22.助け2
「クラノス様?」
突如現れた人物に驚いていると、クラノスは微笑んだ。
「そうだよ……間に合った……」
ゼェゼェと息切れし、胸が大きく上下に動いている。どれだけ速く事態を収拾させたのだろうか。
「城でね……騒ぎがあると聞いて急いで帰って来たんだ。本当に良かった……」
クラノスはゆっくりと此方へ歩いて来た。愛しい人の姿にほっとする。これで大神官のことも何とかしてくれるだろう。
「クラノス様……おかえりなさいませ。本当に良かったです。実は大神官様がここに来ていて騎士達が皆を襲ったようなんです。ワイバーン達も――」
「知っているよ。大丈夫。全て知っているから、何も言わなくていい」
その言葉にホッとし、胸を撫で下ろした。
「ここは危険だよティティア。だから安全な所に共に行こう」
今すぐここを離れたい。クラノスと共に行動したい。だが、それでは竜王城にいる人達が心配である。
「クラノス様は竜王城へお戻り下さい。私はワイバーンの小屋に行こうと思います」
「……え? いや、そこも危険かもしれない。僕と共にまずは来て欲しい」
「ですが、皆クラノス様の助けを待っているかと思います」
「相手の目的は君なんだ。僕がこの目で安全な場所に送り届けたい。そうしないと安心出来ないからね」
悲しげにそう言うクラノスを見て、苦しげに「分かりました」と言った。
「よし。ならこちらに馬車があるからそれに乗ってくれ」
「え? 飛ばないんですか?」
いつもなら飛んで何処かに向かうはずだ。馬車移動という珍しい移動手段――本来は飛行移動が珍しいが――に驚き目を瞬かせた。
「あー……まぁ、実は急いでここに来たから疲れてしまって。飛びたかったかい?」
「あっ、いえ! 大丈夫です!」
「そう。ならこっちにおいで」
クラノスはこちらに手を差し伸べた。
「良かったね、レア。クラノス様と行こう」
『………………ピュイ』
レアは首を傾げては何度も鼻をスンスンとクラノスに向かって鳴らすように匂いを嗅いでいる。そして匂いを嗅ぐ度、首を傾げていた。
(煙のせいで鼻の調子が悪いのね)
次に鼻から勢いよく息を吐き出している。少しでも鼻の通りを良くしようとしているのだろう。ティティアは優しくレアの頭を撫でた。
「ワイバーン……?」
クラノスはボソリと呟く。
「え?」
どうやらレアだと気付いていないようだ。
「レアですよ?」
「え? ああ……そうか……レア……だったのか。分からなかった……さぁ、行こうか」
「はい」
ティティアがクラノスの差し伸べる手を取ろうとした時だった。
『――ッギアア!!』
突如レアが大声で鳴き、クラノスに向かって威嚇をし始め、牙を剥き出しにしている。
「どうしたの!?」
驚いているとレアはクラノスの左腕に噛み付いた。
「――ッ何をする!!」
クラノスはレアの首を掴んだ。たがレアは離れない。ギリギリと腕に噛み付いたままだった。
「レア何してるの!?」
慌ててレアを引き離そう近づく。だがよく見ると腕ではなくクラノスが左腕に着けている腕輪に噛み付いていた。
「離れろ!!」
クラノスはレアの鼻先を殴り付けた。一瞬口が外れ、クラノスは後退りしてティティアから離れる。レアはティティアの前に立ちはだかり『グアア!!』と威嚇した。
「レア! 本当にどうしたの!」
『ギュアチグルア!!』
レアはこちらを見て必死に訴えるようにして鳴いた。
「なんて野蛮な生き物なんだ!」
クラノスは左腰に携えていた剣に手をかけ、鞘を抜いた。灰色にくすむ刀身が見える。
(剣!? 何故剣なんて持っているの!?)
今更ながら剣を携えていることに気付き驚いていると、レアは再び飛び上がり、クラノスに飛び掛る。
クラノスは剣を振り回した。
剣は何度かレアに当たる。傷付いているというのに、レアはクラノスへ攻撃をやめなかった。
『ギァイグァアー!!!!』
「やめろ!! この!! ワイバーンめ!!」
レアは執拗に左腕の腕輪を狙う。
(あの腕輪がどうかしたの……そもそも、クラノス様はあんな腕輪は普段身に付けてな……あれは一体なんなの……)
クラノスの左腕にある、今まで見た事がない黄金の腕輪に違和感を抱いた。魔眼を発動させ、黄金の腕輪を見ると赤黒い靄を纏っている。
ハッとした。赤黒い靄は呪いの証だと教えられた。
(呪われてる……クラノス様の様子が少し変なのは腕輪のせい? レアのことが分からなかったのも? レアがクラノス様を襲ってるのはこれを取ろうとしてる……?)
「レア! 分かった! 大丈夫だから、落ち着いてこっちにおいで!」
レアは攻撃が当たらないよう高く舞い上がり、こちらをじっと見詰める。
魔眼を発動させているのが分かったのか、急いでこちらへと戻ってきた。ティティアはレアを抱き締め、落ち着かせた。服にじわりとレアの血が滲む。
「大丈夫、分かったから。あの腕輪」
あの腕輪の異変に気付いたと、クラノスに分からないように伝えた。
『ピュイ!』
「よしよし、いい子。痛かったね。クラノス様、大丈夫でしょうか?」
「なんだそのワイバーンは! 何故私を襲う!」
「何故でしょう……きっとこの煙でクラノス様と分からなかったのかと。先程クラノス様がこの子がレアだと分からなかったように」
「……なるほど」
「クラノス様、腕に少しばかり傷が出来たようです。もし良ければその腕を治します」
クラノスの左腕には、レアが腕輪を取ろうとして引っ掻いた傷がいくつかあった。深い傷ではなく治療の必要もないだろうが、隙をついて腕輪を取りたい。
「治す? どうやって?」
(腕輪の呪いには記憶障害があるのかしら……私の天賦の才を忘れてる?)
「えっと私の――」
「ああ、薬草か何か持っているのか。それはいい。大したことはない。それよりもここを離れたい」
クラノスはふぅ、と溜息を吐いた。
(……やっぱり記憶障害を起こしてる。私の天賦の才を忘れてるみたい……この腕輪は記憶障害を起こさせる呪いがかけられているのかな……腕の治療をしてる時に隙をついて取ろう……でも何でこんな物を……誰かに着けられたとか?)
『今は狼人族の元にいるのにか?』
大神官の言葉が頭をよぎる。何故、狼人族の元にいることを知っているのだろうか。
(もしかして、狼人族の出来事は大神官様が仕組んだ? ……狼人族の争いは嘘で、誘き寄せられて、こんな物を着けられたのかしら)
ティティアはレアを右横に置いて、クラノスの側へと近付き、左腕に触れた。
「心配なので見せてもらっていいですか?」
「ああ、構わないよ」
「腕を捲りますね――うぐっ」
いきなり強く抱き締められた。苦しく息が詰まりそうな程だ。
「はぁ……愛している。心の底から、ずっとずっと……」
鳥肌が立った。何故か気味が悪い。クラノスは頬に手を添える。顔がだんだんと近付いてきた時、レアが再びクラノスの左腕に飛びかかった。
「なっ!! この!!!!」
レアは剣で切りつけられ、地面へと落ちた。
「レア!!」
地面に落ちたレアをクラノスはつまみ上げ、そばにあった大きな岩に投げつける。ティティアはレアの元に駆け寄った。
「大丈夫!? レア!! レア!!」
レアはプルプルと身体を震わせた後、得意気に右足を上げ、見ると黄金の腕輪を掴んでいた。
「え!? レア凄い!!」
「クソがぁーーーー!」
悪態をつく声がする。ティティアはその声に耳を疑い、ゆっくりと振り向いた。
「何故っ……どうして上手くいかない!!!!」
怒鳴り声を上げる人物は頭を掻きむしり、唸り声を上げる。
「リッカルド殿下?」
振り向けば先程までクラノスがいた場所に、クラノスの服を着たリッカルドが立っていた。




