゆっくり週末を過ごしたり、町でデートしたりとそんな感じです」


「……それだけですか?」

「『それだけ』とは?」

「2人で少し遊んで終わりですか?」

「えっ……多分?」


「んんんんーーーーー!!!! ぬぁんで、人間はそんな淡白なんですかぁーーーー!!!!」


 頭を抱え振り回している。スピラレのその姿に驚き、何も言えずあたふたするしか無かった。ある程度小暴れしたスピラレは深呼吸をして落ち着く。そして真剣にティティアを見つめた。


「番の時間とは、獣人なら誰しも取る時間なんです! 番の時間が無いなんて有り得ません!」

「そ、そうなんですね?」

「で、肝心の何をするのか? ですが……うーん、言うよりも、見た方がいいかもしれません」

「え? そう……ですね、見れるのなら」

「ならフェブライオ村に行きましょう! 神殿に挨拶もありますもんね! 途中どこかで番の時間を取っている夫婦が居るはずですから!」




***


 ――フェブライオ村。


 ティティアはスピラレと歩いて村へと来た。小さな木製の門をくぐり、この村の神殿へ向かう。


「フェブライオ村はクラノス様の生まれ故郷ですよ!」

「ええ、とても素敵ですね」


 田舎の温もり溢れる村だ。竜人達の顔が活気に溢れている。子供達は走り回り、楽しそうだった。


「あっ、早速ですが、あれが番の時間を取っている夫婦ですよ。あの感じは新婚さんですね」

「あ、あれが……」


 目の前の光景に信じられず、ティティアは目を見開いた。


 見れば2人の男女がベンチに座って、抱き合っている。それだけなら人間にもたまに見る行動だが、目を見開いた理由は他にある。

 抱き合いながら頬擦りやキスを、何度も、何度も、何度もしている。


 言葉が出ずに立ち尽くした。王都でも周りを気にせずイチャイチャしている恋人達を見たことがある。だが2人のその行為は逸脱していた。


「あれが番の時間です」

「あれが番の時間」 

「はい! とても大事な時間なのですよ! ああやって、すりすりちゅっちゅするんです」


「すりすりちゅっちゅ!?」

「はい! 互いの気持ちを確かめ合うのと他の男への牽制ですね。獣人は女が男に比べて少ないですから、ああいった番の時間が大事になるんですよ。大事な番を横取りされないようにするんです」

「な、なるほどですね!?」


 ただ新婚でイチャイチャしているだけではなく、一応意味があるらしい。


「新婚さんはだいたい番の時間を1日8回くらい取りますよ」

「1日8回!?」

「年数が経つと少なくはなります。でもだいたい1日2-3回は取っていると思います」  


 ボンッと顔が赤くなる。


(本当にあれを!?)


「これで番の時間が何か分かりましたよね? では神殿に向かいましょう! ダニエラ様は天賦の才(ギフト)の見極めだけして、その後全く神殿に行かなかったので、神官長はティティア様のことを楽しみにしていますよ!」


 スピラレとティティアは神殿に向かう。

 向かう途中で、他にも番の時間を取っている夫婦を見た。若い夫婦から老夫婦まで、年代関係なく番の時間を大事にしているようだ。


(番の時間……こんなに生活習慣が違うなんて……恥ずかしいけど……ん? 待って……なんかあんな感じのいつの日かしたような……)


 新婚初日の朝、クラノスは顔中にキスをしようとしてきたことを思い出した。


(あれって、もしかして番の時間だったんじゃ……どうしよう……大事な時間を断っちゃったんだ……)


 申し訳ない気持ちと、いつか番の時間を過ごしてみたいという気持ちが交ざり、クラノスと今後どう過ごしていくかを考えた。

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