3 見ろ、フェニックス
エルフの女王はハーフエルフのフランシィの事がよっぽど気に入らないようだった。
彼女がフランシィに命じるのはどれもこれも無理難題。挑めば命を落とす魔物を倒せとか、入手不可能の秘宝を持ってこいとか、そんなのばっかりだ。
なよ竹のかぐや姫が求婚者に「秘宝を持ってきたら結婚します」と言ったのは「結婚したくないから達成不可能な難題を命じます」の言い換えだ。エルフの女王も同じで、要するにフランシィを許し評価するつもりなんてサラサラ無く、任務に失敗したフランシィを詰って貶めるか、あわよくば死ねば良いと思っていたらしかった。
ところがフランシィは女王の無理難題を次々と達成した。これには女王も取り巻きエルフもビビった。
女王にとっての誤算はこの俺、伝説のアヒル……今は伝説のフェニックス、ルヒアがいた事だ。
良く言えば正直で温厚、言い換えれば愚直なフランシィを、賢く狡猾な俺がカバー。二人で力を合われば女王のイジワルなんのその。
女王が命じるクソみたいな指令は、結果的にはプラスに働いた。
古森の怪物フンババを倒し。
邪眼の魔物デカラビアを倒し。
幻の一角兎アル・ミラージを捕獲し。
永遠に咲かない虹の蕾を花開かせ。
大国の騎士団と七日七晩不殺縛りで連戦し勝ち抜けて。
世界樹に降ってきた隕石を打ち返した。
人間ってのは単純なもので、堅実にコツコツ実績を積み上げるより、不可能を覆す無茶無謀を押し通すスリリングな逸話の方がウケが良く広まりやすい。
一つだけでも偉業と称えられる素晴らしい功績を六つ積み上げたフランシィと不死鳥ルヒアの名はエルフの里のみならず世界に轟いた。今ではフランシィの父「愛の騎士」より「枝と鳥の騎士」の方が遥かに有名で人気が高い。
しかもどこにいくにもフランシィと一緒な俺は宣伝効果バッチリ。燃える鳥フェニックスは超目立つから、遠目にも「あの有名な枝と鳥の騎士がいるぞ!」と一発で知らしめられる。
すンばらしいッ! もはや俺は世界一有名な鳥になった。未だかつてこれほどまでに広く世に知られた鳥がいただろうか? いやいない。自分の国の王様の名前を知らない子供はいるが、フェニックス・ルヒアの名前を知らない子供はいない。それほどまでに有名だ。
かつて、俺はアヒル飼育場の片隅で心に決めた。必ず伝説に語られる鳥になると。
そして俺は成し遂げた。伝説の鳥になったのだ。
感無量だ。「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは鳥の為さぬなりけり」と昔の偉い人は言った。ここは夢叶うファンタジー世界。全力を以て事に当たれば、できない事なんてきっと無いさ。
その日、七つ目の勅令を受けるために呼び出された俺とフランシィはエルフの女王に傅き、命じられた。
「枝と鳥の騎士フランシィに命じる。魔王を討伐せよ」
「!?」
いつも唯々諾々と勅令を拝領するフランシィも、流石にこの命令には驚いた。
俺も驚いた。いくらなんでもそれは無いんじゃないスか? 俺たちにだってできない事はあるぞ。
という俺の内心をフランシィは代弁してくれる。
「発言を?」
「許そう」
「では僭越ながら。魔王は勇者のみが倒す事のできる存在です。勇者もまた魔王にのみ倒される。この宿命は神によって定められた世界の理です。一介の騎士である私に、魔王は倒せません」
フランシィの子供でも分かる全うな指摘を、玉座に気だるげに座る女王は仏頂面で受け、無愛想に答えた。
「勇者は既に殺された」
「え」
「昨晩の事だ。魔王城に生える邪木が根を介し妾に密告を寄越した。勇者は魔王に敗れた。まだ世に知られておらぬが、このままでは間もなく人の時代は終わり魔の時代がやってくる」
フランシィは絶句した。
ありゃまあ、なんてこったよ。じゃあ人類は終わりやね。
勇者が出立したという噂は聞いていたが、負けやがったのか。勇者の活躍より俺達の武勇伝の方が広まっていたから、痕跡を消しながらコッソリ魔王に近づいて暗殺でもするつもりなのかなーと思っていたのだが。
どうしよう。勇者を殺した魔王は怖い物無しの無敵状態だ。これから人類を虐殺し、文明を破壊し、世界を死と苦しみで席巻するだろう。俺達がせっかく人の世に広めた伝説も消し去られかねない。
ゆ、許せねぇ~! でも流石にどうしようもない。
どうすっかなーこれから。フランシィと一緒に誰にも知られていないどこかの孤島に隠れ住んで、次の勇者が生まれるまでの千年か二千年の間息を潜めて待つか。
魔王軍に下って今度は魔の世界で名を轟かせ伝説になる……のはフランシィが絶対納得しないから無しだな。俺も勝ち馬に尻尾を振って鞍替えするのはダサくて気が進まないし。
エルフの女王は動揺する俺たちに続けて言った。女王らしい高慢さはなりを潜め、縋るような必死さが滲み出ている。
「魔王を倒した暁には、その無二の栄誉を称えよう。真に偉大なる功績を一族絶えるまで知らしめ語り継ぐと約束しよう。其方の妹たちの身の上も補償し保護する。例え妾の妹を誑かした挙句口にするも悍ましい浮気を繰り返す穢らわしい男の血を引く者であろうと、許さぬ訳にはいかぬ故にな。望むならば王座も譲ろう」
「それは……ありがとうございます。しかしながら王座は不要です」
「足りぬか」
「いいえ。私は一介の騎士に御座いますれば。ルヒア、王座要りますか?」
フランシィは後半を小声で俺に尋ねた。
めちゃめちゃ心惹かれる提案だったが、めちゃめちゃ迷った末に首を横に振る。
貧しい身の上から始まり、王様になって終わる、というのは立身出世サクセスストーリーにおける一つの終着点ではある。
しかし俺は現実を生きている。王様になってめでたしめでたし、では終わらない。王様になってもその治世が酷い物になれば、後世の評価は地に落ちる。
フェニックスに政治は分からぬ。俺は単なる伝説の不死鳥であり、政治家ではない。欲に駆られて扱えもしない王座に手を出さない事だ。
俺が肩をすくめて見せると、フランシィはちょっと申し訳なさそうに微笑み、女王に深々と頭を下げた。
「拝命致しました。必ずや、吉報を」
「うむ。必要なモノがあれば遠慮なく言うが良い。妾と天地の草木知る限り、魔王に届き得る者がいるとすれば其方を於いて他に無い」
「…………」
「…………」
「其方と不死鳥ルヒアを於いて他に無い」
俺とフランシィの無言の抗議を受けて、女王は訂正した。
そこまで言われたら仕方ねぇな? どうせ魔王をやれなければ俺達が築き上げた伝説はパァだ。魔王をやっちまえば伝説は間違いなく不動のものとなる。
よし。や、ややややってやろうじゃねぇか!
魔王討伐は世界レベルの一大事だ。
魔王は勇者にしか倒せないというのは空が青いというぐらい当たり前に知れ渡った話で、勇者が死んだという事実が広まれば間違いなく人類はパニックに陥りその混乱だけで幾つもの国が滅びるだろう。
だから俺は一計を案じ、女王に進言して勇者の名の下に討伐隊を編成してもらった。今、人類勢力で勇者の死を知っているのは女王とフランシィと俺だけだ。勇者の死を伏せて混乱を防ぎつつ、危機に陥った勇者の緊急救援という形で魔王城へ強行軍で向かう。途中、魔王が「勇者死んだから。諦めたら?」という感じのプロパガンダを打つだろうが、それは嘘つき魔王の策略という事にしてしまい切り抜ける。
勇者の死体をぶら下げられたり、勇者の活動の痕跡が絶えたりすれば、遠からず真実は広まってしまうだろう。だが、フランシィが魔王の首に届くまでの間だけ誤魔化せれば良い。
かくして枝と鳥の騎士フランシィは、50名の騎士と200名の従騎士、冒険者80名、有志70名に酒保や荷馬隊などの非戦闘員50名を加えた総勢450名で魔王城に向けて出立する事になった。
もう少し時間をかければもっと戦力を集められたが、事態は急を要する。なぜなら既に人類は負けているからだ。
人類が自分たちの敗北に気づいてしまう前に、迅速に魔王を討って敗北を無かった事にしなければならない。
俺はたった一羽の先遣隊として透明になって先行した。
空は悲惨だった。
少し前までは人類側の竜騎士や飛行船が魔王軍と制空権を巡って牽制しあっていたのに、魔王軍側が明らかに勢いづいて後先考えず突っ込んできている。悪魔や邪竜や魔鳥が青空に赤をぶちまけ邪悪な嗤い声を響かせて、人類の生存圏を不安と恐慌で蝕む。
勇者は魔王を倒す矛であり、魔王から人類を守る盾でもあった。勇者を失った人類は悲惨だ。
押し寄せる魔王軍をいちいち相手にする余裕はない。俺は透明になれる能力を最大限に生かし、魔王軍が手薄なルートを探り、フランシィ達を導いた。
少ない戦力ではあったが、少人数なのが幸いした。500名に満たない人類最後の大博打部隊は、なんとか魔王軍の目を盗んで魔王城に近づいていく。
途中何度か魔王軍と鉢合わせたが、フランシィが即座に六割を枝で吹き飛ばし、三割を俺が炎で焼き払い、残り一割は騎士や冒険者が逃がさず仕留め切った。
魔王の勢力圏に深く深く入り込んでいく俺達は絶え間なく苦難に晒された。普通に進軍するだけでも危険極まるのに、今回は速度が命の強行軍だ。
疲れ果て、寝る時間も削り、魔王軍の目に怯え。
恐怖から逃走して脱落する者がいた。
病気になり脱落する者がいた。
魔王軍に襲われた村の生き残りを後方へ護送するために離脱する者がいた。
戦死者も、もちろんいた。
とうとう魔王城が見えるところまでたどり着いた頃には、450名いた魔王討伐隊は30名を切っていた。
討伐隊とは名ばかりの小隊。
だが、フランシィは健在で、俺も健在だ。
戦いの中で荷駄を焼かれ食料物資が尽きようと、随伴の騎士と冒険者は枝と鳥の騎士フランシィに希望を見出していた。
希望を託せるだけの光が、ハーフエルフの騎士にはあった。
その光が本物だと信じさせる信頼が、フェニックスにはあった。
彼らはかき集めた食料を優先して俺達に回してくれた。見張りや偵察を率先して請け負い、少しでも俺達が力を温存できるように死力を尽くしてくれた。
進めども進めども勇者の姿はなく、噂もない。
それどころか勇者の死の噂ばかりが色濃くなる。
フランシィは気付かないフリをして、魔王軍のたわごとだ、勇者は生きている、と鼓舞したが、彼女は嘘が下手過ぎた。
討伐隊は勇者の死を知ってしまった――――だが、フランシィが嘘をつけないのも知った。
フランシィは、勇名轟く、いつだって不可能を可能にしてきた枝と鳥の騎士は、嘘偽りなく魔王を倒すつもりでいる!
俺は希望と絶望の間に揺れる討伐隊の背中を押した。
お前たちは伝説の中にいるのだと。
史上初めて、勇者以外によって魔王が倒された空前絶後の偉業に同行しているのだと。
俺達は伝説になる。だから、進もうじゃないか。
そして俺とフランシィは魔王城に辿り着き、魔王に相まみえた。
邪悪な笑みを浮かべた魔王は頭に捻じれた角を生やした巨漢で、上裸ではあったが信じられないほどに鍛え上げられた鋼のような筋肉が鎧以上の役割を果たすであろうと見て取れた。
討伐隊は魔王軍の四天王だの幹部だのを押しとどめるため、少し後ろで奮闘してくれている。
魔王と相対しているのは俺とフランシィだけだ。逆に言えば、一人だけでも一羽だけでもなく、一人と一羽が揃っている。
だがそれは魔王も同じ事だった。
魔王の傍らには今まで見たどのドラゴンよりも巨大で勇壮な、一体の黒龍がいた。
フランシィの隣に俺がいるように、魔王にはドラゴンがいた。
底知れない強靭な意志を秘めた爛々と輝くドラゴンの目を見て、俺は直観した。
あの黒龍は「成った」ドラゴンだ。
「貴様、ただのフェニックスではないな」
俺の目をじっと見ていたドラゴンは、出し抜けに言った。
もはや殺しあう他にないこの場で、会話なんて無意味。
頭ではそれが分かっていても、どうしてか言葉を交わさずにはいられない。
「お前、魚からドラゴンになったな?」
「ああ……俺様には貴様が分かるぞ。俺様は貴様の苦難を知っている」
俺とドラゴンは奇妙なシンパシーを感じあった。
ああ、そうだとも。
かつて俺達は取るに足りない有象無象だった。
矮小な身に余る野望を抱く、吹けば飛ぶような鳥であり魚だった。
そうか。
お前もそうなんだな?
お前もまた、魔王と支えあってここまで来たんだな?
「ああ。俺もお前の誓いを知っている」
お前がどんなに魔王を大切に思っているか知っている。
不可能を可能にしてきた道のりを知っている。
ここに至ってようやく俺は理解した。
勇者は魔王に負けたのではない。
魔王とドラゴンに負けたのだ。
俺達は初対面で、竹馬の友のように互いを理解し合った。
だからこそ、この戦いは決して譲れず負けられないと奮起した。
俺達が理解し合ったように、魔王とフランシィも無言で心を通わせていたらしい。
フランシィは世界樹の枝を、魔王は不思議な材質の金属塊を、同時に構えた。
かくして、人と魔。二つの世界の伝説の、雌雄を決する戦いの火蓋が切って落とされた。
魔王城の城門に磔にされていた勇者ユーテイの死体から右腕を切り取って隠し持つようにフランシィを説得するのは大変だったけど(死者の冒涜だと嫌がった)、それが決定打になった。竜魔王ドラガリオンが勇者の右腕に貫かれ倒されたのを知った黒龍イコは、俺の喉笛に食らいつくのをやめて悲しい咆哮を上げた。そして後追い自殺したんだ。
俺だったらフランシィが死んでも後追いはしない。フランシィの伝説を語り継ぐためにも、生きる。そこが黒龍イコと俺との違いだった。似たもの同士だったけど、やっぱり違ったのさ。
フランシィは魔王と黒龍を一緒の墓に埋葬して、その上に墓樹を植えた。俺は彼らの眠りが妨げられないように、墓樹に聖炎を灯した。
長い年月の中で勇者の墓が荒らされたり、王様の墓が移設とかいってちっせぇ共同墓地に押し込められたりする中で、彼らが今でも一緒にゆっくり眠れてるのはこの俺不死鳥ルヒアがいたからってワケ。
なんてったって俺は伝説の不死鳥。敵の想いも物語も、一緒に未来に連れていくのさ。
――――『すごくよくわかる! 現代語訳 不死鳥ルヒアの自伝~見えにくいアヒルの子最強無敵伝説~』上巻より抜粋。
オンラインショップにて最新刊『続続続続続・不死鳥ルヒアの自伝~FXに有り金全部ぶちこんだ不死鳥~ 下巻』ほか、「冒険者酒場の料理人」など大人気シリーズ予約受付中!