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14.ピュイ!

 クラノスとレアが居なくなり、ロスは巣の中に入った。すると赤子達は父親であるロスにまとわりついた。


(ふふっ、ロスは傷のせいか屈強の戦士に見えるなー。めちゃくちゃ強い戦士が頑張って子守りしてる……みたいな)


 ふと周りの巣を見ると、雄が子供の世話をしているように見えた。


(雌が狩りに出て雄が子守りをする生き物なのかな)


 この小屋に今いるワイバーンは雄が多いのはそのせいだろう。


「ワイバーンは雄の方が赤ちゃんを見るの?」

『ピュピュー、ピュイピュー、ピュイ』

「『ふははは、気付いたか、このすっとこどっこい』って言ってる?」

『ピュ!? ピュイェピュワ!!』


 何故か少し焦るようにロスは鳴く。


「うーん、なんとなく肯定してるような気がするんだけど少し違うのかな。クラノス様はちゃんと言葉分かっているの羨ましいなぁ。竜人だからやっぱり分かるのかな。残念」

『ピュワワ! ピピッピュイ!』


「慰めてくれてる? 『てやんでぃ! そう落ち込むんじゃねぇよ!』みたいな」

『ピピピ!?!? ピュワワピュイピュワ!!!!』

「ふふっ、やっぱりなんか違うのかな。ざーんねんっ」


 あははっと笑うと、ロスは複雑そうな表情をしていた。


「赤ちゃんには名前あるの?」

『ピュワ』


 ロスは分かりやすく首を横に振った。


「ないんだね。これからつけるのか。何にするの?」

『ピュイチチチーピッピ』

「えー、なんだろ。ヘルムート、クラウス、ザビーネ、ヘルガ?」


『……ギギギ』

「あははっ、絶対違うね。ギヌヘイム人みたいな名前だしね。じゃあ、ピエール、ジャン、ジャンヌ、ベルナデット?」


『……ギギギ』

「ふふっ、ミーズガルズ人みたいな名前だから全然違うんだろうな。もっとアールヴ人みたいな名前……あっ! そうか! レアとロスの名前は誰がつけたの? この名前って【ギリ・シャロマ―大家族物語―】の登場人物から取ってるよね? クラノス様が名付けてるのかな?」

『ピュイ!』

「ならこの子達もこれからクラノス様がこれからつけるのかな?」

『ピュイピュイ!!』


 ぶんぶんと何度も大きく縦に首を振る。


「ふふふ、ほんの少しだけ話が通じたね」

『ピュイ!』


 今迄で1番喜んでいるように見える。言葉が通じずもどかしかったのだろう。ロスは満面の笑みだ。


(この左眼……治せないかな)


 笑っている顔が可愛らしいが、潰れた左眼が気になってしまい、ロスの頭を撫でた。


「ねぇ、ロス。私ね、天賦の才(ギフト)が治療魔法なの。練習中なんだけど、この目を治療してみてもいいかな?」


 ロスは首を傾げ、悩んだような顔をした後頷いた。


「ありがとう」


 ティティアはロスを抱き上げ――本当は触るだけでいいのだが――膝の上に置いた。ロスは不安げにこちらを見ている。


「ふふっ、可愛い……大丈夫だからね……あっ、気分が悪くなったら教えてね」

『ピュイ』


 ティティアは魔眼を発動させ、ロスに魔力を巡らせる。


(目はここ……うん、大丈夫そう)


 灰色靄を魔力で包み込む。いつもと違い、すぐには小さくならない。頑固な靄だった。


(クラノス様の怪我は直ぐに治ったのに……これは全然小さくならない。治らないのかな……うーん……あっ、少し小さくなった。よしよし。時間がきっとかかるのね。魔力はゆっくり一定に、魔力はゆっくり一定に……ここに時間がかかるなら、他の所も同時にやってみよう)


 昨日から怪我の同時治療を習っている。同じ様に魔力を包み、治していく。2箇所以上集中しなくてはいけないので難しかった。

 灰色靄はゆっくりと時間をかけて小さくなる。身体の灰色靄は無くなり、目の部分の灰色靄はまだ消えていない。それでもゆっくりと時間をかけて魔力を流すと、少しづつ小さくなった。


「どうかな?」


 まるで硬い石の凝りを解すような新しい感覚の治療だったが、左眼は治っている。


『……ピッ』

「ん? どうしたの?」

『ピュイーーーーーー!!!!』


 突如ロスは大きく鳴いた。この大きな小屋全体に響くような大きな鳴き声だ。それまでありとあらゆる所で『ピュイ』と鳴き声が聞こえていたのに、ロスが鳴いて水を打ったように静まり返っている。


「え!? どう、え!? つらかったの!? 嘘!? ごめ――」

『ピュイピュイーチチチーーーー!!!!』


 ロスは飛び上がり、上空で再び大声で鳴く。すると四方八方からバサバサと翼をはためかせる音がした。


『ピュイワーワー!!!!』


 ロスが降りてくると、他のワイバーン達がこの木の上に集まり降りてきた。何十匹ものワイバーンが『ピュイピュイ』と周りで鳴いているので、騒音に近いものがある。


『ピュー!!!!』


 ロスが大きくひと鳴きすると、ワイバーン達は静かになった。そしてロスは右の翼を大きく広げ『ピュイピュービュー』と鳴く。


「……え?」

『ピュイピュービュー』


 ロスは左眼と身体を手に擦り付けてきた。


「…………ん? えっと……もしかして――」


 周りのワイバーン達を見ると、ロスと同じように傷付いている。


「治せってこと?」

『ピュイ!』


 大きく頷く。どうやら全員治して欲しいらしい。さっきロスが騒いでいたのは怪我が治って感動していたのだろう。


「ふふっ、可愛いなんてもんじゃないね、くぁあいいねぇ。うん、いいよ。治してあげる――あっ、でも今練習中なの。つらくなったら鳴いて教えてね」


 その場にいるワイバーンが一斉に『ピュイ!』と鳴いた。


「ふふっ、可愛い。じゃあ並んでくれる? 順番ね」


 ワイバーン達は並び、1匹ずつティティアの膝の上に乗っていった。




***


「――それでこんな時間に寝てしまったの?」


 すぅすぅ、と寝息を立てて寝るティティアを前にして、戻ってきたクラノスは少し驚きながらロスに言った。ティティアが落ちないよう、5匹のワイバーンが横から支えている。その周りにはワイバーン達が御礼に置いた木の実や卵の殻(ドラゴパール)が置いてあった。


『はい……』


 ロスは申し訳なさそうに俯く。クラノスは獲ってきた鹿を巣の中に入れると、赤子ワイバーンが齧り付く。レアは慌てて『まだ食べないで』と注意した。


 ティティアは全てのワイバーンを治療した。小さな傷も大きな傷も、本来なら治らない身体欠損も治した。全員を治した頃、ふっと意識が無くなるように眠ってしまったのだ。

 クラノスはティティアの傍で膝をついた。


「頑張り屋さんの困ったさんだね、僕の妻は」


 そう言ってティティアの髪をひと束掬い、口付けをした。


『その、本当に申し訳ありません。わたくしめ、左眼が治ったことが嬉しく、つい皆の傷が治ればな……と』

「それは感動するだろうね。君の目は本来治療魔法でも治らないはずだから」


 治療魔法は、本来怪我や病を治すもので身体欠損は治らない。例えランクがクイントだとしてもだ。


(もしかしてクイントまでしか測れないからクイントなだけで、もっと上なのか……?)


『そうです、そうなんです。以前、他の聖女様が治そうとして出来ませんでしたし、なのでティティア様が治療して下さると言った時、まぁ無理だろうなと思いつつ承諾をしましたら、なんということでしょうか。何も見えない左眼があろうことか――』

「分かった分かった。そう早口で言わなくていい。僕は怒っていないよ」


『大馬鹿だわ!! ティティア様に無理させるなんて!! なんていう失態!! それでもワイバーンの王!?』


 レアはロスを叱責するとロスは項垂れた。


「レア、そんな事言わない。君も最初ティティアを襲うっていう失態をおかしてるよ」

『うっ』

「大丈夫だよ。ティティアはまだ体力と魔力の調整が上手く出来なくてね。魔力は膨大だけど、体力が皆無なんだ。魔法を使えば体力も無くなって疲れるってことをしっかり教えなかった僕が悪い」

『そんな! 滅相もございません!』


 レアはじろりと周りを見渡すと、治療してもらったワイバーン達は物陰に隠れた。


「そう怒らない。それにティティアの寝顔を見て。とても満足そうだ」


 ティティアの顔は驚く程ニヤけている。いやニマニマとニマけているの方が正しいのかもしれない。それくらい顔が綻んでいるのだ。


(こんなにワイバーンが好きなら早く連れてくれば良かったな……)


 勝手に苦手だろうと、直ぐに教えなかったことを後悔した。


『あの、その、ティティア様の事で少しご相談が』

「ん? 何?」

『ティティア様は人間ですから話が通じず、何となくで会話をしてくれるんですが、〈こう言ってる?〉と予想して聞いて来る言葉が何故かべらんめえ口調なんです』


「……ん?」

『ティティア様は、わたくしめがべらんめえ口調で話していると思っているんです!! 〈このすっとこどっこい〉とか〈てやんでぃ!〉って言ってる?? て聞くんです!! 何故でしょうか!! そんな言葉なんて使っていませんし使うわけありません!! わたくしめは紳士にお話――』

「分かった、分かった」


 ロスは口をギュッと閉じてもムズムズとしている。どうやら相当歯がゆかった様だ。


『別にいいじゃないの』


 レアは呆れるように巣に入ると、赤子達の為に鹿を食い千切り、咀嚼して吐き出した。赤子達はその咀嚼された鹿肉に飛び付き口に入れたが、上手く食べれずに口をモゴモゴとさせた。


『良くないよ!! ティティア様に失礼な奴だと思われてる』

「全身傷だらけで強そうに思えただけだよ。ちゃんと言っておくよ」


『お願いします!!』

「さて、じゃあ帰るとするか」


 クラノスがティティアを抱き上げ、空を飛んだ。そのままワイバーンの小屋を出て、天高く上がる。


「ふぁ……クラノス様……? あっ、おかえりなさい。お祝いは獲れたのですか?」

「起きてしまったね。うん。もう帰る所だよ」


「そうなのですね。ではお掃除とお祈りをしなくてはいけませんね」

「いや、疲れているだろう? 寝た方がいい」

「え、駄目です! 私今日忙しいんです!」

「忙しい?」


「まだお掃除もお祈りもしていません。それに午後は子供達に絵本の読み聞かせをしますし、その後リネア神官長と治療院の話もしておきたいんです。それに治療魔法の訓練やクラノス様のお部屋の掃除も。他にもいろいろ」


「……そうか」

「あっ、あと番の時間もですね」


 クラノスはその言葉にホッとする。


 番の時間は重要だ。それがティティアに上手く伝わっていない。重要なのは分かるが、どれくらい重要なのかいまいちピンと来てない気がする。


「……だから帰ったら取りませんか? ……午後に取れるか分からないですし」


(うーん、やっぱり分かってないか)


 獣人は仕事を削ってでも番の時間を優先する。仕事優先は有り得ない。だがティティアは違う。人間と結婚した獣人がぶつかる最初の壁だった。


「分かった。でも午後に取れないのなら、1回を濃い時間にしようか」


 そう言うとキョトンとした顔をして首を傾げた。

 

「『濃い』ですか?」

「うん」

「濃い……分かりました?」


 了承しているがどうやら分かっていないようだ。


「折角だから今取ろうか。じゃあ舌を出して」


 地上に降りたら逃げられてしまう気がして、そう提案した。ここなら逃げられることもなく、避けられることも無いだろう。


「舌? ……ほうれすか?」


 ティティアは眉をひそめて舌を出す。


「うん。そのままでいて」


 クラノスは顔を近づけ、口を開いた。

 そして、空の上で濃密で甘々な番の時間が始まるのだった。

*おまけ*


「ワイバーンは雄の方が赤ちゃんを見るの?」

『お気付きですか、そうですね、基本雄です』

「『ふははは、気付いたか、このすっとこどっこい』って言ってる?」

『えぇ!? そんな話し方では!!』

「うーん、なんとなく肯定してるような気がするんだけど少し違うのかな。クラノス様はちゃんと言葉分かっているの羨ましいなぁ。竜人だからやっぱり分かるのかな。残念」

『大丈夫です! 仕方ありません!』

「慰めてくれてる? 『てやんでぃ! そう落ち込むんじゃねぇよ!』みたいな」

『えええ!?!? そんな話し方してませんよ!!!!』

「ふふっ、やっぱりなんか違うのかな。ざーんねんっ」

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