23.愛
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――一方、ティティアと離れた後のクラノス。
深く大きく溜息を吐いた。早く飛べる半竜の姿に変身し、森の上空を一気に飛び進む。
狼人族は最近大きい衝突はなく平和だった。
何か問題があった時は報告するよう徹底させていたからだ。お陰で小さな問題から大きな問題まで、村の長から常駐させたワイバーンに報告がある。報告を受けたワイバーンからクラノスは内容を聞いていた。
最近起きた問題は『兄ロッソが生け捕りにした猪を、弟ネロが勝手に食べた』といった問題だった。
小さな問題と思える内容でも、大きな争いになりかねない。2人はそれ程までに仲が悪く、村の跡継ぎ問題もあり、兄派と弟派で真っ二つに分かれている。
(死者が出る程? その前に報告しろと言っているのに……)
獣人は番と遠く離れない。辛く苦しく胸が引き裂かれる想いをするからだ。
ティティアと離れさせたこの出来事に、イライラが止まらない。
(ティティアは僕がこんなに辛い思いをしているだなんて思っていないだろうね……人間と獣人との差か……覚悟はしていたけど、もどかしいな)
人間と獣人が違うことは理解している。だがどうしてもティティアに獣人と同じ愛を求めそうになる。頭の中で何度自身を窘めたか分からない。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
(誰が言っていたんだか……ああ、そうか。アストレアが読んでいた本に書いてあった台詞だったな……)
『クラノスは、【恋は盲目】って言葉を知ってる?』
アストレアに突如言われた言葉だった。そんな言葉を知るはずもなく首を横に振った。
『この本に書いてあったの』
『へぇ、そうなのか』
『本当にその通りだと思う』
『そうかな』
『そうよ。だって私はそうなってしまってる』
『そう? そうは思わないよ?』
『いいえ、現実を見なきゃ……私は人間。貴方は竜人で、しかも神様でしょ。だから、上手くいかないわよね?』
過去を思い出し、ハッとした。胸が痛くなる。あまり思い出したくない記憶に顔を歪めた。
アストレアとは友人だった。だが好意を感じていたし、こちらも好意があった。互いに想い合いながらも、1歩進むことをしなかったのは、そのままで心地が良かったからだ。
この心地の良さに甘えていると、そんな台詞を言われた。
「そんなことはないよ」とひと言あれば良かったのだろう。黙った自身を見て、アストレアは悲しげに笑った。
その後、1度王都へとアストレアが行った時、第一王子カリストの濃い匂いがしたが素知らぬ振りをした。
それからアストレアがカリストと婚姻を結ぶと言ったのは3カ月後のことだ。
彼女はカリストとの子を身篭っていた。
(若い頃の僕は愚かだったな……)
当時は、聖女として純潔を捧げる、なんて思想もなく――何故今はそんな思想があるのかは知らないが――女性は結婚をするのが一般的だった。
カリストはアストレアに常々、愛の言葉を綴った手紙を送っていた。
見えぬ未来よりも、見える未来を選んだのだ。
(ティティアに前世の記憶が無くて本当に良かった……あればきっと、僕との将来に不安を感じて結婚など考えてくれなかったかもしれないからね)
初めて見た時に、『似ているな』と思った。もしかしたら、と魔眼で見ると魂が同じだった。
――嬉しかった。
だがティティアとアストレアは同一人物という訳では無い。ティティアはティティアなのだ。魂が同じだからといって、アストレアではない。
前世がアストレアだからと言って無条件に愛してしまうのは失礼な気がした。
なのでそう言い聞かせ、自信を落ち着かせた。愛する気持ちを奥底に仕舞おうとした。だが――。
(あんな結界を見せられては……ね……)
どうやら魔力嗜好な所があるようで、ティティアの守護結界に一目惚れしてしまった。アストレアの生まれ変わりということも相まって、気持ちが抑えられなくなった。
もう永遠の友人にはなりたくないと、駄目元での求婚は――勘違いだったが――上手くいった。
問題はその後だった。
獣人と人間との違いに頭を悩ますことになった。ティティアが本当に嫌なのか、それとも人間にありがちな淡白な恋愛なのかが分からない。踏み込むべきか、抑えるべきなのかが難しい。
ただでさえ強引に婚姻関係を結んだのだ。
愛と美の神イフロディの祝福を受け、番になるとより強く愛する気持ちが芽生えた。それが獣人と人間との最初の違いなのだろう。
結婚したものの、ティティアの態度を見てどうすればいいのか分からず戸惑った。だがこちらが大分大人なので冷静を装った。
(1000歳以上も年上だというのに……僕は――)
『お前って少女嗜好だったんだな』
ふと、イフロディに言われたことを思い出した。ティティアと婚姻の契約を結んだ時に言われたひと言だ。
『それは酷い侮辱だな』と文句を言ったが、『だって1000歳も年下じゃーん』とイフロディはケラケラ笑った。
神々も友人もティティアとのことを、やいのやいの言ってくる。鬱陶しく、何度も声を遮断した。
(はぁ……駄目だね。最近の僕は冷静さを欠いている。ファフニルを統べる者として失格だな……)
フルフルと首を振って短く息を吐いた。
そして飛ぶことに集中し、一刻も早く狼人族の村へと急ぐ。
『竜王様!! そろそろ着きます!!』
ロスは大声でこちらに知らせる。
「分かっているよ……そういえば着いてくるよう言ってしまったけど、子供達は良かったの?」
『ゼスが見ててくれてます! 可愛い妹弟にメロメロなんですよー』
「ははっ、そうか」
やっと村を視認出来るようになり村の様子を見ると、子供と年老いた狼人しかいなかった。若者の狼人が男女共にいなかった。他の狼人達はどこかと周辺を探す。
(いた……)
平野に並び、唸り声を上げて威嚇している。
兄ロッソは平野の西側に、弟ネロは平野の東側におり、それぞれ仲間達の士気を高めていた。
両者が睨み合い、銅鑼が鳴ると一斉に雄叫びを上げて両陣営へと突っ込んでいく。
狼人族の兄弟戦争が始まってしまった。
二足歩行の人間から四足歩行へ移行し、狼へと変身した。
本来は人間の姿に近い種族だが、狼人族は狼の姿に変身することが出来た。
狼へ変身すれば肉体の強化へと繋がる。
肺の奥深くから大きく溜息を吐いた。なんて愚かなんだと怒りが止まらない。
互いに噛み付き合い血を流している。
クラノスは争いの場に着くと、真の姿に戻った。戦うのではなくしっかり話をしようという意思表示だった。
だがまずこの戦闘を1度止めなくてはならない。指を鳴らして雷鳴を轟かせた。驚いた両者はピタリと動きを止める。
「ロッソ、ネロ。今すぐ離れなさい」
なるべく冷静に声を出し、噛み付き合っていた2人の元へと降り立つ。
赤い毛色のロッソはネロの脇腹に噛み付いていた。黒い毛色のネロはロッソの肩に噛み付いていた。2人は互いの様子を見ながらゆっくりと口を離した。
そして3歩程下がると、気まずそうにそっぽを向き、人間の姿へと戻る。耳と尻尾だけ、狼の部分を残していた。
「服」
筋骨隆々全裸の2人にクラノスは言った。
狼になる際に、服は破れて脱げている。2人のそばにいた狼がそれぞれ慌てて陣営の奥へ引っ込み、口に服を咥えて戻ってきた。
狼人族は服をよく破る。なので陣営には大量の服がある。服と言ってもガウンのようなもので、2人はそれを受け取ると上から羽織り、ベルトを結んだ。
「さぁて、話をしようじゃないか。言っておくが僕はとても機嫌が悪い。この話し合いを長引かせたくない。さっさと終わらせてくれるよね?」
怒りの笑みをクラノスは浮かべる。ロスはクラノスの横に降り立ち、ふんぞり返って鼻を鳴らした。
ロッソとネロは跪いて、恐る恐るクラノスを見上げた。




