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ショータイム!

部室へ向かう途中。

茶色くて溢れ出す明るさが象徴される髪色の陽と、黒髪で品の良さ、賢さを醸し出す風花。

両サイドに華。そんなフォーメーションで並んで歩くのが、もうごく普通になった瑛斗。

先日の話は、風花にはもう話している。だが、風花が部活に入ったのは杏樹が抜けて以降だったので、肝心の杏樹のことは陽経由で名前を聞いた程度。

「じゃあ杏樹先輩も、マジックショーに呼ぶんでしょ?」

風花は不安気に尋ねるが、瑛斗はつとめて明るく振る舞う。

「うん!だって今の俺をちゃんと見てほしいからさ」

「でもさ、陽ちゃんも言ってたけど、その杏樹さんと他の3年生の人達の間で何かあったんでしょ…?それなら結構心配じゃない…?」

風花の言葉に陽は頷く。

「うん…再会したら…一波乱起きそう…」

そう言えばと瑛斗は思いつき、陽に尋ねる。

「結局、3年生に何があったのかな。要するにレオさんと琴葉さん、そして杏ちゃん…。陽は知ってるの?」

「うーん…正直全部は分からない。レオ先輩が唐突にいなくなったりしてさ。まあ、杏樹先輩が抜けた後に私も入ったしね」

「え?そうなの?」

「うん。杏樹先輩と知り合ったのは、私がバレー部を辞めるって決める少し前かな。バレー部の助っ人として交流部から来てくれたんだよね。そこで知り合ったの」

「そうみたいだな」

陽は、俯く。それに気付いて、風花が、

「陽ちゃん、大丈夫?」

「あ、うん。そうだよね、風ちゃんからしみれば、入部したときに、レオ先輩が抜けるみたいな問題があったから、正直何なんだって感じだよね」

「ううん、そこまでは思ってないけど…ただ、やっぱり気になりはするよ。交流部が先輩たち3人だった頃があって、その杏樹先輩が抜けてから陽ちゃんが入ってまた3人の部活になって、でレオ先輩が抜ける瞬間に私が入って一時的に4人になって…」

そして陽が続ける。

「レオ先輩が琴葉先輩と揉めて、私達3人になった。そして瑛斗が入って、他のメンバーも増えていって…そう考えると、結構入れ替わりの激しい部活動だね」

納得はしたけれど、尚更過去に今から触れると思うと、瑛斗は気が引ける。

そしてあることが気になった。

「よく生徒会長さん、交流部の存続許してくれたよね。だって部員は3人だったんでしょ?」

「ぶっちゃけ強化し始めたのは今年から。去年は平城くんのお母さんが保護者会の会長としては初めてだったから、色々学校を良くすることを考えた結果、今年から本格的に部員数の少ない部活をなくそうとし始めたわけ」

陽がそう吐き捨てて、瑛斗がため息をつく。

「なるほどなぁ」

これからやろうとしていることは、良いことなのかは分からない。

でも、杏樹の気持ちも汲み取りたい。

だから。


「とりあえず、琴葉さんに相談だな」






***************





「え?マジックショーやるの?」

瑛斗の意外な提案に、琴葉は少し驚いた。

「はい。交流部のさらなる宣伝活動にもなりますし、それに、マジックを見て、誰かが喜んでくれる姿をもう一度見たいなって」

「別に交流部主催にするのは構わないけど…瑛斗くん、しばらくステージには立ってないんでしょ?なのに突然どうしたの?」

「それは…まあやりたくなって!」

「そう…ならやりましょうか」

唐突な瑛斗の話にびっくりはしたものの、紅茶を飲みながら冷静に受け止めた。

しかし、瑛斗達は伝えなければならない。

そのショーに、レオや杏樹を呼ぶことを。

それを誤魔化すかのように、瑛斗は別の話題を振った。

「そう言えば、るりと我が妹はいずこへ?」

「幸心ちゃんとるりちゃんなら帰ったわ。1年生は東京校外学習があるしね。その準備みたい」

「そ、そうなんだ…あー、そう言えばそんなこと幸心も言ってたなぁ…」

誤魔化す瑛斗に、早く言えと陽と風花が視線を送る。

その姿に勘付くのが琴葉。

「さっきから何かを言いたそうだし、2人の視線がもろに瑛斗くんに向いてるけど、何なの?」

「あぁー…、えっと…」

瑛斗が言い出しにくい空気の中、突如交流部のドアが開く。

「やっほー!みんな元気ー?」

朗らかなハイテンションで京妃が乱入してくる。その後ろには、虎之介もいた。

「おい京妃…何で俺までこんなところに来るんだよ…」

「良いじゃーん!今日はノー部活デーの日だし!」

「え!?そうなの!?」

京妃の言葉に陽は驚く。

「うん、そうだよ。…と言っても、別棟を使ってる琴姉たちにはなぜかその情報が届いてないみたいだね」

京妃があははと苦笑い。琴葉が尋ねる。

「そんなことより京妃、トラ。どうしたの?」

「あ、えっとね、ラインにて、マジックショーの招待が来まして!瑛斗からのお誘い!」

「瑛斗くん、京妃ちゃんと平城くん誘ったの?」

風花が尋ねると、瑛斗はニコリと笑い、

「うん!せっかくだからみんなに見てもらいたいからさ!」

「もっちー!見るよー!楽しみー!」

そう嬉しそうな京妃を見て風花も微笑む。

「なんか京妃ちゃん見てたらこっちも嬉しくなってきちゃった」

そして陽も、

「うん!そうだね!ワクワクだー!」

そんなみんなの姿に琴葉も静かに、

「まあ実際に瑛斗くんのステージでのショーは私も見たことがなかったから、面白そうね」

「良いねぇ!最高だねぇ!」

京妃がテンション上がる中、虎之介は笑う瑛斗をジッと見て、言う。

「瑛斗」

「ん?どしたのトラ」

「お前、何がしたいんだ」

その冷たい声に、空気が一変する。

「何がしたいって?マジックショーだよ」

「違ぇよ。マジックショーを利用して何を企んでるのかって聞いてんだよ」

「いや別に何も企んでなんかいないよ。ただみんなが喜んでくれるショーを作りたくて」

あの日の夜。

幸心に瑛斗の真実を聞かされていたから、虎之介には今の瑛斗の唐突さが違和感しかない。

これは裏がある。

間違いなく、これは瑛斗特有の行動ではないかと、実際に自身が卓球部に引き戻された経験から分かる。

「またお気楽な発想で人を巻き込むのか。後で話があるから来い。俺はもう行くわ」

そう言って虎之介は教室を出ていった。

その姿を見て陽はぷくーっと顔をむくらせて、

「なーに急に!言い方さすがにキツくなかった?平城くん、そんなに瑛斗のことが嫌なの?別に巻き込むだなんて言い方しなくたって、私達は別にいいと思ってるんだからそれでいいじゃん」

そこは風花も共感し、

「うん…なんか平城くんって、楽しもう!みたいな空気がそんなに好きじゃない感じはするけど、だからといってもう少し言葉を選べたんじゃないかな…」

あわせて琴葉も静かに頷く。

「そうね。まあ意外と好きなことにはのめり込むタイプだから、昔はよく楽しみたい時は楽しんだりしていた気がするけど。でもまあいずれにせよ、感情に任せて言うのは彼の課題ね」

そう言いながらも、琴葉は感じる。

誰だって、色々思うことがある。

感情に任せてしまうことだってある。

何か大切な気持ちがあるから、本当に伝えたいことってスラスラとは伝えられないから。

実際に瑛斗だって、何かを隠していると、琴葉は察したから。

その言葉を口にする必要もなく、京妃が別の言葉で琴葉の気持ちを代弁してくれた。

「たしかに高圧的なのはトラの良くないところだよね…。でもね、興味のない相手にはとことん興味ないんだよ、アイツ。昔からそう。でも、何か瑛斗に思うことがあったんじゃないかな?あー見えてお節介だからさ、自分の心の範疇に入った人のことは、大切にしようとするんだよ。言葉は乱暴だけどね」

「そっか…。わかった。俺、行ってくる」

瑛斗は走って部室を飛び出す。別棟を駆け抜け、屋外へ。そして虎之介の後ろ姿を見つけた。

中庭。風の通り抜けるこの場所で、虎之介は振り返る。

「別に今じゃなくていい。後でいいと言っただろ」

「何であんなこと俺に言ってきたんだ」

すると虎之介は、ふうと息を吐き、ギラッとした目を瑛斗に向けた。

「前に言ったはずだ。俺をお前の代償行為に使うなと。それが今度はみんなを巻き込むなんて、いい迷惑だって言う話だ」

その言葉に少し瑛斗はイラッとし、

「そうかな。俺は別に代償行為だとか巻き込むとかそういう気持ちじゃない。ただみんなに喜んでほしくてやるだけなんだ」

「じゃあ誰を喜ばせるんだよ」

「それは…みんなだよ」

「みんなって誰だよ」

「交流部のメンバーとか…トラとか、京妃にも喜んでもらいたい」

「んでそれに加えて、昔いた交流部のメンバーの人達も、みたいなことか」

「え、何で分かったの?」

あっさり見破ってきた虎之介に瑛斗は驚いた。そして虎之介は呆れたため息をつく。

「やっぱりか。琴姉のことは京妃越しからそれなりに聞いてる。どうせお前のことだからあのレオっていう先輩も呼ぼうとしてたんだろ」

「うん。トラだってふれあい交流会でレオさんに会ったでしょ?それならトラだって気持ち分かってるはずじゃん。きっと琴葉さんもレオさんも色々あるんだろうけど、お互いのことを大切に思ってる気持ちは、琴葉さんの表情を見ればわかった」

「でも本人がそれを望んでるのか」

「多分…望んでると思う。確証はないけど」

「はあ…お前には本当に呆れた。結論は初めから出てる。俺も京妃も、何より琴姉も、前の部員の奴らとの対面は望んでいない。琴姉が言ってたけどな、意図的に避けてるんだとよ。相当強いトラウマがあったんだろうな」

「そ、そんな…」

そして鋭い眼差しで、瑛斗をぐっと見る。

「百歩譲ってお前の好きなことに人を巻き込むのは最悪好きにすればいい。だが、お前の勝手な考えで、人が守ってきた自分の領域に足を踏み入れるのは俺は間違ってると思う。だから前にも言った。いつかお前は後悔するって」

そう言われて。瑛斗も自然に感情が溢れた。

別に虎之介にぶつける必要はない。

でも。

人がいて、繋がって、誰かのために自然と動いて、取り戻せそうなものがそばにあって。

戻れるなら戻りたい過去だってある。

その過去はもう、戻せない。


会えなくなってからじゃ、絶対に遅い。


大好きだった人と話せなくなるのは、もう、これ以上、二度と、絶対に、したくない。


だから、変わろうとしてるんだ。


本当の泉瑛斗をもう一度取り戻したくて、今、変わろうとしてるんだ。


「勝手なのはトラもだろ…お互い様だ」

「あぁ?」

「幸心からどこまで聞いたか知らないけどさ…それなりに俺も辛かったんだよ…?どう心に整理を付けたらもう一度ステージに立てるかって。震える手をどうやってコントロールできるかって。不安とかプレッシャーとかをどんな感じで笑顔に変えたらいいかって。何度も何度も鏡の前で練習して、何度も何度もセリフと手付きの練習をして…それなのに…それがせっかく報われるかっていう時に…勝手なこと言うなよ!引き止めないでよ!俺だってやりたいことあるんだよ!トラが卓球に愛情注いでるように、俺だってこれしかないんだよ!」


気付いたら、叫んでた。


やっぱり。マジックが好きだから。


そこが、泉瑛斗のパーソナリティだから。


瑛斗の叫びを聞いて、トラは静かに目を閉じて、僅かに笑んだ。

「初めからそれを言えよ。誰かのためとか、昔いたメンバーを復縁させようとか、そういう理由の前に、お前がやりたいって気持ち殺してんじゃねーよ」

そう言われて、瑛斗はハッとする。

「瑛斗、1つ誤解するな。俺はいい迷惑だと言っただけで引き止めてはいない。やりたければ勝手にやれ。ただ、強引に引き合わせないでショーをやる方法を考えろ。じゃないといくらなんでも対面させられる琴姉が可哀想だ」


そう言って、虎之介は場を後にした。


ただ立ち尽くすことしかできなかったけれど。


やっと少しだけ、自分が出た。


中庭で一人立っていた瑛斗を、陽が見つけ、声をかける。

「平城くん、何だって?」

「一言二言じゃ、何だか表せないや。でも分かった。琴葉さんの気持ちは、俺が思うよりもっと大切にしなきゃって。きっと俺達の知らないところでレオさんも杏ちゃんも、琴葉さんと何かがあったのはおそらくそうなんだ。でも、それって俺が直接踏み込んでいいものじゃないなって、そうトラに言われた気がした」

「じゃあ…やめるの?ショー自体」

「ううん、やめない。同時に思った。自分らしさを取り戻すこと、やめたくないって。だから3年生たちを引き合わせないで、それでも全員に見てもらう」

「…どういうこと…?別々の日に開催するの?」

「それも何か嫌なんだ。ごめん、なんかすげぇワガママだ。トラに言われたことが物凄かった。だから思った。直接踏み込むのはダメだけど、間接的になら、何かできることはまだあるはずだって」

「なにか作戦はあるの?杏樹先輩もレオ先輩も現場に呼ばずに、同じ時間にショーを見せる方法…」

「ある。今なんとなく思いついた。だから、ちゃんと俺、琴葉さんに言うよ」

やっぱり人を喜ばせたいことも、やりたいこと。

単純にテクニックがどうとかじゃなくて、リアクションとかレスポンスが好きだったから。

だから瑛斗は、迷っていなかった。

そんな彼の手を、陽は握った。

「私は味方だからさ。あんま一人で思いつめないでね」

びっくりして固まってしまったけれど、瑛斗は彼女の優しさが素直に心に染みた。

「ありがとう、ごめんね。多分、話せてないこともある」

「うん、でも言わなくていいよ。言いたくなったら言えばいい」

陽は分かっている。杏樹に一度しかパフォーマンスを披露せず、トランプをケースに仕舞ったあの瞬間を見ている。何より、瑛斗の笑うその姿が、本当に無防備で、色々何かを乗り越えてきたからこそできるものであることを、何となく察してしまう。

だけど。

本当はもっと彼を知りたいから。

少しだけ、彼に負荷をかけてしまうと承知で口にする。

それを言うには結構勇気が必要で、デリケートな話だ。

それでも。


「でもね瑛斗、いつか言ってくれたら嬉しい」


陽の声は僅かに震えていて、その勇気が伝わった。

別に掘り下げる必要はない。何で、と尋ねるまでもない。

だって、彼女はきっと自分と同じだから。

人のために何とかしたいとそう思う人だから。

だからこうして手を握ってくれるのだから。

「うん、わかった。ありがとう」

瑛斗の声は、逆に震えていなかった。





***************






校庭のグラウンドのそばにある階段に、腰掛けてコーヒーを飲む虎之介。

「苦ぇ…」

一段とブラックが苦く感じる。なのに空は青々としている。

そこに声をかけてくる男子が1名。

「よーっ、少年2号じゃねえか」

「何なんすか、少年2号って」

「態度デケェ!まあ、そんなところもお前さんの可愛さポイントってところかー?ちなみに少年1号は瑛斗少年なんで、そこんとこヨロシク!」

楽しげに接してくるレオ。ふれあい交流会以来の再会だ。

「おっさんみたいなノリ鬱陶しいんでどっか行ってもらえますかね」

「いやいやいやー、一応用があって来たのよ」

「なんすか」

「随分とズバズバ瑛斗ちゃんに言ってるなーと思ってさ」

「え、なに、見てたんすか、さっきの」

するとレオは隣に座り、虎之介は露骨に嫌そうな顔をする。

「顔に出るねぇ、いいねぇ、お前さん面白いねぇ」

「用を言って下さいよ、何なんすかマジで」

「まあ焦んなさんな。俺見てて思ったぜ。お前さん、やっぱりスゲェな。瑛斗ちゃんの長所が暴走しかけた時に、ちゃんとそこにお前さんなりのやり方でホスピタリティーを発揮していて。さては良い奴だな?」

「ヘラヘラして優しさをばら撒いてる奴が単純に気に入らないだけですよ」

「いいねぇ。こういうの何ていうんだっけ、天邪鬼?」

「多分違います」

「そうかそうか。何にせよ、琴葉のことを大切に思ってる裏返しだな」

「そういうアンタはどうなんすか。それこそ盗み聞きしてる暇あったら、瑛斗と直接話してやればいいじゃないですか」

「うーん、それが厄介なんだよなぁ、アイツ、多分だけど、変に経験値積んでるから今はタイミングじゃないってわけさ」

「はあ、そうですか」

そしてレオはキリッとした表情で突如切り出す。

「じゃあ早速問題だな」

「は?やですよ」

「まあ、そう言わず付き合ってくれよ。お前さん自身の話でもあるんだから」

面倒臭そうにはあと息を吐いて、勝手にしてくれと手を振って促した。

「じゃ、1問。船が一艘ある。乗れるのは6名。乗組員は8名。何とか全員で今いる島から目的地の島まで到達したい。さあ、どうする?」

「何の問題っすかそれ。意味分かんないんすけど」

「そうか?お前さんなら汲み取ってくれるブレインだと俺様は信じているんだがねぇ」

虎之介はわかっている。その人数の意味が。

だから渋々答えた。

「船をどっかから借りてくればいいんじゃないですか」

「残念ながらボート屋さんは頑固のため、一艘しか絶対に貸してくれない。さあ、どうする?」

「じゃあ船をこの際作る」

「絶対に一艘と決められている」

「じゃあ無理じゃないですか。無駄な時間に付き合ってるほど俺は暇じゃないので」

そう言って立ち上がろうとする虎之介を見ず、少しずつ暗がりに染まる夕焼けを眺めるレオ。

そしてニカッと笑って正解を告げる。

「答えは簡単。ヘリを呼ぶ」

その答えを聞いて立ち上がるのをやめた虎之介。

「は?ズルくないっすかそれ」

「いやいやいやー、だって俺は船の定員とそれにまつわる情報を提示しただけで、船以外の選択肢をダメとはいっていないぜ」

「は、だる。結局何が言いたいんすか」

「まったまた知らないフリが上手だねぇ。ホントは期待してんだろ?そんなヘリを持って来ちゃうような瑛斗ちゃんに。ちゃんと第三のやり方を見る目が、彼にはあるからな」

瑛斗に感心するレオを見て、虎之介はコーヒーに目を向ける。

苦いから。

飲み手のペースが上がるわけがない。

誰だってそう。

苦くて、黒くて、そんでそれを受け入れられない自分が、ほんの少し嫌になる。

「本当はレオさん…あなただってできれば琴姉と対面したいんじゃないんすか」

「まあ、ちと色々ワケあってねぇ、会いにくいのよ」

「はあ、そうなんすか」

「誰かのためじゃなく自分のためにやれ…君が瑛斗ちゃんに送ってたメッセージは、さっきそんな感じだっただろ?何で己にそんなに拘っちゃってるのさ」

そう言って、ようやくレオは自分の持っていたコーヒーの缶を開ける。

2人とも結局、ブラックコーヒーだ。

自分にペースを合わせてくれていることが分かったから、虎之介は少しだけ話す気になった。

「昔から、うちの親は保護者会の会長とか、とにかく大勢の前でまとめたりするのが好きな人で。だからそれなりに誠実さとか、気品とか、そういうもんを家柄的に押し付けられて。昔からそんな家庭環境が大嫌いで。それで気付いたんです。俺は母親の品の良さを証明するために利用されてたんだって。だから俺は、人のためとか、薄っぺらいことを抜かしてるやつが嫌いなんです」

「なるほど」

「人のためって結局綺麗事で、自分を守れなきゃ生きていけない。だから、自分の力で勝ち取らなきゃいけない」

「でも、お前さん、頑なに学校では卓球やらないって決めてたらしいのに、卓球部に戻ったらしいじゃん。生徒会長が教えてくれたぜ?」

「あの人…ペラペラと…」

「何で卓球部に戻ったんだ?」

「……瑛斗にしつこく戻ってこいと言われたからです」

「しつこく言われなかったらどうしてたのよ」

「多分…親の言いなりでした」

「あららー、じゃあ、お前さんの話は矛盾してるなぁ。自分の力で勝ち取るんだろう?でも瑛斗ちゃんの助けがあって、気付かないうちにそういう気持ちになっていったってことだろう?」

「そこら辺、俺だってよく分かんないんだから掘り下げないでほしいです」

「いやぁ、でもわかるよ〜。自分の体験を通してさ、こうして反面的に生きてやろうって決めて、気付いたら知らんうちにその信念を揺さぶられたりとかねぇ」

「いや今、アンタが勝手に揺さぶっただけでしょ」

「それで化けの皮が剥がれちゃうんだもん、まだまだ青いねぇ若僧よ」

「うるさいです、ほっといて下さい」

からかわれて、瑛斗に強く言った自分の言葉に違和感を覚えて、でもそれを伝えたことそのものは腑に落ちている。不思議な感覚だった。

そのことも、レオは見抜いてくる。

「まあ簡単な話よ。お前さんが今矛盾してんのはさ、お前さん自身が瑛斗ちゃんみたいなことをしてるっていうことなのよ」

「は?何言ってんすか、俺があんな人を巻き込むだけのめんどくさい奴ですか」

「そんな巻き込むだけのめんどくさい奴だと思ってる人を気にかけてんのは、どこの誰なんだい」

「それは…まあ、成り行きというか」

「うむ!いいね!成り行き!それがお前さん自身の本質だと俺は思うがねぇ。お友達のこと気にかけたり、琴葉のこと気にかけたり、何なら自分と正反対の立ち振る舞いをしてる男を気にかけたり。そうやって、成り行き任せでも、その場その場でその人を思って行動できるのは、大切にしなさいな」

そう言ってコーヒーを飲むレオの顔は、結局虎之介から見ても苦そうだった。

だからなのか。言葉がスルッと出た。

「そういうレオさんも、こうやってお節介なことしてるじゃないですか。人のこと言えるんですか」

「俺はそうだねぇ〜、どっちかっていうと、奉仕活動かねぇ」

「良いように言ってやがる…」

歳上のレオは、虎之介から見てもやはり少し同級生と感覚が違う。

どこか、寂しそうで。

そしてどこか、ホッとしていて。

それが何だか、嫌だった。

「俺は瑛斗にあー言いましたけど、レオさんはマジックショー行かないんすか」

「行くわけないさー!誘われても断るつもりだぜ!」

「そうですか」

「ま、瑛斗ちゃんには悪いけどねぇ。ほんとどーしょーもねぇ小さな拗れからこうなっちまったんだから、俺もダセェもんだなぁ」

人を転がすような言動に虎之介はイラッとするが、それも1つの隠し事で、やはりこれも自分にだってある要素だから、気持ちが分かってしまう。

それを踏まえた上で、これ以上ここにいるはずはないと立ち去ろうとする。

「じゃ、俺もう行くんで」

「おう。付き合わせちまってすまんな」

ヘラヘラっと笑ってみせるレオ。そして一言。

「最後に余計なお世話。あの女の子のこと気になってんだろう?」

「は?」

「京妃ちゃんだっけ?琴葉ちゃんがお前さんと京妃ちゃんの話題をちょくちょくあげてたからな」

「そんなわけないでしょ」

「フーッ!ポーカーフェイス!」

「手ぇ出ますよ…」

「おー、こわいこわい。ウソウソ!何でもない!じゃあな〜」

そう言って笑いながらレオは去っていった。

一人になった虎之介は呟いた。

「何で最後あんな余計なこと言ったんだあの先輩…」

そして心に問う。

(……そんなわけ、ないよな…)




 

***************





自宅。一人自室で、大きなクローゼットを開く。

舞台用の衣装、シルクハット、そしてステッキやリング等の数々。

それを見て、頭が痛くなる。

「うっ…」

別にそこら辺にあるペンやトランプには深い思い入れはないから、何ともならない。

でも、ここにあるグッズは全て、あの大失敗の日のものだ。

怖くて奥底に仕舞った、苦い思い出。

でも、成し遂げなきゃいけない。目の前に迫るステージの為に。それに、先輩たちの邪魔をしないようにする為に。

その方法はある。先輩3人を会わすことなく、上手くやる方法が。

確かなやり方としてそれはあるけれど、如何せん初めてやることだ。果たして出来るのかという不安が全身を襲う。

するとガチャッと扉が開き、幸心が自分の部屋へ入ってくる。

「帰ってたのか、おかえり」

「うん、ただいま。るりちゃんと色々東京校外学習に必要なもの買ってたから遅くなった。お兄ちゃん、早くお風呂入るんだよ。あと、ご飯の支度も手伝って」

「うん。火を扱うのは怖いから炒め物は…」

「わかってる。それ以外やってくれればいいから」

「ありがとう」

そしてそのクローゼットを開いている兄の光景を目にしている幸心は、小さく呟いた。

「やるんだね」

「うん」

「毎回聞いてるけどさ、それはお兄ちゃんの意志?」

「うん。俺がしたいと思ったこと」

「そっか」

幸心はそう、申し訳無さそうに返した。彼女が申し訳無さそうに言う理由。もちろん瑛斗はそれもわかっている。

「ごめんな、でも気にしなくていい」

「だって、私がいつかお兄ちゃんのステージもう一度見たいとか言ったから…」

「ううん、関係ない。だから幸心が変に罪悪感を持つ必要はない」

そう言って、ベッドに座る。隣にちょこんと幸心も座り、頭を瑛斗の肩に乗っけた。

「重っ」

「失礼しちゃうわー、バカ兄貴」

幸心はそう言って目を閉じる。兄が頑張る姿を見てきたから、トラウマを今、越えようとしてるから。

だから。兄を信じる。

「ここまで迷惑かけたな」

「なーに言ってんの。これからも続くの。私がお兄ちゃんをお世話することは。こんな適当などーしょーもない男を誰が16年間愛してやったと思ってるんですか」

「やかましいわ」

そう言って幸心の頭をワシャワシャする。

「3年生みんなの問題とかさ、色々あるんでしょ?でもさ、そういうの何もわからないのがお兄ちゃんとるりちゃんと私じゃん?あんまり気にせず今は目の前のパフォーマンスのことをなるべく意識しなよ」

「なんか、言い方は違うけどトラにも似たようなこと言われたな」

「まあ、みんなそう思うよ。世のため人のためっていうのがお兄ちゃんのモットーだろうし私は悪いとは思わないけどさ、代わりに自分を潰しちゃうお兄ちゃんが、私はちょっと寂しいから」

「うん、そうだね」

そして瑛斗は引き出しからトランプを取り出す。

滅多に手に入らない、マジシャンが使うレア物のトランプ。

「それ…どうやって手に入ったんだっけ」

幸心が尋ねるも、瑛斗自身記憶は曖昧で、

「子供の頃、ディナーショー行ったの覚えてるか?マジックパフォーマンスをしてくれるようなところ」

「ううん、まったく」

「まあ幸心は6歳だったもんな。たしかその時にパフォーマンスしてくれたマジシャンの人がこのトランプをくれたんだ」

「そっか。お父さんに聞けばわかるかもね」

「うん」

兄が大切そうにトランプを眺める。それを見て幸心は安堵のため息が漏れた。

「さてと!じゃあ早くお風呂入ってね。よろしく」

そう言って幸心は出ていく。扉を閉めて、キッチンへ。

誰もいないその場所で、一言声が出た。


「よかった…お兄ちゃん」





***************





1週間して、本番を迎えた。

特別に学校の講堂を貸してもらえた為、そこでショーをやることに。

と言っても、風花のときのように沢山のお客さんを呼ぶのではなく、呼んで披露する相手は交流部メンバーだけ。

今は、この人達に新たなる門出を見てほしいから。

琴葉が講堂に入り、前の方に座る。ステージに立ち、衣装を着た瑛斗に彼女が声をかける。

「瑛斗くん、似合ってるわ。カッコいい」

「ありがとうございます」

そして元気よく、京妃が入ってきた。

「やっほー!瑛斗ー!頑張ってー!」

「おー!京妃!来てくれたのかー!」

「もっちー!」

そして京妃の後ろから虎之介の姿が。

「トラ、来てくれてありがとう」

「京妃がしつこく言うから来ただけだ」

さらに、幸心とるりの姿。

「お兄ちゃん、頑張って」

「我がホタルジュニア、エイティーよ!ステージに降臨!舞うのだ!」

最後に、城島先生が後方に座る。

「瑛斗くん、ファイト!」

「はい!頑張ります!」

陽と風花は瑛斗のショーのセッティング。照明と音響はあわせて風花が担当。そして陽はパソコンの前へ。

そんな陽の姿を見て、琴葉が首を傾げる。

「陽、何してるの?」

「実はあることを試したくて」

「あること?」

「まだ琴葉先輩には内緒です」

「私に内緒?」

更に疑問符が浮かぶ琴葉だったが、徐々に照明は暗くなり、ステージにスポットライトが当たる。

久々のステージ。そこには瑛斗ただ一人。クローゼットから出した衣装と、シルクハットと、グッズと。

そして、あの頃の忘れられない気持ちと。

音楽が流れるとともに、手からトランプが次々と出現。何もない手からステッキを出現させ、ハットを叩けば、白い紙吹雪。手を返しても何もタネはない。

そんな話しながら行うタイプではない、完全静観タイプのステージは、瑛斗の芸術的なこだわりの1つでもあった。

「す、すごい…」

るりはシンプルに魅入ってしまう。それくらい、繊細で、美しい、華やかな技の数々だ。京妃は「おー!」と喜び、本当の瑛斗の技を見て虎之介も入り込んで見る。もちろん、一番前の席の琴葉も。

一つ一つ、丁寧に丁寧に。段取りを誤らないように、繊細な点は特に注意深く行って…。

確実に成功を収めたい。優先は完璧なショーを披露すること。そうは分かっているけれど。

でも。一個だけ。

たった一個だけ。失敗した最後の大会で、怖くて逃げ出したこと。

マッチを使って、火を上げて、ハンカチーフを消し、花束を出す仕上げのマジック。今回は成功させたい。

マッチの火をつけ、燃え上がる。それを慎重に、慎重に、ハンカチーフへ。


だがしかし。


震えたその手から燃え上がるマッチは落ちて、あらかじめ敷いていた火消し用ステージマットの上で火が消えた。


手から滑ってしまった。

その瞬間、みんながゾクゾクと震えるほど「ヤバいっ!」という気持ちで緊張が走る。

落ちてしまったマッチを手にとって、瑛斗はフッと息をかける。すると一瞬にして花束に変わった。

「おー!」という驚きの声で会場は盛り上がる。みんなも一瞬の出来事でよく分かっていなかったが、瑛斗は確実に失敗してしまった。しかし咄嗟にプランを変更して、ハンカチーフではなく、マッチそのものを花束に変える方向へ切り替えた。

みんなにはあまり気付かれていないものの、ただ一人、手が震えたのを明確に見ていたのは幸心だった。


(お兄ちゃん…挑戦しようとしたんだね…苦手なことに…無理しなくていいのに…)


兄が火を極端に嫌うのは。

料理が苦手だからじゃない。

ちゃんとしたトラウマがあるから、マッチを扱うこと自体が、ある意味奇跡なんだ。


そして一通りショーが終わり、瑛斗は言葉にする。

「皆さん、ご覧いただきありがとうございました。ちょっとだけ失敗しちゃったけど!でもほとんど完璧だった!交流部のメンバーにこうして見せることができて良かったです!それと…」

陽の触るパソコンと繋がるケーブル。その先にあるのは1つのカメラ。

「今、この配信をリモートでご覧の方にも、届けられてよかった。何とか、会場に来れない方にも、このショーを届けたかった。それがちゃんと実現して、本当に嬉しく思います!ありがとうございました」

拍手が起こる。そしてすぐに、そのリモートが気になったのは琴葉。

「瑛斗くん、もしかして…」

「はい。そのもしかして、です。今は色んな事情があると思いますし、直接皆さんを対面させるのは失礼かなと思いまして、今回はこういう形を取りました」

「なるほど…ごめんね、気を遣わせてしまって」

「そんなことないです。俺もリモートとか初めてで、陽と風花と色々考えてこの形にしたんですごく楽しかったです!」

「楽しかっただなんて…瑛斗くん、あなたは優しすぎるわ。こんな素敵なショー、直接見たほうが良いに決まってる…私がそのリモートの向こうにいる人から、その機会を奪ってしまってる…」

「そう言わないで下さい。琴葉さんには、琴葉さんのペースがあるんです。それを大事にして下さい。だから…俺は今日を迎えられて、自分として、大きな一歩を踏み出せた気がしたんです」

真っ直ぐに、瑛斗は琴葉にぶつける。こういう風に言うしか、自分流の伝え方はできない。だから。琴葉にも幸せになってほしいという思いに繋がるのだと。

「陽…色々ありがとう」

「大丈夫!ナイスだったよ」

「風花…音響室からありがとう」

そう言われて手を振る風花。

「るり…どうだった?」

「まさに妖艶の舞…キサーマをオカルト部長に任命しよう…」

「京妃…満足してもらえた?」

「もっちー!良かったよ!最高だぜ!」

「トラ…どう?」

「リモートか…。お前にしてはやれる限りやれたんじゃねぇか?そこは素直に評価する」

「幸心…色々ありがとう」

「ばーか。完全なパフォーマンスもできてないのに感謝される覚えはないよー」

みんなの言葉を聞いて、城島先生を向く。

「先生…どうでしたか」

「よかった!私、本当のマジックショー初めてみた!また見せてね」

そして、琴葉へ。

「琴葉さん…これが今の俺です。俺は、交流部が大好きだから。俺の今が、これなんです」

「うん…わかった。ありがとう。今度は私の今を、ちゃんと出せるようにするね」

和やかなムードで片付けに入る。そんな中、パソコンのリモートが途切れる。中継先はもちろん、2名。

その2人に、瑛斗は電話をした。






一人目が出る。

「カッコ良かったぜ〜!ベリーグッド!お前さんがリモートっていう提案のお陰で、この企画自体を断る必要がなくなった。その点もよく考えてくれてありがとな」

「いえ。レオさんに、今の俺を、今の交流部をもっと知ってほしかったっていうのが一番です」

「色々すまんね。お前さんのパフォーマンスも見れて、色々助けられたみたいで。まあまた会ったときは飲み物くらいは奢ってやるさ」

「ありがとうございます!」








二人目が出る。

「良いねぇ!ちょーイケメンじゃーん!お姉さん、惚れちゃうなぁ」

「本当は直接見せたかったけどさ、杏ちゃんはお二人と会うのも嫌がってたし」

「別に嫌がるってほどでもないけどさ、そんな配慮までしてくれるなんて流石だね。ま、琴葉と私が今後話す可能性は無さそうだから。でもまあ、約束通り洗いざらい全部話してあげる」

「あ、それなんだけど、俺から琴葉さんに聞いてみていいかな」

「うん。それでもいいよ。今の琴葉を一番身近に知ってるのはあなただしね」

杏樹はそう話して電源を切る。


(本当は…琴葉と一緒に…見たかったな…)


失った時間を見つめながら。


涙がこぼれた。






瑛斗くん、再びのステージに立つも、完全成功には至らず…これでちょくちょく序盤から小出しにしていた、「火」についての謎も明らかになっていくと思います。料理めんどくさいわけじゃなかったんだよ。

そして3年生。瑛斗の演技を見て、覚悟を決めてほしいなぁ…。どうかなぁ…。次回も楽しみにしていて下さいね。

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