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16.不機嫌なクラノス

 ――6日後。


 2人は朝食を摂る。大きい長方形のテーブルの上座にクラノスが座り、その斜め右側にティティアが座る。


「ティティア、もっと食べた方がいい。君は痩せすぎだ」


 柔らかな小麦の丸いパンを1つ食べ終わった頃そう言われた。


「そうでしょうか? ここに来て太ったと思います。神殿ではライ麦パンでしたし、こんなに朝食は豪華ではありません」


 大神殿での食事は竜王城での食事に比べ質素だった。

 朝食はライ麦のパン、昼食はそれに野菜のスープ、夕食はカリカリに焼かれた薄いベーコンが1枚付く。飲み物は白湯だった。孤児院時代に比べて、これでも豪華で感動した覚えがある。


 だがここは違う。


 パンはライ麦ではなく小麦のパンで、野菜のスープもベーコンも朝食から付く。昼と夜はパスタだった。飲み物は白湯ではなく何かしらの薬草茶(ハーブティー)で、贅沢な毎日を過ごしている。


「変わってないよ。だってほら、ここが――」


 そう言ってクラノスは胸の当たりを指差す。


(え!? 何!? ぺったんこって言いたいのかしら!?)


 胸がないのは自分が1番分かっている。まさかの指摘にない胸が押し潰されそうだった。


「骨が見えているからね」


(ああ、なんだ……良かっ……た? ……良かったのかしら。それって結局私が貧にゅ――)


「少しでも体力というか、そういうものを付けて欲しいんだ。痩せすぎだと魔力の消費で倒れやすい」


「……努力してみます」

「無理はしなくていいよ。ただいつも少食だな、と心配でね」

「少食だなんて考えたこともありませんでした。これが今まで普通でしたから」


「そうか……国王に大神殿での食事を改善するように言ってみるかな」

「でも国王陛下は――」

「そうなんだよね……リッカルドは言ってもやらないだろうし……もう少ししたら……かな」


 ブツブツと独り言を呟く。これは()()()()()()だろう。


「失礼致します。クラノス様にお手紙です」


 30代くらいの従僕(フットマン)が手紙を持ってきた。持っている手紙は何通もある。


 従僕は20通以上もの手紙をクラノスへと渡した。


「ありがとう、ポモドロ。それからティティアがそろそろ朝食を終えるから、スピラレを呼んで」

「かしこまりました」


 従僕ポモドロは一礼して去った。

 クラノスは手紙テーブルへと置き、その中から1通を手に取り開く。


「そんなにいっぱいのお手紙……何かあったのですか?」


 何通か手紙が来ているのは見たことがあるが、こんなに多くの手紙が一気に来たのを見た事がなく質問した。


「ん? ああ、君と結婚したって各族長に伝えたからお祝いの手紙……だね」


 クラノスは手紙を置いた。


「そういえば、結婚式なんだけど――」

「え?」

「結婚式だよ」


(ん? 結婚式?)


「僕は一応竜王で君は竜王妃だからファフニル全ての村から――」

「そ、そんな大層なものでは――」

竜王(ぼく)の妻なのだから竜王妃でしょ? それとも僕の妻じゃないの?」


 そう言ってクラノスは手を握る。大きな手のひらが優しくティティアの左手を上から包んだ。


「……りゅ、竜王妃です」

「だね。なるべく早く結婚式を挙げたい」


(結婚式って何するの……恥ずかしいし……竜王妃って……)


「どうかな?」

「え? あっ、いいと思います」

「楽しみ?」

「もちろんです」


 楽しみな心よりも羞恥心が勝る。正直そんなに乗り気になれなかった。


「良かった。僕もとても楽しみだよ。準備なんだけど、ティティアは獣人の結婚式をよく知らないだろうから、僕が進めておくよ」

「ありがとうございます」


 クラノスはティティアの左手を掴み、手の甲に唇を落とす。これから番の時間が始まるのだと分かった時だった。


「失礼致します。スピラレが村に出掛けております。もうしばらくしたら戻るかと。それと、ティティア様にもお手紙です」


 ポモドロが手紙を持って戻ってきた。


「手紙?」


 もしかしたらベルタからかもしれないと、クラノスから目を逸らし手紙を受け取った。


「読みますので、番の時間は少し待って下さいね」


「……仕方ないね」

 

 ポモドロは顔をひきつらせ、クラノスの顔をチラチラと伺いながら去って行った。


「ベルタ!」


 差出人にベルタの名前が書いてあった。

 急いで手紙を開け、内容を読む。


【親愛なるティティアへ】

【手紙の返信遅くなってごめんね! ちょっと色々大変だったの。それから竜王様との結婚おめでとう!】


 紛うことなきベルタの字である。そのまま読み進めると、あの3人のことについて書かれている文があった。


【――新年の儀はほんと大変だったね! リッカルド殿下は騒動の罰として、ダニエラと大神官を大神殿に謹慎処分にしたよ。笑っちゃうよね!】


「……そうなんだ」

「どうしたの?」

「えっと、リッカルド殿下がダニエラ様と大神官様を謹慎処分にしたみたいです」


「あの王子があの2人を??」

「はい」


「……ふーん」


 クラノスは納得がいかいかないのか、眉をひそめ首を傾げている。


「一応騒動の罰を与える……という形の演技(パフォーマンス)か?」

「でもこれで良かったかと。これで少しは反省して下さるでしょうから。リッカルド殿下は……まぁやはり罰は無いのでしょうね」

「ないだろうね。少し前の報せには、あの騒動を起こしたのは大神官と前聖女の2人で、リッカルドがあの場をおさめたことになっていたから。何か罰せられればいいけれど」


 リッカルドは国王代理であり、国王陛下は行方不明、第二王子オルランドも逃亡中なのでまず無理だろう。


「火刑になればいいのに」

「クラノス様!?」

「ティティアをあんな目に遭わせ、手篭めにしようとしたのだから、それくらいはいいと思うけどね」

「駄目ですよ!」


「なら斬首刑かな」


「重いです!」

「ティティアをあんな目に合わせた相手だよ?」

「私は生きていますし、今は幸せです。謹慎処分を受けて反省してくれればそれでいいです。更生の機会を与えることは大事です。殿下のことは……いつか罰があたります。ユル様達が見てい――……あ、見てないかもしれませんね」


「流石にあの事件は見ていたよ」

「そうなんですね。ならきっと罰が当たるはずです」


「……そうだね」


 ティティアは手紙の続きを読んだ。


【それから、話したいことがいっぱいあるんだよ! 今度竜王城に行きたいから、ファフニル通行許可証って竜王様から貰えないかな? 出来れば早い方がいいな。竜王城にお邪魔させてもらいたいんだよね】


(……会いたいし、ベルタと話したいけど……うーん、良いのかな。自分の友達を呼ぶってだけなのに許可証貰っても)


 人間がファフニルへ入るには、ファフニル通行許可証がいる。許可証には等級があり、観光客や商人向けの許可証は関所で発行出来る。だが第一通行許可証はファフニルの三分の一、第二通行許可証は三分の二程しか入れない。竜王であるクラノス、もしくは国王が発行する第三通行許可証のみファフニル全てに移動ができ、竜王城にも行ける。


 この通行許可証の発行は面倒だった。

 第一第二通行許可証は、名前、住所、職業、生年月日だけでなく、住んでいる領地の領主の署名が書類に必要だった。第三となるとそれにプラスして国王、もしくはクラノスの署名が必要となる。


 リョース、デックなどの人間国に行く獣人も通行許可証が必要だが、獣人はファフニルから出たがらないので、許可証を使う獣人はいない。


 1000年前の戦争で結ばれた条約は、人間側に不利なことが多い。話し合いで戦争を終結させたことになっているが、実際は人間側の降伏だった。


 降伏したのは英雄ユルと聖女アストレアが反旗を翻し、獣人側に着いたからだ。


 彼等が居ないのなら、人間側に勝利は無い。降伏という形にしなかったのは、勝敗によって差別を生み出さないこと、そして互いを憎み合うことがないように、と考えた結果だった。


 獣人側に利点が多い内容で会議が終わったのはその為だ。


「考え事?」


 クラノスが心配そうに尋ねる。


「……はい。ベルタが話したいようで、ここに来たいと。なのでファフニル通行許可証の発行をお願いしたいのです。可能でしょうか?」

「出来るよ。けどね、ティティアの友人だからと、そう簡単に出すのはちょっと」

「そうですよね……では、私が王都に行っても――……あ、聖女はファフニルから基本出ては行けないんでしたっけ?」


「うん。でもアストレアはカリストと子供に会う為に、よく王都へと行っていたよ」

「え? そうなのですか?」


 歴史書にはアストレアは第一王子カリストと結婚した後も、竜王城に居たと書いてある。


「本は改竄したんだよ。今後、他の聖女が同じように王都に行くようになったら困るからね。彼女は友人だったから特別。周りから色々言われたけど、見張り付きで僕が許可を出した」


「……では私も誰かと一緒なら良いですか?」


 クラノスは困った様に溜息を吐いた。


「正直行かせたくないね。謹慎処分とはいえアイツらは大神殿には居るんだよね?」


「……そうです」


 ティティアは残念そうに肩を落とし、俯いた。クラノスはその様子をみて鼻から息を漏らした。


「…………分かった。通行許可証の方を出そう」

「え!? いいんですか!?」

「いいよ。信用出来る友人なのだろう?」

「もちろんです!」


「なら出しておくよ」

「ありがとうございます!」


「通行日の日付けはいつにしようか」

「でしたら、10日後くらいにして下さい。それと、それまで愛の花をつけないで……下さ……ぃ……」


 クラノスの顔が、みるみると変わる。そんなクラノスを見て、声が小さくなってしまった。明らかに怒っている。


「何故?」


 ティティアは首元の皮下出血(キスマーク)を指さした。


「こ、これが消える頃に会いたいんです」


 するとクラノスは眉をひそめる。


「何故?」

「えっと……恥ずかしいので」

「恥ずかしい? 僕がつけた愛の花が?」


「相手がではなく、これは人間にとって恥ずかしいものなんです……羽織やスカーフで隠せるでしょうけど、もし見えてしまったら恥ずかしいので消える頃がいいかな……と……」


 そう言うと、クラノスは視線を逸らす。


「明日にする」

「え!? 明日ですか?? それは急ですし手紙が――」

「手紙は僕が書く。ワイバーンを使うからすぐに着くよ。それから、愛の花を魔法で治そうなんて思わないでね。まぁ治らないだろうけど」


「それはどうしてですか? 実は何回か治してみようとしたのですが治らなくって」


「想いが込められてるから。治療魔法は思っているより簡単ではないんだよ。想いが込められた傷は、それ以上の想いを込めて治さないといけない。僕は極上の愛を込めたからね。それと、魔法を使わずに治るような怪我は自然治癒がいいよ。魔力が勿体無い」


「……分かりました」

「よし、じゃあ番の時間を取ろう」


 クラノスはにっこりと笑った。

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