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30.僕の妻は優秀なのでね

 クラノスは血を吐きながら、リッカルドを睨み付ける。呼吸も荒く、苦しそうだった。血の臭いが充満する。


(治療しないと!)


 ティティアはクラノスの口元に触れ、魔眼を発動させると魔力をクラノスへと流した。


「僕のことは――」

「竜王城の人達も大事ですが、先ずは今のクラノス様です。そうしなければ一緒に帰ることも出来ませんよ」


 耳らしき穴が空いている部分に小声で話した。クラノスはじっとこちらを見た後頷いた。


「1000年前と違って毒が効いているな。昔も塗っていたんだが効かなかった。だが1000年もあれば薬も進歩する。直に動けなくなるぞ」


(毒……は治療魔法で治せる? ただでさえ身体が大きいから時間が掛かりそうなのに……でも急がないと……この紫色のモヤが毒? 全身に広がってる……どうしよう……え、待って。何この傷……何か獣に噛まれたようなモヤの形……これは何?)


「ティティア、竜撃槍は装填に時間が掛かる。いつもの君なら大丈夫だから。毒も大丈夫。この身体は大きくて頑丈だから、全力でいい」


 治療魔法の事は言葉に出さず、クラノスは優しく小声で言った。リッカルドには聞こえていないだろう。


「あ……はい!」


(落ち着いて……魔力も多くていいってことだよね……)


 クラノスはこちらをじっと見つめたあと、リッカルドを睨み付ける。


「……この戦いをいつから準備していた。ダニエラは幻覚魔法を『対策済みです』と言っていたよ。ダニエラがそんなことを考えるはずがない。だとすれば指示役がいる。文献を改竄する前、1000年前のことを知っている人物……君だろう」


 どうやら時間稼ぎをしてくれているようだ。

 その間に治療を進める。


「元々あの呪具は正式に国王となった後、ファフニルに攻め入るために用意させていたものだ。準備に越したことはないからな。ダニエラにはその事を伏せ、適当に竜王を手に入れる為と準備をさせた。いつの時代も貧民街出身は馬鹿で助かる」


「……そういえば君は執念深い男だったね」


「貴様のせいで負けたことを忘れるはずがない。腹が立つ。幻術なんて子供騙しにやられた自分を恥じた」


 ギリッとリッカルドは歯の奥を噛み締めた。


「貴様には分からぬだろう。竜撃槍はその硬い鱗を突き破る為、私が考えたんだ。期待通り貴様の身体に刺さったというのに、怪我はすぐに治った。私の心はどれだけ折られたか。だが実際は幻術で隠しているだけだった。それが分かった時にはもう遅かった……勝てないと思ったのか、ユル達は寝返った。戦争終結の条約が結ばれた。本当に惜しいことをした。だが今回そんな過ちはおかさない。今度こそ貴様を殺す。貴様がいるからアストレアは私に心を開かないんだ。アストレアを手に入れる為死んでくれ」  


「君は本当に何を言っているのか分からないな。まず僕が使える魔法は幻覚魔法だけじゃない」

「馬鹿が。今も昔も幻覚魔法しか使えないだろう。治療魔法なんか使えないだろうが」

「それとユル達は勝てないから寝返ったんじゃない」

「じゃあなんだ」

「それは君自身で考えるべきだろう? それにアストレアじゃない。ティティアだ。僕の愛する妻でかけがえのない宝物。渡すつもりはないよ」


 その言葉に顔がどうしようもないほど赤くなる。


「アストレアは私の女なのに、よくもまぁヌケヌケと…………ふっ、ははっ……くくっ……笑える……だから、幻覚魔法しか使えないと知っていると言っただろう。何を今更……くくっ……何故傷が治っていく振りをする?」


 治療魔法を施し、傷が癒えていく。その様子を見て幻覚魔法を使っていると思ったのだろう。リッカルドは必死に笑いを堪えている。


「何故だろうね」

「見栄を張るなよ邪竜が」


 クラノスはちらりとリッカルドが腰に携えた剣を見遣る。


「それはユルのじゃないか」

「ふふっ……懐かしいだろう。不老不死でも傷付けば痛いんだろ? 致命傷はただ苦しい時間を長いこと過ごす。ならお前の首を切ったらどうなるんだろうな……もう全身動かなくなる頃だ。苦しんで身悶えろ」


 ティティアが城壁を見ると、何本か青い旗が上がっていることが分かった。竜撃槍の装填が完了したのだろう。


 だがこちらも治療が終わる。

 魔力を大量に消費した。

 だが不思議と睡魔は襲って来なかった。


 ティティアはクラノスの口元へと移動し、目を見て頷くと、クラノスは口角を軽く上げた。


「放て!!!!」


 リッカルドは叫び、その声と共に再び竜撃槍が発射される。


 「放て!!!!」とほぼ同時にクラノスはティティアを咥え飛び上がった。竜撃槍の槍は床へと突き刺さる。


「な、何故動ける!?」


 リッカルドはそれを見て目を見開き、顔を引き攣らせた。クラノスは空を飛びながらリッカルドを見下げた。


「ほふのふまはゆーひゅーなのへね」


 自慢げにクラノスはそう言う。


「………………え?? 何?? 何だって??」


「クラノス様。私を咥えたまま喋っても通じないと思います」

「ほふはへ……ひたふはい?」

「ふふっ、はい。痛くありません」


 牙が当たるが痛くは無い。舌が柔らかくヌルッとするだけだ。城壁を見ると騎士団が急いで竜撃槍を装填している。


「クソッ!! 次の竜撃槍を放て!! まだなのか!! 急げ急げ急げ!! 竜王の反乱だ!!」


 クラノスは1つの発射台へと真っ直ぐ向かい破壊した。装填していた騎士達は慌てて逃げる。

 向かって来る騎士はいなかった。ティティアはゆっくりと下ろされる。クラノスは下を覗き込み、騎士達を見た。


「んー……皆、幻覚防止の剣を持ってるなぁ」

「『幻覚防止の剣』ですか? そんな物があるんですね」

「あると言うか……ダニエラが作ったというか……僕は本来肉体派じゃないんだよね……ちょっと耳を塞いでて」

「え?」


 言われた通りに耳を塞ぐと、クラノスは空を見上げ、大きく口を開けて咆哮した。

 何キロメートルも先、ずっと先まで聞こえそうな大きな咆哮に耳を抑え、全身がピリピリと痺れた。


「矢を放て!!」


 リッカルドは礼拝堂を取り囲む騎士団長に命令する。


「しかし聖女様に当たり――」

「うるさい!! 早く!!」


 騎士団長は眉をひそめながら、部下達に矢を放つよう命令する。だが先程の竜の咆哮に圧倒され騎士達は唖然としていた。


「放てと言っているんだ!!!!」


 リッカルドの怒声にハッとした騎士達は、慌てて矢を放つ。何百本という矢がこちらに向かう。クラノスは翼でティティアを庇った。翼に矢が跳ね返る。クラノスに刺さりはしないがティティアには刺さってしまう。足留めにはじゅうぶんだった。


「クラノス様! 私は物陰に隠れますから――」

「いや、もう絶対に1人にはしない」

「そのまま装填時間を稼げ!! 放ちまくれ!!」


 その時だった――。


 ロスがどこからともなく飛び出し、矢を跳ね除ける。


「ロス!?」


(今までどこにいたの!?)


 何処から来たのか聞きたいが、今はそんな場合ではない。ロスは無数の矢をビュンビュン飛び回って跳ね除けた。ワイバーンの鱗は本来は硬い。通常の矢尻では鱗に刺さらなかった。だが1匹では限界がある。何本もの矢がすり抜け、ティティアへと向かいクラノスの翼に跳ね返された。


「たった1匹のワイバーンじゃ護りきれないだろう!」

「何故1匹だと思ったの?」

「はぁ!? 数を数えられないのか!? どう見ても……え?」


 遠くから『ピュイピュイ』と鳴き声がする。それも数匹ではない。百匹以上もの鳴き声だ。空を見ればワイバーンの群れがこちらへ向かって来ていた。


「あれは?」

「さっきの咆哮で助っ()を呼んだんだよ。レアに頼んでいてね。近くにいて良かった」


 クラノスはティティアにそう言った。

 よく見ればワイバーンの群れを引き連れるようにレアは飛んでいた。


 クラノスは喉の奥を震わせて鳴いた。すると、その群れは下にいた騎士達と竜撃槍を装填していた騎士達に向かい襲いかかった。


 騎士達は阿鼻叫喚の状況だ。


「食べちゃダメだよ!!!!」


 大声で注意すると、ワイバーン達は一斉にこちらを向いて1秒程動きを止め、口に咥えていた肉片をペッと吐いて再び襲い出した。


「食べてもいいと思うけどね」

「ダメですよ!」

「そう? それとティティア、僕の背中に乗ってくれる? 背鰭に掴まって」


 クラノスは膝を曲げる。ティティアは登ろうとするが上手く登れず、クラノスが鼻先で押し上げた。


「絶対に離さないで」

「はい!」


 ティティアは背鰭と背鰭の間に挟まるように座り、両腕で抱き締めるように掴んだ。クラノスは飛び上がり、リッカルドの元へ向かう。

 わざと大きく音を立て地面に降りた。クラノスが怒っているのが後ろからもよく分かる。リッカルドは後さずり、灰の爪をこちらに向けた。


「く、来るな邪竜! 誰か私を助けろ!」


 だが誰も助けない。皆ワイバーンの相手に必死だからだ。


「くそッ!!」


 リッカルドは灰の爪をこちらに向かって投げた。クラノスは尻尾でパシンと叩き落とす。


「ユルとは大違いだ。その剣の使い方も何も分かっていない」


 わざと大きな音を立て、大きく1歩踏み出した。


「ひいっ!!!!」

「君がやったことは到底許されない。僕は絶対許さない」


 クラノスは大きな牙をリッカルドに見せ付けるようにして口を開いた。


「や、やめろ……私は、私はこの国の第一王子だぞ! 父上不在の今、この国を任されてる! そう、そうだ! 私は今は国王代理! 私が偉い! 誰よりも! 貴様よりも!」


「……だから?」

「『だから』!? 私は、私は国王と同じなんだ!」


「……それで?」

「『それで』!? 誰か私を助けろ!! 私は――」

「兄上」


 リッカルドの真後ろから声がする。リッカルドは振り向き、目を見開いた。


「オル……ランド……オルランド!」


 オルランドは悲しげな表情を浮かべていた。

 その後ろには横に騎士団が並び、騎士団の上空をロスが自慢げ(ドヤ顔)に飛んでいた。


 リッカルドはオルランドにしがみつく。そんなリッカルドをオルランドは悲しげに見下げた。


「あぁ、愛しく可愛い弟よ! 助けに来てくれたのか! さすが我が弟だ! 助けてくれ! 邪竜が攻めて…………………………いや、待て……どうやって……どうやってここに来た……何故ここにいる?」


「……兄上……周りをよく見て」


 先程までワイバーンの鳴き声と騎士団の鳴き声がうるさかったはずが、静まり返っていることに気付いた。リッカルドは周囲を見渡す。リッカルドの騎士団は皆剣を突き付けられ、両手を上げている。剣など持っていない。地面に置かれていた。

 剣を突き付けているのはオルランドの騎士団だ。そしてリッカルドの騎士団を次々と縄で拘束していた。


「お前の騎士団はどこから現れた!?」


 先程までオルランドの騎士団はいなかった。なのに急に魔法の様に現れ、リッカルドの騎士団を捕らえている。


「どこだろうね」


 オルランドはクラノスを見遣ると、リッカルドを見据えた。


「新年の儀が失敗するように計画するだけでなく、ティティア様の誘拐だなんて……大神官から話は聞いたよ」


「……何!? あいつ裏切り――」

「このことは、父上ももう知っているよ」


「父上がぁ!? 有り得ない!! はっ、そうか!! ハッタリか!! 何が父上も知っている、だ。有り得ない!! あいつは私が殺したんだ!!」


 ――私が殺したんだ!!


 水を打ったようにシンとなり、リッカルドは口を抑えたがもう遅い。


「リッカルド」


 リッカルドはその声にハッとする。オルランドの後ろに並ぶ騎士団のさらに後ろから、良く知る声がしたからだ。


「……ち、父上ぇ!?!?」


 騎士団が道を空け、奥から40代半ば程の男が歩いて来た。

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