31.閑話 行方不明の夜
***
――夜中、トーポの下刻。
――国王の寝室。
「国王陛下、お休みなさいませ」
侍従がそう言い一礼して部屋を去った。
寝間着にはもう着替えている。あとは寝台へと入るだけだ。天蓋付きの寝台に腰をかけ、あとひと月程の新年の儀について考えた。
今回の新年の儀は珍しい。
通常、聖女は魔力が衰える老婆になってからの交代が基本だったからだ。若き聖女から若き聖女に交代することは稀である。
(……聖女ダニエラが変にごねなければいいが)
ふぅ、とひと息吐くと、扉の向こうが騒がしい。目を凝らして扉を見ると、勢い良く開いた。すると、黒いローブにフードを被り、黒地に目の部分だけがくり抜かれた仮面を着けた人物が数人入って来た。
呆気に取られているとその者達は寝台の周りを囲む。
手には剣を持ち、剣先は全てこちらを向いていた。
「お前達は何者だ」
静かにゆっくりと質問した。だが誰も答えない。
(交渉も何も無しか……)
自身の最後を悟った。
心残りは多くある。
その中でも愛する息子2人のことが気がかりだった。
第一王子リッカルドは、民を愛し、案外堅い所があるらしく女性からの誘いは全て断っている。神殿にもよく足を運び、信仰心も高い。
だが問題は差別主義者な所だ。
隠してはいるが、特に獣人を毛嫌いしている。それだけでなく、リョース人至上主義らしくデック人のこともあまり良く思っていない。リッカルドの騎士団にリョース人しか居ないことがそれを物語っている。
アールヴはリョース人、デック人、獣人の国だ。
単一民族国家の他国では良いのかも知れないが、アールヴ連合王国の王がこれではいけない。
第二王子オルランドは、若く優しすぎる性格をしていた。優しい性格は王にとって悪い面もあるが、スペランツァ公爵が支えになっており、そこは問題ないだろう。信仰心も問題無く、定期的に神殿へと通っている。
平等主義者でオルランドの騎士団にはデック人もおり、それだけでなく騎士団長は高齢らしいが竜人だった。
王となるならオルランドと考えていた。
勿論これに反対する者もいるだろう。
だが自身の考えを変えるつもりはない。
リョース人である第一王妃の子リッカルドは、デック人である第二王妃の子オルランドをあまり良くは思っていない。表面上可愛がっているように見えるが、そうでないことは分かっていた。
いつ何時、暗殺されても事故や病で死んでも良いように――あまり考えたくはないが――遺言書は作成済みだった。
【国王はオルランドに】
他にもつらつらと書き連ねているが、1番重要なのはこの1文だ。
誰もがリッカルドが国王になると思っているだろう。第一継承権はリッカルドなのだ。だが遺言書はそれを無効に出来る唯一の手段だ。
(書いていて良かった……と言うべきか)
「私は死ぬのか」
(息子達の成長が見れないというのは……こんなにも悲しいことなのか……)
頭をぐるぐると色々な考えが巡る。
(リッカルドが差別主義者でなければ王に出来たのになぁ。そうなったら王妃は誰になるのだろうな……スペランツァ公爵の娘が良かったが、彼女はミーズガルズの伯爵家に嫁いでしまったからな……天国のアリアンナも怒るだろう。オルランドは良き王になるだろうな。もしかしたら獣人がリンポスへ来るくらいには――……それは言い過ぎか……オルランドの妃は誰になるのだろうな……歳の近い令嬢も良いがミーズガルズからという手も――)
「夜分遅くに失礼します」
聞き慣れた声に心臓を鷲掴みされた。ゆっくりと顔を上げれば、その男は仮面を取りこっちを見ている。
「父上、今まで育てて頂きありがとうございます。急ではありますが死んで頂きたい」
「リッカルド?」
「はい」
リッカルドはにっこりと笑う。亡き妻そっくりなこの顔が憎らしい。
「完璧な父親ではなかったかもしれない。だがこれでも、国王として、父親として、愛情もってお前を育てたつもりだ。何故私を殺す?」
「私も殺したくありませんでした。ですがそうはいかなくなった。まさか遺言書に【国王はオルランドに】なんて書いてあるのですから」
遺言書はトルリア城で大神官立ち会いの元作成し、それを特殊な保管庫に入れていた。保管庫の鍵は、三公爵がそれぞれ1つずつ持つ指輪が鍵となる。3つの指輪に着いた石を保管庫の窪みに入れ、一斉に回す。1つでは開くことは出来ない。
(ヴィットリア公爵ならまだしも、コラッジョ公爵とスペランツァ公爵が勝手に保管庫を開けることに同意するようには思えない…………クラノス様がリッカルドに言うとは考えられない……となると大神官だが……)
遺言書の作成には大神官の立ち会いが必須だった。大神官は神の名のもとに潔白であり平等だからだ。だが内容は知らないはずだった。大神官は立ち会うだけで記入する所を見ることは出来ない。
遺言書記入後は封筒に入れ封蝋をし、大神官に渡す。そして大神官がそのまま保管庫に入れるまで見届ける。その間に読むことは出来ない。
(どうやって…………聖女ダニエラが何かしたか……?)
「オルランドが王? 御冗談でしょう?」
「……お前が差別主義者だからだ。この国の王に相応しくない」
「なるほど。では、私が国王になる可能性もあると?」
「差別主義者でなくなればな」
「残念です」
リッカルドは溜息を吐いた。
「私を殺しても国王はオルランドになることは変わらない。保管庫は国王亡き後、開くことが決まっている。お前の友人ヴィットリア公爵が拒否してもだ。必ず開ける。指輪を無くした、なんて言い訳は許されんぞ」
「はい。なので開けない方法を取ろうかと」
「……何?」
リッカルドはニヤリと笑う。
「行方不明になって頂きます」
国王は小さく溜息を吐いて「なるほどな」と呟いた。
「遺体が無ければ遺言書は開示されません。遺言書はあくまで死者の言葉。生死不明であれば開示はしません」
「……法を変えておけば良かったな」
「かといって何処かに監禁していては、誰かに見つかってしまうかも知れません。遠くでひっそりと死んで欲しいのです」
「弔うこともしてくれんとは、随分酷い殺し方をするのだな」
「豪華な棺桶は用意できませんが、最後の晩餐として父上の好きな合鴨のスパゲッティくらいはなんとか用意しましょう。ご同行願います」
「嫌だと言ったら?」
国王がそう言うと、リッカルドの隣りにいた黒ずくめの男が国王の顔面を思いっきり殴った。
***
「うっ……」
国王は目を覚ました。
(ここは……何処だ……)
目を開いても何も見えない。
真っ暗だった。
だが何故かスパゲッティの匂いがした。
そして自身が寝そべっていることは分かった。
鼻が痛い。口が痛い。
(…………リッカルドは何処か)
顔を触ろうと右手を上げ、両手が縛られていると気付く。何か見えないかと首を回すと、閉塞感を感じた。縛られた手を上げると何か木の板の様な物に触れる。木の板に手を這わし、自身が箱の中に閉じ込めらていることに気付いた。
手足を動かし、箱から出ようとするもビクともしない。釘を何個も打たれているようだ。何か情報はないか、と耳を澄ますと波の音が聞こえる。
「もしかして父上、起きました?」
リッカルドの声がし、箱の中を思いっきり叩いた。
「開けろ!!!!」
「開けるわけないじゃないですか。それに、ここでちょうど別れようと思っていたんです」
「巫山戯るな!!!!」
「あぁ……可哀想な父上。こんな質素な棺桶に入れられて、誰からも弔われずエシュリオムに行くことも出来ない」
ズルズルと動かされていることに気付いた。最後の抵抗に箱を何度も叩き、引っ掻いた。爪が剥がれたが気になどしていられない。
「私の心を表すように、今日の海はとても穏やかです。月も美しい。見せられないのが残念ですね」
「リッカルド!!!!」
「あ、合鴨のスパゲッティは足元に置いてありますよ。良かったら食べて下さい。では、さようなら」
棺桶が大きく動き、海へと落下した。




