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25.平和ボケ

 戦闘が開始され、時が過ぎる。


 例え洗脳されていたとしても、狼人族の統率は取れていた。戦闘訓練を常にしていた2つの群れを相手にするのは容易ではない。


 四方八方から狼達は襲いかかる。尻尾で薙ぎ払い、1匹ずつ前脚で押さえ付け、ピアスを爪先で取ろうとした。


 だがこれがとても難しい。


 前脚で押さえ付けても耳を振って抵抗するので、狙い定めるのが難しく、何回か耳どころか頭まで取ってしまいそうになった。なのでピアスを取る作業はロスに頼んだ。


「ロッソ、君で最後だ」


 ロッソはドサリと音を立てて倒れた。ロスはピアスを噛み砕いた。狼達は倒れ、胸を大きく上下させている。

 クラノスは自身の腕についた狼の噛み跡を見る。


「君達の牙は痛いな」


 竜の鱗は硬い。人間との戦時中には、剣で切りつけられる攻撃なら傷はつかなかった。


「申し訳……ありま……せん……お怪我を……させてしまい……」


「気にしていないよ。それに、僕の妻の天賦の才(ギフト)は治療魔法だからね。治して貰うさ。さて……君とネロとあと何人かは立てるはずだ。他の子達の手当を。手加減はしたけど怪我が酷い子は後で僕の妻が治療する……ロスは何処……ああ、そこか。ロス、手伝ってくれてありがとう。それと、僕に何でもいいから服をくれないか? 出来れば半竜の時にも着れそうな物を……はぁ、次に変身する時は服を脱ごう……いや……格好悪いか……まぁいい。服をくれないか」

 

 ロスは急いで狼の陣営に行き、服を取りに行った。

 その間クラノスは古竜の姿のまま、ダニエラを探す。魔眼を発動させると、姿を消して遠くの岩陰からこちらを見ていた。


(……姿が見えなくなる呪いか? ……他に何の呪具を作ったんだ)


 何の呪いが掛かっているのかはもう少し近付けば分かる。文字が薄ら浮かび上がってくるからだ。するとロスが服を咥えて戻ってきた。そしてその服をクラノスへと渡す。


 クラノスは半竜の姿になり、服を着た。一応は問題のない大きさである。これで竜王城へ裸で帰らなくて済む。そしてダニエラに近づき呪具を見る。


「髪飾りに不可視の呪い、イヤリングに……何だこれは……肌荒れ防止の呪い? こんな呪い必要か? ネックレスは…………これも必要か? 皺が出来ない呪いなんて要るか? 腕は2つか……右腕は幻術防止…………左腕は匂い消しの呪い……君の匂いがしなくなるのはこれだね。腰帯は……体型維持? はぁ……足首は、魔獣避けの呪いに疲労防止の呪い……王都まで歩いて来るんだから必要だな」


 馬鹿らしい物からまぁまぁ考えている呪いまで様々である。


「呪いをかけた物、全て外しなさい」


 だがダニエラは動かず黙ったままだった。


「自分で外さないのなら、その呪具ごと君を引き裂くよ」


 ダニエラは顔を引きつらせ、身に着けていた呪具を外し始めた。足元から順に呪具を外し、不可視化の呪具を最後に外すと姿が誰にでも見えるようになった。

 クラノスは目の前に置かれた呪具を右手で掴み、握り潰した。


 バキバキと音を立て、呪具は粉々になった。

  

「他にもある筈だ。何処に置いている?」


 ダニエラは返事をせず俯いているだけだった。


「はぁ……もういい。後で話そう。ロッソ! ネロ! 彼女を拘束して欲しい。縄を持って来てくれ! ダニエラ、君の処遇は後に回す。無事で済むと思わ――」

「ふふっ……あはは!!!!」


 突如ダニエラは気が狂ったように笑い出した。


「あははははっ、はぁー……まぁいいですのよ。目的は達成していますから」


 笑いすぎて涙を流し、腹を抱えている。上品な笑い方とは程遠い。あまりの異常な光景に、皆引いていた。

 そして急に黙り、ギリギリと歯を食いしばった。


「あぁ……ティティア……本当に恨めしい。クラノス様の妻になるなんて……許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない」


 情緒が不安定なようで、ブツブツと聞こえるか聞こえないかの音量で呟く。本来の美しい顔は崩れていた。

 クラノスは気味の悪さに顔を歪めた。


 ダニエラは呟くのを止めると崩れた顔で笑みを浮かべる。


「わたくし、思い付く限り色んな物に多くの呪いをかけましたの。どーんなことがあっても対応出来るように。大半は大神殿にあるわたくしの部屋にあります。が、とっても大事にしていた1つをリッカルド殿下に差し上げました。どんな呪いか気になります?」


「……もう黙っていてくれ。ロッソ! ネロ! はやく――」

「ほぉんとうに黙っていいのですか? あの女が殿下のものになるかもしれないのに?」


「……何を言っているんだ」

「今頃、殿下に股を開いてますよォ、うふふッ」


 まさかの発言に唖然とした。


「僕の妻を侮辱するとはいい度胸だね」


 腹が立ちすぎて声が震える。今直ぐにでも口を閉ざさせたい。もはやダニエラだけでなく、早く来ないロッソとネロにもイライラした。


「そもそも、狼人族にこんな争いをさせたのは何故だと思います?」

「はぁ……君が僕を(おび)き寄せる為では?」


 後ろを振り向けば、それぞれ遠くでロッソとネロは縄を持って走って来ていた。服を着た人間の姿だったので、もっと早く走れる狼の姿でないことに苛っとした。


「うふふ、そうですね。あの女とクラノス様を引き離す事が目的でしたのであってます。それともう1つ。先程わたくしが神殿から抜け出したと言っていましたが、もし、それが違ったらどう思います? 謹慎処分を知ったのはお手紙ですよね? 手紙の内容が嘘だったら? 本当は謹慎処分なんて受けていなかったら?」


「……やはり演技(パフォーマンス)の謹慎処分か」

「そうです! ふふっ、そうですのよ。そうなると大神官の謹慎処分も嘘だと分かりますわよね?」


 ダニエラはニタニタと笑う。


「それは予想の範囲内だよ」

「あら、そうですの?」

「君達がティティアに危害を加える可能性を考えていなかった訳じゃない。対策はしているんだよ。僕と離れていても大丈夫なように、ワイバーンが警備をしている。リッカルドと騎士団ごとき、何も問題ないよ」

「それはどうでしょうか。今頃殿下に夢中かもしれませんよ?」


「……僕の妻をよくもまぁ侮辱できるね」

「ふふふふっ、クラノス様は他の男に抱かれた汚れた女を受け入れられます? 無理ですよね? あぁ……残念ですね。きっとあの女はリッカルド殿下を受け入れます」


「巫山戯るな」


「ふざけてなんかいませんわ。リッカルド殿下のあの女への執着を甘く見ていません? 竜王城に入れないからといって諦めるような男ではありませんのよ」

「だがティティアは竜王城を出ない。約束を破るような子じゃない。何も問題はない」

「今のこの状況を見てほんとぉーに問題は無いと?」

「一体何を言って――」

「ワイバーンが苦手な物を知っている人物がいたらぁ? 誰かがあの女を連れ出したら? 今日はぁ、今日はぁ! いつもと違う事がありませんかぁ?」


「……何?」

「あの女の友人が来る日でわぁ? もしなんらかの騒動があって外を出ざるをえなかったらどうなるんでしょうかぁねぇ?」


 鼓動が早くなる。何故気付かなかったのかと血の気が引いた。


「先程のお話に戻りましょぉーかぁ? 殿下には、わたくしが1番大事にしていた呪具を差し上げたんです。抵抗されるよりは、やっぱり互いに愛し合ってお互いを求めるように体を重ねたいんですって。いちゃラブがいいんですって。わたくしてっきりそっちの性癖があるんだと思ってたんです。ほら、新年の儀の時の計画は無理やり致す事だったので意外で――」

「何の呪いだ」

「えー? 何ですかー?」

「何の呪いを掛けた道具をあの男にやった」


「教えて欲しいですか? 教えて欲しいのならぁ、わたくしを抱き締めてキス――ひいっ!」


 目の前にいきなり古竜が現れた。口を大きく開け、ダニエラの頭を口に入れる。


「だ、だだっ、だま騙されませんわ! これはっ、これはっ幻覚ですからっ!」


 ゆっくりと口が閉まり、牙が首に触れた。


「本物……?」


 牙の鋭い感覚に驚いていると、牙はゆっくりと食い込み、血が一筋流れた。


「ひいっ!! ク、クラノス様になる呪いです!! どんなに醜い男でも、クラノス様の甘く蕩けるような声になり、眩いばかりの真の姿に見える呪いを掛けております!!!!」


 そう言い終わった途端、ダニエラの視界が真っ暗になった。


「……え?」


 ザックリと牙はダニエラの首に刺さる。勢いよく引きちぎられ、ころころ頭が転がり、視界が地面と空を行き来した。

 少し遠くに体が見え、首から血を吹き出している。







 ダニエラは腹の底からの悲鳴を上げ、その声は響き渡った。


 そんな様子をクラノスとロッソ、ネロは静かに見ている。


「冷静になれば幻覚だと分かるけどね。声が出ているのだから」

「そうは言いましても難しいかと。クラノス様の幻術は痛みも感じますし」

「本当のことだと錯覚します」


 2人は先程見せられた悪夢の幻覚を思い出し、身震いした。


「ダニエラには永遠に死を見せる幻術をかけた。1度見た後も次の死を見せる……僕が解くまで終わらない死を見せる。カストラ牢獄に入れておいてくれ」

「「かしこまりました」」


(ティティア……)


 胸がざわつく。


(平和ボケ……何をやっているんだ僕は……)


 ただただ妻の無事を願い、ロスはそんなクラノスの周りを騒ぎながら飛び回った。


「そうだね、君もレアが気になるね」


 クラノスは大きく咆哮し、竜王城へと急いで向かった。

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