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1.新聖女

 新年を迎える今日――大神殿に国民達が祈りに来る。周りには屋台も出ており、お祭り騒ぎだ。


「今年から新しい聖女様だ」


 大神殿へと向かう道で、平民が噂話をする。

 平民は礼拝堂の中にまだ入れない。儀式をし、王侯貴族の礼拝が終わってようやく平民が入れる。なので今平民達は寒い外の中待っている状態だった。


「でもダニエラ様はまだ3年しか聖女やってないんだろ? 普通はババアになって魔力が衰えたら交代なのに」


「新聖女様の魔力がめっちゃ高いってこと?」

「今度の聖女様は200年に1度の聖女様だって」

「んなの当てになんねぇよ。ダニエラ様も100年に1度って言われてた」

「その前の聖女様は『ここ数年で魔力が上質で豊富な聖女』、さらにその前は『50年に1度いるかいないかの聖女』だったよな。毎度毎度なんでこんな変な宣伝文句をつけるんだ?」


「そんなことより顔が気になる。可愛いらしい。第一王子が夢中って話だ――っわぁ!」

「どうした?」

「トカゲ! 踏みそうになった!」

「危ねぇ! 踏むな! 罰則があるぞ!」


 大神殿には豪華絢爛な彫刻が施されていた。1番目立つ彫刻は竜が彫刻された正面の彫刻だ。その建物には数匹の蜥蜴が日向ぼっこをしていた。


 大神殿の敷地内には、放たれた蜥蜴が何匹もいる。蜥蜴は神である竜王の使いとされており、神聖な動物として崇拝されていたからだ。


 礼拝堂には5メートルはありそうな、柱の様な水晶が前に置かれ、最前列には王族、その後ろには貴族達が身分順に座る。だが本来国王が座る椅子は、国王不在の為、国王代理である第一王子のリッカルドが座っていた。

 騎士団が警備を務め、あらゆるところに配置されていた。


 皆椅子に座り、手のひらを交差するように合わせ、早く始まらないかとソワソワしていた。






***


「緊張します」


 礼拝堂に入る前の控え室で、ティティアは深呼吸をした。今日が聖女としての初仕事で緊張している。手元には先程窓辺で捕まえた子供の蜥蜴が、首を傾げこちらを怪訝そうに見ていた。


「屋根に竜王様が来られたらパイプオルガンが鳴る。入場して、ダニエラ様から聖なる首飾りを受け取る。で、祈り、守護結界を張る……ですよね? アチェロ神官長」


 目の前にいる容姿端麗な30代前半の人物に声を掛けた。170センチメートル半ばの身長に、銀色の短髪が眩しく光る。


「合ってます。だからそう緊張しないで」


 アチェロはティティアの後ろにいる神官見習いの女の子に「水を」と言うと、その子は恋する乙女の様に頬を赤らめ、嬉しそうに水を持って来た。


「ありがとう、もう下がっていいですよ。ティティア、水を飲みなさい。それから、その赤ちゃん蜥蜴をそろそろ放して」


「……可愛いくてつい」


 キョロっとした目が可愛らしい。蜥蜴は好きだった。ティティアは蜥蜴を窓から逃がし、水を一気に飲み干すと、神官見習いの女の子は部屋を出て行った。


「落ち着きました?」

「多少」


「予行演習を思い出して」

「流れをやっただけじゃないですか。守護結界は本当に張ってないですし、もし失敗したらと思うと…それに、国王陛下は行方不明。幸先が悪くありませんか?」


 何日も前から国王は行方不明だった。手紙を残して忽然と消えてしまい、騎士団だけでなく各貴族達も必死に探している。

 新年の儀という大事な日になっても見つける事が出来ず、国王代理として第一王子のリッカルドが国王席に鎮座している。


 水を飲んでも落ち着かず、緊張で死にそうだった。


「ティティアなら大丈夫です。国王陛下の件は……早く見つかって欲しいですが何とも」


 何日も捜索し、なんの手掛かりも見つからず、半ば皆諦めている。

 ティティアは大きく溜息を吐いて、姿見の鏡の前まで歩いた。


「その服似合ってますよ」


 神官服ではなく、式典用にあつらえた服だった。


「ありがとうございます」


 白く透き通るような肌に、桃色の化粧。淡い褐色の瞳に長い睫毛。先が尖った耳には金色のピアス。ダークブロンドの髪はまとめ上げられ、葉っぱが連なるような黄金の額飾り(サークレット)を着けていた。金の縁どりがされた真っ白なエンパイアドレスは、品がありとても美しかった。


「でもマントが見つかりません」

「犯人の予想は出来ますが、本当に困った人達――」


「ティティア!」


 扉がいきなり開く。


「ベルタ!」


 そこには友人の神官、ベルタが立っていた。赤毛にそばかすの彼女の息は上がっており、手には真っ白なマントを持っている。


「見つけた! やっぱりダニエラ信者が持ってた! ぶっ飛ばして奪い返してやったわよ!」  


 そう鼻息荒く得意げに言い、急いでティティアにマントを羽織らせ、金色の留め具で留めた。


「ありがとう。でも暴力はちょっと」

「そんなだから舐められるんだよ? やられたらやり返さないと! じゃあ私は礼拝堂に行くね。頑張って」

「うん」


 ベルタは部屋から去ってしまった。そして再び不安が押し寄せる。


「では最後の確認をしましょう。守護結界を張ったら、竜王様が確認して竜王城へと帰ります。その後、竜王城へ馬車で向かい、竜王様に仕えます。失礼の無いように」


 コクコクと頷いた。


「祈り、守護結界を張る。祈り、守護結界を張る……大丈夫、大丈夫……」


 自分に暗示を掛けようと何度も呟いた。

 この新年の儀が終われば、竜王城の一室を貰うことが出来る。今までは神殿で奉仕をしていたが、次からは竜王城での奉仕だ。


 生ける神である竜王に仕え、身の回りの世話をする。そして、ありとあらゆる魔法に長けた竜王から天賦の才(ギフト)の使い方を教わる。それ以外にも、毎日神々に祈りを捧げなくてはならない。


 だがそれ以上の詳しい内容は分からない。竜王城での詳しい生活を伝えることは禁止だった。ざっくりとした内容しか知らされておらず、辛く苦しい生活となる、との事だった。

 

「では私も行かねばなりません」

「はい」


(ううっ……どうしてアチェロ神官長は今から出張なんだろ……不安で仕方ないよ……)


 本来なら神官長であるアチェロも儀式に参加すべきだった。だが急な仕事が出来た為、そろそろ出なくてはならない。


「じゃあ頑張っ――」

「ティティアよ!」


 再び突然控え室の扉が開き、聞きたくない声が聞えた。


「大神官様」


 腹太鼓を奏でられそうな50代の男が入って来た。頭は先の尖った帽子を被り、パンとした指には幾つもの指輪が嵌められていた。


「今日は君の晴れの舞台だ。いやぁ、本当に美しい」


 ニヤリと笑い、金色の差し歯が数本見えた。


「ありがとうございます」


 褒められたので礼は言うが、本当は言いたくない。信者達から何かと金を巻き上げており、尊敬が一切出来ないのだ。大神官になれたことを不思議に思うが、あらゆる所にお金を撒いた結果だろう。


「リッカルド殿下のお気に入りでなければ、儲かっていたのに」

「え?」

「いやいや、何でもないよ。それからそれから、リッカルド殿下が君に、と」


 大神官はポケットから小さな箱を取りだした。ティティアはそれを受け取ると、中には黄金の腕輪とメッセージカードが入っていた。 


【私の可愛い子うさぎちゃん】

【緊張しているであろう君にこれを授けよう。愛を込めた御守りだよ。この新年の儀が終わったら、慰めてあげる】

【君の人参 リッカルド・リオス・リュ・ウニヴェルソ】


(……慰めてあげる?? 何で?? に、人参?? 意味が分からない……ほんと無理)


「大神官様、こんな高価な物は頂けません。殿下にお返しするか……宜しければ大神官様に差し上げます」


 こう言ったのは、大神官が金品が大好きなのを知っていたからだ。聖職者だというのに欲に塗れているところが、心底尊敬出来ず軽蔑している。

 金品が貰えるなら喜んでもらうはず――だが。


「何を言っとるんだ。折角頂いたのだから、着けて儀式に挑むべきだ」


 意外にも受け取ろうとしなかった。


「大神官様、ティティアは初代聖女アストレア様と同じ装飾品でこの儀式に挑みたいのです」

「アチェロ神官長、殿下はティティアが現れるのを楽しみにしている。この儀式でこの腕輪をしていれば、より喜ぶ。我が国の第一王子が喜ぶ姿が見たくないのかね?」


 別に見たくない。

 アチェロもティティアも同じ気持ちだった。


「さぁ早く」


 大神官は腕輪を奪うように取ると、ティティアの右腕を掴み、無理やり着けた。金具であわせる腕輪になっており、腕にピッタリだった。


「……大神官様。そろそろお時間では? 皆お待ちしているかと」


 アチェロが声を出すと、大神官はアチェロを1度睨んだ後、手を離した。


「……アチェロ神官長。君も時間ではないか? さっさと行くといい」


 バチッと小さな火花を飛び散らせ、大神官は礼拝堂へと向かった。


「はぁ……全く……腕輪は取ってもいいですよ?」

「そうですね。じゃあ取っ……あれ?」


 腕輪が外れない。何度か外そうと試みるが上手くいかず、アチェロも外せなかった。


「ハンマーを持ってきましょう」


 アチェロは第一王子の贈り物を躊躇なく壊そうとする。


「いえ、いいです。もう始まりそうですし……それに今までの聖女達はいっぱい装飾品を身に着けていたんですよね? これくらいなら身につけてないようなものですよね……ね?」


 歴代聖女達は自己表現のために華美な装飾をすることが多く、現に前聖女ダニエラは自分を表現(アピール)する為に、ありとあらゆる装飾品を身に着けて儀式に挑んだらしい。


「ええ、そうですね」

「なら良かったです。アチェロ神官長、今まで感謝しています。ここを離れて竜王城に行けば、ダニエラ様と信者の嫌がらせにも、リッカルド殿下にも頭を悩ませなくてよくなります。ですが、アチェロ神官長になかなか会えなくなるのが寂しいです」


「私もです。例え離れていても辛い時は頼って下さいね」

「――ッはい!」

 

 そして辺り一面が暗くなった。竜王が屋根に降り立ったのだ。いつもその姿は見えないが、大きな竜の姿をしているらしい。


「ティティア、成功を祈ります」


 アチェロは控え室から出ていく。扉が閉まるとパタパタと走る音が聞こえた。

 寂しい気持ちを紛らわせるように、再び深呼吸をし、控え室を出て礼拝堂の扉の前まで来た。


 パイプオルガンが鳴り、両開きの扉が開かれた。真っ直ぐ進む道の先に守護水晶がある。ティティアはゆっくりと守護水晶に向かって歩き出した。

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