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13.ワイバーン

 ティティアはクラノスと共に祈りの間に来ていた。目的は祈りの間の掃除をし、国の平和を祈る為だ。

 だがまだ祈れていない。それどころか掃除も出来ていない。

 何故ならここへ来てからずっと抱き締められているからだ。それだけでなく、顔や首筋に唇を優しく落とされる。


 嬉しいがこれでは仕事が出来ない。

 聖女失格としか思えない。


「あのっ、そろそろクラノス様、終わりにして下さい」


「……もう?」

「『もう?』とは言いますが、朝起きて番の時間をとったばかりですし、これでは仕事が出来ません」


 ティティアは手を突っ張りクラノスと離れた。クラノスは「仕方ないね」と残念そうに溜息を吐く。


(番の時間は嬉しいけど1日5回も時間取れるかな……)


 そう悩んでいると上空から『ググルラァーー!!!!』と何かが吼えるような鳴き声が聞こえた。見上げると蝙蝠のような蜥蜴のような奇妙な生き物がこちらに向かって来ている。


「クラノス様、あれは?」

「ん? ワイバーンだよ」

「ワイバーン!?」


 ワイバーンは初めて見る。あまり頭数もいないらしく絶滅の噂もあり、殆どの人物が話でしか聞いたことがない。


「おいで、ロス」


 クラノスがそう言って右腕を上げると、ワイバーンはその腕に止まる。


 全長50センチメートル程の大きさで、顔は蜥蜴に似ている。腹部は白く肩あたりから蝙蝠のような翼が生え、後ろ足はあるが前足は翼が前足代わりのようだった。腹部以外は爪も含めて滑らかな緑色をしていた。


(とっても綺麗!!)


 『蜥蜴は神の使い』と言われ、神殿で飼われているのは誰かがワイバーンを見たせいだろう。


(あら? この子とても傷だらけ)


 鱗自体は艶めいて綺麗だ。基本は緑色だが見る角度と光の加減で七色にも見える。だが大きい引っ掻き傷が身体に何箇所もあり、左眼も大きい傷のせいで見えていないようだった。


「人間がワイバーンを乱獲したから保護しているんだ。今じゃ結構数も増えたんだよ。この子はロス。雄だから緑色……玉虫色とも言うね。雌は紫色なんだ」


 そう言ってクラノスがロスの喉元に触れると、ロスは気持ち良さそうに目を細めた。


(か、可愛い! 翼の生えたトカゲだ!)


 蜥蜴不足のティティアにとって、とてつもない癒しだった。


「かっ、可愛いでずぅ」


「……え?」


 不思議そうにこちらを見る。余りの可愛さについ変な声を出してしまった。慌てて咳払いをして誤魔化す。


「ゴホンッ……可愛いなと思いました」


「……じゃあ撫でてみる?」

「いいんですか!?」

「いいよ」


 ティティアは喉元を擽るように触ると、ロスは満足気に目を閉じた。


「きゃ、きゃわ……ぎゃわいい!」


(久しぶりのトカゲだー!!!!)


「ははっ、そう言う聖女は初めてだね。良かったな、ロス」

『ピュイ!!』


 ロスは先程の吼えるような声ではなく、可愛らしい声で鳴いた。


「それで要件は?」

『ピュピュワピュ、ピュアィピュア』

「そうか、良かった」

「どうされました?」

「ロスの番のレアの卵が孵ったみたいだ。変な時期に卵を産んだから心配していたけどよかったよ。行ってくるけど、ティティアも行くかい?」


「行っていいんですか!? 行きたいです!!」


 クラノスは翼を出す。ティティアはクラノスの首に腕を回す。腰に手を回され、そのまま飛び上がった。


 祈りの間の暖かい空気が、上空に出たことにより冷たくなった。上着は着ているが室内用の上着なので寒かった。クラノスに引っ付くように抱き着くと、クラノスは背中に手を回し、温かくなるように摩る。


「寒かったね。すぐだから」

「大丈夫です! クラノス様がこうして温めてくれているので」


 そう言うとクラノスは微笑み、頬にキスをした。顔が赤くなっていく。


 城の上空を飛んで数十秒後、川辺の近くにある大きな建物へ着く。丸屋根の建物で鳥籠のような形をしており、川を跨ぐようにして建っていた。屋根と地面には雪が積もっている。


 中から『ピュイピュイ』と複数の鳴き声が聞こえる。

 ゆっくりと降ろされ、雪の上を踏んだ。


「ここがワイバーンの小屋。使用人達が世話をしているよ。ロス以外にもいっぱいいるし、各獣人の村に待機させてる子もいる。賢くて飛ぶのが速いから連絡係にしてるんだよ」

「へー」

「少し待っててね。様子を見てくるから」

「分かりました」


 クラノスとロスは中へと入って行った。


「赤ちゃん……早く会いたい……ふふっ、絶対可愛い……」


 ここに来てから蜥蜴を――ワイバーンは蜥蜴ではないが――撫で回すことが出来ていない。蜥蜴成分が足りないのだ。クラノスの半竜は可愛いがそうじゃない。小さき生き物を愛でることがしたいのだ。


(まだかなー)


 ウキウキ気分で待っていると、上空から『グアアアア』と鳴き声が聞こえた。


「……ん?」


 見上げると紫色のワイバーンがこちらに向かって飛んで来ている。


(紫色は雌だっけ? 雌も可愛いー……あ……れ……?)


 ロスがクラノスに飛んで来た時と明らかに違う。


 目付きは鋭く、鳴き声も先程の『ピュイピュイ』とした鳴き声ではなく、牙をむき出しにし『グアアアア』と鳴いている。


 明らかにティティアに威嚇し、こちらへと向かって来ている。


「きゃ、きゃあーーーー!」


 怖くなり叫び声を上げ、頭を抱えてしゃがんだ。すると、ロスが急いで飛んで来て、翼を広げ立ち塞がるように間に入り『グアラァ!!』と吼えた。


『グアアアア!!!!』

『ピュア!! ピュイピピエ!!』

『ビゥアグアアアア!!!!』

『ピッ、ビゥア!? ピュア!!』


 何となく喧嘩しているようなやり取りをしている。


「怖い思いをさせたね」


 後ろからクラノスの声が聞こえる。そして手を差し伸べてきたので、その手を取って立ち上がった。


「だ、大丈夫です」

「ワイバーンは人間に友好的ではないんだ。君が人間だからつい襲おうとしたみたいだね。だから少し待っててね」


 クラノスは離れると、2匹のワイバーンの元へと向かう。紫色のワイバーンがクラノスに気付き、鳴くのをやめた。


「レア、子供が産まれたんだね。おめでとう」

『ピュイ、ピュアィピュ!』

「でもね、君は過ちを犯した。子が産まれて気が立っているとはいえ、やってはいけない過ちだよ……彼女の匂いが分からない? 美しく、賢い、小さき竜よ」


 クラノスが問い掛けるとレアはビクッと震え、ティティアに鼻を向けクンクンと鳴らすように嗅いだ。

 するとレアは『やってしまった!』と顔をし、地に降り立ち、翼を広げ地にひれ伏す様な体勢を取った。


『ピューピュアピェピェーァァ』

「『申し訳ありませんでした』だって。許してあげてくれるかい?」

「あっ、はい!」


「いいかい。例えレアでも、この女性を襲ったら丸焼きにして食べるよ」

『ピュイ!!』

「ティティア、もう大丈夫。この子がさっき言ってたレアだよ」

「こ、この子が……」


 ティティアは恐る恐るレアに近付いた。


「心配そうな顔をしているけど大丈夫。安心して」


 レアはティティアの前まで歩き、安心させるようにもう一度ひれ伏す体勢を取った。


「ほらね。君のことを主人と認めているよ。触っても大丈夫」


 もうこちらを襲う気はないようだ。

 ティティアは恐る恐る手を伸ばすと、レアはその手を受け入れ気持ちよさそうに撫でられた。


(可愛い……)


 ほっとひと息吐く。


「レア、僕達は君達の子を見に来たんだよ。少し見せてくれるかい?」

『ピュイ』

「所で何処に行っていたの?」

『ピュイピュアピュアァァ、ピマピュワ』

「うーん……子供達にいっぱい肉を食べさせたいのは分かるけど、熊は冬眠しているよ? 一角兎や鹿ならいるけど、後でお祝いに持って行ってあげるよ」

『ピュィ……』


「ティティア、おいで」


 クラノスは手を差し伸べる。ティティアはその手を握り、手を繋いで小屋に入った。


 小屋の中は明るく、祈りの間の様に暖かかった。硝子窓が多く使われ、外の光を多く取り入れられるようになっていた。中には川が流れ、10メートルはありそうな大きな木1本と5メートル程の木がその周りを囲むように何本も生えている。そこには何匹かワイバーンがとまってこちらを見下ろしていた。


「あの木の上だから、こっちに」


 ティティアは再びクラノスに抱き締められ、木の上まで飛んだ。巣が作りやすいようになのか、正方形で3メートル程の大きさの木の板が置いてある。その木の板には枝を集めた1メートル以上の大きな巣と、何かの動物の骨山があった。ティティアは木の板に立つと、巣を覗き込む。


「わぁ! くぁわぁいぃーーーー!」


 紫色の赤子ワイバーンが2匹、緑色の赤子ワイバーンが2匹、可愛らしく『ピッピッ』と鳴きながら動いている。4匹とも手に収まる大きさで、3匹はじゃれ合いもう1匹はこっちを向いて卵の殻をかじっていた。割れた卵の殻は地色が黒色で、その表面が見る角度によって虹色にも見え、とてもなめらかだった。


(殻がとっても綺麗……)


「その殻綺麗でしょ? ドラゴパールと言うんだよ。その卵とワイバーンの皮が人間は欲しくてね、大変だったことがあったんだよ」


「……ドラゴパール。聞いたことはあります。ファフニルでしか採れない希少な石だと……卵だったんですね」

「うん、そうだね」

「へぇー……わぁ……赤ちゃん可愛い……」


『ピュイピアー』

「触ってもいいって」

「いいんですか!?」

『ピュイ!』

「大丈夫だって」


 ティティアは目を見開き、手を下から差し伸べた。4匹の赤子達はティティアの手をスンスンと嗅ぎ、チロチロと舐めた。


「ひぅあ! 可愛い!」

「ははっ、そうか。良かった……なら少しここに居るかい?」

「良いんですか?」

「いいよ。僕は少し出掛けてくる」

「出産のお祝いを捕りに行くのですか?」

「うん、そう。それまで赤子達と遊んであげて。レア、一緒に獲りに行こうか」

『ピュイ!』

「ロスはティティアを宜しく」

『ピュイ!』

「じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃ――あっ、あの……」


 ティティアが顔を上げると、クラノスは頬を差し出す。行ってらっしゃいのキスをすると、クラノスは飛んで行った。

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