24.反則
「それで、何故こうなった? 話してくれ」
クラノスが2人を睨みつける。
「「それはあいつが――……」」
2人同時に声を出して互いに指をさすが、その後の言葉が続かない。
「……え……何故……ですかね」
ロッソは首を傾げている。
「……思い出せません」
ネロも首を傾げる。そんな2人に「はぁ?」と怒を含む声で答えた。
「冗談も大概にして欲しいね」
「いえ、本当に思い出せないんです! ただ何故か争わないといけない気がして」
「竜王妃様が来たことは俺は覚えてるぞ!」
「そ、それは私も覚えている!」
「――ちょっと待ちなさい。竜王妃が来た?」
「竜王妃様が突然村に来たのです。それで……何か言って……ネロと争わないとと思い」
「私もです!」
クラノスは眉をひそめた。
ティティアは竜王城以外はフェブライオ村にしか行ったことがない。頭を整理し、何故この2人はティティアの顔を知っているのだろうかと考え付く。
以前出した結婚を知らせる手紙には、名前しか書いていない。
ならば答えは1つである。
「それは偽者だ。僕の妻は行っていない」
「ですが相手は人間でした」
「何度も言うが偽者だよ。有り得ないからね」
2人は言いにくそうに口をもごつかせている。
「……クラノス様、失礼を承知で聞きますが……なら、その、う……浮気したとか、愛人がいませんか?」
「………………何?」
怒りで顔がひきつる。それが分かったのかネロは地に頭を擦り付けて「申し訳ありません!」と謝罪した。
「ですが、どうしても腑に落ちません! 私には、竜王妃様としか考えられません!」
「俺もそう思います!」
「いい加減にしなさい。何故見たこともない女性をティティアだと思った? 竜王妃を名乗ったからと言って信じるな。君達狼人は竜人より鼻がいいだろう。匂いで判断しなさい」
「「それです!!!!」」
2人の声が大きく揃い、少し驚いて目をぱちくりとさせた。
「私達は竜王妃様のお顔を存じ上げません!」
「ですが彼女が竜王妃様であると判断したのは、その女性からクラノス様の匂いがしていたからです!」
「……一体何を言っているんだ。ティティア以外にそんな人間は――」
すると、急に魔力の良い匂いがする。だが匂いがする方には誰も居ない。狼達も匂いがするのか鼻をスンスンと鳴らして、周りを見渡した。
魔力の匂いに混じってクラノス自身の匂いもする。
ロスは飛び上がり、誰も居ない上空でけたたましく鳴いている。
クラノスは魔眼を発動させると、ロスが鳴いている真下で1人の人物が立っていた。
「ダニエラ?」
「そうです、クラノス様」
そう言ってダニエラは姿を現した。誰も居ない所から急に人が現れ、皆目を見開いていた。
真っ白なマントを羽織ったダニエラは、妖艶な笑みを浮かべている。髪飾りと腕輪を手に持ち、その腕輪を身につけると匂いはしなくなった。
ダニエラを見たロッソとネロは慌てて口を開く。
「「その女です! 竜王妃と名乗った女は!」」
息ぴったりに声が揃う。クラノスは彼らが竜王妃だと信じた理由が分かった。
「なるほどね……そのマントのせいだね」
ダニエラが羽織っているマントには見覚えがある。
「あ! お気付きになられましたか! これは、新年の儀でクラノス様がわたくしに下さったマントです!」
新年の儀の際、ダニエラが掴んで離さなかった為、仕方なく外したマントだった。
「それは捨てたのだよ」
呆れるようにそう言ったが、彼女は高らかに笑った。
「そう恥ずかしがらずに」
うっとりとした表情でこちらを見る。
「君には心底呆れるよ。神殿で謹慎処分を受けたのではないのか? それなのに、反省もせずに逃げ出して竜王妃を名乗るなんて……ロッソ、ネロ。この話はまた後で。それからこの女を拘束して」
早くティティアの元へ向かいたい。これ以上離れていることが辛くて苦しくて仕方がないのだ。
ロッソとネロは立ち上がり、騙したダニエラを睨み付けた。
「おい女!」
「絶対許さない!」
2人はダニエラの元へ歩み、腕を掴もうとした時だった。
「お座り」
ダニエラがニヤリと笑ってそう言うと、2人は上から圧力を掛けられたように、両手を着いて座った。クラノスは眉をひそめる。
「なんだ!?」
「動けない!?」
2人は必死に立ち上がろうとするも足が動かなかった。
「ワンちゃん達、駄目じゃない。竜王妃には跪かないと」
ダニエラは右手で口を抑え、余裕そうに笑っていた。
クラノスは魔眼を発動させる。ロッソとネロはピアスを着けており、それが赤黒い靄に覆われていた。
「呪詛の天賦の才か」
治療魔法よりも希少な天賦の才――それが呪詛の天賦の才で、ダニエラの天賦の才だった。
「本当に厄介だね、君の天賦の才は」
呪詛の天賦の才とは、物に呪いを込め、それを身につけた者は呪われる。呪いの内容は何でもよく、『パンしか食べられなくなる呪い』や、『ガチョウのように鳴き続ける呪い』等、何でも使えた。
呪われた呪具の効果を失うには、呪具を外すか壊すしかない。
「ロッソ、ネロ。そのピアスはどうしたの」
「こ、これはその女が、クラノス様からの賜りものだと」
「だから身に付けろと言われて」
(……なるほど)
あのピアスには服従の呪いがかけられている。こうなる事は、どうやら予想の範囲内らしい。
服従の魔法は禁術でもあった。それを簡単にやってしまえるのがダニエラの天賦の才だった。
ダニエラを見ると、何個も着けているアクセサリーに、赤黒い靄がまとわりついていた。
「ワンちゃん達、わたくしを守ってね」
ダニエラはロッソとネロに命令する。2人は立ち上がり、ダニエラを守るように立ちはだかった。
「クラノス様! 違います!」
「身体が勝手に――」
「あらあら、これじゃあ無理矢理従わせてるみたいじゃない」
「無理矢理従わせてるのだよ」
「なら――」
パンっとダニエラは両手を叩いてニヤリと笑う。
「心からわたくしに服従して」
2人の身体は先程まで抵抗しようと震えていたが、もう震えていなかった。
「「仰せのままに」」
クラノスが彼らの目をみると、光はなく魂が抜けたような目をしていた。ロッソとネロは再び狼の姿へと変身し、せっかく着直した服が破けた。
「2人を相手にするのは厄介だね」
「2人? どうして呪いのピアスは2つだけだと?」
クラノスは周りを見渡すと、他の狼達の目も同じく虚ろだった。
「この量を作るのは大変だったんじゃないか? 呪詛の天賦の才、特に服従の呪いは魔力の消費も激しい。聖女引退後の期間で作れる量じゃないね。現役時代は何をしているのかと思っていたが、君は聖女の仕事もせずに、ありとあらゆる物に呪いをかけていたんだね」
「ええ、それにこのマントも【匂いが消えなくなる呪い】をかけたブローチを作っておいたお陰で、竜王様の匂いが消えなかったんですよ」
マントには小さい真珠のブローチが着いていた。
「クラノス様が天賦の才の使い方を教えて下さったお陰です」
「こんなことに使う為に、使い方を教えたのではないよ」
クラノスは怒りを通り越して呆れていた。これからロッソとネロ、その他大勢のピアスを破壊しなくてはならない。
「わたくし、服従の呪いが大好きなんです」
ダニエラはロッソとネロの間に立ち、2匹の頭を撫でた。
「下僕は多ければ多い方がいいでしょう。だからいっぱい用意したんですのよ。いつか聖女を引退した時の為に……それなのに……こんなに早く引退だなんて……あの女さえ現れなければ……」
ギリギリと歯を食いしばって、ダニエラは俯く。
「聖女の地位は譲ってもいいですが、竜王妃の座は譲れません。もしあの女の元へ行くのなら、この狼人族には互いに死ぬまで戦ってもらいます」
ダニエラは面白そうに笑っている。
「君は本当に嫌な女だよ」
「いくらクラノス様でも、この数を相手にするのは難しいですよね。大人しくわたくしの愛を受け取って下さいませ」
「無理な話だ」
「そうですか……では少々手荒にはなりますが、ワンちゃん達。クラノス様を拘束して」
ロッソとネロは歯を剥き出しにして唸り、飛び掛かって来る。
クラノスは指を鳴らし、幻術を使う。悪夢を見せ、戦意を喪失させる幻覚だ。狼達は鳴いて震えて伏せる。だが、ダニエラに変化が無い。
「対策済みです」
ふふっと笑い、左腕に着いた銀色の腕輪に触れた。クラノスは眉をひそめる。どう対策したのか不思議だったからだ。
「ワンちゃん、幻覚に惑わされないで」
ダニエラがそう言うと、狼達はハッとし、頭を振ると再び唸り声を上げた。
「君の天賦の才は反則じゃないか?」
「わたくしを見直しました? クラノス様はわたくしを侮り過ぎです」
「ダニエラ、君こそ僕を侮っているね。何故僕が竜王なんて呼ばれているのか、ただ長く生きてきただけではないんだよ」
そう言うと、ロスは急いでクラノスから離れた。
クラノスは半竜の姿に変身した。だが今回はここで止まらない。
全身の骨が鳴り、着ていた服は破れ地面へと落ちる。
身体は半竜の時より何倍も大きく、30メートル程までに大きくなった。口と牙は牛一頭を噛み砕けそうに大きい。爪は鋭く長く、鉄をも切り裂きそうだった。尻尾も半竜の姿の時よりも太く長く、一振すれば巨大な岩をも叩き割れるだろう。
黄金の竜はダニエラを見下げ、怒りを吐き出すように大声で叫んだ。
数キロメートル先まで聞こえるような竜の咆哮を全身に受けたダニエラは、耳を抑え口をワナワナと動かし、恐怖で足が震え竦んでいた。
「い、古の竜は反則ではありませんか!?」
ダニエラの声は震え、裏返っている。
「君に言われたくないね」
クラノスは狼達を睨み付け見回した。
「先に言っておくよ。ピアスを壊すのに間違って耳を削いでしまったらごめんね」
ダニエラはハッとして「行きなさい!」と叫んだ。狼達は一斉にクラノスへと飛び掛った。




