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32.王の帰還

「……ち、父上ぇ!?!?」


 騎士団が道を空け、40代半ば程の男が歩いて来た。


(行方不明だった国王陛下?)


 国王に会ったのは1度だけ。孤児院訪問の時だけである。もう顔は覚えていない。その上、服装がチュニックシャツにズボンといった簡素な格好だったので、国王だと見ても分からなかった。


 リッカルドの顔は幽霊を見ているように青ざめていく。


「なんっで……海に沈んでいるはずじゃ――」

「そうだな。お前は私を棺桶に入れ、海に放り投げた」


 国王はリッカルドの前髪を引っ掴んだ。


「どれくらいの時間、海の上を漂っただろうな。もう駄目だと何度も思ったさ。だがミーズガルズの漁船に助けてもらい、今ここにいる」


 次の瞬間、リッカルドは吹っ飛んだ。国王が力いっぱい殴ったのだ。国王の息は荒く、ギリギリと歯を食いしばっている。


「捕らえよ!!!!」


 国王がそう言うと、両隣の何も無い空間から騎士2人が現れた。


「え!?」


(どういうこと!?)


「ティティア、あれは姿消しの呪いだよ」

「の、呪いですか?」

「むかーしむかし、呪いの天賦の才(ギフト)の聖女が姿消しの呪いのブローチを練習で作ったものが大量にあってね。それをオルランドに渡していて、あの騎士達がマントに着けていたんだ」


 よく見れば四葉のクローバーのブローチを騎士達は手に持っている。どうやらあれで姿が見えなくなるらしい。


「ただあれは魔力を制限して作ったはずだから、1度しか姿は消せない。だからここぞという時にしか使えない」

「そうなんですね」


 騎士はリッカルドを跪かせ、縄をかける。


「愚か者は捕らえた。全て終わりだ」


 国王がそう言うと、今度は銀髪の神官服を着た人物が姿を現した。


「アチェロ神官長」


 ポソリとティティアは呟いた。それを聞いたクラノスは顔をしかめた。アチェロの後ろには拘束された大神官が騎士に連れられていた。


「リッカルド……覚悟は出来ているのだろうな」

「父上、ちがいます! 全ては……そう、その男、大神官が考えたことです! 私じゃない!」

「見苦しいぞ!!!!」


 ギリギリと歯を剥き出しにして、国王はリッカルドを見下げた。大神官は顔をひきつらせている。


「私を殺そうとしといて良くもまぁそんなことを言えるな!!」

「私はこの国の未来の為に――」

「私を殺すことがか!!!!」


 リッカルドは口を開け、1度閉じると俯いた。そして肩を震わせ気が狂ったように笑いだした。皆その姿に目を見開きいた。


「馬鹿が馬鹿が馬鹿が!!!! そうだ!!!! お前を殺すことがこの国の未来の為だった!!!! 1000年経ってこの国は余計おかしくなった!! いつまで獣人にペコペコしている気だ!! 貴様が王である限りそれは変わらない!! 目を覚ませ!!」


 国王は「ついに気が触れたか」と力なく言った。


「『気が触れた』!? 気が触れているのはお前らだ!! 何故この状況が可笑しいと思わない!! このままでは人間は、永遠に!! 奴の!! 邪竜の!! 奴隷だ!!」


「リッカルド!!!!」


「私は『リッカルド』ではない!! カリストだ!! 1000年前の人獣戦争で、邪竜のせいで負けそうだったこの国を互角にまでもっていった、あの英雄のカリストだ!! ユル達が裏切らなければ勝てたんだ!! なのに――」

「なんて……なんてことだ……」


 力なく国王はそう言って膝から崩れ落ちた。


「そうだ! 私に跪けエドガルド! 私はお前の先祖だ! もっと敬え王位を譲れ! この国を本来のあるべき姿に――」

「この歳になってまでそれを言うか……そんなことを言って許されるのはオルランド程の年頃までだ……」


 国王は顔を両手で覆った。


「………………は?」

「もうその思春期空想病は止めろと言っている!」


 再び国王はリッカルドを見据えた。


「はぁ!?」

「そんな歳にもなって一体……何を言っている……」


「初めて伝えた時信じたではないか!!」

「当時何歳だったと思っている!? あの時お前は10歳だ!! 母をなくしたばかりのお前が急にそんなことを言うのだから信じた振りをするしかないだろう……だか、お前、まさか、それを、その空想を、その歳にもなってしているのか!?!?」


 今度はリッカルドが口を大きく開けて、顔を引きつらせた。


「違う……違う違う……本当に私はあのカリストの――」

「なんと情けない……」


「違う!!」

「黙れ!!!!」


 国王はリッカルドの横を通り過ぎ、クラノスの前まで歩くと跪いた。

 国王が跪いているのを見て、オルランドと騎士団も跪いた。


「こ……こんな邪竜に膝を着く必要なんかない! 皆目を覚ましてくれ! こいつは幻覚魔法とかいう子供騙ししか出来ない! 今じゃ竜王なんて言われているが、女には奥手で陰気臭くて鈍臭い奴なんだ! 下手に出ていればいい気になりやがって! アストレア、私を見てくれ! 最初こそは酷かったが、後々愛してくれたではないか! 本当に愛しているのは私――グふぁっ!!」


 国王は再びリッカルドの左頬を殴った。リッカルドは地面に倒れるも、直ぐ騎士に座らされた。


「クラノス様、ティティア様」


 国王が口を開く。

 クラノスは首を動かし、鼻先にティティアを乗せてゆっくりと下ろす。


「クラノス様、ご無沙汰しております。ティティア様、お初にお目に掛かります。エドガルド・リオス・リュ・ウニヴェルソと申します」


 本当は初めてではない。王の孤児院訪問で会っているが、そこは何も言わなかった。

 跪いた国王が目の前にいることに不安になり、クラノスの身体に触れた。


「エドガルド、面を上げて立っていい」

「ですが――」

「我が妻が戸惑っているようだから。皆もね」


 国王は1度躊躇したが、再びクラノスに言われ立ち上がると、皆同じように立ち上がった。


「まず、君も大変だったね。生きていて良かった。僕も探したんだが、見つけることが出来なくてね」

「ありがとうございます。海の上を漂い、少しばかりミーズガルズ王国にいました」

「よく帰ってこれたね。僕は嬉しいよ。でもね、今回の件は残念に思う。君はよくやっているけど、そこの息子はどうしようもない。1度忠告をしたにも関わらず、僕の妻に手を出そうと……いや、手を出したんだ。見ておくれ、この頬を。なんと痛々しいだろうね。君の息子がやったんだよ。僕の愛する宝に」


 声色が怒っている。国王はこちらを見て顔を歪めた。


「この国を滅ぼしたい程に僕は怒っているよ。竜撃槍をまさか使われるとは思わなかったよ……君達の都合もあるから残しているだけだったというのにね」


「……お怒りはごもっともです。愚息が許されないことしたのは分かっています。必ず処罰を受けさせます。ですので、一旦この場は私に任せて頂きたいのです。私の顔に免じて、どうか、どうかお願い致します」


「ふむ……だって。どうするティティア?」


 皆の視線が集まる。どうするも何も、何も考えていなかった。ただ早くこの場を去りたい。リッカルドと離れたい。それだけだった。


「えっと……いいと思います」

「本当に? この場でさっさと処刑することもで出来るよ?」


「え!? ダメですよ!!」

「駄目じゃないよ。国王を殺害しようとしただけでなく、君を誘拐したんだ。本来なら極刑だよ」

「でも……今ここでは望みません。クラノス様と帰れればそれで……あっ、ただ1つお願いが」

「やっぱり処刑したくなった?」

「違います!! その、許せないことがあって、クラノス様に竜撃槍を使った事です。クラノス様はとても痛い思いをしたので、これの処分をお願いします」


「そんなことでいいの? もっとこう何か、君に対してやった――」

「私は国王様が下す処分でじゅうぶんです」


「……本当に君は…………だそうだよ」


 すると国王は「承知しました」と答えた。


「――それから僕からも1つ」


 クラノスがそう言うと、国王は慌てて「何でしょう」と答えた。


「リッカルドが着ている服は僕の服だから返して」


 サァッと国王は青ざめる。


「窃盗まで……大変申し訳ありません!」

「早くして。僕の妻は早く帰りたいみたいだから」


 国王は近くにいた騎士にリッカルドの服を脱がすよう命令する。リッカルドは「何をするんだ!」と抵抗したが、何人もの騎士に無理矢理脱がされ、下着姿となりそのまま拘束された。屈辱なのか、身を小さく丸めている。


 クラノスは服を受け取ると指を鳴らす。濃く白い靄が立ち込め、姿が見えなくなったかと思うと、靄は無くなり服を着た真の姿のクラノスが立っていた。

 リッカルドと国王以外、みな真の姿に目を丸くしていた。


「あ……間違って真の姿になってしまった……まぁ、いいか」


 クラノスは服の袖の匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。


「この服は帰ったら捨てよう……仕方がないから着てるけど……」


 そう言って国王の前まで歩く。


「ティティアがああ言うから、僕達は帰るよ。国も滅ぼさない。ティティアに感謝するように」

「はい。ありがとうございます」

「ではティティア。帰ろ……あ、そうだ。エドガルド、次いでだから言っておきたいことがある」

「なんでしょう?」

「ティティアの天賦の才(ギフト)の事なんだけど、治療魔法だったよ。しかもクインテの」

「――そ、それは凄い」


「まぁ、それだけ。治療院も開きたいそうだから、その事については後程。じゃあ今度こそ、ティティア帰――」

「あっ、お待ちください」


 ティティアは小走りでアチェロの元へと向かう。アチェロはこちらに気付き、微笑んで両手を広げた。ティティアはその腕に飛び込んだ。


「アチェロ神官長! おかえりなさい!」


 嬉しくて目が薄ら湿った。ぎゅっと抱き締め、アチェロの暖かい胸に顔を埋めた。アチェロはそんなティティアを抱き締め返し、頭を撫でた。


「ただいま。ずっと心配していました。それと、結婚おめでとう」

「ありがとうございます!」

「聖女で竜王妃様。もう頭が上がりませんね」

「そんな!」


『ピュ、ピュイ!』


 レアの慌てた様な鳴き声が聞こえ振り向くと、クラノスがこちらを見て不機嫌そうにしていた。


「……あ! クラノス様こちらに」


 アチェロを紹介していない。だから不機嫌になったのだろう。クラノスの元へと戻り、手を引いてアチェロの前に移動した。


「クラノス様、紹介しますね。こちらがアチェ――」

「知っているよ。さっきティティアが言っていたからね。どうも神官長。()()()が世話になった人だと聞いているよ。でももう安心して欲しい。彼女は()()()だから、何も心配しなくていい」


「え……?」


 『僕の妻』という言葉を強調してクラノスは言う。


「それからティティアは僕のことが大好きだし、僕も彼女を一生大事にするし、君が入る隙は一切無――」

「クラノス様!!」


 慌てて大声を上げた。


「私とアチェロ神官長とはそんな仲ではありませんよ!」

「ティティアがそう思っても彼は違うかもしれない」

「違うんです! アチェロ神官長は女性です!」

「だから――……え?」


「女性です! 巷では男装の麗人神官長と言われていまして――と、言っても神官服に男女の違いはないのですが……」


 アチェロは微笑み、クラノスの前で右手を胸に当ててお辞儀をした。


「竜王様、お初にお目に掛かります。ビアンカ・アチェロです。ティティアのことは年の離れた妹の様に思っていました」


「……そうか。『ビアンカ』か……ティティアのビアンコはここからか……」


 クラノスはふぅと溜息を吐いた後、咳払いをした。


「神官長、先程のことは忘れて欲しい」

「かしこまりました」

「では、その……もう帰ろ……う……」


 クラノスはハッとして国王の方を見る。だが国王というよりその後ろを見ているようだ。


「クラノス様?」


 不思議に思い首を傾げると「何でもないよ」と答えた。


「嫌な風の匂いがするね……帰ろうか」

「はい! アチェロ神官長、また!」


 クラノスは指を鳴らす。白い靄が周りに立ち込めた。


「ティティア、僕に掴まって」

「はい!」

「では行こう。もうこんな所にいたくない……勿論、リッカルドがいるからという意味で、決して勘違いが恥ずかしかったから、とかではないよ」

「ふふっ、はい」


 クラノスはティティアを抱き上げ、翼を出すと空を飛んだ。ワイバーン達も一緒に空を飛び、その場を去った。

厨二病

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