幸心のボーイフレンド!?
部室。
メンバー全員が集合し、改めて琴葉が頭を下げる。
「先日は、私の知人により色々みんなを引っ掻き回した挙げ句、醜い姿を晒してすみませんでした」
それに陽は笑って返す。
「いやいや、久々にレオ先輩に会えて、私としても嬉しかったですし」
続けて風花も、
「うん。元々いたメンバーを瑛斗くんと幸心ちゃんとるりちゃんに見せられたことは良かったね!」
だが、瑛斗は腑に落ちておらず、
「なーんかあの人、俺たちに色んなこと隠してるだろうなぁ…」
「ま、お兄ちゃんは人の些細な仕草とかなーんにも関心ないからね」
「うるさいなー、それを言ったらお前もだろ」
「私はるりちゃんの小さな変化とか気付くよ?ほら、るりちゃん、髪切ったんだよね」
「ここすけ…見破るとはさすがホタルジュニア…」
「お兄ちゃんはるりちゃんの髪型の変化に気付けなかったでしょ」
「うん」
「うんって…開き直りすぎでしょ…せめてもう少し抵抗しなさいよ」
「だってるりは元々可愛いんだからどんな髪型にしても似合うと俺は思うけどな」
サラッとそんなことを言ってのけてしまう瑛斗に、るりは戸惑う。
「キ、貴様!我にそんなアメを用意したところで何も得ることなどないというのに…ま、まあ我のヘアに気付けなかった鈍感さとその感性をプラスマイナスでゼロにしてやってもよかろう…」
慌ててバーっと言うことで照れを隠するり。瑛斗はあははと笑い、陽はぷくーっと嫉妬してむくれる。
そんな姿を目の当たりにして幸心はため息を付き、
「レオ先輩の隠し事気にする前に、お兄ちゃんはまず、そばにいる人の気持ちから汲み取る練習が必要だね」
「そばにいる人?」
瑛斗の頭はハテナだらけだったが、幸心だけでなく、そのことは風花や琴葉も気付いていた。
彼が何も分からないままでいると、幸心は立ち上がり、
「琴葉先輩、申し訳ないのですが、今日は先にあがらせて頂いても宜しいですか?」
「別に構わないけれど、何か用事?幸心が珍しいじゃない」
「いえ、特に具体的な用があるわけではないのですが、寄りたいところがあるので」
「そう。まあ、別に今はふれあい交流会が終わって少し活動も落ち着いているし、構わないわ」
「ありがとうございます、では」
そう言って、幸心は帰っていった。
皆が気になる中、特に疑問なのは兄。
「え、あいつ何で先に帰ったの!?どゆこと!?ねえ、陽知ってる?」
「知らないよ、そんなの。風ちゃんは何か聞いてる?」
「いや、まったく。るりちゃんは?よく一緒にいるし知らない?」
「さあ。たまーにここすけ、私にも何も言わないで帰っちゃう時あるし。別に珍しくもないわ」
「へーえ…」
とは言ったものの、やはり気になるのが兄。
「ちょっと、俺、あいつ尾行する!」
「やば…妹のストーカーが兄って終わってる…」
「瑛斗くん、私は信用してたのに…」
陽と風花が軽蔑の目で見てくる。それに瑛斗は真っ赤になりながら、
「みんなも気になるでしょー!だったら一緒に尾行しよ!」
そう言うと、陽と風花は行く気満々でうなずく。
一方の琴葉は、
「私は少しやるべきことがあるから残るわ」
瑛斗が尋ねる。
「やるべきことって、部長としてのお仕事ですか?」
「え、ええ、まあ。城島先生への報告書類とかね」
城島先生、というワードを聞いて、瑛斗は初めて、陽の方を向いた。
特に何も反応しない。
…というのは思い過ごしなのかもしれない。
きっと表に出してないだけで、色々思うことがあるのかもしれないと。そんな感情が過ぎった。
あわせてるりが、
「我はここで魔法陣を描く…一人でも多く、占い相談者を確保するためだ…」
「ああ…そう…」
瑛斗が苦笑いし、陽と風花にアイコンタクトをとって、外に出る。
「じゃあそういうことで、琴葉先輩!るり!留守番よろしくです!」
瑛斗の元気な声で部室のドアが閉まる。
二人きりになった部屋で、琴葉がるりに尋ねる。
「いいの?行かなくて」
「いいのよ。ああいうのは同級生同士で楽しんだほうがいいの」
「るりって、意外とそういうところ気が利くのね」
「別に。幸心が私にやってきてくれたことを、パイセン達に体感してもらおうってだけ。それに、何となく幸心が何をしてるのかは予想がつくしね」
「へーえ。さすがは親友ね」
紅茶の香る部屋で、それを啜る部長と、魔法陣を描く1年生。あまりないペアリングは、ゆっくりと、ゆったりと二人であれこれ話した。
幸心との話とか、実家の話とか、幼馴染の話とか。
でもるりは唯一、交流部についてだけ触れられなかった。
自分が獲得した新しい居場所の原点を知る彼女に、そのことだけは触れることができなかった。
***************
正門を出てすぐ。
3人は幸心の後を追う。
数メートル離れた先、彼女を発見。コソコソと物陰に隠れながら尾行する。陽は、
「瑛斗、ホントに心当たりないの?」
「うん、まったくない」
「そっか…幸心ちゃんどうしたんだろ」
すると幸心は、電車に乗る。
「アイツ…どこに行くんだ?」
泉家は陽と同じ社宅のため、墨田高校から徒歩圏内。そう考えると、電車に乗ってどこかに行くこと自体自宅ではない選択肢。
3人も幸心の後を追いかけ、乗車する。
しばらく乗り、揺られながら3駅ほど隣へ。
「あれ、ここって…」
風花が気付く。押上駅から3駅の蔵前駅。
「あれだよね、るりちゃんの最寄り駅!」
そこに2人は、そう言えば!と気付くものの、いまいち陽は関係性が感じられない。
「るりちゃん、今日部活に残ってるし、彼女と遊ぶってわけでもなさそうだしね」
「たしかに…」
そう瑛斗が唸ると、幸心は改札を出て、住宅街方面へ。
「マジで何なんだ、アイツ…?」
すると、幸心は、どうやら待ち合わせしていたであろう人に手を振って合流する。
しかもそれは男の子…それも大体同い年くらいであろう男と話し始め、2人で歩き出す。
「え…誰!?あの人!?え、マジで…俺の兄人生…終わった…」
「終わってないし、アンタのシスコンぷりヤバすぎるから…」
陽がドン引きし、風花が疑問に感じる。
「あの人、誰なんだろうね。瑛斗くんは知らないの?」
「分かんない…初めて見る顔だな…」
幸心に男の噂など立ったことがない。それはこれまでもだ。なのにも関わらず、なぜか楽しげに住宅街の奥へ入っていく。瑛斗のソワソワが加速する。
「うう…早く問い質したい…あの男に話を突っ込みたい…」
しばらく二人は歩き、3人も尾行を続ける。そしてようやく1つの家の前で立ち止まった。
ニコニコしながら入っていこうとする幸心を引き止めようと、瑛斗は飛び出そうとする。
「もう俺、我慢できない!あの男の人に聞いてくる!」
「ちょっと待ちなさい!」
陽は瑛斗の服を掴んで離さない。
すると、幸心は家に入ろうとした直前で立ち止まり、変わらず前を向いたまま言う。
「コソコソと付けてきてるのは気付いてるよ…お兄ちゃん、陽先輩、風花先輩」
「え」
陽が瑛斗の服をぱっと離し、瑛斗が転んで物陰から飛び出してしまい、尾行がバレた。というか、元々バレていた。
「あはは…幸心、どうしたのこんなところで」
「それはこっちの台詞なんだけど」
「いやだって用も言わずに帰るから!お兄ちゃん気になるでしょ!」
「うぇぇ、これだから気持ち悪いんだよお兄ちゃんは。ほんとどーしょーもない気持ち悪い」
「そんなキモキモ言うな!お兄ちゃんだって傷付くんだよ!」
「お兄ちゃんは脳内お花畑なんだからもうちょいそのお花畑荒らされた方が良いの」
兄妹の仲良しな言い争いを風花は「ははは…」と苦笑いし、それよりも肝心なことに陽が触れる。
「で、そちらの方はどちら様?」
そう陽に言われ、ビシッとした姿勢で3人に向き直る男の子。
「はい!俺、墨田中学3年、堀田 廉といいます!幸心先輩と仲良くさせてもらってます!宜しくお願いします!」
「ほった…れん…?」
その苗字を聞いた陽が首を傾げ、ひらめく。
「あー!もしかして!」
「多分そのもしかしてだと思います!うちの姉がいつもお世話になっております!」
「るりちゃんの弟くんか!たしかに似てるね!」
「はい!ありがとうございます!」
風花も相手がわかりにこやかになる。
それにつられてハキハキと話し、ニコッと笑う姿に瑛斗は先ほどまでのコソコソとした態度を改め、
「つけてきちゃってごめんね。俺、泉瑛斗。うちの妹と仲良くしてくれてありがとね」
そう言って握手すると、瑛斗は一点気になることが。
「ところで、2人は今日どうしたの?」
「あ、実は今日、5月16日が姉の誕生日なんです。だから2人で先日、姉の誕生日プレゼントを買いに行っていたんです!」
そう言われ、瑛斗は安堵の声を上げる。
「なーんだ〜、それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「あのねお兄ちゃん。るりちゃんがいる前でそんなこと言えるわけないでしょ一応サプライズなんだから」
「たーしかに!なるほど!だから内緒か!」
「このポンコツ兄ちゃん、誰か何とかして…」
そこで、肝心の誕生日プレゼントについて風花が、
「で、どんなの買ったの?見たい!」
そう言われ、廉は手招いた。
「せっかくなので、どうぞ!上がってください!」
***************
堀田家。
初めてあがるその家は、とにかく綺麗で、リビングにも心地よい陽の光が注ぐ。
そんな風通しの良いリビングで、廉が出してくれたお茶を瑛斗が受け取る。
「ありがとう!」
「いえいえ!皆さんのことは姉から聞いています。とても嬉しそうに話してくれますよ」
「え、どんな話?私のことなんて言ってたー?」
「陽さんのことは、とても元気で明るくて、みんなを引っ張ってくれる、部長さんと肩を並べたような方だと言っていました」
「ほんとにー!るりちゃん、私にそんなこと一言も言ってくれないんだから!」
「ちなみに私のことは?」
「風花さんは、とても頭が良くて、それでいて好きなことには真っ直ぐな姿勢が尊敬できると言っていました。おそらく、ピアノの演奏をされたことが、姉にとってすごい思い出深かったんだと思います」
「そうなんだ!嬉しい!」
「ねーねー、俺は?」
「えっと…瑛斗さんは…」
すると少し言葉を詰まらせ、躊躇いながら言う。
「お気楽ホタルジュニア・エイティー…と呼んでおりました」
「俺だけアダ名!?」
陽は苦笑しながら、
「アンタの印象、るりちゃんの中でどうなってるのほんと」
「いや俺が知りたいよ…」
すると、申し訳無さそうに言った彼は補填するように、
「多分、お気に入りなんだと思います。姉は子供の頃から人見知りで、引っ込み思案で。でもそんな自分を、外の世界に連れて行ってくれたのが、お兄さんなんだと思います」
「そっか!じゃあ照れ隠しみたいなもんか!」
それを聞いてぱあと明るくなる瑛斗を見て安心した廉。
「姉が夢中になれるものは、普通の人じゃ少し引いちゃうような、俺自身ですらも世界観が強すぎてイタイ奴だなって思うこともあります。でも、姉はそんな自分の世界観をすごく大切にしていて、それを受け取ってもらえるまで大分時間がかかって…。だからこそ、皆さんとの出会いは、姉にとっては奇跡のようなものなんだと思います」
「そっか!じゃあ、まさに俺のお陰ってことだね!」
「はい!その通りです!」
純粋男子二人が共鳴し合う中、陽は冷たい視線を向け、
「やり方はかなり強引だったけどねー…」
「別に強引じゃないし!オカルト部をやる交流部ってだけだし!」
「もはやなんでも屋さんだわ、ほんとに」
そんな会話の中に割って幸心が入る。
「まあるりちゃんがみんなに良い印象を抱いているのは確か!だからせっかくだし、みんなであっと驚くサプライズにしよー!」
「おう!そうだな!」
そして廉が取り出したのは1つの箱。
「中身、確認しますか?」
そう言われて、陽は首を横に振り、
「ううん、やっぱりいいや。後で種明かしした方が私達も盛り上がれるしね!」
「そうですね!」
そう言いながら、うっすらと涙が出た廉。
自身の姉のために集まってくれたメンバーたちを見て、今まで孤独に生きてきた姉が愛されていることを知り、感極まってしまった。
それを見て、幸心が顔を近付ける。
「ありゃ、泣いちゃったの?優しいね、廉くんは」
「そんなことないです…うう…」
そして幸心が頭にぽんと手を乗せる。
「よしよし」
その時の幸心の表情は優しくて、それに明らかに廉がドキドキしているということを、風花は気付いた。
(なーるほどね…)
しばらくして幸心がトイレへと立ち上がり、部屋を出る。そのタイミングで、風花は切り出す。
「廉くん」
「はい、何でしょうか」
「廉くん、幸心ちゃんのこと好きでしょ」
「え!?そ、そんなわけないじゃないですか!ま、まっさかー!姉のご友人が気になっちゃうなんて失礼にもほどがありますし!まったく!まったくないです!」
とにかく取り乱して分かりやすく慌てふためく。その姿を見て、陽が詰め寄る。
「ホントにー?どう見ても顔真っ赤だけどー?」
あわせて風花も、
「白状した方が楽になれるよー?」
そう二人に言われて、はあと息を吐いて廉は隠すことを諦める。
「……そうですよ…好きなんです…たまたま姉が家に連れて来てくれて仲良くなって、そのまま近づける理由が欲しくて、今回も誕生日プレゼント選ぶことになって2人で色々お店まわったりとかして…もちろん姉のためにプレゼント探してましたけど、半分自分のためでした…」
照れながら言う廉に陽はヒューヒューと言いながら、
「いいねぇ!青春してるねぇ!最高だねぇ!」
「か、からかわないでくださいょ…」
そして、固まっている瑛斗。
「もう…幸心が…お嫁に行くことになるのか…」
陽はドン引きし、
「展開早っ!!」
そして風花が尋ねる。
「廉くんは、幸心ちゃんのどこが好きなの?」
そう言われ、照れながら廉が返す。
「そうですね…なんというか…とても明るくて元気をもらえるんですよね。一緒にいて心地良いというか、こちらまで幸せになれる力を持ってるんです!」
「おー!」
ぱちぱちと拍手し、嬉しそうに喜ぶ瑛斗。陽は加えて、
「ずっと一緒にいたいなーとか、他の男子と喋ってたらムズムズするなーとか、そんな気持ち?」
「そうですそうです!俺、幸心先輩が別け隔てなく誰にでも優しく接してくれるのがとても嬉しくて…こんな俺にもちゃんと手を差し伸べてくれる。そんな素敵な方だからこそ、誰かに譲りたくないっていう気持ちが生まれて…出会ったのは先月ですけど、この感情!この気持ち!抑えられないんです!」
そして気持ちの止まらない廉は、
「お兄さん…!野暮だとは分かっています!ですが!堀田廉15才!人生一番の恋をしています!今、最高に幸せなんです!お願いです!幸心さんを僕にください!」
「えー!すごい素敵なお話だけど嫌だー!まだ幸心は俺が面倒見るんだー!」
唐突すぎる申し出と、瑛斗のシスコンっぷりが最大限に発揮されている異様な場で、陽は廉に対して楽しげに、
「廉くんが本気なら、普通に付き合うこと自体は応援する!叶うといいなー!」
「ほんとですか!ありがとうございます!早速告白に向けて頑張ります!」
そう話が盛り上がる中で。
一人冷静なのは風花だった。
「ホントにいいのかな、それで」
そう言われて、3人は固まった。その空気をヤバいと感じた風花が手をブンブン振りながら、
「あ!ごめん!その!深い意味とかはなくて!ただ…幸心ちゃんの気持ちがまだ何もわからないのが何だか引っかかっちゃって」
「そっか…たしかに」
言われて陽は納得する。風花は続ける。
「確証がないから告白しちゃだめ!とかじゃなくて、何ていうんだろう…その…もうちょっと幸心ちゃんの色んなこと知っておいた気が良いような気がするの」
「色んなことって…?」
瑛斗が尋ねると、風花は困った不器用な笑顔で、
「うーん…言っておいてあれだけど、よく分からなくて。ただ…出会ったのって言ってくれた通り、先月でしょ?るりちゃんがこの春から幸心ちゃんと再会したっていうことだろうし。お互いのことをもう少しちゃんと知って安心しているタイミングで告白されたら、私なら嬉しいかな」
その言葉に、陽は少しだけ難色を示す。
「たしかに風ちゃんの言う通りだと思う。でも、まずは気持ちを伝えてみてからお互い色々分かることも増えたりするでしょ?だから本音をぶつけるところから始めるのが大事なんじゃないのかな?」
その言葉を聞いて。
風花は思ってしまう。
(何で…何でなの陽ちゃん…)
なぜか廉の話題のはずなのに、自分の話に聞こえてしまった。きっと陽に深い意図はない。けれど。彼ら彼女らに隠し事ばかりしている自分に言われているような錯覚をして、身体が震えた。
―――私の隠し事を2つに分類するなら。
1つはきっと瑛斗くんは驚いてくれるだろう。瑛斗くんだけでなく、他のみんなも。
もう1つも、瑛斗くんは驚いてくれるだろう。同じように、瑛斗くんたけでなく、他のみんなも。
でも。
前者は心からのサプライズで、後者はズルいだけの自分勝手な秘密。
どっちも私で、どっちも大切な感情だ。
どっちとも知られてしまったら、私はもっとズルい私になる気がする。
そうなってしまったらこの時間は終わりそうだから。
私は、何も言わない。
だから。
本音をぶつけるのが大事だなんて、私のことを否定するようなこと、言わないで。
―――そう本音を隠して。
陽が正しいと自分に言い聞かせて。笑顔で返した。
「うん!たしかにそれもそうだね。どうするのかを決めるのは廉くんだから」
「ありがとうございます!先輩方…!」
そう勢い付いた廉だったが、同時にドアがガチャっと開き、幸心が戻ってくる。
「うわぁぁ!」
そのドアの音に過剰に驚く廉。怪訝そうにこちらを見る幸心。
「どしたの廉くん。それに皆さん。顔が強張ってますけど」
瑛斗は強引に取り繕い、
「あ、いやいやいや!何でもないよ!今日も空が青いなぁーって!」
「お兄ちゃん、家って概念知ってる?今、お兄ちゃんが青いって言ってるのは空じゃなくて天井って言うんだよ。それに天井真っ白だし」
「そ、そーんなのは分かってるさ!」
特に上手くもない口笛で誤魔化す瑛斗を見て、風花はあちゃーっという顔で瑛斗を見る。
幸心は、みんなの顔をジトーっとした目で見る。
「なーにを隠したんですか?」
陽は強引に、
「か、隠し事はしてないよ!そ、それより廉くん!何か、幸心ちゃんに言うことあったんじゃないのかな〜?」
「いきなり!?ちょっと陽先輩マズいですって!俺、まだ心の準備できてないっす!」
そんなあたふたする廉をスルーして、幸心は座る。
「まあ、そのことは一旦後にしてさ、ほら、帰ってきたよ、君のお姉ちゃんが」
その言葉と同時に、ガチャっと玄関のドアが開く。
「ふっふっふっ、ホタル、マイフィールドへ降臨…!って!えーっ!?」
「お邪魔してまーす!」
陽が元気よく言うと、
「ハリー!フーカー!エイティー!てゆーかここすけまでいるし!」
「よっ、さっきぶり」
「みんな何でうちに集まってるの!」
そしてそれぞれ、隠し持っていたクラッカーを取り出して、
「るりちゃん!誕生日おめでとー!」
パァーン!と勢いよくクラッカーの音がなり、そのテープをるりが被る。
「姉ちゃん、今日はサプライズで、幸心先輩呼んでたんだ!そしたら、交流部の皆さんもいらっしゃって!」
「そ、そうなんだ」
(やっぱり。私の当たった通りだ)
るりは心の中でそう思った。
さすがに交流部みんなが来てくれたのは予想外だったけれど。
幸心に誕生日は伝えていたから、もしサプライズしてくれていたら嬉しいなと密かに思っていた。
だが、心の言葉に反して、ツンとしてしまう。
「みんな暇人ね。まあ、特別に私の崇高な爆誕の宴に招待してあげましょう」
その照れ隠しがみんな愛おしくて、爆誕の宴こと、誕生日パーティーが始まる。
席について乾杯をして、みんなに祝ってもらったるりに、幸心から、
「はい!るりちゃん!これ!」
「あ、ありがと…」
空白の期間を過ごして、また自分の元へ舞い戻ってきた幸心からのプレゼント。
「これね、私と、廉くんで決めたの」
「廉…やっぱりアンタも絡んでたのね」
「ふっふっふっ、我こそは姉さまの忠実なホタルジュニアですから」
そうおどけて見せた廉にふふっとおかしく笑うと、るりはそのプレゼントのリボンを解いて中を開けた。
そこには1つの可愛らしい水色のシュシュが。
「もっと高級なものとかも考えたんだけどさ、でも、るりちゃん、家でいるときは今みたいにツインテールほどいてるし、シュシュが似合うんじゃないかなって!」
「すごい…かわいい…」
るりは、強がりで、ダークでカッコいいものが大好きで、ロックな世界観も大好きで。
でも、人一倍、可愛らしさにも敏感な子だ。
それが分かっていたから、幸心は廉と話してこれを選んだ。
そして幸心としては、それを交流部の仲間たちと共に渡せて良かった。
「ありがと…素直に嬉しい」
ニコッと微笑んだ彼女は間違いなく、光り輝くようなホタルそのもので、弟としても心から安心できた。
「よかった!喜んでくれて!」
楽しい時間は流れ、夕暮れ時。帰り支度を済ませ、るり姉弟と別れる。
4人で蔵前駅に向かい歩いていく中で、幸心が突っ込む。
「で?3人は結局何を企んでいたんですか?」
そう言われ陽は慌てて、
「え!?べ、別に?なーんにも?」
「その割には陽先輩が廉くんに何か言わせようとしてたじゃないですか」
「あ、いやぁ、あれは特にホントに何でもなくて!」
「隠さなくていいですよ。皆さんで私と廉くんをくっつけようとしてるんでしょ」
それを聞き、3人が声を合わせ、
「えー!?」
風花は目を丸くして、
「私達の話聞こえてたの!?」
「いいえ、まったく。でも廉くんが私に好意を寄せてくれているのは元から分かっています」
「なーんだ…取り繕って損した…」
陽も落胆し、瑛斗が聞く。
「で、どうなの?実際のところ」
「うーん、告白されても付き合わないかなぁ」
「え、何で!廉くん、良い子じゃーん!」
「そりゃあ良い子なのは知ってるよ。お姉ちゃん想いだし。でもまだ知り合ってちょっとでもう狙われてるっていうのが、なんかねぇ」
そうサバサバした幸心に風花が「ほーう…」と感心する。そして陽が言う。
「あ、そう言えばさ」
そう言えば、で思い出したわけじゃない。
ずっと前から聞きたかったんだ。
「瑛斗って彼女とかできたことあるの?」
その一言に、一瞬詰まりかけたけど。
一言目が出てからはスラスラといつものように明るく言えた。
でも。その明るさは緊張の空気を作り、
風花も、幸心も、言葉を失くした。
風花は自分の気持ちがあるから。
幸心は兄の過去を知っているから。
それでも、何も口を挟まず、瑛斗の言葉を待った。
いや、待つほどの長さでもなく、彼は苦い顔をしながら口にする。
「いや、ないよ。でも恋人未満みたいな人は…」
そんな意外な返答に、陽も風花も驚く。
「え!アンタごときにいたの!?」
「全然知らなかった!」
「陽…アンタごときは酷すぎるでしょ!」
「まあそうだけどさ、私何も聞いたことなかったから!」
「私も!瑛斗くん、恋愛下手なイメージあるもんね」
「まあそれは実際そうなんだよなぁ。女の子の気持ちとか難しくてさ。だから結局その人とは付き合えなかったんだよねぇ」
明るく、ケラケラと笑う瑛斗に、陽はもう一歩踏み込む。
「ねね、どんな子だったの?まさか、瑛斗、フラレたのー?」
おどけてそう言ってみた言葉に、瑛斗も笑いながら返す。
「まあ、そうだなぁ、フラレちゃったんだよなぁ」
「やっぱりそうだと思った〜!」
楽しげな自虐話に3人は花を咲かせるけれど。
事情を知っている幸心だけが心穏やかではなかった。
(何で嘘つくの…お兄ちゃん…)
そう心で思うけど。
嘘をつかざるを得ないから。
兄は、その傷を隠しながらこれからも生きていくんだと悟った。
***************
自宅に帰り、電気をつける。
父も母も仕事で遅くなると連絡があり、二人きりの夕食。
「なあ、幸心」
「んー」
「廉くん、わりとありだと思うんだけどな」
「またその話?お兄ちゃんはね、すぐそーやって人の情に触れて熱くなるけどね、それが時に暴走しちゃうんだから。私はホントそこが心配なのよ」
「じゃー、どうやったら廉くんと付き合ってやるんだよ」
たとえどんなに言われても、付き合う選択肢は今のところない。だからどうやったらも何もないよ」
でも、幸心は兄に意地悪なことを仕掛けてみる。
どんな反応をするか、気になった。
「まあでも、お兄ちゃんがマジシャンとしてステージに復帰するなら、廉くんと付き合ってもいいかなー」
そう言うと、案の定、兄は箸を置いた。
真面目な声で。沈んだ声で。
「失礼だろ、廉くんに」
「そうかな」
「そうに決まってる。俺の話と廉くんの話、関係ないだろ。勝手に混ぜるなよ」
「混ぜたわけじゃないよ、並べただけ」
「はあ?」
「人にはタイミングってものがあるの。それはお兄ちゃんもでしょ。今、もう一度ステージに立てって言われたら複雑な気持ちでしょ、それと一緒」
「わかったよ、じゃあもう言わない。ごちそうさまでした」
瑛斗にこの話を振ると、決まって不機嫌になる。
―――いや、多分、機嫌悪く見せているだけなんだと思う。これはきっと。不安と後悔と焦りと。
そして、強すぎるトラウマだ。
虎之介に隠してしまったこと。
それは、単に手品がステージ上で大失敗をしてしまったからマジシャンの道を諦めたんじゃない。
もっと根深くて、辛くて、苦しかったトラウマがあったから。
だから幸心は思う。
その苦しみを、"フラレた"っていう嘘で、なぜ瑛斗はまとめたんだろう、と。
***************
少し時間を巻き戻して18時。
るりも帰った部室で、書類整理をする琴葉。
「さてと、そろそろ帰ろっかな」
元気な1、2年が楽しそうにしているだけで頬が緩む。だからなのか、慌ただしかった時間が過ぎて、夕暮れ時に飲む紅茶の香りが、一層室内に広がっている気がした。
紅茶の香りにつられたのか、コンコンとノックがされる。
「どうぞ」
「ん〜、紅茶のいい香り」
そこに入ってきたのは、もう二度と関わらないと思っていた女の子。
さすがにいきなり過ぎて、何一つ発することができなかった。
「久しぶり、琴葉」
「……久しぶりね」
「顔、怖いよ?」
「急に黙って部活も抜けて、そしたら海外へ行くだなんて。何も言ってくれなかった。私に。何も相談してくれなかった」
「それはシンプルにごめんよ」
その彼女は、てへへと笑うと、沢山のものが置かれていることに気付いた。
「なんかこの部屋、もっと広かった気がしたのに。物を置いたらこんなに狭く感じるんだ」
「どういうつもり?突然戻ってきて」
「……私は、琴葉とレオと、もう一度あの時を取り戻したいと思ってるんだけどねぇ」
その言葉に琴葉は返さなかった。何も、返せなかった。
「じゃあね」
彼女はガラガラとドアを開けて出ていく。
きっと、琴葉が一番待ち望んでいて、一番そうなってほしくない出来事だった。
矛盾した感情が刃のように心に刺さる。
仲直りだなんて、レオとだけすればいい。
だけどその仲直りも、あなたがいなければ成立しない。
だから、もう。何もしない。
普通に3月が来て、卒業してしまえば。
過去を追いかけることも、もうきっとなくなるから。
瑛斗の過去と、交流部の過去。
2つの秘密が少しずつ明かされていきます。
…が、ひとまず、幸心ちゃんの実質的なメイン回でした。
実は廉の登場は全く予定がなかったのですが、かなり前に考えていた案に、「るりには弟がいる」というものがあったので、ここで採用しました。
でも、とりあえず出したのではなく、後々に利くようなキャラクターに育ってくれればなと。
そして幸心ちゃんだけが知る景色とは。
いよいよ第8部。
琴葉の前に現れた女の子の正体が、いよいよ本格的な参戦を果たします。