萌えキャラ
家に帰ってから俺はベッドに寝転がって左頬に触れながら天井を見つめてボーッとしていた。
「兄貴、よだれが出てる」
「えっ?」
俺はハッと我に返り体を起こして口を拭いた。
「よだれなんて出てないじゃないか!何だよ、十六夜」
俺は2歳年下の弟、深水十六夜をにらみつけた。
「今日はデートだったんだろ?どうだったの?ボーッとしてるってことは何かいいことでもあったの?」
「うるさい...十六夜には関係ないだろ。あ、そうだ、これ全部十六夜にあげるよ」
俺は立ち上がって本棚に並んでいた雑誌や本を机の上に積んだ。
「兄貴の好きな萌え~キャラの本なんていらないよ。俺はそんな趣味はないしさ。彼女に見つかる前に処分するって?正直に言えばいいじゃん、女っ気がなかったので萌えキャラ方面に走ってました、って。でも君のことが好きになったから卒業しますってさ。ということで俺が全て処分しておいてあげるからちゃんと彼女に話せよな」
十六夜は微笑んだ。
「モテる十六夜には俺の気持ちなんて分からないよ」
俺はそう言って目を逸らした。
「萌えキャラグッズを買うために今までバイトを頑張ってきたけどこれからはこんな兄貴を好きになってくれた彼女のために頑張らないとね。彼女ができるとお金がかかるから覚悟しておくように」
「分かってるよ...。十六夜は18歳のくせに経験豊富だからって偉そうに言うなよ。とにかく雑誌や本は十六夜がいらないなら処分しといて」
「俺には必要ないなー。でも兄貴が現実に目覚めてくれて良かったよ。ずっと萌えキャラ一筋だったらどうしようかと思ってた」
十六夜は雑誌を抱えて微笑んだ。
「うるさい!部屋から早く出ていけって」
俺は十六夜の背中を押して部屋から追い出した。
萌えキャラ一筋ね...確かにそうだったよ。
ありとあらゆる深夜アニメを見尽くして架空の世界に入り込んでいた。現実の女の子が俺に見向きもしないならあっち方面に走ってやるってヤケになって。
でも現実に好きな子を見つけた今、俺には必要なくなった。
俺は月島さん、いやなるちゃんのことだけ考えてればいいんだから。それに頬にキスまでしてもらったし。
現実の女の子の唇があんなに柔らかいなんて...それを知ることができた俺ってなんて幸せ者なんだ!どんどん好きになっていくに決まってるじゃないか。この気持ちはもう誰にも止められない。どんな萌えキャラよりもなるちゃんが一番可愛いよ。そう思いながら微笑んでベッドに寝転がり、また左頬を触りながら眠りについた。
「哲希!お前は次から次へとなるちゃんに余計なことを喋りやがって。今日という今日は絶対に許さないからな!」
翌日、俺は哲希の部屋に入ってすぐに詰め寄った。
「わーっ、待て待て。だから今日は喫茶店で待ち合わせじゃなくて俺ん家に行くって言ったのか?」
「当たり前だ!なるちゃんの目の前で哲希を殴るわけにはいかないからな。なるちゃんに俺のことを聞かれたからってそう簡単に喋るなよ。分かったな?」
俺は哲希の胸ぐらを掴み、体を揺すった。
「誕生日を教えたくらいでそんなに怒ることないだろ。別に咲夜の趣味を教えたわけじゃないんだし」
「それを話されると困るから俺がこうして直々に会いに来てやったんだ。絶対話すなよ!」
「咲夜に二度と現れないチャンスを逃すようなこと言うかよ」
「それに根も葉もないことまで言ってくれちゃってさ。聞いた時俺がびっくりしたよ」
俺は哲希の胸ぐらから手を離して横目でにらみつけた。
「深水さんがそんな人だとは思わなかったです~って俺に泣きついてくるかと思って」
「はあ?来るわけないだろ!いい加減にしろ。二度となるちゃんな余計なことを喋るな!」
「分かった、分かった。つーか俺にはもう聞きに来ないと思うけど。だってお前ら付き合いはじめたんだろ?」
「まぁ確かにそうだな...。でも哲希はなるちゃんに何も喋らなくてもいいからな!じゃ俺は帰る、またな」
俺はムッとしたまま哲希に背中を向けた。
「彼女に会いに行くのか?」
「当たり前だろ!じゃ、またな」
そう言い捨てて俺は哲希の部屋を後にした。
ムカムカした気持ちのまま喫茶店に行ったが、なるちゃんに会ったらすっかり忘れるくらいにおさまった。