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18.再会

 ――翌日。

 ――朝、ドラゴの上刻。



 息を吐くと白くなった。手を擦り合わせ、少しでも寒さを紛らわす。


 今いるのは竜王城の門前だった。理由はベルタを出迎える為だ。関所にいるワイバーンから、フェブライオ村の関所を馬車が通ったことを聞いている。


「こちらをどうぞ」


 後ろからスピラレが毛皮の上着(コート)を着せてくれた。肌触りが良くチクチクしない滑らかな上着だった。


「ありがとうございます。はぁ……暖かい」

「テウメソス狐の上着ですからとても暖かいですよ! それと、これでいいでしょうか?」


 渡されたのは木綿の長いスカーフだった。


「ありがとうございます。これで隠せます」


 皮下出血は言われた通り治さなかった。だがそうなると隠さなくてはならず、スピラレにスカーフを頼んだ。


 ティティアは首元にスカーフを巻いた。


「勿体ないですよぉ」

「ここならいいんでしょうけど、会う友人は人間ですから」

「うーん、仕方がないですね。まぁでも、クラノス様の匂いが凄いですから、寵愛されているのが丸わかりですね」


「……本当に? 私にはあまり分からなくって」


 自分で自分の匂いを嗅いでもよく分からない。言われてみればクラノスの匂いがするような気がしないでもない、その程度なのでそう言われてもピンとこなかった。


「え!? 人間って思った以上に鼻が悪いんですね。石鹸とクラノス様の香りと魔力の香りが混じってとても良い香りです」


「……魔力の香り?」

「はい! ティティア様からは魔力の香りがするんですけど、それがすっごく良い匂いなんですよねー。獣人や魔獣は好きですし、魔獣によっては食べたくなると思います」

「ええ!?」


「あの生ゴミ女(ダニエラ)ですら匂いはまぁ良かったですよ。まぁそれもあって、聖女はファフニルにいる間、竜王城とフェブライオ村以外は行けないんです。でもティティア様はクラノス様の匂いが強いので、何処に行こうとも何もされないです」


「ティティア」


 上からクラノスの声がする。


「僕も君の友人を出迎えるよ。どんな子なのか少し興味が――……」


 クラノスは眉をひそめた。首元のスカーフが気に入らないのだろう。

 不満そうにクラノスは地面に降り立った。


「ベルタと会う間だけです。後で取りますから」

「見えることに意味が――……いや、なんでもない。僕の宝物は恥ずかしがり屋さん――と、いうことにしておくよ」


 文化の違いは難しい。何処かで互いに折り合いをつける必要がある。


(……国際結婚した人も、こんなふうに文化の違いに悩んだりするのかしら?)


 ふと、隣国へ嫁いだ公爵令嬢を思い出した。


「友人はもうすぐかな――」

「はい。そうみたいです」

「来たら結婚式のことも伝えておくといいよ。ティティアも友人を招待したいだろう?」

「え? あ、ありがとうございます」


 正直、結婚式のことを忘れかけていた。


「ドレスもね、君に似合う物を……ん?」


 クラノスは上空を見上げ眉をひそめた。


「どうされました?」

「レアとロスが僕を呼んでる」


 ティティアには何も聞こえなかったが、数秒後、『ピュイピュイ』と鳴き声が聞こえ、レアとロスがこちらに向かって飛んでくるのが分かった。美しく優雅に鳴くような声ではなく、慌ただしく鳴いている。


「どうした?」


 2匹は必死に鳴いて訴えた。翼を動かし身振り手振り、とても長く鳴き続け、クラノスの顔は曇っていく。


「こんな時に……」


 クラノスは大きな溜息を吐いた。


「どうしましたか??」

「狼人族の村があるんだけど、前から(おさ)の息子兄弟の仲が悪くてね。いつも争いばかりしているんだ。その度に僕が間に入っていたんだけど、今回は殺し合いの本格的な争いになりそうだと」


「え!?」

「このままでは死人が出てしまうから『助けて欲しい』と長の娘に言われ飛んで来たらしくてね。残念だけど僕は行かないと」

「そうですか……」


「あ、でも友人はもうすぐなんだよね? 友人と一緒に行くかい? 馬も一角獣(ユニコーン)を使えば早いし、そうすれば僕達が離ればなれにならなくて済む」


 どうやら離れるのが寂しいらしい。そんな所が少し可愛いなと思い口元が緩む。だが狼人族の争いが始まりそうなら、直ぐにでも行くべきだ。


「一緒に行きたいのは山々ですが、狼人族の方々は直ぐにでもクラノス様に来て欲しいと思います」

「いやでも――」

『ピュイピュイワガー』

『ピュー』


「……そうだね」


 2匹が何を言ったのかは分からないが、クラノスは落胆の大きな溜息を吐いた。


「行ってくる……愛してるよ、ティティア」

「私も愛してます、クラノス様」


 そう言ってクラノスの背中に手を回した。


「うーん……離れたくないなぁ。もう勝手に喧嘩でも何でもしてて欲しいね」

「駄目ですよ!」

「そうだね……けど不安で」

「不安? 何故ですか?」

「周りを騎士団が彷徨いてる。警備を強化しているけど変にちょっかいを出してくるんじゃないかと心配なとこがある」

「流石に私に何かしようと思うほど愚かではないかと」


「……だといいけど」

「それに、私は竜王城から出ません。出なければいいんですよね?」

「うん。絶対、ぜーったい出ないと約束して」

「勿論です」


 クラノスは名残惜しそうに離れ、ハッとした顔をしてレアを見た。


「そうだ。レア、君はここにいてくれ。ティティアの護衛を頼みたい」

『ピュイ!』

「ロスは僕と行くよ」

『ピュイ!』

「じゃあ……直ぐに……本当に直ぐに戻る」


 クラノスは苦しい程に抱き締め、頬擦りをする。少し離れるだけなのに何年も会えないような別れ方だ。クラノスが飛び立つと、レアは側へと寄ってきた。


「レア、おいで。抱っこしたい」


 ティティアはレアに両手を差し伸べる。レアはティティアの手をスンスンと嗅ぎながら、されるがままに抱っこされた。

 頭を撫でると、レアは気持ち良さそうに目を細めた。


「あぁ……なんて可愛いのかしら」

「ティティア様、馬車が来ました」


 1台の馬車が見えた。大神殿の神官が使っていい馬車で質素な馬車だ。


「ティティアー!」


 馬車の窓が開き、身を乗り出してこちらに向かって手を振っている人物が見えた。


「ベルタ!」


 馬車が止まると扉が開き、赤毛にそばかすのある神官服を着た女が現れた。


「来たよー!!」

「待ってたよ!! ベルタ!!」


 勢いよく馬車を降り、ベルタはティティアと抱擁を交わそうとしたが手前で立ち止まった。


「わっ! 何! トカゲ!?」


 ベルタは顔を顰めた。


「あ、違くて――」

「はぁー、相変わらずトカゲ好きね。なんか変な背鰭があって変わってる」

「違っ――」

「そんな事よりあの後大丈夫だった?」


 折りただんだ翼を翼と気付いていないらしい。蜥蜴ではなくワイバーンであることは後で伝えることにした。


「問題ないよ。嵐のように色々あったけど、今は幸せ」


「……本当に?」

「え? どうして?」

「だってほら……竜王様って見た目が……」


 ベルタは耳打ちするようにティティアの耳元に口を近付けた。


「異形の恐ろしい姿」


 クラノスの姿に顔面国宝――いや、人の姿もあるがそれは言ってはいけないことの1つなので言わなかった。


「二足歩行のトカゲみたいだって聞いた。とてもじゃないけど……ねぇ?」

「トカゲじゃなくて竜だよ。それにクラノス様のあの姿可愛いよ」

「へー、名前で呼ぶの許されてるのかー。一応ラブラブなのかな?」

「えっと……まぁ……一応……」


 『クラノス』と呼ぶにはクラノスの許しがなければ呼べない。例え神官でも『クラノス』と呼んではいけなかった。言われた当初は『クラノス』と呼ぶのに違和感があったが、今では『竜王様』と呼ぶ方が違和感がある。


「マジか……あんな姿良く好きになれたね。気持ち悪い」


 ベルタの顔は曇る。口は悪いがこんなこと言う人ではないので、驚いて目を瞬かせた。


『グルアアア!!!!』


 突然レアがベルタに向かって吼えた。


『ピュイピュワヮチチチピュイピュワヮ!!!!』

「レア、どうしたの!?」

『ピュイピュワヮチチチ!!!!』


 レアは怒って何か話している。


(どうしたの……もしかしてベルタが言ったことで怒ってる?)


「レア、私の友人だから……許してあげて。本当にごめん。後で言っておくから」


 小声でそう言うと『ピュッ……チッ』と少しムスッとした顔で大人しくなった。

 クラノスの外見批判は許されることではない。ここファフニルでなら尚更である。後方から使用人達の怒りの圧力を感じる。

 

 あまり角を立たせたくない為、後で注意することにした。


「そのトカゲ何!? 怖い!!」

「大丈夫、ちょっと……知らない人が来たから興奮しちゃって……いつもは大人しくて可愛いんだよ」


「……トカゲ顔の竜王様を好きになったのは、やっぱりティティアがトカゲ好きだからだわ」

「確かにトカゲは好きだけど――……」


(もしかして……半竜の姿の顔はトカゲっぽいから……だからクラノス様にときめいたってこと!?)


「ティティア様、外は冷えます。ご友人とは中で話されてはいかがでしょうか」


 外にいる時間をなるべく少なくしたいスピラレが、棘のある声でそう提案した。


「あ、そうですね。そうします」


 クラノスにときめいた理由が少し失礼だなと思いつつ、ティティアはベルタと共に竜王城に入って行った。

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