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番外編 大神官

***


 ティティアが眠りについて4日後――。

 夜、カーネの刻――。

 カストラ牢獄――。



 大神官は椅子に座り、机に頬杖をついていた。窓には鉄格子が嵌め込まれ、外から月の光が入ってくる。小窓が付いた木製の扉は外から鍵が掛かり、外には見張りの看守がいた。食事は小窓から水とパン1つが1日2回提供されている。

 今まで食べてきたものに比べ明らかに少なく質が落ちている。体重も落ち、身体は多少細くなった。


 夜はとても静か――ではなかった。特にダニエラの泣き叫ぶ声が煩く、看守も手を焼いていた。初め耳を塞いでいたが、耳を塞ぐことを諦めた。


 頭がおかしくなりそうだった。

 泣き叫ぶ声は少しの間を置いて再び聞こえる。だが今は何も騒いでいない。大人しかった。


(このまま静かでいてくれたら……)


「やったー! 私は自由よー!」


 急にダニエラの声が窓の外から聞こえてきた。


(……は?)


 大神官が窓から外を見ると、カストラ牢獄の外を歩き、周りを囲む迷いの森の中へと入って行った。


(脱走!? 看守は何をしているんだ!?)


「看守! ダニエラが脱走したぞ!」


 だが扉の前にいるであろう看守から返事はない。それどころか人の気配もない。今日は看守長が居ない為、仕事を放棄しているのだろう。


「馬鹿が……」


 ダニエラがいなくなったことにより静かになった。


 啜り泣く声も聞こえるが、ダニエラの声よりだいぶマシだった。彼らは国王暗殺未遂に関わる貴族達だろう。裁判はするが、ほぼ形だけで死刑か終身刑かは決まっていた。


(馬鹿らしい……もうどうにもならんのに……)


 清廉潔白に生きて行こうと思わなかったこともない。

 だがある日、とある貴族から孤児院にいる純粋無垢の少女を売るよう言われた。断ろうと思ったが、当時生意気で嫌いな少女が1人いたので、その少女を銅貨5枚で売った。


 その後は罪悪感に苛まれた。


 だが清廉潔白に貧しく生きる自身と、佞悪醜穢(ねいあくしゅうわい)に裕福に生きる周りを比較した。


 比較し、あんな生活がしたいと憧れた。

 真面目に生きる方が損をしていると思ったからだ。


 そのうち倉庫に死んだ蛙のように脚を開き、精液まみれの少年少女を見ても罪悪感を抱かなくなっていた。


 売春の斡旋をしていると、何処からか情報を得たのか、他国の貴族から人身売買の話を持ち掛けられた。

 提示された金額は今までと桁違いだった。

 初め1人で全てを担っていたが、もっと金が欲しくなり欲が出た。話し掛ける人物を選びつつ、他神殿の神官長に協力をお願いした。

 周りからは感謝され、相手からも感謝され、懐はさらに潤った。


 だが仕事の規模が大きくなれば発覚しやすい。オルランドに勘づかれた為、国王と共に消したいと思った。


 結果、失敗した。


 投獄され罪状を述べられた。何故かは分からないが人身売買の罪は述べられなかった。


 リッカルドに手を貸した罪で拘束されてはいるが、神職の為、死罪は免れ終身刑だろう。


 神職で良かったと心底思った。


 財産は全て没収されたが、使う場所もないので不便さも感じなかった。金がないなら投獄される方がマシだと考え始めてもいた。


 隙間から冷気が入る。部屋には寝台と、汚れたシーツ、上から被るようの布もあった。


 眠りにつこうかと考えていると、ゆっくりと扉が開いた。この扉が開く時は裁判をする時のみと決まっている。

 裁判の日程はまだ先の為、開くはずのない扉だった。


 何故開いたのかと見ていると、真っ黒なローブを着た3人が入ってきた。


「久しいね。大神官」


 見覚えのあるミーズガルズ人に目を見開いた。


「ラファル侯爵?」


 ラファル侯爵の後に入って来たのは、黒髪にオールバックの1人と赤い短髪の1人で、護衛としていつも一緒にいる人物だ。


「どうやって中に?」


 牢獄の鍵は看守長だけが持っているが、今看守長は他の罪人に付き添い、王都にいた。


「あまり言うものでは無いのだが、君になら言っていいか。私の特技なんだ。手をかざせば鍵が開く。色々と条件はあるのだが――」

「特技?」

「そう。まぁなんだろうね……少し違うが、この国で言うなれば天賦の才(ギフト)と言うのに近いかな? そう考えると『特技』なんて、なんてつまらない言い方なのだろうね。今からでも天賦の才(ギフト)という言い方にしないか? なぁ、ステファン、バティスト卿」


 そう言うと護衛2人は顔を見合わせ眉をひそめた。


「不評のようだ」


 そう言って残念そうに肩を窄める。


「……魔法でいいのでは?」

「我が国で魔法が使える人物は決まっている。だからそれは使えない。国の事情があるのだよ。まぁそれはいい。さて君に――」

「いや、いやいや、お待ち下さい!! 何故?? どうして?? そもそもいつからアールヴに!?!?」


 投獄された後、人身売買を持ち掛けてきたミーズガルズ王国の貴族が、何故ここに居るのか分からなかった。


「……そうか。君は私があの場に居たことを知らないのか」

「あの場? 何のことでしょう?」

「少し前からアールヴにいた。いやしかし、短期間ではやはりあまり細くはならないね」


 ラファル侯爵は微笑み護衛に目配せをすると、何故か護衛2人は寝台まで歩き、シーツを剥がして縦に破いた。


 何故そんなことをしているのかと顔を顰めていると「話しをしよう」とラファル侯爵が言った。仕方なく護衛達から目を逸らし前を向いた。


「あまり長居は出来ない。内密に来ているからね」


「……全く状況が――」

「陛下とは友人になったんだ。だから今のところ不便なく、むしろ好待遇で過ごせている。頼みも色々と聞いてくれる。だがね、君に会いたいと言ったんだが断られてしまってね。罪人だし裁判もあるからと。でもどうしても会いたかった。君は良き仕事相手だったから。だから内密にここに来たのだよ」

 

 後方で護衛2人が何か話し合っている。小声であるのとミーズガルズ語なので何を言っているのかよく分からない。だがラファル侯爵の言葉に少しだけ希望を抱いた。もしかしたら逃がしてくれるのかもしれないと。


「君は神官の割に欲のある良い男だった。仕事に対する向上心もあって、評価はしていたよ」


 ラファル侯爵は微笑む。


「バティスト卿」


 ラファル侯爵が護衛の名を呼ぶと、後ろから首元に布を巻かれた。何だこれはと首を傾げる間もなく首が絞まった。


「がっはッ」


 息が出来ない。

 後ろから赤髪の護衛に、シーツで首を締め上げられている。

 苦しく後ろにいる赤髪の護衛を蹴ったがビクともしなかった。


「Bαtιstε Sιρε。Аnхor σε ομmεη νε tζ παS」


 ラファル侯爵は赤髪の護衛にミーズガルズ語で指示をした。ミーズガルズ語を話せない為、何を言っているのか分からなかった。


 だがラファル侯爵がそう言うと、布がほんの少しだけ緩んだ。首は締め上げられているが、何とか息は出来ている。


「嘘偽りなく全て答えたまえ。返答次第ではこの世に足をつかせよう」


 苦しくて息がしずらく話しずらい。


「オルランドにバレてっ……はっ……しまったことは……申し訳……ありま……せんでったっ……」


 必死に声を出し謝罪をした。きっとこのことについて怒っている。


「謝らなくていいさ。あの若造(オルランド)が勘づいていると私に報告もしてくれていたしね。私もどうしようかと悩んだよ。人身売買はミーズガルズでは違法ではないけれど、ここアールヴでは違法だろう? アールヴ人は人気があるんだ。色白も色黒も。とんがった耳が可愛らしいと人気でね。ほらあれだ……なんて言ったかな……空想小説によくある種族……ド忘れした。何だったかな、ステファン」


 ラファル侯爵が黒髪の護衛に話し掛けると、護衛は「エルフィですか?」と答えた。


「そうそれだ! エルフィという種族を彷彿とさせると、ミーズガルズでも人気だが他国にも人気で、まぁ儲かる儲かる。だから供給元が無くなるのは苦しくてね」


 がっくりとラファル侯爵は肩を落とした。だがそれは演技のようで、直ぐに前を向いて微笑んだ。


「リッカルドが国王を暗殺する計画があると君から聞いた時、悪くないと思った。成功すれば永遠にこの仕事を続けられる、とね。だから見守ろうと思ったよ。けど喜びも束の間だった。リッカルドが私に何て言ったと思う?」


 ラファル侯爵の声には棘があった。リッカルドが何を言ったのかは聞いていない。リッカルドと話していたことも聞いていない。初耳だった。

 

「『今までの名簿を買い取れ、ラファル侯爵。欲しがっているミーズガルズの貴族がいる』とね」


 名簿はリッカルドの協力を得るようになってからリッカルドが持っていた。そしてそれにはラファル侯爵の名前が書かれ、どの少年少女を購入したのかが記入されていた。年齢や見た目等の注文も細かく書かれている。


 大神官は心臓を鷲掴みされた気分になった。 


「さっきも言ったがミーズガルズでは違法ではない。違法ではないが、公表されるのは面倒でね。色々と言ってくる奴がいるんだ。人権だ倫理だと、たかが奴隷に馬鹿らしい。それに他国の貴族に迷惑を掛けてしまう。人身売買が違法の国もあるからね」


 そして気付いた。彼等は名簿を探しているのだと。だが大神官は名簿の在処を知らなかった。話そうにも話せない。


「うば、奪われ、ったんでっ、すっ、殿でっ殿下にぃ、場所は、知らなっ――」

「私はね、ほとほと頭を痛めたよ。キミを信用していたと言うのになんと言う仕打ちだろうね」

「申しわ……りませ――」

「だが好機の神が私の元に現れたんだ。海を漂いどんぶらこどんぶらこ。ふらっと立ち寄って来てね。いや本当に運がいい。恩を売りに売ってそのまま王城に入り込めてね。ほら、この通り。リッカルドの部屋にあったさ。あの男の肖像画の裏にある隠し金庫にね」


 そう言ってラファル侯爵は懐から紙の束を取り出し、ニッコリと微笑む。


「部屋に入るのは苦労したが、まぁ何とかなったよ」


 とても機嫌が良さそうに見える。だがそうなると、何故自身がこんな状況にあるのか分からなかった。


「では何故――」

「『では何故』? 何故かって? ステファン、バティスト卿、聞いたか? 自分が何故こうなっているのか分からないそうだ」


 ラファル侯爵が小馬鹿にするように笑いそう言った。


「『名簿は誰にも渡すな』と言ったはずだよ。『受け取り、その取り引きが終わり次第、直ぐに破棄するように』ともね」


 声色は優しいがその優しい声色が怖かった。息苦しさに顔は真っ赤なはずなのに、血の気が引いて真っ青になったように思えた。


「ステファン」


 黒髪の護衛――ステファンが大神官の顎を鷲掴み、目を合わせた。ラファル侯爵が質問する。


「名簿の存在を知っているのはリッカルドだけか?」

「あがっ、ぞっ、う、でずっ」

「他に君は何を言った」

「な、何もっ、い゛でいま、ぜっ」

「私が国王暗殺計画を知っていることを誰に言った」

「誰っ誰にも゛っ言っでい゛まっ、せん゛ッ、でがっ、殿下に゛も゛!!」


 首がどんどん絞め上がる。ステファンは大神官から目を逸らし、ラファル侯爵を見ると首を縦に振った後、再びこちらに目を合わせた。


「そうか。それは安心した。では最後の質問だ」


 ラファル侯爵はゆっくりと息を吐き、吸い込んだ。


「名簿を取っておいたのは、将来私を脅迫する為か? 大神官」


 いつもラファル侯爵は、相手に好印象を与えるような声色で話す。だが今回はそんな声色ではなかった。低く唸るような声色で空気が一瞬にして凍り付く様な声だった。

 そしてその質問に更に血の気が引いた。図星だったからだ。


 リッカルドに取られてしまったが、いつかこの名簿は金になると欲に目が眩み保管していたのだ。


「ち、ぢがい゛違いまァっずぅ!」


 ステファンはラファル侯爵を見て首を横に振った。


「残念だ」


 ラファル侯爵がそう言うと、首が締め上げられ、息が出来ず、必死に首元の布を引っ張ったがどうにもならなかった。






***


 ――翌日。


「自殺? あの男が?」


 王城の執務室で知らせを受けた国王は、書いていた書類の手を止めて顔を上げた。宰相は頷き顔を曇らせた。


 宰相は手に持っていた報告書を国王に差し出した。国王は報告書を手に取り、一言一句を逃さぬ様にゆっくりと声に出さずに読んだ。


「シーツを破り、梁に掛けて椅子に乗って首を吊ったと」

「何故自殺する? 神職は死罪にはならない。何より自殺するような男には……もっと生に執着があるように見えたが」

「ですが、看守は誰も入っていない、と言っています……いますが……」


 宰相は悩むように口を閉じた。


「どうした?」

「その……誰かに買収をされたのかと思いこちらも買収をしようとしたんです。勿論フリですけど。全員集めて『最初に話した人物に買収した相手の倍の金額を払う』と。そう言いました所1人が何かを話そうとしたんです」

「『話そうとした』とは何だ? 過去形なのは何故だ?」

「死んだからです。何かを話そうとした途端、床に転がり悶えるように苦しみだして……目が痛い頭が痛いと叫び暴れ回りまして、警備用の短剣を口に咥えて、顔を床に打ち付けて自害しました」

「何!?」

「それを見た他の看守達は口を揃えて『何も誰も見ていない』と」


「……何だそれは……何かの魔法の1種か?」

「分かりません。ですがこれといった装飾品は身に着けておらず、何かの呪い、というわけではないかと」

「看守長は? あの男は買収を嫌う」

「看守長はミーカ伯爵の同行で王都に」

「なんと間の悪い」


 大きく溜息を吐いた。そして山のように積み上がった書類を見詰めた。


「正直、もう何も考えたくない。自殺でいいなら自殺で処理したい」


 国王は机に頭を小さく何度も打ち付けた。それを見た宰相は国王の横へと移動し、机と国王の頭の間に自身の手を置いて遮った。


「それとダニエラが逃亡したと」

「逃亡!?!?」


 国王は頭を上げ、真横にいる宰相の顔を見上げた。


「魔の森に入りました。捜索には騎士団が必要です。魔獣がいますから」

「あーあーあー……何故みんな大人しくしていないんだ……仕事が終わらーん」

「少しお休みになって下さい。私が処理しますから」


「こんなに大変ならあの時殺されておけばよかったな」

「そんなこと言わないで下さい。私は貴方が生きていて本当に嬉しかったんですよ、エドガルド」


 魂が抜けたように椅子に座る国王に、宰相は同情しつつ微笑みを浮かべた。



 数日後、国王はリッカルドの行方不明の報せとクラノスからの手紙を読んで、疲労と心労から高熱を出した。

*おまけ*


「Bαtιstε Sιρε。Аnхor σε ομmεη νε tζ παS」

「バティスト卿、まだその男を殺すな」

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