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知らない貴方の優しさが

作者: 紅坂 椿

 温かい日差しを肩に感じながら、飲み慣れた氷の浮く珈琲で喉を潤す。にらめっこをしていた電子画面から目線を上げると、程よく混雑しているカフェの話し声はまばらに聞こえ、多種多様な服装をした老若男女が出入りをしてはドリンクやスイーツ、軽食を注文していくのが見える。一時間も滞在している私は店側からしたら回転を遅らせる小石のようなものに思っているだろうなぁ、とカウンター越しに目が合ってしまった店員に笑いかけつつタイムラインに流してみた。タイムラインを見るのはインターネットで繋がっている顔のよく知る友人と顔の知らないアバター達。コメントやハートやリツイートやらをしたりしなかったりする彼らの中で、すぐに反応をくれる人がいる。

 「そんなに落ち着けるカフェってレアだよね、てタルトさんはあんまりカフェとか行かないのかな。それか有名なチェーン店しか行かないとか・・・。」

 海色のキーボードを使って文字を入力し、返信する。カランとドアベルが鳴り、入店した女性を見て上がった肩が下がった。ふらりと現れて珈琲のお代わりは、と聞くダウナーな店員にじゃあお願いしますと素っ気なく注文をして再び画面を見ると早くも返信が来ていた。

 『飲み物は一気に飲んじゃうし、スイーツは大口で食べちゃうから長居が出来たこと無いんだよね。カフェはかなりの頻度で行ってるんだけど』

 それは確かに一人カフェで長居は難しそうだね。イメージと反対で驚いたw

 『配信でまったりさんとか大人ぽって言われているからかな・・・僕ってカフェが似合うタイプだと思う?』

 ブラックコーヒーを優雅に飲んで本を読んでるタイプ

 『どこかのマンガで出てくる紳士かな』

 イメージだからwそれに配信って言ってもアバターだし、顔どころか服装も知らないから分からない

 上から珈琲です、とダルそうな声が聞こえて顔を上げるとさっきと同じ店員と目が合った。丸いレンズ越しの瞳に吸い込まれて身体が一瞬止まり、沈黙が流れ・・・早い瞬きの後、他に注文は?と先程よりも早口の定型文に身体は反応し、首を横に振った。彼は、ごゆっくり・・・と言ってカウンターへと戻る。

 そういえば最近片思いしてるって聞いたけど、進展あったの?

 『いや、無い』

 バイト先の常連さんなんでしょ?しかも結構滞在してるって、接客のついでに声かけてみればいいじゃん

 『それが出来たら苦労しないよ。今だって注文とるので精一杯・・それよりカフェインさんはまだカフェにいるの?』

 うん

 『流石に長居しすぎでは?何してるの?』

 デートに誘った相手を待ってる

 『一時間も待たされてるの?!ありえない!!』

 いつも予定が急に入ったって言われてドタキャンされてたけど、今回はちゃんと来てくれるって言ってたから来るまで待つ

 『は?先週の土曜日もそれ呟いてたよね?ってことは、ここ最近のドタキャン呟きは同じ奴?』

 ・・・そうだよ

 『こんな健気に待ってる一途な子を放っておいてドタキャンって、そんな奴のどこが良いのさ』

 口調変わってるw

 『怒ってんだよ』

 ・・・何で君が怒るのさ

 『相手の可愛いって言ったメイク真似したり、ファッションの勉強をしたり、辛いって言ってたダイエットだって頑張ってた君をないがしろにするなんて、おかしいじゃんか。失礼だろ』

 わざわざ履歴辿ったの?

 『僕が応援してたのはカフェインさんが幸せになるためで、悲しませるためじゃないからね。全部リツイートしようか?』

 恥ずかしいから止めてw

 『好きな人に振り向いてもらうために頑張った。次は自分の気持ちを確かめてみて』

 キーボードを打つ手が止まる。頭に過ったのは片思いをしているバイト先の先輩。別の先輩に怒られた時に優しく励ましてくれて、メイクを変えたら可愛いねって褒めてくれて・・・先週カフェに誘った時に家に来ないか聞かれて、少し怖くなって断ってから返信がない。なんで私、先輩の事が恐く見えたのかな?

 「あの、大丈夫です・・か?」

 顔を上げるとさっきの店員が心配そうにジャグを持っていた。彼は私と目が合うと、エプロンのポケットからハンカチを差し出してくれた。なぜか私よりも悲しそう・・・。

 「・・あ、これは手を拭くのじゃなくて、お守りみたい、な、感じで・・・綺麗だと思うので、涙・・拭くのに使って、下さい・・。」

 彼の差し出してくれたハンカチを受けとる。涙を拭くどころか、もっと涙が溢れてきて彼の前で大泣きをしてしまった。彼の優しさが私の心には染みるくらい温かいものだったから。その後泣きじゃくる私を見たマスターが店の休憩室を気持ちが落ち着くまで使わせてくれた。ハンカチを貸してくれた彼がお店に残っていた常連さんや店員に事情を話すと優しい返答が返って来たという。

 『その店員さん神対応だったね。それで、あの男はどうなったの?』

 同時に付き合ってた人たちに追われてどこかに引っ越したって

 『自業自得』

 そう言えばタルトさんの方はどうなったの?

 『実は、連絡先を交換することが出来たんだ!』

 おおお!!おめでとう!

 『ありがとう!それでこれから一緒にご飯に行くんだ。すごい緊張してる』

 折角のチャンスを掴むんだ!

 『そう言えば、カフェインさんもこれから店員さんとご飯だっけ?』

 そうそう、ハンカチのお礼もしたいし

 『お互い新しい出会いを大切にしよう』

 そうだね!

 カフェの扉が開き、ダウナーな彼は綺麗めなシャツに身を包み照れくさそうに私に駆け寄った。待たせちゃいましたか?と心配そうに聞く彼に、いいえと優しく答える。彼の名前もまだ知らない。だけれど、顔の知らないタルトさんのように私の事を大切にしてくれる人だと感じる。同じ道を歩き出す私たちを太陽の光が優しく背中を押しているのだった。


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