番外編 リッカルド
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ティティアが眠りについて8日後――。
王城敷地内にある牢獄塔に、リッカルドは収監されていた。
本来であれば、貴族は王城敷地内にある牢獄塔に収監される。だが今回は収監される貴族が多い為、何人かの貴族はカストラ牢獄に収監されていた。
「何故だ……何故……クソがぁーー!!!!」
リッカルドは牢獄塔最上階に投獄されていた。貴族専用だが豪華な部屋なわけではない。カストラ牢獄程酷くはないという程度の部屋だ。
だがリッカルドの部屋はリッカルドの手によって荒れた部屋になっていた。寝台のシーツは剥がされ破れ、椅子は叩き壊され、机はもはや何だったのかも分からない木片になっていた。
「何が竜王だ!!!! 奥手の蜥蜴野郎がぁ!!!!」
窓の外に向かって大声で叫ぶ。窓があったとしても脱走など出来ない。地上から最上階までは15メートルは優に超え、下には頭が2つある番犬が2頭と門番が居た。
クラノスへの罵詈雑言を叫び続けていると、下にいる番犬に吠えられ、腹いせに机だった木片を投げつけた。
「くそっ、死ね馬鹿犬! 私は――……」
急に下が白い靄によって見えなくなった。首を傾げ眉をひそめていると「リッカルド」と不意に声がした。
顔を上げるとクラノスが空を飛んでいた。その後ろには数十匹のワイバーンが飛んでおり、驚いてゆっくりと後ろに下がった。
「それともカリストと呼ぼうか?」
「はっ、私がカリストだと分かるのは皮肉にもお前だけか。エドガルドもオルランドも誰も信じない」
クラノスが窓から入ると更にワイバーンも入って来た。入ってきたのは紫と緑の2匹のワイバーンだった。この2匹はクラノスの前に降り立つと、腹の底に響くような鳴き声で威嚇した。
リッカルドはワイバーンから距離をとるように後ろへと下がった。
「それはそうだろうね」
クラノスは嫌悪のこもった目でリッカルドを見下ろした。左腕には古びた本を持っている。
「その本で私を殴り殺しにでも来たか? だが忘れるなよ。私は再び生まれ変わってやる。そして今度こそアストレアを我が物に――」
「禁術書 第4章」
クラノスは本を開き、リッカルドにある項目を読み上げた。
「――は?」
「当時の僕は本の保管が下手で虫食いやシミだらけにしてしまったけど、良く覚えているよ。この章は『記憶を持って生まれ変わる方法』について書いてあったと」
リッカルドは一瞬驚いた顔を見せ、直ぐにニヤリと笑った。
「この禁術は自分の命を犠牲にする。病で死ぬ前に自分の命を犠牲にして術を発動させたのか」
「当たり前だ。ただでは死ぬもんか。折角アストレアを我が物にしたというのに、病で死ぬことになろうとはな。だから禁術を使った。生まれ変わってもアストレアといれるように」
リッカルドは本来は王になれたはずだが、その前に病が発覚。アストレアの治療でも治らず、長く生きられないと分かり、禁術を使った。
「フギンカラスの尾羽、一角獣の生き血、グリフォンの爪、1つ目羊の目玉に、胎児の血肉……八岐の蛇の卵なんてあの時代ですら相当希少だ。よく見つけたね」
「アストレアを再び見つける為だ。なんてことはない」
「死ぬ時は長い時間心臓を抉られるような痛みだと書いてある。さぞかし苦しかったろう」
「そんな苦しみはアストレアがいない苦しみに比べたらなんでもない」
そう言うとクラノスは鼻で笑った。
「なら永遠に君に苦しんでもらう」
「――あ゛?」
「術を発動させない」
「言っておくが、あの術は何度死んでも発動した。あとは死を待てばいい。いいか、よく聞けよ。アストレアはいつか死ぬ。貴様と違ってな。だからその時に再び我が物に出来る機会がある。貴様は指を咥えて見ているがいい」
最初の転生はアストレアと同じ時代に生まれ変われなかった。絶望し、自害すると再び記憶を持って生まれ変わっていた。
その後、何度か自害し転生を繰り返した。全て記憶を持って生まれ変わっている。
「何度も生まれ変わっているのに賢くならないのか君は?」
「何!?」
「普通、転生する度に成長して賢くなると思うんだよね」
「……ふざけるなよ」
「君は昔の方が賢かった。僕が脅威に思う程に」
ギリギリと歯を食いしばり、クラノスを睨み付けた。殴り付けたかったが『グルル』とワイバーンが威嚇してきた為、何も出来なかった。
クラノスは第4章に目を通した。
「代償が命だけではないのか……君を見ていると、死ぬ度に馬鹿に……いや、思考力が落ちているようだから」
余りにも腹が立ち、机だった木片を掴んでクラノスに投げ付けると、紫色のワイバーンがそれを口で掴んだ。緑色のワイバーンは此方に飛び掛かろうとしてきたが「やめなさい」とクラノスのひと言で飛び掛るのをやめた。
「そのワイバーンをちゃんと躾ろ!」
「この子は君が嫌いなんだよ。すまないね」
馬鹿にするようにクラノスは鼻で笑った。
「弔われ、転生……いやしかし、今回君は弔われると思っているのか?」
威嚇してくるワイバーンから目を離さずに、リッカルドは「弔いがなんだ?」と返した。
「この術を発動させるには必須条件だよ」
クラノスは本を閉じてリッカルドにゆっくりと近付いた。
「この術は死んだ瞬間に発動するんじゃない。エシュリオムへと送られた時に発動する」
「何を言って――」
「カリストはエシュリオムを信じていなかった。なのに今の君はエシュリオムの存在を知っている。そうエドガルドが言っていた。つまりそれは君が1度死んだ時に見たからだ。エシュリオムへと降り立った瞬間に記憶を持って転生する」
「……だったらなんだ」
「エシュリオムに行くには弔われなくてはいけない。だから――」
クラノスは指を鳴らした。すると、窓から無数のワイバーンが入って来た。自身を囲む様に降り立ち、威嚇するように牙を剥き出しにしている。
「行方不明になってもらう」
リッカルドは後退りをし、背中が壁にに背中がぶつかった。
「私を何処に連れて行く――……」
(いや、まてまて……アイツは指を鳴らした。これは幻覚魔法だ! 私に謝罪をさせるための脅しだ!)
「馬鹿め! この蜥蜴野郎! 引っかかると思ったぎゃあああー!」
紫色のワイバーンが飛び掛かり腕を噛んできた。
「レア。まだ駄目だよ」
紫色のワイバーンは腕から離れる。血が流れ床へと落ちた。
(どっちだ……幻覚……いや……)
腕から滴り落ちる血が生々しい。匂いも感じる。舐めれば血の味がした。クラノスの幻覚魔法の弱点は知っている。偽の痛みは、現実の痛みで掻き消される。
念の為自身の腕を噛んだが、現実のワイバーンは消えなかった。
ワイバーンを使って何処かに連れて行かれるのだと分かった。
「私を何処に連れて行くつもりだ?」
クラノスは何も言わずにリッカルドに近付いた。
「僕は君のことそんなに嫌いではなかったよ」
「……は?」
「あの時は戦時中だ。そりゃあ憎んだりもした。君のせいで苦戦したしね。だから最後に僕の秘密を教えよう」
クラノスは右手でリッカルドの顎を鷲んだ。顎が砕けそうなほど強く捕まれた為、リッカルドはクラノスの手を両手で掴み離そうとしたがビクともしなかった。
「僕の魔法は幻覚魔法だけじゃない」
「はっ、何を――」
「アストレアに昔言ったんだ。『君の天賦の才は呪いじゃない。だから名称を変えるべきだ』と。だっておかしいと思わないか? あんな素晴らしい天賦の才を『呪い』だなんて。勿体ない。だから僕はこう言った。『僕の天賦の才こそ呪いだよ』とね」
リッカルドは目を見開き表情が固まった。
天賦の才は、聖女に限らず一定の魔力を超えた者に発現すると言われている。だが天賦の才が発現したとしても、威力や効果は微々たるもので無自覚の者が大半だった。
そしてどんなに魔力がある者でも、天賦の才は1つしか発現しない――そう言われている。
(天賦の才が2つ? なら何故人獣戦争で使わなかっ――)
「『何故人獣戦争で使わなかったんだ』って考えているだろうね」
「……ははーん、心を読む天賦の才か」
「全然違う」
「なんだと!」
「禁術を使った後、僕は幻覚魔法に目覚めた。でもその前から隠してきた天賦の才がある。嫌だったんだ。嫌いで嫌いで仕方がなかった」
クラノスの手に力が入る。顎の骨が軋む。
「僕の天賦の才は病の付与。リッカルド……君に病を贈ろう」
リッカルドが目を見開き、クラノスが左手で指を鳴らした瞬間、生暖かい何かが口から体内に入り、全身を駆け巡った。クラノスは手を離し、再び窓へと移動した。
「はっ……はは、何もないぞ! おい馬鹿が! 嘘つきや――」
次の瞬間、腕がむず痒くなった。見てみれば一部が膨れ上がり、動いている。
「なんっ……だ……?」
すると、膨れ上がった部分から双葉の芽が出てきた。驚き固まっていると、むず痒さは全身に及ぶ。全身にボコボコとした膨らみが現れ、同じ様な芽が出てきた。
身体に生えた双葉の芽に驚き、リッカルドは叫びながら慌てて双葉を取り除こうとした。
「なんだこれは! 何をした!」
クラノスは何も話さなかった。リッカルドは全身に生える双葉を引き抜いたが次々と現れる。大量の芽は数が増え、全身に痛みが走った。
「やめろふざけるな! この蜥蜴野郎! 私は悪くない! お前が、盗っ人のお前が悪いのに何故私が――」
肌を覆い隠すように双葉が生え、抜いても抜いても追いつかない。
「嫌だ! 誰かッ……アストレ――」
リッカルドの心臓がドクッと大きな音を立て、胸を抑えた後、そのまま床へと倒れ、動くことは無かった。
***
「食べるのは小屋で。血と骨の処理が面倒だ」
『かしこまりました』
クラノスは革製の大きな袋を投げた。
レアとロスはリッカルドを脚で鷲掴み、袋へと入れた。身体から双葉の芽が生える幻覚魔法を掛けられ、心臓発作で死んだ。
リッカルドの心臓は、もう動いていない。遺体はワイバーンの腹に納まる為、弔われることもない。
行方不明になるからだ。
転生することはもうない。
(そもそも、何度も転生しているうちに、転生したことも分からなくなるような術なのかもしれないけどね……次の転生では自分が誰だったかも分からないかもしれないけど――)
念には念を入れるべきだ。
「アストレア……君はこんなかたちを望まないかもしれない。でも僕はどうしても許せない」
クラノスはリッカルドの入った革袋の口を紐で締めた。
『クラノス様が病付与魔法が使えると初めて知りました』
ロスは締められた革袋の口を脚で鷲掴んだ。
『もう、ロスったら。あれは幻覚のショックで心臓発作を起こして死んだのよ。クラノス様が病付与魔法を使った訳じゃないわ!』
『え? そうなの? 幻覚を見せて心臓に付与させた病で死なせたんじゃないの?』
『違うわよ! ね? クラノス様!』
クラノスはその質問には答えず、ただ笑うだけだった。




