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12.証(あかし)

 ――翌日の朝。

 ――コニッリオの下刻。



 隣ではクラノスが寝息を立て、ぐっすりと寝ている。ティティアはクラノスに抱き締められ、何も着ていない今、身体全体でクラノスの温もりを感じた。


 頬にそっと触れる。もう緊張はしなかった。それよりも心落ち着いていられる。ゆっくりと息を吐いて余韻に浸り、クラノスの厚い胸板を見る。そこには赤黒い鱗が1枚ついていた。


『クラノス様は1000年以上生きていますので、鱗は無いんですが』


 昨日のスピラレの言葉を思い出した。

 

(でもこれ鱗……だよね?)


 スピラレがああ言っていたということは、他の人は知らない鱗だ。自分だけが知っているということが嬉しく、そっと触れた。


(けどクラノス様の鱗は金と白なのに、何故これだけ赤黒いのかしら? それにこの場所って赤黒いモヤが見えた所だよね?)


「おはよう」


 ハッとして触るのを止めた。


「申し訳ありません……起こしてしまいましたか?」

「まぁね。悪い悪い子うさぎだね。竜の眠りを起こすとは」


 ふぁーと欠伸をした後、額にキスをしてきた。

 だが『子うさぎ』と言われ、複雑な気持ちになり顔が少し引きつった。その呼び方はリッカルドが自身を呼ぶ時の呼び方だからだ。


「どうしたの?」

「あっ……何でもありません」

「そういう風に我慢をするのは良くないね。僕はどんなことでも言って欲しい」


「……申し訳ありません。その……『子うさぎ』と呼ばれたので、リッカルド殿下を思い出してしまったんです」

「あの男を?」

「はい。リッカルド殿下は私のことを『子うさぎ』と言っていたので……」


 するとクラノスは「ふーん、そうか」と少し考えるように眉をひそめる。


「ならもう言うのは止めよう」

「ありがとうございます」

「では、僕の宝物。体はどう?」


(……『宝物』は宝物で恥ずかしくなるのだけれど)


「どうしたの? やっぱり辛い?」

「え? あっ、えっと……その、ちょっと痛い位で、特には」


 そう言うとクラノスは微笑み、ティティアもつられて微笑んだ。互いに見つめ合い、引かれ合うようにキスをした。クラノスの頬に触れ、手を首筋から胸元に移動させると、あの鱗に触れる。


 思っているよりも硬い鱗が気になり触っていると、クラノスは唇を離した。


「気になる?」

「あ……申し訳ありません……その……はい……」


 クラノスは笑って「待ってて」と言うと起き上がり、部屋にあった本棚へと向かう。筋肉質な背中に腕と脚、そして――。


(お尻が……素敵)


 引き締まった臀部に見惚れてしまい、ハッとして顔をベッドに埋め、擦り付けた。


 クラノスは本棚の前で立ち止まり、革張りのとても古い本を取り出して戻ってくると、再びベッドの中へと入る。


「これ」


 ティティアは身体を起こして本を受け取る。


【禁術魔法書】


 背表紙に書いてあった。禁術と書いてある割には、禍々しさは感じられずとても古く簡素な本だった。


「読んだことは?」

「ないです」

「だろうね」


 ティティアはページを捲る。


【目次】

【第1章 呪●殺す方法】

【第2章 死●を蘇ら●●法】

【第3章 相手を惚●させる方●】

【第4章 ●●を●って●●れ変わる方法】

【第5章 相手●服従させ●方法】

【第6章 古●になる方法】


 最初のページは目次だった。古い本の様で、所々染みや虫食い、破れてしまい読めない。


「1000年以上前の本でね。ここに載っている魔法はどれも術者にも命の危険がある魔術なんだ。虫食いだらけで読みずらいんだけど……見せたいのはこの最後の第6章のところ……」


 クラノスはそう言って最後の方のページを開く。


【第6章 古竜になる方法】

【古竜になるには人間の心臓と血が千人分必要(獣人可、動物不可)。古竜になる者が心臓より得た血を頭から被り、満月の夜に儀式を行う。

魔法陣は一言一句間違えず記述通りに描き、中央に古竜になる者が立つ(座るでも可)。記述通りに魔法陣周りに呪術師は5人を配置。

失敗すれば古竜になる人物も呪術師も死ぬ。成功すれば古竜になる人物は何かしらの呪いを受け古竜になり、呪術師は死ぬ。成功しても失敗しても呪術師は死ぬので使う時は要注意。呪文は別ページ――】


 文章の隣のページには魔法陣の描き方がこと細かく書かれていた。また別のページには呪文が書いてあり、7ページに渡る。虫食いの目次とは違い、この6章は読みやすかった。


「これは?」

「僕が古の竜になった方法」

「え!?」

「人獣戦争をしていた時の話になるよ」


 ――1000年前。

 人間と獣人が争う大きい戦争があった。数の多さで優位にたった人間だが、力の強さでは獣人の方が強く、血で血を洗うドロドロの戦争だった。


「当時は獣人の数が今よりもっと少なかったし、人間の数は多いしユル達も強くてさ……まぁ大変で……ただでさえ数少ない獣人はより一層少なくなってしまって、その時に絶滅した獣人もいる。どうにか打開する為に、当時の長達が話し合って僕を古の竜にすることにしたんだよ」


 段々と人間側の勝利が多くなり、勝利目前かと思われた時、黄金の竜が突如現れ戦争は長引くことになった。


 その黄金の竜がクラノスである。


 互いに疲弊し、泥沼はより泥沼へ。何度も戦争終結の為の会議が開かれ、戦争は終結を迎えた、と伝えられている


「今は人間と獣人の関係は悪くはない。条約を結んで互いに破ろうとしていないからね。僕を神と崇める代わりに獣人を魔族だと差別、虐待をしない。人間で唯一魔法の使える聖女を竜王城へと住まわせ、平和を祈ること。国王は人間とし、竜王は政治への干渉をしない。代わりに国王もファフニルに干渉しない。けど他国からの侵略などの有事の際は互いに力を貸す、これで平和は保たれてる」


 アールヴ連合王国は、リョース、デック、ファフニルの3つの国の同君連合型の単一国家だ。仲が良い訳ではないが、三国で争いを避ける為、そして他国との有事の際を考えた策だった。

 それぞれ一定の自治を認められ、獣人が住むファフニルはクラノスに従っていた。


「……そうですね」

「この1000年の間で、人間と獣人が混ざり合い住み良い国を目指した国王もいたけど無理だった。それぞれ住処を別にする方がいい。人間同士も仲が悪いのに、人間と獣人だともっと無理だった。互いに差別し合うし、下に見てる。この形が1番平和だ」


 1000年前に連合王国となってからは大きな戦争にはなっていない。

 主に国政を執っているのはリョース人とデック人で、派閥がある。獣人は国政に関わらない。だがクラノスは神という扱いの為、少し複雑な関係だった。他国からも複雑な国や変な国など言われている様なので、あまりそういった国はないのだろう。


「まぁ話は逸れてしまったけど、この鱗はその時の禁術を使った呪いの証なんだ」


 クラノスはティティアの手を取り、自身の胸に当てた。


「呪い……ですか?」

「そう。僕は禁術で古竜に変身出来るようになって、唯一無二の絶大な力を得たと同時に不老不死の呪いをうけた」

「不老不死が呪いですか?」

「うん。これを望む者も多いよね。けど、不老不死は呪いだよ。ありとあらゆる愛する人達の死を見届けなくてはならない……何人の友人達の死を見たろうね。それに――……」


 力強く抱き締められる。


「失いたくない存在が出来る度、この呪いが憎くて憎くて堪らなくなる」


(ああ……そうか……今まで考えていなかったけど、私は死ぬけど、クラノス様は違うんだ……)


「だから、ティティアが昨日魔眼で見た赤黒い靄は呪いの証。あまり見ることはないけれど、覚えておくといいよ……そうだ、呪いと言えばもう1つ。神になった友人達と話せるようになったよ。特にユルとはよく話す。最近五月蝿すぎるから遮断してるけど」


「ユル……話せる? ユルはあの人獣戦争で活躍された英雄のユル様ですか?」

「うん。ティティアの前で何回か話したことあるよ。君には聞こえてないかもだけど」


(……もしかして、あの独り言のこと?)


「独り言かと思っていました」

「ははっ、もしそうならとんでもなく独り言の多い変な奴だね」


「も、申し訳ありません」

「まぁ、いいさ。僕をどんな変人だと思っても、ティティアは僕のことを愛してくれるようだし……ね?」


「はっ……はぃ」

「ははっ、愛おしいね……さて、見回りの時間だ。ティティアは湯浴みをするといいよ」


 クラノスは使用人ベルを鳴らすと、ベッドから降りようとする。


「お待ち下さい! あの……そのっ――」

「ん?」

「いっ、行ってらっしゃいのキスを……したくて……構いませんか?」


 そう言えとクラノスはハッとし、微笑んだ。


「どうぞ」


 ティティアは優しく頬にキスをすると、クラノスは立ち上がり、半竜の姿になってバルコニーから飛び立った。




***


 ――浴室。



「えっ!」


 スピラレが湯浴みの準備を終え、着替えを取りに浴室を出ていったので今は1人だ。


 下着(シュミーズ)姿で鏡の前に立ち、何故声を上げたのかと言えば、自身の姿に驚いたからだ。


(これって……この赤い痕って……)


 首筋、胸元にはっきりとした赤い皮下出血キスマークを見つけた。首筋に1つ、胸元には無数にある。念の為背中を確認すると、やはり同じ様に無数の痕があった。


(……服から見えちゃうよ……特に首筋。胸元とかは服で隠れるけど)


 ベッドで番の時間はすぐ終わることはなく、熱く濃密な夜を迎えたのだ。


 湯舟には束ねられたカモミールが浮かんでいた。

 ティティアは髪を纏め、服を脱いで畳んだ後、カモミールを端に寄せ湯舟へと入る。


 そして扉を開けてスピラレが入ってきた。手には長袖のエンパイアドレスと暖かそうな羽織を持っている。


「ティティア様、お召し物はこちらで……わぁ、とても素敵な愛の花ですね」


「……え?」


 なんの事かとスピラレを見ていると、目線が首筋の皮下出血にあると気付いた。これを愛の花と呼ぶのだと初めて知った。


「あっ……はい……」


 恥ずかしくて顎スレスレまで湯舟へと浸かる。


「ふふっ、そう恥ずかしがらなくていいんですよ。竜人族はその愛の花(キスマーク)を恥ずかしがりません」

「そう……ですか」


「その1つ首筋にある愛の花が大事なんです。首筋だけ1つでしょう? 首筋は1つって決まってるんです」

「え? 何故ですか?」


「んー……いっぱいつけるのはチャラチャラしたイメージがあるんですよ。なので首筋には1つ。その1回を大事に大事につけましたって、なるんですよね。首筋じゃない所にいっぱいつけるのはいいんですけどね」


「でもこれ恥ずかしくないですか?」

「何を言っているんですか! 愛の証ですのに、何故人間は恥ずかしがるのでしょう」


 そう言われてもやはり恥ずかしいので湯船に浸かったままにした。


「はぁー、でも良かったです。やっと濃密な夜を過ごしたのですね。初夜は何もされていない様なので」


「え!? 何故それを!?」

「皆分かってましたよ。前はクラノス様の匂いが薄かったですからね」

「匂い?」

「はい、竜人に限らずですが獣人は鼻がいいんです。なので番の時間や交尾って匂いをつけあう時間でもあるんです。ティティア様はクラノス様の匂いが夫婦にしては薄いので、もしかして、って」

「なっ、なるほど……」


(……性に関して人間より開けてるのはこのせいね。匂いでバレるのに隠した所でっていう。この生活で何千年って生きているのだものね。人間とは違くなるわね)


「でもクラノス様は1日でいいんですかね? 三日三晩……七日七晩……十日十晩くらいあってもいいですよね? 人間のティティア様に配慮したんですかね?」


「……ですかね」


 スピラレは石鹸をこちらへと渡す。ティティアはそれを滑らせるようにして体を洗った。スピラレはクンクンと鼻を鳴らす。


「ちゃんと石鹸の香りに混じってクラノス様の香りがします」

「そ、そうですか」

「こんなにつよーく匂いがついたので、他の雄はもうティティア様に近付こうなんて考えませんね!」


 そう言われリッカルドの顔が過った。脳内で浮かび上がったその顔を消すように、顔を湯舟につけて洗った。

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