34.ただお揃いにしたかっただけ
トルリア城からの帰りは、クラノスが優しく抱き締め、程よい速さで飛ぶ。周りにはワイバーンがおり、バサバサと翼の音がよく聞こえた。
「ティティア、本当に遅くなってしまって――」
「謝らないで下さい。私もお城を出てしまったんで自業自得です」
「それは違う。僕の考えが甘かった。何故城の周りをあいつらが彷徨いているとわかっていたのに離れてしまったんだろうね。僕は愚かだ」
クラノスの抱き締める腕の力が強くなる。身体に痛みが走り、息苦しさを感じた。顔を歪めると、クラノスは慌てて抱き締める力を緩めた。
「ごめん」
「ずっとクラノス様は謝ってばかりです。もうじゅうぶんです」
「だけど――」
「謝られたくないんです」
そっとクラノスの頬に手を添える。クラノスはこちらを悲しげにみつめると「分かったよ」と答えた。じっと前を見つめ、思い出した事がある。
「クラノス様、ベルタ……私の、私の友人がリッカルド殿下に殺されたかもしれなくて、私の友人は――……」
ティティアは口を噤んだ。もしもの事を考えてしまったからだ。身体は強張り、目に涙が浮かぶ。
「安心して。君の友人は無事だよ」
全身の力が抜ける。地面に立っていたなら足からすぐれ落ちていた。
「よ、良かったです……」
「君の友人は服従の首飾りを着けられていてね。やりたくもないことをやらされていたんだ」
「リッカルド殿下が言っていた物ですね」
「そう。ダニエラの天賦の才は呪詛の天賦の才なんだ」
「……呪詛の天賦の才?」
クラノスは呪詛の天賦の才を説明する。説明を聞き、何故服従の首飾りなんて物があるのかを理解した。
「でも安心して。首飾りは壊したから。彼女は何ともないよ」
だがここでふと疑問が湧く。
「呪詛の天賦の才は言うなれば何でも出来る天賦の才ですよね? 治療魔法よりも優れていますし……なぜそんな名称なのですか?」
自身の治療魔法よりも優れている天賦の才だ。物に想いを込めれば、使う相手に魔力がなくても使えるのだ。便利すぎる天賦の才だろう。
「うーん。実は呪詛の天賦の才が初めて発現したのはアストレアなんだ」
「え!? 治療魔法では!?」
アストレアの天賦の才に明確な記載は無い。だが怪我人を助ける描写が多いことから治療魔法が天賦の才だったのではないかと推測されている。
「アストレアは指輪に治療魔法を込めていてね。それで色々な人達を助けていたんだよね」
「そうなのですか!?」
驚いているとクラノスは笑っていた。歴史を実際見てきたクラノスには滑稽なのだろう。
「初めて発現した天賦の才の名称は発現者が決める。アストレアが初だったから名称をつけたのは彼女」
「……だったらなおさら、なぜそんな名称に?」
やはり『呪詛』という名称は勿体ない。
「僕が言われたのは『貴方の不老不死と同じね』って言われたよ」
「……え?」
「んー、詳しいことは分からないけど、祈りを込めると込められた物には、魔眼で見れば赤黒い靄がまとわりつく。僕の呪いと同じ靄の色だったし……それに『とても素晴らしいけど、怖い程何でも出来てしまう』とも言っていたね。僕が不老不死を呪いだと思うように、彼女も自分の天賦の才を呪いだと感じたのかもね。それで自分の天賦の才を『呪詛』と名付けたんじゃないかな」
「……もったいない気がしますけど……ふぁ」
すると急に眠気が襲い欠伸が出た。だが不思議なことに以前の様にすぐ眠ることは無かった。きっと食事が改善したからだろう。少しばかり体力がついたようだ。
「眠い?」
「眠いには眠いですが、少し寝て竜王城に着いたら起こして下さい。リッカルド殿下の騎士達にやられた皆の治療がしたいです」
今の自分になら休憩すればすぐ治療が出来るだろう。この治療魔法をもっと人の役にたたせたい。
「いや、それなら休んで貰いたい」
「大丈夫で――」
「『大丈夫』じゃない。君が大丈夫でも僕が大丈夫じゃないんだよ。あんなに魔力を使ったんだ。いつ気を失ってもおかしくない。休んで欲しい」
クラノスは頭をコツンとくっつける。鼻と鼻が触れ今にも唇が触れそうだった。
「治療は明日にしよう。人間と違って獣人は強いから大丈夫」
「……それなら分かりました」
本当は治療がしたい。早く皆の役に立ちたいが、クラノスが心底心配しているようなので言うことを聞くことにした。
「ありがとう」
クラノスはこめかみに唇を落とした。その後も前を見ずにこちらをじっと見つめてくる。だが愛おしさを感じるような視線ではなく、何故か悲しげにこちらを見つめてきた。
(どうしたのかしら……あっ)
目を見ている、というよりはリッカルドに殴られ腫れた頬を見ている。次に首筋に視線が移動した。
「本当に……あの時殺してしまえばよかった」
「駄目です!」
「ティティア! 君は何をされたのか分かっているの?」
「とても悲しく腹立たしい気持ちは勿論あります。でも、それでも駄目です。あの場で殺してしまっては反省も何もしません。しっかりと自分の犯した罪に向き合って反省して頂きたいんです。それに、これは今すぐ治します」
「……分かった」
ティティアはゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐いた。集中するために左手で左頬に触れた。靄を見つけ、魔力を流し治療する。
(あ……れ……?)
上手く治すことが出来ない。ゆっくりと時間をかけたものの、灰色靄はそのままだった。
(魔力が……もう……)
息切れをし、治療をやめた。僅かな魔力が底をつきそうだった。
「どうしたの?」
首を傾げてこちらを見るクラノスに、気まずそうに「治せなくって」と伝えた。
「想いが込められた傷だからでしょうか。今の少ない魔力では難しく――……」
クラノスの手が震えている。これは怒りで震えているのだろう。震える手にそっとティティアは手を重ねた。
「休んだら魔力も回復しますし、その時に治せますから」
ゆっくり時間をかければ治せるはずだ。今は長い時間をかけれるだけの魔力が無いだけである。
「不甲斐ない……」
「え?」
「僕は何も出来ない」
「そんなことありません。幻覚魔法という素晴らしい魔法を使えるではありませんか」
「……幻滅した?」
「え?」
「幻覚魔法しか使えないってことに幻滅した?」
「えぇ!? 何故そうなるんですか!?」
クラノスは気まずそうに口を噤む。
「確かに竜王様は魔法に長けていて何でも使えると教えられますが、だからといって幻覚魔法しか使えなくてもなんとも思いませんよ」
「本当に?」
「当たり前じゃないですか」
ティティアはクラノスの顔に触れようと手を上げようとした。
だが――。
(あ……れ……?)
上手く手が上がらない。限界が来ている。暫くすれば寝てしまう。瞼がだんだんと重くなってきた。
だが気になることが多い。
ティティアは睡魔と戦いながら、クラノスを治療した時のことを考えていた。あの時の噛み跡のような靄は、狼人族の噛み跡だろう。
「ダニエラ様は……どうしたんですか……リッカルド殿下が狼人族とダニエラ様が一緒にいると……狼人族と戦ったんですよね? ダニエラ様はどうしたんですか?」
「もう眠いんだね。眠るといい。この話は後でしよう」
「でも気になります……寝ようにも……気になりすぎて……夢にリッカルド殿下達が出てきそうです……」
「……それは嫌だな」
「……これからリッカルド殿下も大神官様もどうなるのでしょうか」
「エドガルド――国王が処罰を決める――と言っても、形だけの裁判はするね。リッカルドは死刑は免れないだろうね。僕達のことがあっても無くてもね。でもあんなのでも王族だから、斬首刑になってしまうね。火刑かもっと苦しむような刑がいいんだけど。大神官はそれの幇助と人身売買をしたから本来は死罪だけど神職だから終身刑の可能性が高いかな。神職の死罪は縁起が悪いとされているから生かさず殺さずかな……ダニエラも大神官と同じ」
「そうなのですか……」
「全く……アストレアはあいつの何が良かったんだろうね」
そう言われハッと思い出す。クラノスはアストレアがカリストにされたことを知らないのだ。
「クラノス様。その事なのですが――」
ティティアは真実を話した後、泥のように眠りについた。




