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11.治療

「おかえり、ティティア」


 スピラレとフェブライオ村から戻ると、玄関でクラノスが待っていた。


「ただいま戻りました、クラノス様」

「帰ってくるのが少し遅かったね? お腹空いたんじゃない? もうおやつ時だけどお昼ご飯を食べようか?」

「大丈夫です。天賦の才(ギフト)の見極めだけでなく、子供達と遊んでお昼も一緒に食べたんです」

「お昼を? ……そう」


 クラノスは少し驚いた顔をした。


「どうかされましたか?」

「うーん……これからは村で食べるのならひと言欲しいかな」

「あっ」


 確かにそうだ。きっと料理長達が用意してくれていたに違いない。


「申し訳ありません!」

「うん。次からそうしてね。じゃないと一緒に食べれない」


「……え?」

「一緒に食べたいから、ひと言欲しいんだよ」


 どうやら使用人達への迷惑を考えて、ではないらしい。


「食事はなるべく一緒に摂りたいんだ。それだけではなく、常に本当は一緒にいたい。フェブライオ村で昼食を摂るなら僕もそこで摂りたいからね」

「わ! それは子供達が喜びます!」

「ティティアは――……いや、なんでもない」

「ん? 分かりました」


 何故か微妙な空気が流れた。この空気を紛らわそうと、他の話題に変えることにした。


「それで、天賦の才(ギフト)が分かりました。クラノス様に教わりたく――」

「あっ、ちょっと待ってね。それは祈りの間で聞こう」

「えっ、ええっ、え!?」


 さっと横に抱きかかえられ、再び玄関へと向かう。


「飛んで行く方が早いから」


 バキバキと音がなり、クラノスの背中から翼が生えた。

 スピラレが扉を開けると、クラノスはそのまま空へと飛び立った。


(ひいっ!)


 これはいつか慣れるのだろうか。クラノスと共に生活するなら、きっと慣れないといけないことだ。必死にしがみついて、少しでも恐怖を紛らわそうとする。


 空を飛んで1分も経たずに祈りの間へと着いた。やはりここの空間だけ生暖かい。城の屋根には雪が積もっているというのに、暖炉を着けているかのような暖かさがあった。


 翼をしまったクラノスは、ティティアを抱きかかえたままゆっくりと胡座をかいて座り込んだ。膝の上に横抱きにされたまま座っており、ティティアは降ろされるのを待ったが一向に降ろされない。


(あっ……自分で降りるのか)


 長々とクラノスの膝の上にいてしまい、申し訳ない気持ちで降り、向かい合うようにして座った。そしてクラノスの顔を見ると眉をひそめていた。


「……どうかされました?」


「……いや、なんでもないよ」

「そうですか……」


 なんとなく悲しげな声だったような気もする。一緒にご飯を食べれなかったのを引き摺っているのかもしれない。


「えと、それで天賦の才(ギフト)なのですが、治療魔法でランクがクイントでした」


「ほー、希少だね」

「アストレア様も治療魔法だったと思うのですが、前世に関係するのでしょうか?」


 本当はアストレアの天賦の才(ギフト)について明確に記載された文献はない。だが戦時中、怪我をした兵士達を治療して回ったことが多くの文献に残っているので、治療魔法だったのではないか、と推測されている。

 1000年も前の出来事なので、全てが文献に残っている訳ではない。


「関係ないよ。天賦の才(ギフト)が何になるのかは前世も魔力も何も関係ないから」

「なるほど」


「では早速始めようか。まず使い方の前に、魔力と体力の関係について話すよ」

「魔力と……体力ですか?」


「そう。この2つは連動しているんだ。いくら魔力があっても体力が無ければ使えない。魔法を使うと体力も無くなる。例えばティティアの場合、魔力が100(ポイント)あっても体力が10点だから――」

「10!? もう少しあると思います!!」

「例えだよ。魔力100の体力10だから、魔力を10使ったら体力も一緒に10減るんだ。魔力は体力を削る。そうして体力が0になると倒れてしまう。だから気を付けてほしい」


「……分かりました」


 例えでも何となく腑に落ちない。もう少しあるはずだ。せめて50点と言って欲しかった。


「じゃあ次に使い方。この間魔眼の使い方を教えたと思うけど、あれは天賦の才(ギフト)じゃない。ただのオマケ魔法」

「オマケ?」


「まぁ、深く考えないで。それで、治療魔法はこの魔眼も一緒に使わないといけない。難しい魔法なんだ」

「魔法を2つ使うという事ですか?」

「そう。だから難しい。ではやろうか。魔眼で見ながら手から魔力を流し込んで治すんだよ」


 クラノスは左手を出し「手を」と言った。ティティアはその手に自身の右手を重ねた。


「ティティアは両手で僕の手を包み込んで」


 言われた通りにクラノスの手を包み込んだ。


「守護結界を張る時、手に魔力を込めて水晶に流し込むよね? それと同じ要領で、先ずは右手から僕に魔力を流し込んで」


 ティティアは目を瞑り集中した。魔力をゆっくりクラノスへと送る。


「そうそう、その調子。そのまま途切らせないで、魔力を僕の左手から左腕、左肩、徐々に身体全体に回るように魔力を流して」


 言われた通りに左手から左腕、左肩、上半身から下半身へと魔力を巡らせる。


「そうそう……その調子……あっ、少し魔力が多いな。多すぎる魔力を流すと相手が負担になる。もう少し抑えて……うーん、もう少し抑えていい。ティティアは自分が思うより魔力が高いからね」

「む、難しいです」


 守護結界を張る時や祈る時は、魔力の細かな調整はしない。結界を張る時は全力で、祈る時はだいたいの魔力を送り込めばいい。

 今回は細かい魔力の調整になり、これが案外難しかった。


「何度も練習すればいい。付き合うから」

「はい、ありがとうござい……あっ!」


 パンッと手を叩くような大きい音が聞こえ、魔力が途切れた。


「少なすぎたね」

「はい……多い魔力の放出の方が簡単です」

「始めは皆そうだから。さぁ、もう1度」


 再びクラノスに魔力を流し込んだ。


「うん、さっきより大分いいね。やっぱり飲み込みが早いよ。そのまま、そのまま……」


 今度は途切れることなく魔力を巡らせることができた。


「今の感覚を覚えておいて」


 するとクラノスは自身の右腕を思いっきり噛んだ。ティティアは驚いて「きゃあ!」と声を上げる。クラノスは口を離すと、ポタポタと血が流れ出た。


「何をなさっているのですか!? 今誰かを――」

「その必要はないよ」

「ですがっ――」

「ティティアが治すんだよ」


 そう言われハッとして必死に自身を落ち着かせた。


「今度は魔眼を発動しながら、魔力を流して」


 ティティアは魔眼を発動して、先程と同じ様に魔力をクラノスに流した。


(さっきと少し違う……なんか……なんて言うか……)


 不思議な感覚だった。クラノスの身体の内側を見ているような感覚だったからだ。

 魔力を巡らせると、右腕に灰色の靄と、心臓の辺りに赤黒い靄が見え、魔力を送るのをやめた。


「……モヤが見えました。これは何でしょうか?」

「灰色の靄が怪我や病気のある部分なんだ。今回は目視出来る怪我だけど、目視出来ないような病の時はこれが本当に役に立つよ。普通は灰色の靄が見えるだろうね。けどたまに違う靄が見える時がある」

「違うモヤですか? 赤黒いモヤのことですか?」

「そうだね。それと黒い靄だ。いずれ死に繋がる怪我や病は黒い靄になるよ」


「では、直ぐに治療が必要な時は黒くなるのでしょうか?」

「うん、そうだね」

「じゃあ赤黒いモヤはなんですか?」

「そっちはまた別の時に教えてあげる。今は灰色の靄のことを考えようか」


 赤黒い靄が気になったが、今は必要ではないようだ。聞きたい気持ちを抑え「分かりました」と返事をした。


「じゃあ次にこれを治すよ。魔力をまた流して。今度はそのまま途切れないように。そうしたらその灰色の靄を包み込むように魔力を送って」


「……こうでしょうか?」

「そうそう、うん、いいね。靄を包み込んだまま傷が治るように念じて」


(念じる……クラノス様の傷が治りますように)


 何度も傷が治るように念じると、靄が段々と小さくなった。


「魔力は一定で強弱つけないで……そうそう……もう少し一定に……うん、上手い」


 そして最後は消えてなくなった。


「とても上手だったよ。僕の怪我を見て」


 クラノスの右腕を見てみると、噛み傷が無くなっていた。


「傷が……ない」

「これで終わり」


 教わった通り上手くいったというのに、心の中のモヤモヤは晴れずに俯いた。


「どうしたの?」


 心配するようにクラノスは覗き込む。


「これから先、また教わる時はクラノス様は体を傷つけるのでしょうか?」


 治療魔法は教わりたい。練習が必要な魔法だ。だがそのたびにクラノスが傷付くのは嫌だった。


「僕の宝物、そんな顔をしないで」

「ですが――」

「驚いてしまったんだね。安心して、大丈夫だから」

「『大丈夫』ではありません! 私は嫌です! 魔法を教わる度にこのようにクラノス様が傷付くのは!」

「でもね――」

「私は愛する旦那様が傷付いて、何も思わない妻ではありません」


 苦しい表情でクラノスを見ると、目を瞬かせて驚いた顔をしてこちらを見ていた。


「……どうかされましたか?」

「いやっ……その……」


 次に慌てて口元を手で隠して顔を逸らした。何となく頬が赤い様な気がする。


(熱があるのかしら?)


 先程までそんな様子はなかった。だが急に熱が出る場合だってある。


 ティティアはクラノスの額に手を当てようとすると「嬉しくて」とクラノスは話した。


「え? 『嬉しい』?」

「『愛する旦那様』と言ってくれたから」

「そんなことですか!?」


 クラノスは苦笑いをしながら「うん」と答えた。


「ティティアは僕のこと、そんなに好きじゃないだろう? だから、僕は徐々に好きになってもらうしかないかと思っていてね」

「え!? お待ち下さい!! 私がいつそんなことを言いましたか??」


 ポカンとし目を瞬かせた。クラノスは眉をひそめる。


「だって、僕との食事は子供達が嬉しいだけでティティアはあまり嬉しくないようだし、僕がそばに寄ろうとすると身構えて身体が固まってしまうし、キスも求婚した日以来しようとすると両目を閉じて震えるし、番の時間を取ろうとしたら嫌がってしまったし、行ってらっしゃいのキスもあの日だけだったしね」

「あっ……」


(私、とても酷いことを……)


 自分から愛情表現を全くしていないと気付いた。不安だったはずなのに、何も言わずに待とうとしてくれた。


「違うんです、私、とてもとてもクラノス様が大好きなんです」


 ひと息吐いて、クラノスを見据える。


「まず食事ですが、子供達だけでなく私も勿論嬉しいです。身構えて固くなるのは緊張です。大好きなクラノス様に近付かれてどうすればいいのか分からなくて。キスも同じです。求婚の日は……あっという間で、でも、やっぱり緊張するというか。あと番の時間なのですが、実は本日スピラレさんに教えて貰ったんです。言い訳になりますが、知らなくて。大事な時間なのですね。正直やはり緊張はしますが、したくない訳ではありません。キスも番の時間も、むしろ、その、クラノス様とならしたいと思います」


 クラノスは目を見開いている。


 言わなければ伝わらないのだ。

 心に秘めていてはいけない。


「あっ、あと行ってらっしゃいのキスは、その、自分から、行ってらっしゃいのキスします、って言うのが恥ずかしくて……申し訳ありません。これも……したいです」

「――ティティア」


 強く抱き締められる。胸が苦しく「クラノス様っ」と声を出すと、離れたが両頬を包み込む様に両手が添えられた。


「ずっと君と番の時間を取りたかったけど、嫌だろうかと我慢していた。でもそうでないのなら、番の時間を取りたい」

 

 クラノスの澄んだ黄金の瞳が近い。優しく頬を撫でられる。


「キスをしてもいい?」


 クラノスの顔は喜びに満ちていた。ティティアはクラノスの手にそっと自身の手を重ねた。


「はい」


 返事をすると唇が落とされ、ゆっくりと離れる。


「愛してる、ティティア。僕の宝物。だからこのまま移動するよ」


「……え?」


 クラノスはティティアを横に抱きかかえた。再び空移動かと身構えたがそうではなく、そのまま歩き出した。


 そして寝室へと着く。ゆっくりとティティアをベッドに下ろすと、クラノスは覆いかぶさった。


「嫌なら言って欲しい」


 耳元でそう囁くと、クラノスはティティアの首筋にキスをした。

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