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35.一難去って

***


「……朝……昼かしら?」

 

 目を開けると部屋の中は明るかった。朝の日差しと言うより、昼に近い。


(思ったよりも寝てしまったのね……何これ?)


 腕に針が刺さり包帯が巻かれ、その先にはゴム製の管、そしてさらにその先には液体の入った小さな硝子瓶が木製の棒に吊り下げられていた。初めて見たよく分からぬ物に眉を顰めると、その硝子瓶の隣に立っている見知らぬ男が視界に入った。


「わっ! あ、えっとごめんなさい。大声を出して……どちら様ですか?」


 初め竜王城の使用人かと思ったが、そうでは無いらしい。竜王城の使用人は竜人だからだ。だが目の前の男は、よく見ると竜人の特徴が何処にも無い。鱗は年齢のせいで見えない可能性もあるが、男は見た目が20歳前後と若すぎる。


「人間…………ミーズガルズ人?」


 耳の先が尖った特徴のアールヴ人と違い、耳の先が丸いミーズガルズ人の特徴をしていた。


「まぁ……はい」


 見知らぬ男がなぜ寝室にいるのだろうか。そしてこの腕に着いた針とこの硝子瓶は何なのか分からず、頭が真っ白である。


(何……誰!? 不審者……じゃないよね?? こんな堂々と忍び込める?? 誰!? 誰なの!?!?)


「体調はどうですか?」

「え?」


 男が話し掛けてきた。声は柔らかい印象で、顔もよく見れば可愛らしい顔をしている。格好は白衣を着ている。そして体調を聞いてくることからこの男が医師なのだと分かった。


「吐き気とか頭痛がするとか……何処か不調は?」


「……ないです」


「…………そうですか」


 男は近付いた。そしてじっと此方を見下ろし、いきなり腕に触れた。何をするのかと思っていると、右腕に巻かれた包帯を切り、腕に刺さった針を抜かれた。何も言わずいきなりそんな事をしてきたので驚き目を見開いていると「もう!」と扉から女性の怒った声がした。

 

「竜王妃様が起きたのなら言ってよ!」


 扉の前には輝かしい程絶世の美女が立っていた。煌びやかで後光すら見える。何度も目を瞬いた。耳の形を見るに、彼女はアールヴ人だ。


「御手洗に行っていたのはマリーナでしょう」


(マリーナ? 聞いたことがあるような)


「竜王様がこの寝室に貴方を入れてくれたのは、私がいるからなの! 勝手に竜王妃様に触ったらダメよ!」

「彼女はもう起きたし何も問題無かった。私が開発した輸液も問題無かった。それが分かればもういいでしょう? さっさとエメリックさ――……ラファル侯爵にこのことを伝えたい」


「ああ! もう! 貴方って人は本当に! 実験とラファル侯爵のことしか頭にないんだから!」

「――あっ、あのう」


 思い切って声を出す。するとマリーナはハッとして口を抑えた。


「お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません。お初にお目にかかります竜王妃様。申し遅れましたが、私、マリーナ・イフロディ・ヴァン・テュルビュランスと申します。こちらが私の夫、フィリップ・ヴァン・テュルビュランスです」


(マリーナ・イフロディって、やっぱりスペランツァ公爵のご令嬢だったあの――)


 マリーナは頭を深く下げたがフィリップは頭を下げず、マリーナに肘で突っつかれ、仕方なさそうに頭を下げた。それを見て軽く溜息を吐いたマリーナは頭を上げ、ティティアを見て優しく微笑んだ。


「私達は竜王妃様が目覚めるまで、竜王妃様のお身体の診察させて頂いておりました。夫は医師なのですが、竜王様が男性を寝室に入れることをよく思っていませんでしたので、私も一緒にこの部屋にいることで許可を得ています」


「は、はぁ……」


(目覚めるまで?)


「私達は竜王妃様が目覚めましたことを、皆さんにお伝えして参ります。何か不調があれば教えて下さいませ。あっ、ご安心を。主人だけがここに来ることはありません。私も御一緒させて頂きます。それが竜王様の条件でしたから。では」


 マリーナがそう言うと、2人とも部屋を出て言った。部屋が静まり、ふと考える。たった数時間寝ていただけで診察とは、心配性である。


(あっ、顔の傷とかもあったから……?)


 姿見の鏡を見る為に立ち上がった。柔らかな絨毯の上を歩き、姿見の鏡を見ると頬の腫れと首の噛み跡は無くなっていた。


(あれ? 治ってる? 愛の花もない……どうして――)


「ティティア!」


 振り向くと、ベルタが目を見開き扉の前に立っていた。


「ベルタ!」


 ベルタもティティアもお互いに向かい走って抱き締め合った。


「無事で良かった」

「ティティア、本当に私っ……ごめん!」


 ベルタの目には涙が浮かぶ。ティティアは首を振り微笑んだ。


「それはリッカルド殿下のせいでしょ。服従の首飾りの」

「でも――」

「ベルタは悪くない。自分を責めないで。そこは間違えないで欲しい」


「……ありがとう」


『ピュアア!』


 次にワイバーンの泣き声が聞こえた。声のするバルコニーを見ると、レアが翼を広げてこちらを見ていた。


『グルアアア!!!!』


 そしてレアは天を見上げて大きく咆哮すると、室内へと入り、ティティアの胸に飛び込んで頬擦りをしてくる。そんなレアを優しく抱き締めて頭を撫でた。


「レアも無事だったのね……私、心配で心配で」

「用済みになって殺されそうになった所を、この子が助けてくれたのよ。騎士2人はその子に耳とか色々食べられてたけど」

「え?」


 驚いてレアを見ると『ピュルイ!』と自慢げにふんぞり返った。


「だから私も食べられるんだって思ったんだけど、そうじゃなくて助けてくれてたみたいで。その後は怪我もしてたからここでお世話になってた」

「怪我!? 怪我してるの!? 待って、治してあげる! 私ね天賦の――」

「竜王様から聞いた。大丈夫。そんな大した怪我じゃないんだ。転んで擦りむいただけなんだけど、怪我はここに居るための口実だったんだと思う。大きな出来事を起こした犯人が少しでもここにいても良いように」


「でも――」

「どんな理由があろうと、ここの人達を危険な目に合わせてしまったから。竜王様が許可したから仕方なく皆従ってるだけ。で、ティティアが心配しているのと、怪我をしているからここにいていいって」


「……そっか」


 ティティアはベルタを抱き締める。ベルタの目には涙が浮かんでいた。


「ここにはいつまでいれるの?」

「ティティアが目覚めるまで」


「……じゃあもう行くのね?」

「うん。神殿も忙しいみたいで。それにアチェロ神官長が大神官になるみたい」

「え!?」

「まぁそうかなとは思ってた」

「そっか……見送りはするから帰る時教えて……はぁ、もっといて欲しいけど」

「そうはいっても思ってた予定よりもここにいたよ。だってティティアは半月も寝てたしね」

「そう……そんなに――……え? 半月!?」


「――ティティア?」


 バルコニーからクラノスが入ってきた。ベルタはクラノスを見るとティティアから離れる。


「じゃあ私は失礼! 帰る準備しなくちゃ――あっ!」


 ベルタは「竜王様めっちゃかっこいいね」と耳打ちしてきた。


「あっ、うん」

「まぁ私はもっと熊さんみたいな人が好きだけど」

「え? 熊さん?」

「じゃあ!」


 そそくさと部屋から出て行った。元気そうな後ろ姿を見て改めてほっとし、クラノスの方を見る。


「目が覚めたんだね」

「はい、おはようございます……いえ、こんにちは、でしょうか? どうやら長々と眠ってしまい申し訳ありません」


 するとクラノスが抱き締めてきた。


「寝顔はとても可愛いのだけど、君の声が聞けない辛い日々だった」

「も、申し訳――」

「謝らないでいい。僕がただ辛かっただけだ。それに……うん。魔力も回復してるね」


 クラノスが魔眼を発動してこっちを見ている。次に瞬きをすると、魔眼ではなかった。そしてクラノスはティティアの頬に触れ、首を触った。


(そう言えば……)


「あのっ、愛の花が――」

「君が寝ている間に、自分で無意識に治したんだよ……それで魔力の回復に時間がかかってしまったようでね」

「そうなんですね」

「余りにも起きないから流石の僕も驚いてしまって。エドガルド(国王)に手紙で文句を言ったら、今ミーズガルズの医師が来ていて、腕の良い医師のようだからと寄越して来たんだ。要らないと言ったんだけど、向こうとしては何かしら君にしたいんだろう。あの男が君の腕に何か刺してからは魔力の回復も早くてね。結果良かったかな。でも残念なことに愛の花も治ってしまったようだね」


「……え?」

「また付け直さないとだね」


 クラノスは微笑み顔が近付く。


「あっ、あのっ、私はまだ起きたばかりで――」

「愛の花をつけるだけだよ。それにティティアが不足しているし、少しだけ――」


 唇が首筋に触れそうになると、カラスが3羽バルコニーから入って来た。足に手紙のような物を持っている


『『『ピュアノー!!!!』』』

「分かっているから。少し待ってて」


 レアが飛び上がり、威嚇の鳴き声を出しながらカラス達を追い払った。


「あのカラスは?」

「あれはカラスじゃなくてワイバーン」

「え? ですが――」

「人間側に手紙を出したりしないといけないから、ワイバーンの姿だと面倒でカラスに見える幻術を掛けてる」

「そうなんですか。あの子たちは何故ここに?」


「僕に用があってね。今王都では国王暗殺未遂に関わった貴族達を一気に拘束している。それで一件一件裁判しているのだけど、直ぐに認めないし往生際が悪い……まぁ死刑になるのだから当たり前なんだけど。僕も今後のことをエドガルドと手紙で話し合ったり、他のこともあって忙しくて」

「クラノス様は国政に関わらないのでは?」


「助けを求められれば手を貸すよ。その方が僕に利点がある場合だけど。今回はそうなるから手を貸してる。表に出ないように、だけどね。はぁ……結婚式の準備に国内のゴタゴタ……忙しいったらないよ」


「……………………え?」


 『結婚式』が頭から抜けていた。そういえば結婚式をすると言っていたことを思い出した。


「忘れてたの?」

「い、いえ! とんでもござぃすぇん!」


 言葉を噛み、裏返った。


「……本当に?」


「……申し訳ありません……その、すっかり、と言うか、一瞬ですよ? 色々あったので……ほんの少し忘れてたと言いますか……」


「……そう」


 クラノスは悲しげな表情を浮かべた。


「申し訳ありません」


 ティティアはクラノスの手握る。その手をクラノスは取ると、手の甲に唇を落とした。


「僕はこんなにも君を愛していると言うのに」

「わわっ、私もですよ!」

「でも結婚式を忘れていたよね?」

「半月も寝ていたので寝惚けていたと言いますか、その――」


 クラノスの細く長い指が唇に触れた。


「ふふっ、ごめんね。分かっているよ。長いこと寝ていた君に少しだけ意地悪したくなってね」


 そう言って微笑むとクラノスの顔が再び近付く。


「クラノス様! 先程申しましたように、まだ私起きたばかりでして――」

「さっきも言ったけど、愛の花をつけるだけだよ」

「そそそそそれは、そうかもなのですが、ほら、えっとえっとえっと、あ! みんなの治療が――」

「みんなの治療はあの男がやったから大丈夫」

「ですが――」

「ティティア」

「はい?」

「観念して」


 クラノスはティティアを強く抱き締め、首筋に唇を這わした。

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