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36.最終話 誓い

「まさか竜王様が本当にご結婚なさるなんて」

「しかも人間で竜王様から求婚なさったそうな」



 竜王城に次々と獣人が集まる。今日はティティアとクラノスの結婚式だからだ。


 参加する獣人はフェブライオ村の竜人と、各村の族長、そして村の有力者達だ。参加出来なかった者達も、村でお祭りのように騒いでいるという。


 ティティアとクラノスは自室にいた。挙式は祈りの間で行われる。

 ティティアは白に金糸の刺繍がされたドレスを着ている。首筋には真っ赤な愛の花が見えるよう、スカーフは着けていなかった。

 その隣りには同じく白に金糸の刺繍がされた服を着ているクラノスが立っていた。


「緊張します」


 ティティアは深呼吸をした。新年の儀の時よりも今日の方が緊張している。レアは窓辺で心配そうに此方を見ていた。


「ティティア、緊張しないでいいんだよ。だいぶ人間の結婚式とは違うから」


(だからこそ……なんだよね。どんな感じか分からないから……それに――)


 新年の儀とは違い、予行練習も何も無かった。勝手も何も分からないのだ。それだけでなく、ティティアには不安なことが1つあった。


「リッカルド殿下が現れたりしないでしょうか……」


 この数日の間に、大神官は首を吊って自害した。ダニエラはカストラ牢獄から脱走。走り去った魔の森の中を捜索すると、腹や胸を裂かれ、魔獣に食べられた痕跡のある遺体が見付かった。


 そしてリッカルドは行方不明となっていた。リッカルドが拘束されていた部屋はもぬけの殻。国内は大騒ぎで新聞にも勿論載った。


「大丈夫」

「ですがまた――」

「ティティア。あいつはもう来ないよ」


 そう言い切るクラノスを見て首を傾げた。


「クラノス様?」


 絶対的自信がある様だが、どことなく悲しげだった。


「あのっ、どうし――」

「さぁティティア! 僕達の結婚式に集中して。準備はいい?」

「あっ、えっと心の準備が――」


「クラノス様、皆様お待ちです。待ち遠しくてもう祝い酒を飲もうとしています」


 執事ウノが扉を開けて入ってきた。もういい加減に祈りの間に行ってくれ、と表情が物語っている。

 

「少しだけ待ってくれないか」

「かしこまりました。でも、本当に少しですよ」

「分かった」


 ウノが出て行くと、クラノスはティティアの両手を取り、手の甲にキスをした。


「僕を見て、ティティア」


 そしてクラノスは目を合わせる。


「何も心配しないで」

「ですが……もし失敗したらと思うと――」

「心配とかないんだよ。それにもし何かあったら、新年の儀の時の様に僕が助けるよ」


 そう言って微笑むクラノスを見て、すっと何か付き物が落ちたように感じた。あの日の事は一生忘れない。


「はい」


 照れたように笑うと、クラノスは指を鳴らす。数秒後、外には無数の白い花びらが空に舞った。クラノスの幻覚魔法だった。


 2人はバルコニーへ出ると、クラノスがティティアを強く抱き締め、翼を出して大きく動かした。

 空高く舞い、祈りの間へと降り立つ。目の前には祈りの水晶と、フェブライオ村の神官長であるリネアが立っていた。


「待ちくたびれましたよ。皆もう準備が整っています。整いすぎて先に始めてしまう所でした」


 リネアがそう言うと皆笑った。リネアは神官から銀色の杯を2つ受け取り、2人に渡した。中を見ると紫色の液体――ワインが入っていた。


「今からお2人に誓いを立ててもらいます」


 2人は顔を見合わせ微笑んだ後、リネアを見据えた。


「愛を誓い、 互いを想い、互いにより添うことを、 祈りの水晶と神々に誓いますか?」

「「誓います」」

「太陽神リオスよ、月神セーネよ。そして、愛と美の神イフロディよ。2人に永遠の祝福を注いで下さい……では!」


 リネアは右手を大きく挙げた。すると参加者も大きく右手を挙げる。その手には大きな杯を持っていた。


「クラノス様とティティア様に祝福を!」


 その言葉に続くように、皆「祝福を!」と言うと、杯のワインを上から浴びるように飲んだ。











 2人の周りを取り囲むように獣人達が集まり、楽器を演奏し踊りを踊る。他には酒を手に持ち肩を組み、聞いたこともない歌を歌う。酒樽に頭を突っ込んでいる者もいた。さらに遠くでは何故か殴り合いの喧嘩をしていた。だがそれを誰も咎めていない。むしろ笑ってはやし立てている。


「人間の結婚式とはだいぶ違います」


 ワインで濡れた体を白い布で拭きながら言った。先程までワインの掛け合いをしていた為、服が大変なことになっている。今はどちらかと言えば披露宴のようだが、獣人の結婚式に挙式と披露宴の違いはない。


「だろうね。でも楽しいだろう?」


 クラノスも同じように身体についたワインを拭いていた。


「はい! ふふっ、子供達も楽しそうで」


 子供達はケーキを手掴みで食べていた。顔の周りをクリームだらけにして笑っている。他にも走り回ったり隠れんぼをして遊んでいる子もいる。

 

「ここだけじゃなく、他の村もひと月は僕達を祝うお祭りかな。だから各村を回らないと。新婚旅行は各村巡りになるね」

「それは楽しみです」

「ついでにリンポス大神殿にも顔を出そうか。ティティアの友人は来れなかったからね」

「あっ……ありがとうございます!」


 本当はベルタにも来て欲しかった。だがやはりあの事件のせいでベルタに良い顔をしない獣人も多い。ベルタ自ら欠席を選んだ。アチェロにも来て欲しかったが、大神官になったばかりで忙しく、招待しなかった。招待すれば無理をしてでも来てしまうからだ。


 寂しいが仕方のない事だった。

 クラノスはティティアの肩を抱き寄せた。


「友人達に会いたい時はいつでも言って欲しい。許可証を出すよ」

「はい!」

「僕は幸せだよ、ティティア」

「私もですよ、クラノス様」


 ティティアがクラノスを見ると、クラノスもティティアを見つめる。そして互いに惹かれ合うように唇を重ねた。











***


「今日は竜王と聖女の結婚式だそうですね、陛下」


 2人の男がハーブティーを手に話し合っている。


「興味があるのか? ラファル侯爵」


 寝不足で隈が出来た国王は、怪訝そうにラファル侯爵に問い掛け、ハーブティーをひと口飲んだ。


「興味はありますね。永遠の命を持つ者と、限りある命を持つ者が永遠の愛を誓い合う。果たしてその愛はいつまで続くのか……方や老いることなく若い肉体のまま、片や年々老いていく肉体……持って数十年……いや、数年?」


 そう考えながらラファル侯爵はハーブティーを飲み、眉をひそめ、ハーブティーを置いた。国王はその考えに不快になりながら、顔に出さないようにしていた。


「そう言えば聖女に会うことは出来ますか?」


 ラファル侯爵は口角を上げて微笑み、国王の言葉を待った。


「流石に無理だ。クラノス様が許さないだろう」

「陛下の高熱を下げたのは、私が連れて来たテュルビュランス伯爵が持って来た薬のお陰ですよ」

「それを含めて今までのことは感謝している。人身売買に目を瞑るだけでなく、魔鉱石の鉱山を1つ、港の使用料免除……それだけでは足らんか?」

 

 呆れたようにそう言うと、ラファル侯爵は「うーん」と悩む様な声を出す。わざとらしさに多少苛ついた。


「彼女の天賦の才(ギフト)は治療魔法なのでしょう? 是非とも会いたい」

「君が連れて来たテュルビュランス伯爵は優秀な医師ではないか。魔法無しでティティア様を回復させたことに、クラノス様は礼を言っていた」


 だがラファル侯爵は俯き、憂鬱に微笑んだ。


「彼にも治せない病があります。我が妻の不妊症です」


 ラファル侯爵家はミーズガルズ王国で1000年続く大貴族だ。だが最近では没落を辿るとも言われてもいた。その中でも没落の要因の1つとして、結婚して10年となるラファル侯爵夫人の不妊が疑われ噂されていた。


「……聞かなかったことにしたい」


 他国のお家事情に首を突っ込みたくはない。ただでさえ自国のことに手一杯なのだ。


「養子でも取ればいいではないか」

「養子を取ることも考えましたが、分家同士で争いが始まってしまいそうもいかず。色々と思案しておりましたら、私の弟が反乱を起こしましてね。陛下に会う少し前に、殺されそうになりました。流石にこたえましたね」


 ははっと、から笑いをしてラファル侯爵は話した。


「弟の処分は」

「斬首刑にしました。それなりに可愛がっておりましたが」


 悲しげに笑い、ハーブティーを見つめた。本当は殺したくなかったのだろう。だが周りがそれを許さない。その気持ちは痛いほどよく分かった。


 クラノスには口が裂けても言えないが、正直リッカルドが行方不明になり良かったと思っている。殺されそうにはなったが、リッカルドを処罰する書類に目を通す度、目頭が熱くなった。

 教育方法を間違ってしまったことを後悔している。


 リッカルドの母が亡くなった時、もっと寄り添っていれば――。

 もっとこの国について話し合っていれば――。

 思春期空想病の発症を子供の戯言と思わずに、心理相談士に見せていれば――。

 

 愛息子が世界一の愚か者になったのは自分のせいだと、毎日自身を責め続けていた。


「これ以上、争いを生まないためにも、子が必要なのです。会わせていただいたら魔鉱石の鉱山は要りません」

「正気か!? 魔鉱石の鉱山だぞ!?」

「はい。私達の子にはそれだけの価値があるのです」


 真っ直ぐとこちらを見つめてくる表情に違和感を抱いた。いや、今までが不自然だったのだ。その綺麗に貼り付けた笑顔の不自然さに慣れてしまい、今の自然な表情が逆に不自然だった。


「……ティティア様は近々治療院を始める。そこに連れては行ける」


 国王がそう言うと、ラファル侯爵が「ありがとうございます」と爽やかに黒い笑みを浮かべた。

本編はこれにて完結となります。

本当にありがとうございました。

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