17.閑話 ワイバーンのお仕事
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――朝、ドラゴの下刻。
――ワイバーンの小屋。
「レアー! クラノス様がお呼びです! 来てくれませんかー!」
先程、猪を巣に投げ入れ、赤子達にあげようとしていたレアは巣から出て下を見た。巣のある大木の根元で主人クラノスの執事であるウノが立っていた。
「手紙を届けて欲しいそうです! 部屋にいますから!」
そう言うとウノは立ち去った。
『仕事になったわ』
下を見るのをやめ、巣の中にいるロスを見ると、頭の周りにある棘のような角を4匹の赤子に噛まれていた。
『そうみたいだね』
痛そうな顔をしながらロスは赤子達を引き剥がす。そして巣から出ようとした1匹の尻尾を前脚でもある右翼で抑えた。
『ゼスを呼ぶ?』
『いや、大丈夫』
更にもう1匹が巣を出ようとして、ロスは慌てて左翼で赤子の尻尾を抑えた。更に更にもう1匹が巣を脱走しようとして口で首根を掴み、更に更に更にもう1匹が巣を脱走しようとして左後ろ脚で胴体を掴んだ。
巣を脱走しようとした4匹を引き寄せ『駄目』と怒ると、4匹は顔を合わせ『ビャイ゛イ゛イ゛イ゛ィ゛』と飼育小屋全体に響き渡る声で泣き喚いた。
『……ホントに?』
『うん』
ロスは近くにあった4本の枯葉付きの小枝を咥え、カサカサと音が鳴る様に振った。赤子は泣き止み、枯葉の付いた小枝に注目する。それをそれぞれ1つずつ渡すと、赤子達は枯葉を鳴らすように遊んだり、齧ったりして遊んだ。ロスはその隙に、猪肉を噛みちぎった。
『じゃあ行ってくるわね』
レアは赤子達4匹の頭にキスをした後、ロスの頬にもキスをした。
『行っふぇらっひゃい』
ロスは咀嚼した肉を吐き出す。赤子達は咀嚼された肉に飛びつき、ゆっくりと口を動かして飲み込む。ロスは再び肉を噛みちぎって咀嚼した。
〘私が咀嚼したお肉より食い付きがいいのよね……〙
子育てが上手い旦那を自慢に思うが、ほんの少し複雑に思う。卵を産んだのは自分なのに、と妙な気持ちが湧いた。
レアは飛び上がり飼育小屋を出て行った。冷たい空気が肌に触れる。地面は雪に覆われ、まだまだ寒い季節は終わらない。
ワイバーンは本来なら夏に卵を産む。だがちょっとした夫婦間の問題で冬になってしまった。変な時期に産まれた卵の子達は元気に育ってホッとしている。
数分後、クラノスの私室であるバルコニーに着いた。広く突き出たバルコニーは、よくクラノスが飛び立つ場所でもある。
『クラノス様ー!』
バルコニーの手摺りに止まり、大きくひと声泣くと竜王妃であるティティアがバルコニーの扉窓を開けた。
「『ピュイー!』って鳴いていたのは貴女ね」
人間とは言葉が通じない。こちらが何を言っても鳥のような鳴き声に聞こえるらしい。
『はい。クラノス様に呼ばれて来ました』
「わー、貴女は初めましての子?」
『え? レアです……あ、分からないですよね』
ワイバーンの見た目も人間からすれば、ほぼ同じに見えると聞いた事がある。きっとティティアにはどのワイバーンも同じ様なものだろう。
こう見えてもワイバーン1の美竜と呼ばれていたこともある。この美しさが分かってもらえないのは正直少し残念にも思う。
ティティアはバルコニーに出て、こちらの目の前迄来た。今までの聖女達は「羽付き蜥蜴……気持ち悪」と近寄らなかったので、彼女はとても珍しい存在だった。
〘今考えれば、今までの聖女は神殿に居た時、蜥蜴とどう接していたのかしら。気持ち悪いって近付かないようにしてたの?〙
「あら? 貴女はレア?」
そう言われて驚き、レアは目を見開いた。
『そうです。レアです』
分かりやすく首を縦に振りながらそう言った。
「やっぱり! レアは他のワイバーンよりも鱗がきめ細かくて形が整ってるのよね」
『よく気付かれましたね』
「ふふっ、『そうよ、私は1番美しいのよ』って言ってる?」
『……え!?』
「可愛いねー」
『言ってません! 言ってませんよ!』
首を何度も勢いよく横に振った。
「あらま、違うのね。あっ、クラノス様。手紙は書き終わりました?」
扉窓からクラノスが出てきた。手には封筒を持っている。
「うん。レアとの話しは楽しかった?」
「はい! とても!」
〘あれが楽しい? あれでいいのかしら?〙
全く通じていないのに、楽しいと思ってくれたようだ。だがそれと同時に、ロスが言っていた通じないもどかしい気持ちが分かった。
「では私はお祈りに行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
クラノスはティティアの額にキスをした。ティティアは頬を赤らめ出て行った。
主人は最近迎えた妻と仲睦まじい。
永遠に独身を貫くと思っていたクラノスが、結婚したと聞いた時は驚いた。なんの前触れもなかったので誤報かとも疑った。
「レア、王都リンポス大神殿に手紙を持って行って欲しい」
クラノスから手紙を受け取った。
『誰宛でしょうか?』
「名前はベルタ――……なんだろう。正式名を聞きそびれた。神官のベルタだ。探し出してこれを渡して」
『かしこまりました』
「人間を襲ったり食べたりしないように。あ、でもアチェロ神官長を見つけたらコケさせるくらいには脅かしておいで」
『…………え?』
人間と騒動を起こせという命令は今まで無い。だが冗談で言っているような顔ではない。
「居なかったらまぁ仕方ないけど……そういえば、警備は順調?」
クラノスの言う警備は竜王城周辺の警備のことだ。城周辺の警備もワイバーンの勤めだった。そして騎士団がファフニルにいる為、城周辺の警備を強化していた。
『順調です。城に近付く騎士は追い払ってます。魔除けの香炉を持っていて臭いのが難点です。今日はヘイラが指揮を』
魔除けの香炉は人間が魔獣に襲われない為の道具だ。これを持ち、香りが香っている間は魔獣に襲われない。
ファフニルに入る為には必要不可欠だった。それが無ければ数分で襲われる。だがワイバーンには効果がほぼない。ただ臭いだけだった。
「そうか。魔除けの香炉を使われている今、警備は君達が要だからね。悪いけど我慢してほしい……おや?」
クラノスは1羽のカラスが飛んできたことに気付いた。一直線にこちらへと向かってきており、脚には丸められた紙を掴んでいた。
レアはそのカラスを見て目を見開いた。
『クラノス様』
カラスがバルコニーの手摺りに止まり、頭を下げる。クラノスが指を鳴らすと、紫色のワイバーンに変化した。
「おかえり、メ――」
『メテル!!!!』
レアは飛び上がり、メテルにグルグル――いやギュルンギュルンとまとわりつき、チュッチュと何度もキスをしていた。
『や、止め、止めって、止めてママ!』
メテルは翼と脚でグイッとレアを引き離す。レアは寂しそうな顔をして離れた。
『おかえり、メテル』
成竜した娘との久々の再会である。ワイバーンは成竜すれば、クラノスの仕事を手伝う。仕事の内容によっては数カ月、数年と会わないこともある。
メテルはコホンっと軽く咳払いをした。
『ただいま戻りました』
「オルランドは無事?」
『なんとか。そしてこれを預かりました』
メテルはクラノスに状況を話し、持っていた手紙を渡した。クラノスは目を見開き、少し考える。
「なるほどね」
クラノスは手紙を読み始めた。その間にレアはメテルを見ていた。
以前見た時よりも大人びた顔をしている。
『メテル、ちゃんとお仕事出来てるのね。ご飯は食べてる? 変な雄に声掛けられたりしてない? あまりに執拗い雄は目を抉っていいんだからね?』
『あのね、ママ。私はもう成竜したの。心配しなくて大丈夫』
『でもあなたは兄姉の中でも身体が小さくて長距離なんて飛べなかったでしょう。それなのにこんなに飛び回るお仕事をしているし心配で――』
『だからそれいつの話! 何年も昔の話でしょ!』
「レア。メテルはもう立派な竜だよ。そう心配しなくて大丈夫」
クラノスは手紙を読みながら、視線を外さずにそう言った。
『ですが――』
『大丈夫なの!』
メテルはムスッとした顔でレアを見た。レアはとても分かりやすく悲しんだ。
「そうか……そんなことになっていたか。まぁ、僕には関係のない話の部分は置いといて……問題はこっちだな……あまり手を貸すことはしない主義だけど……こっちの件は手を貸すか。ある物を持ってくるから少し待っていて」
クラノスは室内に入っていった。2匹だけになり少しばかり気まずい空気が流れる。レアは多いに話したい。だがそれが成竜した娘には鬱陶しいようで、何を話そうかと考えていた。
『……パパと仲直りはしたの?』
そんな空気を察したのか、メテルは気を使って質問した。
『え?』
『前に会った時は喧嘩してた』
『あっ、そうだったわね』
以前会ったのは夏前だ。当時ロスと絶賛喧嘩中だったのである。
『パパとママが喧嘩するの珍しいから驚いたけど……何が原因だったの?』
『……ちょっと巣の掃除のことで』
『巣の掃除? いつもパパが綺麗にしてるじゃん』
『そう! そうなのよ! だからママね、パパが出掛けた時に、たまには私がやろうって思ってやったの』
『へー、そう……それで何で喧嘩になるの?』
『……やり直してたのよ』
『……え?』
『パパはママが掃除した所の掃除をやり直してたの! ママには〈わー、レアが掃除してくれたの? 綺麗になったね! ありがとう!〉なんて言ってたのに、私が見てない隙にちょこちょこやり直してたの! 言ってくれればいいのに!』
『……そんなこと?』
『そんなことじゃないのよ! それでムカムカしちゃって番の時期も乗り気になれないし……あ!』
『どうしたの?』
『あのね、それでね……最近貴女の妹と弟が出来たわよ』
『え!? 夏からだいぶたってるよ!!』
『つい最近卵が孵ったのよ。会って行かない? パパもメテルに会いたがっているし、ゼスはこの間恋竜を連れてきてね――』
『また!? 何竜目の彼女!?』
『運命の番がまだ見つかってないのよ。仕方がないわ』
『ママ甘すぎ! そのうち群れの雌全員がゼス兄の元恋人になる……待って! 私の友達に翼出してないよね!?』
『んー……どうかしら』
『本気ないわ! ゼス兄に言っといて! 翼出してたら殺すって!』
「待たせたね」
クラノスが戻って来た。手には黒い革製の大きな巾着袋を持っている。
「これを渡して。中に手紙も入っているから」
メテルは巾着袋を足で掴んだ。
『かしこまりました』
「1度小屋に行くかい? レアから聞いたかもしれないけど、君の新しい妹と弟が産まれたよ。会って行く?」
メテルは嬉しそうな顔をした。
『いいんですか!?』
「いいよ。会ったら戻っておいで。その時に幻術をかけるから」
『はい!』
メテルは元気よく返事をすると、小屋の方へと飛び立って行った。
その後ろ姿を見て目が潤む。
『あんなに大きくなって……ううっ』
「レア……それは何度目だい?」
『だって、だってですよ……あんなに小さかったのに……竜一倍体力も無くて心配ばかりかけていた子が――』
「分かった分かった」
クラノスは小さく溜息を吐くと、指を鳴らした。
身体の周りを薄い膜が張るような感覚に背筋がゾワリとした。
窓に反射した自身の姿はカラスの姿だ。
「行っておいで」
『行って参ります』
レアは王都リンポス大神殿へ飛び立った。




