旅立ちの日
空が眩しい。18の齢を迎えるには嬉しい天気だ。ルプスも庭を元気に走り回っている。雨の日は少し心が重たい。けれどどっちにしたって悪くはない。穏やかな日常そのものが崩れることはないのだから。この小さな島は、私とルプスにとって楽園そのもの。父が病に負けてしまった時はとても寂しかったけれど、5年の風に吹き飛ばされてしまった。
「そろそろ父の遺品を片付けてしまっても良いかもしれない。」
相変わらず庭を走っているルプスを放っておいて私は父の部屋へと向かった。
「これは、遺書?」
机の引き出しから手紙が出てきた。取り敢えず読んでみよう。
『愛する娘麗刃へ
麗刃の若いうちに私が死んでしまった時のためにこの手紙を残す。一人ぼっちにしてしまってすまない。麗刃の大きくなった姿が見られないことだけが心残りだが、きっと母さんに似て美人さんになるだろう。麗刃は私の宝物だ。私が居なくなって寂しい思いをしていないかい?或いは私と過ごしている間も隠していただけなのかな?ルプスが居てくれる分和らぐだろうが、それでも孤独というものは襲い掛かってくるものだ。耐えきれなくなる時が何れ必ずやってくるだろう。その時は地図に書いてある私の故郷を頼りなさい。元々、麗刃が20になったらそこにやるつもりでいたからね。』
心が温まり、父と過ごした日々が思い出される。一緒に遊んで、一緒に仕事に汗を流した。勉強も剣術も優しく教えてくれた。一緒の食事は楽しくて、寝る時も父が一緒だとちっとも怖くなかった。10歳の誕生日にはルプスという大切な家族を貰った。大好きな父、尊敬する父。
「ルプス、おいで。」
庭にいたルプスを呼び寄せる。走って来たルプスが私にダイブする。
「ルプス、明日ここを出ようと思う。お父さんの生まれ育ったところへ行くつもり。一緒に来てくれる?」
「クゥ~ン。」
頭を胸に擦り付けてくる。「勿論。」とでも言いたげだ。
「じゃぁ準備しないと。」
明日に向けて支度をした、と言っても食料と護身用の刀だけなのだけど。刀は父の形見だ。何時戻って来ても良いように家や田畑の片づけをしてその日は眠った。
静かな海。鳥の鳴き声だけが響き渡る澄み切った一時。私とルプスは海を渡る。とても小さな船だけれど、頑丈なようで安心。可愛らしくて私は好きだ。別に島での暮らしが寂しいということはないのだけれど、父がどんなところで生まれて、何を見て育って何を考えたのか、そういったことが何となく気になった。父の故郷はこの船で丸一日かかるくらいだろうか?父がルプスを連れてきてくれた時は一週間くらい家を空けていた。あの時、故郷に戻っていたのだと考えるとそのくらいではないだろうか。「修行を続けておいて良かった。」心からそう思える。朝から昼まで漕いだが、大陸がポツリと見えるだけで距離までは測れない。
「美味しい。」
一休みの昼食。疲れた後のご飯は格別だ。あと半日、日が沈むまでの体力を回復しておかなければいけない。
休憩を終えて再び舟を漕ぐ。日が沈み、夕暮れになるころには大陸まであと少しというところまで来ていた。
「今日中には着けそうね。」
「クゥ~ン。」