15.嵐の前の幸せ
――3日後。
――朝食後、ドラゴの上刻。
あれからというもの、ワイバーンの小屋に何度か行っている。空からではなく地上からの行き方も教わり、スピラレと共に行っていた。
そして今は朝食を摂り終え、クラノスと共に祈りの間に来ていた。
掃除も祈りも終わっている。仕事を早く終える事が出来るようになり、時間が取れるようになったので、治療院を始めたいと話をした。
聖女の仕事が早く終わるようになったのは、ダニエラがやり残した仕事が終わったからだ。
「治療院は少し待って欲しい」
「ですが、私はやりたいです。お金ではなくて、多くの人を助けたいんです」
「気持ちは分かる。でも君の治療魔法は特殊だし、決まり事を考えたい」
ワイバーンを治療した後、クラノスから自身の治療魔法が特殊だと聞いた。身体欠損は通常は治らないらしい。
「決まりごとですか?」
「元々、治療院は人間をファフニルに入れることになるから、決め事を設けるんだ」
本来、聖女の副業は自由にしていい。だが人間をファフニルに引き入れることになる副業は、クラノスと掟を決める必要がある。
「ならそれが決まれば治療院が出来ますか」
「それでも少し待って欲しい」
「え?」
歯切れが悪い。クラノスは申し訳なさそうな顔をする。
「えっと、何故でしょう?」
「国は国王が行方不明でただでさえ混乱していたのに、新年の儀のこともあったし、リッカルドの暗殺未遂で更に混乱している……様子を見たい。不安だからね」
「……国王陛下はどこに行ってしまわれたのでしょう」
「何処だろうね……ユル達も見ていなかったからな」
「ユル様達は常にこの世を見ているわけではないのですか?」
「見てないよ。そんなことしていたら首が疲れちゃうよ」
「え!? そうなんですか??」
「うん。だから暇な時、好きな時に見てるはず」
初めて聞いた。孤児院の頃から何か悪いことをすれば「神様が常に見ているから罰が当たるよ」と言われて育っていたからだ。
「国王は国王の騎士団が血眼になって探してるけど、こうも忽然と姿を消されるとね」
「誘拐された……とかでしょうか?」
「だろうね。やるならあの王子だけど」
「……リッカルド殿下ですか?」
「うん。もしくはリッカルドを王に据えたい貴族かな。ヴィットリア公爵とか怪しそうだけど。何処かに監禁されているか……もう殺されているか……」
「それは……嫌ですね……」
「1番嫌なのは行方不明のままなことかな。殺されたのなら早く遺体が見つかって欲しい。その方がありがたい」
「どうしてですか?」
「国王や領主が行方不明のままだとね、第一王子や次期当主が代わりにその地を治める。そして1年経つと自動的に国王や領主になれるんだよ」
「……なんとなく聞いたことがあります」
上流階級の制度はよく分かっていない。知らなくても良かったからだ。なのでうっすらとそんな話があったな、と思う程度である。
「そうなると、弔うことも出来ないからエリシュオムにも行けない。流石に可哀想だし悪いことづくめだ」
エリシュオムとは、神々や亡き人々が住む国と言われている場所だ。死んだ後、遺体を弔うことで魂をエリシュオムに送ることが出来る。
だが行方不明のままである限り、遺体を弔うことが出来ない。魂は永遠にこの世を彷徨うと言われていた。
「そうですね……見つからないようにファフニルにいるなんてことはありませんか? 騎士団はファフニルに入れませんし」
「実は昨日手紙が来てね。【国王捜索の為にファフニルに入りたい】と。嫌なんだよね。ズカズカと入られるのは。ファフニルは僕とワイバーン達が探したというのに」
「……もしかして、朝の見廻りは国王陛下の捜索をしていたのですか?」
「それだけって訳じゃないけど、最近はそうだね」
大きく溜息を吐いた。
「だから、城に入らないこととリッカルドが来ないことを条件にして許可証を出したんだ。それで治療院の話に戻るけど、騎士団がファフニルを彷徨く。だから、その――」
「もしかして、外出自体をやめた方がいいってことですか?」
「僕と一緒ならいいよ。スピラレだけでなくて」
「ワイバーンの小屋には?」
「僕と一緒ならね」
「村にも?」
「うん」
「分かりました」
そうなると毎日行くことはやめた方が良さそうだ。クラノスに毎回付き合ってもらうのは悪い。
「分かってくれてありがとう。明日から半月程と期日も決めているから、それが済んだら奴らはいなくなる。はぁ……国王を探す? 嘘にしか思えない。隙を狙ってティティアに会おうとしているように思えるね」
「それはないですよ。新年の儀の時に、クラノス様は釘を刺したではありませんか」
「そうだけど……まぁ、ちゃんと捜してますっていう演技も周りの貴族達や国民に必要だからね。絶対ファフニルにいないのに……そう手紙を僕が直々に出したというのに」
「手紙……」
ふと考えるのはベルタのことである。何度か手紙を出しているが返事が来ないのだ。
「どうしたの?」
「友人から手紙が来なくて、心配しているんです。その友人は新年の儀で助けようとしてくれた人なので、クラノス様もご存知かもしれません」
「……ああ、大神官に立ち向かっていた子かな?」
「そうです。何度か手紙を出していますが返事が無く。返事を書かないような子ではないので」
「なら聞いてみようか」
「聞いてみる?」
そう質問すると、クラノスは上を指さした。
「あっ、ユル様達にですね」
「そういうこと。友人の名前は?」
「ベルタです」
「ベルタだね。他に聞きたいことはある?」
「……じゃあ、アチェロ神官長がどうしているか聞きたいです」
次いでと言っては何だが、アチェロのことも気になっていた。新年の儀でドタバタと別れてしまった。帰ってきているのなら手紙を出したい。
「神官長? 何故?」
クラノスは眉をひそめる。
「えっと……アチェロ神官長は尊敬している方なんです。新年の儀の時はセッテンブレ神殿でお仕事が入ってしまい、ドタバタと別れてしまいました。もし帰ってきているのならお手紙を出したいなと」
「……そのアチェロ神官長はただ尊敬してるだけ? それ以外はない?」
(え……尊敬しているだけじゃ聞いてくれないのかな……そうだよね……わざわざユル様達に見てもらうんだもの。ちゃんとアチェロ神官長への想いを伝えないと)
「それだけではありません。とってもとっても大切な方です。私は孤児院出身なので苗字が無いんです。孤児は14歳の時に苗字を誰かから付けて貰うのですが、私はアチェロ神官長から『ビアンコ』と名付けてもらったんです。アチェロ神官長は王都では人気なんですよ。お顔立ちがとても整っているので、女性の支持者が多いんです。神官や神官見習いの女性達もアチェロ神官長に憧れています。アチェロ神官長のお陰で、女性信者がよく祈りに来るようになって……信仰心と言うよりはアチェロ神官長に会いにですが……でも、寄付も増えて孤児院にかけるお金も増えたんです。それに私がダニエラ様信者から虐められているのを助けてくれたりとか、お忙しいのに一緒に新年の儀の予行練習をしてくれたり、孤児院にも顔を出して絵本を読み聞かせてくれたりで、もう本当に尊敬している方なんです」
「…………そう……随分熱く語るね」
「はい! 憧れなんです……大好きなんです。だからアチェロ神官長のこともお願いします」
じっと真っ直ぐな目でクラノスを見つめた。
「…………ふーん……いいよ……少し待ってて」
何となく、クラノスの声は不機嫌に感じる。
(どうしたんだろ……?)
「やぁ、久しぶり………………分かっ――はいはい……うるさ……うるさい…………悪かった……だから――……はぁ」
「どうしましたか?」
「暫く遮断していたからそれに対して文句がうるさくてね…………分かったよ。それでティティアの友人ベルタ……うるさい……あとアチェロ神官長はセッテンブレ……分かったから…………で、その2人を…………え?」
クラノスの顔が曇る。何か考え事をしているようだ。
「……分かった…………うるさいよ……少し黙っ……もういい、切るよ」
「……その、2人は?」
「……見えないらしい」
「……え?」
「『見えない』と言っていた。2人の事が、ではなくて大神殿内が何も見えない、と。通常そんなことは有り得ないんだよ。わざと見えないようにしているとしか考えられない」
「わざと……ですか?」
「例えばだけど、僕達の寝室は見えないようになっているんだ」
「そう……なんですね」
今まで考えたことはないが、見えているとしたら相当恥ずかしい。
「あとはトルリア城が見えない場所だね。他にもあるけど見えないようにするには。あることが必要でね。でもそれを書いてある本は残っていないはずなんだ」
クラノスは真剣に何か考えているようだ。
「………………アチェロ神官長はセッテンブレを探したけど居ないらしいから、他の場所にいるかトルリア城か大神殿か、あとは国外にいるか、だね」
「そうですか。ベルタは大神殿にいると思うのですが、アチェロ神官長がセッテンブレにいないのならもう大神殿に帰っている可能性が高いですかね?」
「うーん、そうかもね」
(大丈夫なのかな……心配だ……)
「少し様子を見ておくよ」
こちらの気持ちを察したように、クラノスはそう言って微笑む。この微笑みは安心させるように微笑んでいるのだと分かった。




