動物園にて
そして動物園に着き、俺たちは並んで歩き始めた。
横に並ぶと月島さんって思ってたより小さいんだな。いつもは俺が椅子に座って見上げる形になってたから。学園祭の時は月島さんが隣にいるだけでドキドキしてそんなことを考えてる余裕がなかったし。もちろん今日だってドキドキしっぱなしだけど。
「やっぱり動物って仕草が可愛いですよね。家で飼えないから特になんでしょうけど見てるだけで癒されるというか。動物の方は人を癒してるなんてひとかけらも思ってないんでしょうけど」
「早く自由にしてくれ、って?確かにそうかもしれないね。気持ちの受け取り方が違うというか」
「…動物の気持ち、分かってあげたいなぁ」
月島さんは柵に体を預けてつぶやいた。
「月島さんは優しいんだね、動物の気持ちを分かってあげたいだなんて。俺は女の子の気持ちも分かってあげられないのに」
そう言って俺は肩を落とした。
「私も今は動物よりも目の前の男の人の気持ちが知りたいです」
月島さんは俺をじっと見つめてきた。
「えっ…お、俺は…」
俺はドキドキしながら月島さんを見返した。
その時目の前にいた象が一鳴きして、俺たちはびっくりして顔を見合わせた。目の前でイチャつくなと言わんばかりに。そして俺たちはお互い笑った。
「動物にやきもちを妬かれるほど俺たちは仲良く見えるのかな」
「動物の気持ちが分かったら面白いですね」
俺たちはまた歩き始めた。せっかくいいところだったのに…。
いろいろな動物を見ながらしばらく歩いて、飲食店に人が集まりだしたので俺は腕時計を見た。
「そろそろお昼ご飯にする?」
「そうですね、お腹も空いてきたことですし」
俺たちは芝生を見つけて、月島さんが持ってきたレジャーシートを広げて並んで座った。
「男の人にお弁当を作るのは初めてで恥ずかしいんですけど」
そう言いながら月島さんはバスケットから弁当箱を出した。
「俺もお弁当を作ってもらったのは初めてだからすごく楽しみ」
「えっ、本当ですか?カッコいいのに」
月島さんに目を丸くされて俺は顔を赤らめた。
「カッコいい?俺が?」
「どんな人と付き合ったことがあるんだろうってずっと考えてました。深水さんってすごく優しいから。笑顔も素敵だし…絶対に彼女がいるんだなって思ってたんです。
だから瀬戸さんが1人で喫茶店に来た時に勇気を出して聞いてみたんです。そしたら今はいないって知って…だから大学まで会いに行ったんです。ここで会えたら運命だと思って」
月島さんは照れながら俺を上目遣いで見てきた。
「俺は…何の取り柄もないただの大学生だよ?気は弱いし牛乳嫌いだし、すごいドジでネガティブですぐに胃が痛くなっちゃうようなやつなんだ」
「私は深水さんのそういうところが好きなんです。私の心の中は深水さんでいっぱいで胸が苦しくて…」
月島さんの顔は真っ赤だった。
「…俺の心の中も月島さんでいっぱいだよ。君のこと以外入る余地がないくらい。俺は…月島さんのことが好きなんだ。だからもし良かったら俺と付き合ってくれないかな?」
生まれて初めて告白した…心臓が爆発しそうだった。
「私も深水さんのことが好きです。私を深水さんの彼女にしてください」
月島さんはまた上目遣いで俺を見てきた。
「俺の方こそ月島さんの彼氏にしてください」
「はい…喜んで」
俺たちの恋は始まったばっかりだ。この先どんなことがあっても2人で乗り越えていくと思っていた。どんなことがあっても別れる気がしなかった…のに。
「そろそろお弁当を食べようか。月島さんが作ってきてくれたんだし」
「そうですね、いただきます」
俺たちは顔の前で両手を合わせて食べ始めた。
弁当は美味しいし、月島さんに告白されて嬉しいし…で俺の胸はいっぱいだった。こんなに幸せな日々が俺に訪れるなんて夢にも思わなかった。
「月島さんが作った弁当、美味しいよ」
「ありがとうございます。深水さんのその笑顔を見るまで心配で仕方なかったんです」
月島さんはホッとした顔をした。
「何で?すごく美味しいのに。弁当を作ろうと思うなんて月島さんは料理が得意なの?」
「作るのが嫌いではないですね。よくおばあちゃんのお手伝いをしてますから。お弁当を作ったのは深水さんに私の気持ちを知って欲しかったからです。せっかく誘ってもらったんだからと思って」
「俺も月島さんに気持ちを伝えたかったから誘ったんだ。こんなに幸せな気持ちになれるなんて考えたことも無かった。だから月島さんに出会えて良かった」
「私も深水さんに出会えて良かったと思っています。出会った時からずっと深水さんの彼女になりたかったんです。カッコいいから他の女の子に取られちゃう前に、って実は多少焦ってたんです。だから女の子らしさをアピールしようと思ってお弁当を作ったんです」
「他の女の子に取られるどころか俺は今まで全然女っ気なかったんだけど」
俺は月島さんを見て顔を歪ませた。
「えっ?彼女が欲しくて女の子に愛想を振りまいてるんじゃないんですか?」
「誰がそんなことを言ったんだよ…って月島さんにそんなこと言うやつは1人しかいないけど。女の子に愛想を振りまいてるのは哲希の方だよ…俺は今まで女の子に興味がなかったよ。俺に好意を持ってくれる子は月島さん以外に二度と現れないかもしれないからチャンスを逃すなって言われてたくらいなんだからさ」
と言うと月島さんは目を丸くした。
「えっ…そうなんですか?」
「今度哲希に会ったら叱っておくよ!根も葉もないことを言って月島さんを困らせるなって。ごめんね、勘違いさせて。俺が好きなのは月島さんだけだよ」
「嬉しいです…深水さんはカッコいいから自慢の彼氏です」
「そんなに褒められると照れるな。月島さんだって可愛いよ…俺にはもったいないくらいの彼女だよ」
俺が言うと月島さんは照れながら目を逸らした。
「そんなことを言われたのは初めてです…ありがとうございます」
「こっちこそ俺を好きになってくれて、カッコいいって言ってくれてありがとう。このまま時間が止まって欲しいくらいだよ」
「今時間が止まってしまったら深水さんは19歳か20歳か分からないままですよ?それでもいいんですか?」
月島さんは俺の顔を覗き込んで微笑んだ。
「俺は明け方に生まれてるからもう二十歳…って何で知ってるの?まさか哲希?」
「瀬戸さんって深水さん思いですよね。誕生日から血液型、身長体重まで教えてくれましたよ」
「勝手に教えなくても良かったのに!」
それを聞いて俺は頬をふくらませた。
「でもまだ誕生日が終わってなくて良かったと思いました。一緒に二十歳のお祝いができますから」
「月島さん…」
「お誕生日おめでとうございます、深水さん。プレゼントは車に置いてあるので後ほど渡しますね」
「プレゼントまで用意してくれてたんだ…気を遣わせてごめん。俺はそんなつもりで誘ったわけじゃなかったのに。
俺にとって特別な日だから月島さんと一緒にいたいと思っただけで」
「誕生日の思い出がまたひとつ増えましたね」
そう言って月島さんは微笑んだ。
「月島さんのおかげだよ、ありがとう。ちなみに月島さんの誕生日はいつなの?」
「4月4日です。いつも春休み中に歳を取っちゃうので誰にも祝ってもらえないんですよ。新学期が始まったらもう誕生日終わっちゃったの?って友だちによく言われてます」
「だったらこれからは俺が月島さんの誕生日を祝ってあげるね。いくつになっても毎年祝えたらいいな」
「深水さんにそう言ってもらえて嬉しいです。これからは私の誕生日が楽しみになります」
『いくつになっても毎年祝えたらいいな』
この先ずっとなるちゃんと一緒にいられると思っていた。
俺たちの幸せな時間はずっと2人で刻み続けるものだと信じて疑わなかった。そう…あの日が来るまでは。
月島さんが作ってくれた弁当を食べ終えてまた歩き出した。
「弁当ごちそうさま。美味しかったよ」
「深水さんに喜んでもらえて嬉しかったです。また作りますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
俺たちは顔を見合わせて微笑んだ。