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卓球部の危機!

部室。

相変わらずの1日。

「暇だねぇ…」

瑛斗がそう口にすると、陽が騒ぎ立てる。

「もー!耐えらんない!マジで何日連続でこんな暇持て余すの!」

「だって陽たちは去年もこんな感じだったんでしょ?」

「そりゃまあそうなんだけどさ、なんか3人でいた時とは違って今は6人もいるんだよ?なんかこの人数で暇ぶっこいてたら何か違和感!」

「まあそれもそうね…」

風花もそう呟くと、視線は自ずと部長へ。

静かに琴葉はため息をついた。

「まあ陽の言うとおりね。今日は入り口の看板外しちゃおっか。たまにはみんなで遊びに行きましょう」

幸心が「はーい!」と元気よく外の看板を中に仕舞う。『交流部〜依頼、占い、恋愛相談のなんでも屋〜』とオシャレに彩られたウェルカムボードは、デザイン力のある陽と幸心の作品だ。

「こないだこれを風ちゃんに書かせたらとんでもないことになっちゃったしね」

「陽ちゃん!そのことは言わないでよ!もー!」

「あははっ、ごめんごめん」

風花が恥ずかしそうに照れる。それに食いつくのは瑛斗。

「え、どれどれ見せて」

すると材料や小道具を入れたダンボール箱の中から琴葉がひょいと取り出し、皆に見せる。

「いぃぃぃ!」

風花が悲劇の奇声をあげる。そして場が凍りつく。

その没になったウェルカムボードには、人間とは思えない部位からの手足がはえ、顔はグニャリと曲がり、まさに絵心0点のメンバーイラストが描かれていた。

「ま、まさか…これ…」

るりが恐る恐る尋ねる。

「創造主は、もしかして…フーカー…」

「琴葉先輩返してー!!!!!」

風花が絶叫をあげる。

琴葉はルンルンしながら逃げ回る。


そう。風花は壊滅的に絵の才能がないのだ。


琴葉がほいと瑛斗にそれを投げ、キャッチする。

「さ、さすがに俺…頭から手は生えてないよな…まあでも味だよね、うん、味のある絵だね、うん…」

「瑛斗くんだとしても、それを手にするなら容赦しない…」

「こ、怖ぇ!!」

ビビりながら逃げ回る瑛斗。全力で奪い返そうとする風花。

そんなワチャワチャしているのを横目に、るりが冷静に尋ねる。

「それでリーダーコトハ、結局いかなる宴を催すおつもりですか」

「そうね。せっかくみんなワチャワチャしてるし、このままワチャワチャできるところに行っちゃおう!」


全員が「へ?」と気の抜けた返しをした。





***************




やってきたのはダイバーシティ東京。

大きなボウリング場のあるこの施設。

「よし!じゃあ、新入生歓迎会ということで、楽しんじゃおう!」

陽のノリノリな挨拶に皆も嬉しそうな笑みを浮かべる。何だかんだ屋外で、かつ部員のみでの交流というのも初めての試みとなった。

シューズに履き替え、2つの卓に分かれる。

「ボウリングなんて久々だなぁ」

瑛斗が最後にボウリングをしたのは3年ほど前。高校に上がってからはやっていない。

「ふふん。この私の腕前をとくとご覧あれ!」

陽の番になり、思い切り投げる。そしてそのままガーター。

「ええ…一発目から…」

「あららー」

陽の番が終わると、瑛斗がそのまま立ち上がり、軽くふんと投げる。

ボールは綺麗なカーブを描き、そのままストライク。

「えー!?おかしい!ズルしたでしょ!」

「してませーん。天性の才能でーす」

「ムッカつくー!コイツのスコア誰かゼロにして!」

「へっへー。悔しかったら成果で返してみなー!」

「ぜったい負けない!」

「ふっ。さすがは我が好敵手。倒すに相応しいエネミーと言えるでしょう。受けて立つ!」

陽、瑛斗、るりの卓は破天荒に盛り上がり、しっかりさんの3人組が隣の卓で冷ややかに空笑いをする。

「ところで、幸心ちゃんは何部の助っ人をする予定なの?」

琴葉の言葉に、そう言えばと思い出すように幸心はぽぽんと手のひらにグーの手を置く。

「あー、なんかバレー部が人数足りないって貼り紙に出してたので行こうかなと。試合の人数がどうやら足りないらしくて、それじゃ成立しないみたいなので。でもまあ入部してずっとそのメンバーとやっていくのも大変というか」

そんな幸心の姿に風花は不思議そうに、

「勝手なこと言って申し訳ないんだけど、何だか幸心ちゃんって1つの部活に夢中になりそうなタイプに見えるのよね。しっかり者だし」

「あー、よく言われます。まあでも、いわゆる陰と陽のハイブリッドなんですよね、私。集団でワチャワチャするの好きなくせにずっとそこで何かに熱中するのはちょっとめんどくさがるタイプで。兄もそうなんです、結構」

「え、そうなの?」

「そうですそうです。手品が奇跡なんですよ、あんなに夢中になっていたの。そこから熱がなくなってペラッペラのスッカスカな兄になってしまって、ゾンビみたいでした」

それを聞いて琴葉も不思議そうに、

「え、どうして?」

「なんか前に色々あったんです。夢中になっていたものを諦めたくなるような、そんなことがあって。気付いたら、知名度はその場限りのものになっちゃって、今や旬の過ぎた元マジシャンになってしまいました」

風花の目の先に映るのは、隣の卓で、るりと陽と、共に微笑み、楽しそうにボウルを投げる瑛斗。

そんな彼にも挫折に相応する何かがあったのかと思うと、胸騒ぎがした。


知りたくなった。


でも、知っちゃいけないんだろうって、胸にしまう。


だって、私だって"あのこと"言えていないんだから。


そんな気持ちをぐっと奥に畳み込む。


「まあ湿っぽい話は抜きにして、私達もボウリング楽しみましょうー!」

幸心の言葉で、琴葉も「そうね」と呟き、風花も「よし!投げよっか!」と気持ちを仕切り直す。


みんな色々あるけれど。

色々あって今がある。


幸心は兄のあんな姿を見たから、色んな気持ちになった。





「ねえ、お兄ちゃん」

バンクーバーにある自宅。富裕層であることは間違いなく、二階建ての綺麗な豪邸。

その一室の電気は一日中点かず、ただ布団に潜り込んだ兄。

「ねぇ、ご飯作ったよ…」

「もうほっといてくれ!!!」

「うん…でも…私お兄ちゃんのこと心配なんだ…」

「それが嫌だって言ってるんだ…!俺はもう…!」

「いいの?マジシャンのチャンス、諦めて」

「だって…もうアイツは戻ってこない…あの時間も…アイツがいたから俺はそこそこ注目を浴びれた。でももう…アイツは見てくれない。だってもう一生話せない…それなのに…マジシャンだなんて…」

「私が見たいの。お兄ちゃんの手品。だから…今とは言わないからさ…いつかまたやってよ。お兄ちゃん、ホントは大好きなんでしょ」

その室内に、返ってきた返事はなかった。





あんな兄が、今は人前で楽しそうに手品を見せて、こうやって楽しそうに話せるまでに回復した。

だから、昔のことは一旦何でもいい。

そう割り切って、幸心はボウルを投げる。

ガランガランと音を立ててスペア。

「やったー!」

「おー!すげぇな幸心!」

兄が喜んでれるから、自然と幸心も笑顔になる。

「へっへー!すごいでしょ!」

いつかはお兄ちゃんを理解してくれる人が現れる。

幸心の中で、そんな感覚が揺らいだ。





しばらく6人で楽しみ、少し休憩を挟む。

「喉が乾きましたね。皆さんの飲み物買ってきます」

幸心が立ち上がり、自販機に向かおうとすると、そこには一人の女の子が。

「ヨーッス!」

「あ、えっと…ん!?」

よく見ると、制服が一緒であることに幸心は気付いた。

そして思い出す。

「あ!バレー部の!」

「そーそー!こんちはー!私、十河京妃(とがわみやび)!2年生!あなたは仮入部に来た泉さんだよね」

「あ!はい!その節はお世話になりました」

「バレー部に入部しなかったのは残念だったけど、良い部活見つけたね!ナイスジャッジ!」

そう朗らかに笑う無邪気な彼女は、奥にいた人物のもとへ。

「琴姉。おひさ」

「京妃も相変わらずね」

それを見て瑛斗が、

「え、その方と琴葉さんお知り合いっすか?」

「うん、幼馴染」

「そー!泉瑛斗くんだよね!マジック上手い人!私のクラスでも噂になってたぜ!」

「おー!ほんとに!嬉しい!ちゃんとみんな俺のこと分かってくれてるのかな?」

「もっちー!の、ろーん!だよ!」

そうサムズアップをキメる京妃。出たよそれ…と言わんばかりに彼女の久々の仕草に頭を抱える琴葉。

「ところで京妃さん…」

風花が尋ねると、即座に、

「もう固いなぁー!フレンドリーにいこ!フレンドリーに!」

そう詰め寄られて風花は、

「じゃ、じゃあ京妃ちゃん?」

「おーけーい!あなた何ちゃん?」

すると陽が得意気に、

「この子は風ちゃん!かわいいでしょー!」

「おー!風ちゃん!いいね!かわいい!てゆーか陽久しぶりだねぇ!部活辞めてから何してたのかと思えば交流部に入ってたんでしょ?琴姉から聞いてたよ〜」

「あ、あの…私の話聞いて」

風花が呆れた顔で二人を見ていると、京妃はちょっとバカっぽい言い方で、

「んー?」

「京妃ちゃんは、どうしてここに?バレーはここの施設ではできないでしょ?」

そう風花が聞くと、くるりと体を回転させて、

「あいつ!あいつのお供として来たのよ、私は」

京妃が指差す先には、一人の男子生徒。奥で卓球をやっている。

その彼を見て、琴葉が呟く。

「トラ…」

「虎!?」

タイガーを思い切り想像する瑛斗。「いやいや違うでしょ」と突っ込む幸心。

すると京妃は、

「まあ、あながち間違いじゃないんだけどね」

「リーダーコトハ、あの者とも闇黒を纏いし契約を交わした仲…?」

「まあね。あの者とも幼馴染よ」

るりのテンションに多少乗りながら返す琴葉の視線の先は、変わらず夢中にラケットを振る彼。

その姿はまさに一心不乱だった。

「すごい…!テーブルテニス!久々に見た!」

瑛斗がテンション上がる中、陽が疑問を浮かべ、

「バンクーバーでは卓球って盛んじゃないの?」

それに幸心が返す。

「カナダ選手から代表は出てたみたいなんですけど、少なくとも私達が住んでいた地域は卓球はあまり行われていなくて。お兄ちゃん、久々に見たのかもしれないです」

「天界より舞い降りし、魅惑のスモールテニス…やはり光民の戯れというわけか…」

るりが感心していると、瑛斗は彼の方へと駆け出した。

「あっ!ちょっと待って!」

京妃が止める間もなく、瑛斗は卓球コートのすぐそばまで行く。端から見ていたつもりだったが、その彼の視野には入ってしまったようで、

「チッ。誰だあいつ」

軽く舌打ちをしてイライラを募らせる。

「頑張れー!」

純粋無垢な応援がコート外から飛んでくる。瑛斗は見ず知らずの彼に全力で手を振る。

「何であいつ俺のこと応援してんだよ…わけわかんねぇ…」

コート外にいる瑛斗に追いついた京妃は、

「泉くんダメだよ、トラの邪魔しちゃ。またすぐ不機嫌になっちゃうんだから」

「え、そなの?あ、そう言えばあの人、名前なんて言うの?トラじろうくん?トラえもんくん?」

「そんなちびっこ大好き教育アニメキャラでもないし、超有名な猫型ロボットでもないよ…」

京妃が頭を抱えると、琴葉が近づいてきた。

「彼の名前は、平城虎之介。墨田高校卓球部の最有力選手。とにかく四六時中卓球のことしか考えてない、頑固ちゃんよ」

「へぇ。頑固ちゃんかー」

瑛斗がフムフムと頷いていると、ようやくコート外の彼らに向けてトラこと、虎之介が口を開いた。

「あの。あんたら視界に入って鬱陶しいんすけど。…てか、琴姉!?」

「トラ、久しぶり。入学式の時に会ったのが最後ね。学校でも階が違うから会わないし。この部活は別棟だから卓球部と絡まないしね」

「部活…?あー、なんか噂で聞いたわ、よく分かんない部活立ち上げたんだろ、琴姉らしいや」

「失礼ね。部員も着々と集まってるんだから」

「ま、何でもいいけど、気が散るから悪いけど後でにしてほしい。京妃はもう少し待ってろ、終わるから」

「はいはい」

「あとそこのお前」

瑛斗は虎之介に指をさされる。

「マジで邪魔。応援とかいらないし、ウザいからどっか行け」

そんなツンと突き放す言い方をする彼に、陽は、

「そんな言い方ないでしょ!平城くん」

「お前は…六嶋か」

面識のある二人に幸心は、

「お知り合いですか?」

「うん。一年のとき同じクラスだった」

すると、京妃はあははと苦笑いしながら、

「ごめんね、あー見えて良いところも結構あるんだ。スイッチ入ってると言葉選べなくなっちゃうだけだから」

そして琴葉も補う。

「瑛斗くん、気にしないでね。悪い奴じゃないのよ、ほんとに」

「あ、全然大丈夫です!実際邪魔したの俺の方ですし。平城くん、ごめんね!でもほんとに上手いよ!お邪魔しました〜!」

そう言って、瑛斗はおとなしくはけた。





ボウリングの会計を終わらせ、皆が帰り支度をしていると、

「やっほー!さっきはごめんね〜」

京妃が再びやって来た。

陽は気になり、

「平城くんと帰るの?」

「うん!」

元気よく返事をした京妃。そして風花のそばに寄る。

「風ちゃん」

「な、なに?」

「一個隠してたことがあります。なーんだ?」

京妃の急なクイズに一同がポカーンとなる。

特に意味不明なのは、風花。

「え!?えーっと、なに?」

「ピアノ素敵だったよ」

「え!?来てたの!?」

あの日、京妃は演奏会に足を運んでいた。沢山配られたビラを受け取った一人であり、そして実際に会場まで来てくれた。

「泉くん、私のこと受付応対したの覚えてない?」

「いやぁ、お客さん多かったのでまったく記憶にないな…ん?…てことは俺たち一度会ってたのか!」

「そゆこと!てことでそんな風ちゃんの素敵な演奏を聞いて、この部活を知った私としては一個ご相談事があるわけですよ」

「相談事?」

風花がこてと首を傾げると、

「ずばり!卓球部の危機を救ってほしいのであります!」

「卓球部の危機を救う…?」

風花だけでなく、全員が首を傾げた。





***************





後日。

あらためて部室に来る京妃。

「ほー!ここが交流部!琴姉、いつの間にこんな部室を手に入れるほどのドンにまで…!」

「別にドンっていうほどの大袈裟なものでもないし、私達は今年入って風花の演奏会くらいしかしてないけどね」

「いや…!天界より舞い降りし邪神パイセン…古代より伝わる伝説の闇黒超魔神と言えるであろう…!」

「私、邪神でも魔神でもないから…」

るりと琴葉のやりとりに、瑛斗は嬉しそうに割って入る。

「でも!風花が交流部として演奏してくれたお陰で、こうやって種が芽生えた!やっぱりちゃんと起こせるんだよ奇跡!」

そんな瑛斗に陽が呆れながら、

「相変わらず、脳内お花畑ね」

そして、幸心が尋ねる。

「ではでは、改めて京妃先輩のご依頼とは…?卓球部の危機を救うということでしたけど…京妃先輩、バレー部ですよね。卓球部はこの間の虎之介という方なはず」

「そー!それなんだけどね、卓球部がこの間、生徒会の監視下に置かれたの」

「監視下…?」

「うん。生徒会は一定の条件をクリアしないと部活そのものを潰しにかかるのは、交流部自体が経験したよね?」

「うん、大変だった」

陽が苦笑いすると、隣で憎しみの顔を作っているるりは、

「クックックッ。この我のテリトリーを粉砕するまでの生徒会長…いつか滅す策を編み出さなくては…」

「やめておけ…」

瑛斗が肩に手をおき、るりを静止する。続けて風花が京妃に尋ねる。

「それで生徒会と卓球部がどうかしたの?」

「それがねー、あの不機嫌生徒会長ったら、卓球部まで失くそうと企ててやがんの。何とかなんない?ほんと」

「え!?何で卓球部!?だって部員はそこそこいるでしょ?」

「まーね。でも、トラ以外にガッツあって地区大会突破できるような部員はいないみたい」

京妃の説明に、風花は腑に落ちない。

「だとしても、4名を超えているそこそこ安定した部活が廃止される必要があるの?いくらなんでも生徒会とは言えやりすぎじゃない?」

「それがさ、うちの学校ってむちゃくちゃ部活が盛んじゃん。それなりにどの部活も何かしらの結果は残してるんだと思う」

「え、そなの?」

瑛斗の疑問に琴葉が口を開く。

「水泳部や陸上部は区大会、野球部やバスケ部は都大会に出場してるわ。吹奏楽部はレベルの高さから多くの賞をとってテレビにも出てる。他の文化部も、合唱部や演劇部は地区大会での成績も優秀。美術部や放送部は生徒会に超貢献してるしね。ちなみにバレー部はどうだっけ?」

「今年は区大会準優勝!そこそこであります!」

「なるほど…」

瑛斗は頷きから言葉を詰まらせたが、すぐに、

「てことは、卓球部は…」

「なーんも。誰一人かすりもしないみたいよ。全員が町内の小さな大会で1回戦敗退。そんでもって危機感を感じないもんだから私が来たわけ」

そしてその根本的なことに瑛斗は突っ込む。

「それなんだけど十河さん…」

「京妃でいいよ!」

「あ、じゃあ、京妃はさ、なんで平城くんたちのためにわざわざ助けをここに求めに来てくれたの?」

「え、あ、それは…」

戸惑う京妃。その質問に、皆がジトーっとした目を向ける。

「瑛斗、アンタばかね…」

「まあ、瑛斗くんらしいっちゃらしいや…」

「お兄ちゃん、ほんと乙女心がわかんないんだから」

「我の生まれ元は天界だが…さすがに天界でもこの手のことへの理解はある…おそるべき鈍感エイティー…」

皆に軽蔑の眼差しを向けられ、冷や汗をかきながらコテと首を傾げる。

「俺、なんか変なこと言った…?」

そして4人に罵られた上で琴葉がとどめをさす。

「…瑛斗くん、恋愛苦手?」

「ぐさっ!何気に俺気にしてることなのに!俺そんな変なこと言っちゃった!?」

テンパる瑛斗を見て、京妃は照れながら言う。

「まー、空気を察してもらっています通り、気になる人の部活を何とかしたいわけなのだ」

陽がそんな活気の中にピュアが隠れる京妃の手を握る。

「いいね!京妃の叶えたいこと、私達で何とかしちゃおー!」

「あーりがとー!陽は理解が早くて助かるねぇ!」

ただ、風花にはある疑問が。

「でも、平城くんが優秀な結果を残している部活でしょ?たとえ他の人たちがやる気なかったとしても、平城くんが結果を出しているなら良いんじゃないの?」

それに京妃は、「あーそれは…」と言葉を詰まらせ、

「いや…トラの奴、部活辞めちゃったんだよね…」

「えー!?」

一同が驚く。中でも幼馴染としては意外すぎたようで、

「嘘!?トラに限ってそんなことある!?」

「それがマジなんだよ琴姉。やっぱり新山家と理由は似たようなもんってとこ」

「理由が似てる?」

幸心がそう問うと、琴葉が説明を加える。

「私と平城家は昔からの付き合いでね。家同士の交流が深いの。うちは品のあるものしか基本的に認められない家柄だから、私は今もお琴習わされてるしね。琴をやらせるために琴葉って名付けたみたいだし」

さらに京妃は、

「琴姉がこんな感じだし、しかもトラの家も紳士のスポーツとしてゴルフを推奨されてるわけ。だから卓球やりたいなんてトラが言い出してからは平城家も新山家も大反対だった」

「お、お金持ちの家ってそんなに子供のことに干渉してくるのか…」

瑛斗が驚きを隠せないでいると、京妃は瑛斗の手を握り、

「お願い!交流部のみんなで何とかしてほしいの!あの頭固い生徒会長を説得させるためにも、ホントは卓球をまだまだ続けたいトラのためにも!みんなお願い!」

その光景を見て、陽と風花が同時に固まる。

そして京妃の手をさらに強く握る瑛斗。

「よっしゃー!任せて!俺たちが必ず何とかしてみせる!」

陽はぷくーっとむくれて、風花は「あはは…」と苦笑いした。

一部始終を見ていた幸心は思う。

(お兄ちゃん、これだから恋愛下手って言われるんだよ…)

そして琴葉はすくっと立ち上がり、

「じゃあ、決まりね。この任務、瑛斗くんと陽、それに私で行くわ。風花と幸心ちゃん、るりちゃんはお留守番で」

「リーダーコトハ、なにゆえこの暗黒の使者を現空間に残す…」

「るりちゃんは占い希望の子が来たら対応できるように。風花と幸心ちゃんはるりちゃんのストッパーとして」

「はーい!」

「了解しましたー!」

「わたし全然信用されてなーい!ひどーい!」

るりが子供のように騒ぎ立てるのを見ながら、瑛斗は琴葉にとう。

「ところで、何でこの人選なんですか?」

「私は幼馴染であの子のことよく知ってるし、陽は同じクラスだったからね。それに…瑛斗くんは興味津々でしょ?」

「はい!何とかしたいです!」

「そういうと思った。いきなり大人数で押し掛けるのも卓球部の部員たち構えちゃうし、できる限り最小限でいきましょ」





***************





卓球部。

本棟の三階廊下で鳴り響くカコンカコンという音。重圧のない、軽快な球の決ままな音色が、その部活の緩さを物語っている。

「こんにちはー」

長い渡り廊下の道を通せんぼするかのように、真っ直ぐ縦に、卓球台が3台ほど並ぶ。覇気のないやる気のない何となくの返事と、もはやそれすらも満たずただ面倒臭げに会釈だけをする部員たちの淀んだ空気が瑛斗の肌に刺さる。

そして恐らく部長と思わしき人物が怪訝そうにこちらの様子を伺いながら近付く。

「あのー、なんすか…」

「あなたが部長さん?」

「そうっすけど…」

「あ、私達は交流部です!卓球部の皆さんを助けに来ました!」

陽がそう言うと部員たちはヒソヒソと話し始める。それが一通り終わると、部長は口を開いた。

「助けるって何なんすか」

その気持ちのない言葉に京妃が返す。

「部活、廃部になりそうなんでしょ?だから協力して部活を存続させる方法を考えよ!」

明るげに言った彼女の言葉も、その空気に飲み込まれて沈んでゆく。

「…どうかな、部長さん…?」

「あの…俺たち誰もそんなこと望んでないんすけど…」

「どうして?一応聞いておくわ」

理由は、おそらく「やる気が出ない」。そうは思いつつも、琴葉は念の為尋ねる。

すると部長は、

「いやだって、平城辞めちゃいましたし、3年いないし、俺強制的に仕方なく部長やってるだけだし、だから…」

そう話し、続けて彼が言う。

「やる気が出ないっす…」

やはりの返事。

部長の言葉に異論を唱える部員は誰もおらず、首を縦に振るわけでもなく、何ならどうでもいいと言わんばかりに卓球を再開する。

そんな彼らの様子を見て、京妃がため息をつく。

「君たちはトラがいないと何もする気ないのかね…」

ただ、瑛斗は気になる。

「ホントにやる気、ないのかな」

「え、何言ってんすか…」

瑛斗の言葉に面倒に返す部長。しかし瑛斗の目は明るい。

その瞳を見て、予想通りの部長の返しをされて、それでも確かに感じた違和感を彼が言ってくれると、琴葉は分かった。

だから琴葉は敢えて何も言わず、瑛斗に託す。

「部長くん、いつから部長なの?」

「いつからって…2年からっすけど」

「何で平城くんに部長をお願いしなかったの?」

「そりゃあいつ忙しいみたいだし、仕方なくっていうか」

「その割にはちゃんとユニフォーム着てやってるじゃん。練習だからジャージでも良くないか?」

「いや、大会前ですし、とりあえず形から作っとかないとやる気なくなりそうなんで」

「そっか!」

ニコッと笑う瑛斗。そして続ける。

「その大会、勝ちたい?」

きっと、無難に返ってくるであろう返事だろうが瑛斗は直球で聞く。

そうすれば、意外と「どっちでもいい」なんて答えが来ないことは、もう瑛斗には分かっていた。


「いや、こんなわざわざ部活出てユニフォーム着てんだから、勝つか負けるかだったら勝てたら良いに越したことはないでしょ…。まあ負けたら別にそれでいいし」


部長の終始無愛想な対応でも、瑛斗は嬉しくてしょうがなくなっていた。

瑛斗は続ける。

「平城くん、いなくなって寂しい?」

その言葉に嫌そうな顔をしながら、部長は答える。

「さっきから鬱陶しいな…そんなの、部活がなくなるから何だっていい」

「なくなるかどうかは抜きにしてさ、君と平城くんがこの部活で関わらなくなった。それって寂しい?」

瑛斗のキラキラした目に圧倒されていた部長は、はぁとため息を漏らし、

「……少なくとも、部活はアイツありきでみんなそれなりにやってきたし、いなくなった今は慣れたし部活も潰れていいけど、アイツが今もいたら、他の部員もあの生徒会長に何かしら交渉したんじゃないか?わからないけど」

陽は、彼の言葉に、

「もー!ダラダラと!寂しいかどうか聞いてるんだから寂しいって言えばいいのに!」

瑛斗は陽のプンスカしている姿にあははと笑いながら、

「俺が聞いといてあれだけど意外と言えないもんだよな、ごめんね」

陽の言葉を汲みつつ、瑛斗は部長に向けた。

「もし、平城くんが戻ってきたら、君は続ける?」

「知らないよそんなこと…。まあ、卓球が好きでやってるから、またこれから結果出せとかあの生徒会長に言われると思うと無くしてもいいと思ってるけど…」

でも。ちゃんと部長に気持ちがあるのは交流部みんなに伝わった。

「俺は普通に卓球ができればそれでいい。部活がなくなったらコミュニティセンターでやる」

「そっか。じゃあ一応聞いておく」

お節介だなんて分かっている。でも、交流部として、失う必要のないものは守る。望まれていないかもだけれど。

それでも瑛斗は言葉にしてみる。

「今のままだとこの部活は無くなる。でも、俺達が動けば現状維持ができる。どう?そのくらいなら、君達に迷惑かけない範囲で部活存続ができる。無くさない方向で勝手に動いていいか?」

「要するに、平城を部活に呼び戻すってこと?別に勝手にすれば」

変わらず気だるげな部長。でも彼なりに思う疑問はあったようで、

「お前、泉瑛斗…だよな、マジックやってる転校生って奴」

「うん」

「別に俺らは無くしたって良いって言ってる部活、何のために守るんだよ」

「そうだよね。意味分かんないよね」

また、中身のない、瑛斗の無防備な笑顔に。

その場にいた皆が警戒を解きたくなる。

「だけど俺思うんだ。君たちにとって部活が大事じゃなくたっていい。でも、ここにいる部員のみんなが卓球しに来る場所が変わらずあるってことは、何となく無くさないほうが良いと思ってる。俺の自己満足かもだけどね。少なくとも、卓球したくてしてるのは間違いないってことはわかったし」

わざわざユニフォームを着て練習し、平城虎之介のために部長を引き受け、どっちでもいいと言えばいいものをどうせなら勝ちたいと言い、卓球ができればそれでいいと願う。

部活にこだわらなくとも、卓球をやりたい衝動は充分に伝わる。

「平城くんに事情を聞いて、この部活を残す。俺がやってみたいんだ」

瑛斗のその言葉に、部長は目をそらしながらも言う。

「勝手にしてくれ。でも、結果的にお前らがあの生徒会長に目をつけられることになるんだぞ、俺は知らねぇからな」

「ははっ、心配してくれてるのか、さすが部長だな」

「心配はしてねーよ、別に!」

瑛斗はそんな根は優しいであろう彼の目を見る。

「君の名前を聞いてなかったね。改めて俺は泉瑛斗」

「……類沢震机(るいさわしんき)…」

「シンキか!同じ2年だし、よろしくね!」

「お、おう…」

部長・シンキの渋々承諾した声に、部員は意外そうな眼差しを向ける。

それくらい、この部活が何か起きるという事そのものが、平城虎之介ありきであるということを物語っていたからだ。




***************





「で、やっぱりここなの?京妃」

「んー、LINE来たし、そうじゃない?」

琴葉の素朴な疑問に京妃は考える。

再び訪れたダイバーシティ東京で、瑛斗はキョロキョロと彼を探す。

「あ、見つけた!」

陽がそう顔を明るくした視線の先、奥でその彼が丁度卓球を終えたところだった。

「よし!行ってみよー!」

京妃のテンションにあわせて彼の方へ。

ラケットとピンポン玉をケースにしまい、帰りの支度をしている。

「トラー!お客さん連れてきたよー!」

京妃のその声に振り向くと、露骨に嫌そうな顔をする。

「こないだのお前らじゃん…」

面倒な気持ちを隠しきれない彼に、部を代表して琴葉が話す。

「トラ、交流部が卓球部に関わってるってことは京妃から聞いてるよね?」

「あー、なんか卓球部を残す方向で動くって話だろ。京妃だけじゃなくてシンキからも連絡来た」

それを聞き瑛斗は手を差し出し、

「じゃあ話は早いか!よろしくね!平城虎之介くん!」

瑛斗のその朗らかな声音に対し、トラこと虎之介は眉間にシワを寄せ、

「……お前誰」

「え!こないだ会ったじゃん!」

「あー…あのうるさい奴か」

「そうそう!その認識で大丈夫!俺、泉瑛斗!交流部に新しく入った新人なんだ!」

「なあ、琴姉」

虎之介は瑛斗の自己紹介をスルーし、変わらず不機嫌な態度のまま、

「何の用なの、結局」

「そうね。端的に言えば、アンタにまた部活への復帰をお願いしたいってところ」

「いやなんでだよ、意味分かんねぇ」

「そう言わずに戻ってきてよ」

「やだ」

「なんでよ」

「琴姉には言わない」

「言わないとアンタのあの秘密バラすよ」

「なっ!?卑怯だぞ琴姉!」

「良いのかなぁ〜?」

顔を真っ赤にする虎之介の新鮮な姿に、驚く瑛斗とニヤニヤが止まらない京妃。

諦めたように虎之介はため息をつく。

「……親に部活は戻るなって言われた」

あっさり話し出した虎之介に瑛斗は戸惑いつつも、目線を琴葉に見やれば事情もある程度わかっていたような表情だった。

「なるほどね。やっぱりそんなことだと思った」

さすがに二人の次元の会話が過ぎた状態に瑛斗は、

「え!?何がなるほどなの!?」

そこに京妃が補足する。

「平城家と新山家は超絶お金持ち。共通してるのは『家から出ちゃだめー』みたいなわけわかんない保護精神。そんなお固いお家柄をぶっ壊してやろうって思って6歳のときに私が両家からこの子達を引っ張り出したわけですよ」

「す、すごいね、京妃…」

「ま、その頃からそのとんでもない家のお固さは変わってないみたいね。ほんとめんどくさいんだわ」

そう言われた瑛斗は二人に目を向ける。

そして琴葉はため息をついた。

「進学のため?」

「ま、そんなとこ。だから俺は強制引退みたいな感じ。こうやって親の目を盗んで卓球しに来るしか方法はない。それに…」

初めて、虎之介がギラッとした目を瑛斗へ向ける。明らかに敵意がある目だと瞬時に瑛斗は心構えた。

「お前、マジで関係ねぇだろ。京妃と琴姉はともかく、お前は卓球部と縁もない。そんな奴がシンキのこと焚きつけるんじゃねぇよ。あいつ思ったより乗り気になってて面倒なんだけど」

「え!?俺にはあんな態度だったのに!?」

シンキが部の存続に対して乗り気だということが意外ではあった。でも瑛斗はすぐに納得がいった。

自ら平城虎之介に連絡を取って交流部が来ることを伝えているくらいなのだから。

口ではマイナスなことをあれだけ言っていた彼の言葉にも、彼らにしか分らない温度があるから。

そうと悟ったところで、虎之介の態度は変わらぬまま。

「お前が首突っ込むのはウザいからやめてほしい。無関係な奴が絡むと面倒だ」

終始そんな態度に、瑛斗の気持ちにも火がつき始める。

「無関係だったら関わっちゃいけない、なんてルールないよ。確かに卓球部から見たら部外者かもしれないけど、彼らが普通に明日も変わらず卓球ができる、それを守ろうとすることは悪いことだと俺は思わないよ」

瑛斗の反論に、虎之介は胸ぐらをつかむ。

「黙ってろ。能天気な軽いノリで俺に絡んでくるな。こっちは何年も色んなしがらみに向き合ってる身だ。部に戻るメリットもない」

そこに陽と京妃が間に入り、

「まあまあ二人とも落ち着いて!」

「ほらトラも離して!突然煽るような態度とるのはアンタの良くないところ」

そう京妃に諭されると大人しく手を離す虎之介。

ここは1つ。彼の気持ちを知りたい。

「ねえ、平城くんはさ、卓球、好きなんだよね」

「急に何だよ」

「だって好きじゃなかったら毎日こうやって練習に来ないでしょ?ここでコソコソおうちの人に隠れてやるよりも、しっかり許可もらって部活やったほうが君のためになるんじゃないかな?」

加えて琴葉も言葉を添える。

「それにトラ。アンタの出たい試合は一般の申込みでは出られない、部活所属員のみの大会。部員じゃなきゃ出場資格もないんだし、やっぱり戻る方法を模索したほうがいいと私は思うわ」

それに対して虎之介は吐き捨てるように、

「琴姉も京妃もおかしくなってる。コイツに感化されてるだけだろ」

「ううん、トラ、それは違うよ。私が琴姉や泉くん達交流部にお願いしたの」

「京妃…。お前、面倒なことしてくれたな。卓球部が継続するかそうじゃないかは正直俺にとってはどっちでもいい。でも俺を巻き込むんじゃねぇよ」

けれど。虎之介の服装に瑛斗は目が止まる。

「その格好…大会に出るときのユニフォームだよね」

「え…何でお前が知ってんだよ」

「シンキくん達、みんな着てた。大会前だからって」

「アイツら…」

「未練があるように、俺は見えてしまうんだけど、それは考えすぎかな?」

そう言われて、虎之介はため息が出る。

元々、気持ちは1つの方向にしか向いていない。

そもそもそうやって積み重なって、この1年間、あの部活で自分らしくやってきた。

それなのに。


(何で目の前の無関係なコイツにあれこれ言われなきゃいけないんだ…)


「……分かったような口きくな」

「うん、ごめん。でも、俺は本当の気持ちが知りたい」

「ウザいんだよ。そういう人の痛いところ突っついてくるような奴。俺はどっちだっていい」

そう言った矢先。

目に入る辛そうな京妃の姿を見て。

頑なだった自分を、開放せざるを得なかった。

「未練…?あって当然だろ…」

その怒りに、震えが滲んだその言葉に。

瑛斗の動く動機が重なる。

「ありがとう」

「はぁ…?」

「本音が聞けて良かった。改めてだけど、この件に関わらせてほしい。せっかくなら、君にも未練なく高校生活を全うしてほしい」

「俺が17年かけて無理だったものをお前が壊すなんて…やっぱり事情知らず、世間知らずだ」

「それが壊れたら君は幸せになる。それだけは何だか自信がある。こんなやり方で首突っ込んで申し訳ないけど、このままじゃいけないのは確かだ」

「……お前、いつか後悔するぞ。そうやって人の事情に干渉してくる考え、絶対に煙たがられて嫌われる」

「それでもいいよ。その人のベストになれば、俺はそれでいい」

真っ直ぐに虎之介のことしか考えない瑛斗の揺るがない眼差しに、琴葉も京妃も小さく笑んだ。

その光景が、虎之介としてはちょっとだけ辛かった。

「なんだよ…琴姉も京妃もソイツの言い分に乗るのかよ…」

「べっつにー?」

琴葉がそうはぐらかし、

「正直トラのことなんて私はどーでもいいしー」

京妃が適当に返す。

そして瑛斗が笑う。

「お二人がそう言ってるってことは、君のことに興味があるのは俺だけってことだね!」

「キモい…ウザい…」

そして吐き捨てるように呟いた。

「……もう勝手にしろ」

「うん。ダメだったら、もう干渉しない。平城くんの今後に、俺は干渉しない」

終始嫌気と戸惑いが混じりながらも、瑛斗の変わらない芯の通った言葉を受け続けた今、初めて虎之介は情報を吐き出す。

「母上はPTAの役員だ。来週学校に来る。後は好きにしろ」

そう言って、虎之介は歩いていった。

4人になり、瑛斗が口を開く。

「俺の話、聞き入れてくれたって解釈していいのかな」

「うん。トラ、あー見えて寂しがり屋さんなの」

京妃の言葉に、へえとだけ言ってみたものの、やはりそのリアクションのみでは気持ちの整理がつかなかった。

「寂しがり屋にしては…言葉がキツすぎなんじゃ…?」

「ぶっきらぼうだからねぇ、ホントに昔から困った子だったよね、琴姉」

「うん。本当は助けてほしいのに、自分の世界で壁を作っちゃうから。でも、単純にどうやってリアクションを取っていいのかわからないんだと思う。あの子なりに自分の事情に瑛斗くんを巻き込ませたくないっていう気持ちはあるんだと思う」

「そ、そうなんだ…。でもなんで、急に折れてくれたのかな?」

すると琴葉がニヤニヤしながら、

「愛の力は素敵だねぇ」

「ちょっ!琴姉!からかわないでよー!」

「トラが折れる理由なんて、京妃が苦しそうな顔してたらに決まってるわ」

「だからそんなんじゃないって!」

顔を赤くして京妃が怒る。事態が飲み込めないまま瑛斗はぽかーんとする。

「ねぇ、陽、どういうことかわかる?何で京妃が苦しそうな顔してたら平城くんが折れるの?何で俺じゃだめなの?」

「アンタ…それでも健全な男子高校生?男の子は女の子の悲しんでる顔なんてみたくないでしょ」

「俺は男とか女とか関係なく悲しんでる人の顔は見たくないよ」

「はぁ…。ダメだこりゃ」

あれだけしっかり反発されて立ち去られた手前、彼の内情をしっかりと知りきれない自分がいる。

でも、瑛斗は知りたい。

関わる選択肢を、取ると決めている限り。

陽は少し心配そうな顔を浮かべ、

「でも大丈夫かな…?平城くんのお母さん、去年うちのクラスに授業参観に来たときもとんでもないオーラ放ってたし…」

「え、そんなに怖い人なの…?」

少し怖がる瑛斗に琴葉は苦笑いしながら、

「まあ、慣れれば大丈夫だけど、初めはインパクトあるかもね。私と京妃は昔からの付き合いだから大分まともに会話させてもらってるけど」

「私なんか一般ピーポーなのにこの二人の家柄をぶっ壊そうとちっちゃい頃から絡んでったから、あのマミーによく目をつけられてたしね」

そんな二人の話に、陽は改めて問う。

「瑛斗、どうする?」

「変わらない。まずは正しいと思ったことをやってみる」

決意は変わらず、来週を待つことにした。






***************







いよいよ始まる保護者総会。その当日を迎えた。

「で、なぜあなた方が?」

「まあまあお気になさらず~」

才馬の呆れた声に返す陽。保護者総会に乗り込むためには、生徒会の許可が必要。そこで琴葉が機転を利かせ、交流部が生徒会のお手伝いをするという名目で、虎之介の母への接触を試みる。

「李川くん、今日はよろしくね」

「はあ…新山さん、あなたは何を企んでるのですか」

「実際生徒会は今回人手不足でしょ。日曜日にわざわざ来ようとする生徒会役員は少ないだろうし。逆に感謝してほしいくらいだわ」

「まあ、そう言われると有難いのですが、どうせあなた方のことですから、交流部がこうやって生徒会の手助けをするのを表向きにして、裏では何か企んでるに違いない」

疑いの目を思い切り向けてくる才馬に、瑛斗はにこやかに返す。

「まあ、実際に生徒会の活動にこうやって関われるのも新鮮だし、よろしくお願いいたします!生徒会長!」

「はあ…何でも構いませんが、秩序とモラルを備えた動きをして下さいね。くれぐれも我々の邪魔だけはしないように」

そう言って歩き去っていく才馬に陽は思い切りあっかんべーをする。

その様子を見て、瑛斗はシンプルに気になる。

「何で生徒会長はいつも俺たちに高圧的なのかな」

「知―らない。頭固いだけでしょ」

陽のふんとした態度を見て京妃はニヤリと笑いながら、

「違うんだな~、これが」

「え?」

陽がコテと首を傾げる。同じようにコテと琴葉も首を傾げる。

「もうー、これだから琴姉なんだよなあ…」

京妃のまだまだねぇと言わんばかりの表情に琴葉は、

「何よ、どういうことよ」

「あの様子見てたら何となく分かるでしょ」

「えぇ…?分からない」

「好きな女の子にはちょっかい出したくなるって昔から言うでしょ」

「え」

琴葉から全ての表情が消える。そこに陽が加えて、

「え、生徒会長、琴葉先輩のこと好きなの!?」

「そりゃあ、もっちーのろん!」

それを聞いていた琴葉は徐々に冷え切った笑みを京妃に向ける。

「京妃」

「え、あ、はい」

「生徒会長が私を好き?そんなわけないでしょ、ふふふ」

変わらず、優しい笑みで、人を刺すような冷酷過ぎるオーラを放つ琴葉に京妃は、

「ひええええ、怖いいいい!この人、おっかねええええ!!」

えげつない空気を脱するために瑛斗は、

「じゃ、じゃあ!とりあえず保護者総会が終わるまで待ち伏せしよう!」





***************





体育ホール。


普段は各部活動が盛んに活動するこの空間も、多くの座席と目の前の大きなスクリーンに、講演会場のそれを彷彿とさせる空気を演出する。広い会場も保護者や学校の各役員で埋め尽くされ、その多くに気品を感じさせる。高所得者独特の身なりと談笑の入り混じりが、最後尾でその様子を眺める瑛斗たち交流部も圧倒されるものであった。

そこで全体へ向けて話すのは、城島先生。

「それでは今年度、春学期のPTA・保護者合同総会を始めます。初めに、保護者会会長、平城様より、開会の挨拶を頂戴いたします」

座席側から1人がポツンと立ち上がる。その人は華やかでありながらどことなく落ち着きさえも感じられるエレガントな和服を着ていて、立つのと同時に扇子を仕舞い、長い髪をまとめ上げた、あまりにも美しいすまいだった。

その姿を見て、瑛斗は琴葉に確認する。

「琴葉さん、あの人ですか?」

「うん」

琴葉の表情も険しくなる。

一方の正面、その人はキリリとした表情で、壇上へ上がり、全体へ向けて言葉を放つ。

「皆様、ご無沙汰しております。会長の平城でございます。昨年度は大きな災いもなく、各学年の生徒さん、保護者様、そしてそれに関わる多くの方々が、健全で建設的な活動を目指し、国際的な地域づくりに尽力するご姿勢を貫かれておりました。今年度はさらにその方針を高めていく為、不要となる部活動、同好会の廃止と、生徒会、保護者会、当総会に用いる費用の向上を視野に入れ、国際交流の上で恥の無いブランド力を維持している都立高校であることを提唱していけますよう、皆様で成し遂げてまいりましょう。本日はそれが最大限に高められるパートナーシップを築いていける場だと捉え、皆様一人ひとりが積極的、能動的に当高校の未来について考えて下さい。それでは、開会とさせて頂きます」

拍手が巻き起こる。正直、瑛斗にはまったく分からなかった。

「建設…ビルドのこと…?ドーコーカイとソーコーカイ?」

日本語が聞き取れても意味が分からない瑛斗に陽は、

「アンタは日本語力に限界があるから気にしなくて大丈夫」

退屈で、とにかくアグレッシブに高校改革をしていこうという旨が何度も交わされた、そんな総会の時間は流れ、ようやく閉会を迎える。

体育ホールを出て、京妃は真っ先に口を開いた。

「琴姉、廃部させたがりの黒幕わかっちゃったね」

「ええ。廃部の方針がやけに積極的だったのは、あの頭でっかち生徒会長も原因の1つだったけど、やっぱり保護者会からの圧力もあったってわけね。その大ボスが、トラママっていう強敵」

その言葉を聞いた才馬が交流部メンバーに寄る。

「頭でっかちとは聞き捨てならないですが、まあ確かに私もあの人の命令にはノーとは言えないですね。関わるのはやめておいた方が得策ですよ」

京妃はそれにぷくーっとムクれて、

「そもそもあなただって部活無くしたがり屋じゃない!」

「私は本当に必要価値のある部活はどうぞ残って下さいと思っているだけですから。いらない部活はなくすなんて簡単なこと、あの保護者会会長様の仰ることに筋が通っているから賛同しているまで」

陽はそれを受け、不安が募る。

「だとしたら大丈夫なのかな…。そもそも卓球部がまともに活動していない部活動っていう風に平城くんのお母さんが判断して、それで生徒会に圧力をかけていたってことだよね。

「圧力をかけられたんじゃありません。正当な保護者会のご意見を尊重したのです」

「もー!やかましい!」

京妃はプンプンし、陽は引き続き顔を曇らせ、

「そしたら平城くんを部活に入れておくメリットないもんね…」


それでも。瑛斗は。


「そんなのまだ真意は分からないさ。だからお母さんに直接話に行ってみる」


いつか後悔すると言われても。

煙たがられるような真似だとしても。

"あんなバッドエンド"はもう嫌だから。

だから瑛斗は、駆け出した。





***************






席を片付ける音が会場に響く。

その中で、異彩を放つその人は、やはり近付いてみても美人だった。

勇気を持って話しかける。

「あの…!」

瑛斗のその声に、自分が呼ばれたのかしらと軽く周囲を見渡した彼女。こちらに向き直り、一歩近づいた。

「はい、どなたかしら」

「僕、泉瑛斗と言います。虎之介くんと同じ2年生です。知り合ったばかりですが、宜しくお願い致します」

笑顔でそう挨拶をすると、上品に笑顔を返してくれる。

「あら、うちの虎之介に新しいお友達ができたのね。あの子ったら私に何も話してくれないから。わざわざ挨拶しに来て下さってありがとうね」

泉瑛斗、という名は、この人には一般的な知名度として元より刺さっていない。家柄として何となく分かっていた事だけれど。

ならば丸腰で、直球勝負。

「こちらこそです。それで、お母様、一点、虎之介くんのことでご相談事がありまして…」

恐る恐る切り出すと、彼女は持っていた扇子を閉じたまま、口元にあてて、冷静に言った。

「最近知り合った方がご相談事?何かしら。もしかして卓球部に虎之介を戻してほしいといった類のお話?それでしたら受け付けていないわ」

一気に緊張の空気が漂う。

完全に見破っていた。

彼女は初めから分かっていたのだ。

個人名まで覚えなくとも、いずれそれを阻む輩が誰かしら自身の元へやって来ること、そのものを。

張り詰めた空気。流れる冷や汗。

だとしても、これを想定として考えるしかない。

勇気を出して、バカなフリをして再度切り出す。

「お母様、鋭いですね。まさか僕よりも前に数人、そんな人が?」

「いいえ。誰もわざわざ来てはいないわ。でも。見張りの者に卓球部の動向を監視させていたから」


(見張りがいるのかよ…)


監視役がいる時点で卓球部の解体を滞りなく行うことが彼女の中で前提事項だった。

ならばなぜ、そこまでして無くしたいのか。

「問題なく廃部させる…ためですか?」

「ええ。気力のない部活動に学校側が面倒を見るのも手間だもの。わざわざ嫌がりながら部活動をやっていてはその子達のためにもならないだろうし、彼らにはもっとやるべきことがあるはずだわ。あの渡り廊下を独占されるのもこりごりよ」

違う。そうじゃない。

そんなものはきっと言い訳なんだ。

本当は卓球部自体どうでもいい人なんだ。

平城虎之介を自分の描く未来像に当てはめるためには、彼が部活に戻る事こそが最悪の難点。

だから、部活そのものを無くして居場所を奪うのが彼女の考えなんだ。

わかっている。瑛斗にはちゃんとわかっている。

その思惑をどう乗り越えていけるか、そんな話術があるか自信はない。

でも切り出すしかない。

「たしかに部活を見学したとき、卓球部のみんなは、部活そのものへの情熱はありませんでした。でも、卓球自体はみんな好きでたまらないんです。好きで好きでしょーがないから、みんなちゃんと部活に来るし、ユニフォームも着てる。そんな大切な部活を無くしてほしくないし、虎之介くんもきっと、そこを望んでいるはずです」

その言葉を聞いて、彼女は微笑む。

「あらあら、お友達想いの優しい方なのね。でもそこまで張り切らなくて大丈夫よ。今あなたが仰った情報は全て私の耳に入っているわ。それを踏まえた上で無くした方が良いという結論なの。ごめんなさいね」

即答で、全て見通していたかのように切り返される。

言葉に詰まる。真っ直ぐに言葉をぶつけても通じない相手なのはわかる。

ならば。根っこに問いかけるしか他はない。

「虎之介くん、ゴルフやるそうですね。本人はやりたがっているんですか?」

「本人がやりたがっていないから、卓球部に戻ってほしいという方面へ話を持っていく算段かしら?」

技術的な誘導は無理だ。このままではまずい。

でも本音に本音でぶつかるしか策はない。

「そうです。勝手で恐縮なのですが、僕は虎之介くんが卓球を心から好きで、部活の仲間たちのことも、言葉にはしないけど大事にしているっていうことは伝わりました」

「そうだったのね。琴葉ちゃんと京妃ちゃんからなにか言われたのかしら?」

また鋭く指摘してくる。虎之介のことを数日間で一人で知り切るには情報が明らかに足りなすぎる。それを補ってくれていたのは本当の彼の素顔を知る琴葉と京妃のお陰だと、瑛斗は頭で分かっていたはずだった。

それすらも、わずかな情報で察知してくる。

開き直るしかない。

「はい…」

「あの二人の意見は参考にしなくていいわ。昔からあの二人はうちの虎之介を好き勝手振り回していたから。悪い子達ではないんだけどね」

瑛斗の様子を遠くから眺める残りの3人。京妃は近づき割って入ろうとしたが、それを琴葉が止める。

「琴姉…なんで?」

「今は瑛斗くんを見守ろ。私達が入ったらあのお母さんは聞いてくれなくなる」

「でも…」

「大丈夫。きっと大丈夫」

琴葉の根拠のない自信は、目先の瑛斗に向けられている。陽は徐々に不安な顔つきとなり、駆け出した。

「なら、二人じゃなく私であれば大丈夫でしょ、行ってくる」

瑛斗のもとへ走っていった陽を、くすっと琴葉が笑った。

「どしたの琴姉」

「いや、なんか青春だなーって。好きな男の子を助けようとする陽が可愛くて」

そう嬉しそうに、おかしそうに笑う琴葉を見て、京妃は安心した。

ちゃんと仲間が琴姉にできてよかった、と。

2人を置いて瑛斗へ向かった陽は、虎之介の母へ言い放つ。

「あの!平城くんのお母さん!」

「あら、そちらも泉さんのお知り合い?」

「去年平城くんと同じクラスだった六嶋陽です」

「そうだったのね。存じ上げていなかったわ、ごめんなさい」

「それより私、ちょっと酷いと思ってるんです!平城くんの気持ち、本音を聞いてあげてほしいです。ごめんなさい、私、うまく言葉を選ぶのがそんなに得意じゃなくて、多分タイプは全然違うけど、平城くんと同じ不器用なところがあるから、気持ちがすごい分かるんです」

「陽…」

真っ直ぐな陽の眼差しに、瑛斗は驚いた。

自分がうまく伝えたくても、どこか顔色を伺ってしまっていた。

でも、どストレートにこうやって言えば良いんだって。

何だか見せられた気がした。

「そうは言われてもねぇ、虎之介も了承の上だし、今更ひっくり返すわけには…」

「今更だからひっくり返すんです!今更になっちゃったから、だから今からひっくり返すんです!これ以上平城くんの時間を取らないであげて下さい」

陽のその言葉に、それまで余裕を持っていた彼女の笑みは完全に消え、凍えるほどの冷え切った声が発せられる。

「時間を取る…?それはあなたがそう勝手に解釈しただけでしょう?」

「それは…」

陽が詰まる。瑛斗はそこへ被せた。

「それで良いじゃないですか。僕らにはそう見えたし、平城くんがそう思ってるんだったら、時間が取られてるっていうのは本当の話になるんで。だから…」

言葉は思ったより強く出た。良いかどうかは別にして、それでも、瑛斗は変わらない優しい笑みを母に向けた。

「だから…虎之介くんと話し合ってみて下さい。お願いします。お母様が譲れないのと同じくらい、僕らも卓球部の未来と、虎之介くんの未来を譲れないんです」

「赤の他人が何を…。あなた達は何なの」


「僕たち、交流部です。人助けをする、そんな部活です」


その言葉を聞き、彼女の顔が一気に曇る。

ここは敢えての賭けなのだと思う。

交流部、という単語に、必ずこの人は聞き覚えがあるから。

生徒会長を裏で操っていた黒幕は、この人なのだから。


「そう…、あなた方が交流部ね。よく覚えておくわ」


その冷え切った鋭い眼差しはパタリと閉じられ、彼女は方向を変えて歩き始めた。

彼女がいなくなり、深いため息を二人揃ってつく。

「うぎゃぁぁ、疲れたぁぁ私もう無理」

「陽が入ってくれてマジで助かった…」

そんな二人の様子を見ていた琴葉と京妃が近寄る。

「お疲れ様。よくあのお母さん相手に立ち向かった方だわ」

琴葉が苦笑いしながらも二人を称賛する。一方の京妃は少し苦しそうな顔をしながら、

「まー、事態はよろしくはないねぇ、どーしよっか、こっから」

瑛斗はグッタリしながらも京妃に、

「ここまでの報告を平城くんにしたい。京妃、この後彼と会わせてくれないかな?」

「もっちー!」

元気よく返事した京妃。ここは二人で話したいという瑛斗の言葉に皆が心配そうな表情をしながら、夕方を待った。





***************





夕方まで学校に待機していた瑛斗。

卓球部の自身の所有物を残していた虎之介が卓球部の部室に立ち寄るということで、そのタイミングで少し話すことになった。

卓球部の部室を開くと、一人で卓球台に触れる彼の姿が。夕陽が窓にかかり、どこか哀愁を感じさせる彼の影がゆらゆらと揺れ、彼の小さく息をはく音だけがわずかに教室を響かせる様だった。

「平城くん…」

「母上と話したのか」

「うん」

「その沈んだ声、ダメだったみたいだな」

全てを察していた虎之介。先日のように突っかかってくることもなく、ただ受け入れるように瑛斗の声音を背中で聞いていた。

その声は、あれだけの反発心を持っていた先日の彼とは別人のようで、優しささえ感じられた。

「琴姉も京妃もあの人に疲れを見せてるんだ。赤の他人が無理だろ」

その優しさは、諦めに近かった。

前の厳しさは、ただ心配してくれていただけなんだと、この優しい声で瑛斗は彼のパーソナリティが分かってしまった。

だから、希望めいた事は言えなかった。

「平城くんの未来、変えてあげられなかった。ごめん」

「俺、言ったよな、いつか後悔するぞって」

「ああ、うん」

「あれはお前のために言ったんじゃない。お前が後悔すれば、琴姉が傷付くんだよ。卓球部の問題が絡んで母上にお前らが目をつけられて、交流部が解体になったらどうする気だよ。琴姉が嫌な思いするんだよ。そしたらお前のせいだろ」

「そういうことだったんだ」

あくまで、大切な幼馴染みのために。不器用な彼が、彼なりの優しさで自身を突き放していたと瑛斗は知った。

「琴姉は琴姉で色々やってんだから後から入ってきたお前が引っ掻き回すんじゃねぇよ」

何だか言葉が出なくなってしまった。

誰かのためになれば良いっていうその一心で動いていたから。

どうすればいいか、分からなってしまった。

瑛斗が何も言えず、ただ立ち尽くしていた時、部室の扉が開く。

「それならそうと言いなさい、トラ」

「琴姉…なんだよ盗み聞きしてたのかよ」

呆れた琴葉だったが、どこかその表情は嬉しそうで、

「瑛斗くんごめんね。でもコイツ、こういうかわいいトコあるのよ」

虎之介髪の毛をワシャワシャと琴葉は掴み、

「やーめろ、何すんだ、手ぇどけろ」

「お前さんは相変わらず可愛い弟分だなぁ、姉さんのためにそんな気遣いをしてくれてたなんて」

「だから離せって言ってんだろ」

その手をすっとどけると、今度は手をグーにして、彼の頭にこてんとぶつける。

「痛っ!何すんだ琴姉」

「あのね、もし今回の一件で交流部が無くなったら、もう一回作ればいいんだからアンタの気にすることじゃないの。私は大丈夫だから。気にしないで」

「でも…」

「それにアンタね、京妃を心配させておいて偉そうなこと言ってるんじゃないの。ダメよ女の子不安にさせちゃ」

「だって、アイツが色々勝手に動くから」

「アンタの人生が変わればね、私の人生も変わる気がする。だから、もう私達、縛られる必要なんてないの」

誰でもなく、新山琴葉がそれを言うから。

同じ境遇を共にしてきた幼馴染みだから。

虎之介には十分に届くものだった。

「……琴姉と俺は住む世界が完璧に一緒だったわけじゃない。現に琴姉はこうやって交流部をやれてるんだろ。その時点で俺とは違う」

「まー、私も相当歯向かったからねぇ、親も呆れてたし」

「はぁ、お節介な琴姉だ」

すると虎之介は未開封の缶コーヒーを瑛斗と琴葉に投げる。

「え、平城くん、これは…?」

「一応シンキ達のこと気にかけてくれたから、形だけ」

「え!優しい!平城くん優しい!お礼の気配りもできちゃうのか!」

「勘違いするな。俺の件に関わってくれた礼じゃねぇからな、卓球部に時間割いたことに対する代わりみたいなもんだから」

あれこれ言いながらも、照れる虎之介に、瑛斗はようやく親しみを覚えてきた。

「ありがとう。でも俺、まだ諦めたくない」

流石にその発言には虎之介も驚いて、

「はあ?もう良いだろ。お前はやるべきことはやったんだろ。それでダメだった。だから諦めろよ」

「平城くんはこのままでいいの?」

「最初にも言ったはずだ。俺は何年もしがらみにあってきた。琴姉と違って、母親を動かすことはできない」

親は子を想う。

だから、大事にしようとする。

当たり前のことで、当たり前なんかじゃない。

瑛斗の心にスイッチが入る。

「……平城くんの好きなこと、捨てないでよ」

「はあ…?」

明らかに、言葉尻は強い。そこに我慢していた精一杯の気持ちがわずかに漏れ出す。

「好きなこと捨てたら、今度は君が後悔する」

「何だよ、急にムキになって」

瑛斗の感情の中に、怒りと、哀しみと、優しさと、苦しさと、そしてそこには、憧れがあった。


「後悔する。俺みたいに」


「お前…どういうことだよ」

その何とも言えない苦しい瑛斗の表情は疲れとともに解け、またいつもの無防備な笑顔が虎之介に向けられる。

「だから、もう少し足掻いてみる。君のためにって言葉は綺麗事だから、きっと俺ですらない、何かのためにやってみる」

その少し暴走めいた狂気ある瑛斗の言葉に、琴葉の顔も強ばる。緊張感が一瞬流れて、すぐに解かれて、瑛斗は部室の外へと歩く。

「缶コーヒー、ありがと。素直に嬉しかった」

ニコッと笑って、瑛斗はその場を後にした。

残った虎之介と琴葉。

「なあ、琴姉、アイツに何かあったのか」

「分からない。でも何だか時々、すごく辛そうな顔をするの。さっきの『後悔する』っていうあの言葉、どういう意味なんだろう」

あの何もない、ただ無邪気な瑛斗の笑顔が、時折物凄く切なくて、琴葉の中で胸いっぱいな気持ちになる。

どうしてそんなに人のために動くことにこだわるのか。

知りたくても、その笑顔を向けられると、真意に辿り着けなくなる気がしてしまった。






***************






その日の夜。

虎之介は本屋に立ち寄った。

絶対的なエースとして、自分の輝ける場所を見つけた。

辛かったけど。大変だったけど。

やはり手にするのは卓球の本だった。


好きなこと、捨てないでよ。


その言葉だけが虎之介の頭をよぎる。

できればそうしたい。

自分の思い通りにならない世界で、どうやって生きていけばいいか分からない。

もう、誰の迷惑もかけたくない。

でもその方法が、見つからない。





生まれも育ちも、裕福だった。

欲しいものは買ってもらった。

でも何だか、ずっと孤独だった。

閉じ込められた空間で、付き人に囲まれ、友達の一人もできなかった。

そんな時、家の付き合いで虎之介は琴葉に出会った。

「あなたがとらのすけくん?」

「ああ」

小学2年と3年。唯一心を許せる、同じ境遇で苦しむ仲間だった。

そんな数日したある日。

「なあ、ことねえ」

「ん?」

「あのこーえん、こっそり抜け出して行ってみないか?」

「うん!いく!」

ボディーガードの目を盜み、辿り着いた近所の公園。一般庶民が利用するこの施設には、そもそも立ち入ることさえ認めてもらえなかった。

でもそこで、彼女に出会った。

「一緒にあそぼー!」

「あなたはだあれ?」

琴葉がその少女に尋ねると、ニコッと返す。

「わたし、十河京妃!小学2年生です!」

「じゃあ、トラと同い年だ!」

「トラ…?」

「この子のなまえ!」

琴葉につけてもらったそのアダ名は、何だか妙に愛着の湧くものだった。

「なんだよそのヘンテコなアダ名」

琴葉に反発する虎之介に京妃は、

「あー!今うれしかったんでしょー!」

「うれしくないし!」

楽しい時間はあっという間に過ぎた。夕暮れに近付いた頃。

「じゃあ、ひみつきち作ろ!あの裏山にとっておきの場所があるから!」

京妃は二人を知らない世界へと連れて行ってくれる。そんな時間が嬉しくて、二人は何でもない一般庶民の十河京妃の時間に染まっていった。

「これからずっとなかよくしてね!みやび!」

琴葉のそんな言葉に、満面の笑みで京妃は返す。


「もっちー!」 


しかし、そんな楽しい時間はすぐに終わった。

繰り返し家を脱走することに痺れを切らしたのは、虎之介の母。

ある日、呼び出される。

「虎之介、ちょっといいかしら」

「な、なに」

「あなた、琴葉ちゃんともう一人、わけのわからない女の子と仲良くしてるでしょう、お付きの皆さんが心配していたわ。あなたが一般的な感性に染まってしまわないかって」

「染まるのの何が悪いんだよ」

「上品な家に生まれた以上、気品高く生きていかなければなりません。それが我が家のルールなのです。今後は私の言うことをきっちり聞きなさい。金輪際、あの庶民少女に関わるのは禁止です」

そう言われて、気付けば飛び出していた。

何度も何度も家が嫌になって。

自分を縛られる環境に抗って。

京妃に会いたくて、とにかく会いたくて。

会えないことを繰り返して、琴葉になぐさめてもらいながら。

気付けば高校生になった。

学校を決められて、入学して、そして奇跡的に彼女と再会した。

「よっ、久しぶり」

とても美人になっていた京妃が、あまりにも眩しかった。

素直に、見惚れてしまった。

再び、止まった時が動き出した。

それでも、何度も何度も縛られて。

勇気を出す一歩なんて、自分に期待するだけ無駄だ。

母親は昔から理解の1つも示してくれなかった。

高校選びも行きたかった卓球の強豪校ではなく、国際社会で活躍できるという理由の一点で強制的に墨田高校に入学させられた。

親に歯向かえば、理詰めで返される。

だから、いつからか誰かに期待するのをやめた。

気付けば、本当に好きなことを誰かに隠れてやるしか、自分らしくいられる方法を見つけられなくなった。





そんな思い出が雪崩のように蘇って今に至る。

親に自分の気持ちを伝えるなんて、自分の意見をちゃんと持てだなんて、恵まれている奴らの勝手な野次だ。

それには屈しない。そうやって生きてきたから。

でも。

その本が輝いて見えてしまう。

そっとその本を仕舞って、本屋を出ようとしたその時。

「あれ、この間の…」

声をかけられた相手は、瑛斗の妹の幸心だった。

「えっと、誰だっけ」

「どもども、しつこい兄貴を持つ妹の泉幸心と言います。この間はちゃんとご挨拶できてませんでしたね。あのストーカー兄貴がしつこくご迷惑をおかけしてホントに申し訳ないです」

「いやまあ、事実アイツは面倒くさいけど、わざわざアンタが謝らなくていい」

「いやいや何だかそちらのお母様にもグイグイ干渉したらしいですし…。ホントにもう少し相手の温度感とかを見て行動できないのかな〜」

「正直、あんなんやられたらこっちの事情も知らないで何なんだって思う」

「ですよねー。まあでも、あんなめんどくさい兄貴ですけど、使命感が強いだけなんです。周りが時々見えなくなっちゃうけど、ホントに誰かのために何とかしたいって思ってる、そういうおバカなんです」

幸心は優しい表情で、兄に似た澄んだ笑顔で言う。

それを聞いて、真相が知りたくなった。

「なあ」

「どしました?」

「アイツが俺に言ったんだよ。好きなことを捨てるなって。じゃないと後悔するって。アイツに何かあったのか?」

「あー、なーるほど」

幸心は少し考えて、小さく息を吐いた。

「本を買ったら、外のベンチに座りましょうか」






***************





本屋を出て、少し先にある公園。

そのベンチに腰掛けた。

虎之介がお決まりの微糖の缶コーヒーを自販機で買い、そのままの勢いで幸心に尋ねる。

「コーヒー飲める?」

「あ、いえ、お構いなく」

「いや、俺から話振ったから。缶コーヒーで平気?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

それを幸心に渡すと、続けて自分用にカフェオレの缶コーヒーを購入する。

すると羨ましそうに幸心が眺めていた。

「なんだよ、カフェオレ派かよ」

「そうなんですよ〜、微糖も好きなんですけどね、やっぱカフェオレ美味しいので」

「じゃあこっちやるよ」

「いいんですかー!優しい!」

ばあと顔を明るくし、幸心はウキウキで受け取る。そんな無邪気な笑顔が、言葉選びが、やはり兄を連想させる。

「ホントに兄弟似てるんだな」

「そうですか?やですよ、あんなのに似るなんて」

そんな幸心のあからさまに嫌がる表情を見て、ふと力が抜け、小さく笑った。

「俺には兄弟がいないから、そうやって互いに評価し合えるのが不思議な感覚だ」

「ま、大変な分、ドラマチックなんです。二人揃って親の転勤で振り回されたけど、そんな親のことも中学時代は嫌で嫌でしょーがなくて、でもそれを乗り越えた今は大好きで、二人がいない時は何でも兄と乗り越えてきました。そういう点ではきっと、私にとっての兄は、平城先輩にとっての琴葉先輩や京妃先輩なんじゃないかなーと」

「あながち間違いじゃねーな」

一口コーヒーを飲む。微糖の割にはどこかほろ苦くて、疲れた身体に直に染み渡るようだった。

声にならないため息をついて、幸心の言葉を待った。そうすると彼女もはあと小さく聞こえないほどのため息をついて、話し始める。

「兄は少し前、メディアに取り上げられるほどの人気マジシャンでした」

「京妃からざっくり聞いた。俺はよく知らなかったけど」

「平城先輩に知られるくらいまでの知名度まで続けていたら、何か変わったのかもしれません。でも、兄はもう、ステージに立つのは諦めてしまいました」

「何で」

「兄から言われました。このことを誰かに聞かれたら、正直に自分の過去の出来事を話していいと。でもどこまで言っていいのやら」

幸心の目は潤み、ちょっぴり寂しそうに言う。

「ステージで、大失敗をしたんです。ハンカチの裏に隠していた鳩は勝手に飛び出し、ステージ上でトランプを落っことし、もう見てられなかった。それが去年の秋でした。その日からしばらく、兄は部屋から出てこなくなりました。自分にとって一番の武器だと思っていたことが、上手くいかなくなって」

「上手くいかなくたって、その失敗から次に繋げようとはしなかったのかよ」

「そうはならなかったんです。その公演中の最後の失敗が、本人にとってはあまりにも辛すぎて、その場で気を失っちゃったんです」

「は…どういう状況だよ…」

幸心の言葉に、虎之介は驚きが隠せなかった。そしてその後に幸心の言葉が続くことはなかった。

痛んだ彼女の苦しそうな笑顔に、話を掘り下げる気もなくなった。

「……まあこれ以上は聞かないでおく」

「申し訳ないです…こればっかりは私も何だか胸が痛くなっちゃって」

「さほどアイツに興味があるわけじゃねぇからな、事情は知れたからもういい」

「何だかんだ、思いやりのある方なんですね」

「勝手にそう捉えてろ」

「ふふっ、聞いて頂けただけベリーありがとうです」

そして、幸心はその長いまつげと共にパタリとまぶたを閉じて、寂しそうに呟く。

「兄は今も思ってるんです。自分はもう逃げた人間だから、チャンスを棒に振った人間だから、せめてチャンスのある人には全力で挑んでほしいっていう気持ち。そういう、自分のことをつい相手に押し付けちゃうけど、人一倍相手想いな兄なんです」

そんな幸心の言葉を聞き、虎之介はベンチから立ち上がる。

「良い妹を持ったな、アイツ」

「ですねー!」





***************





幸心と別れたあと、自宅へ。

墨田区の高級住宅地に立つ、お屋敷が平城家。

そんな家の前に帰ってくると、何やら誰かが話している。片方の声は母親だ。

(母上…?)

近付いてみると、驚きの光景がそこにあった。

「お願いします!虎之介くんから自由を奪わないであげて下さい!」

「あなたは本当に何度も何度も…。昼間で話したことが全てよ。もうお引取り下さい」

「僕は、虎之介くんの卓球が、あの部活でもう一度みたいんです!あんなに真剣に目の前のことに夢中になれるの、簡単なことじゃないんです!だから!お願いします!」

「なぜうちの子なの?あなたには関係ないでしょう!帰って」

「帰りません…!」

母親に、全力で立ち向かい、何度も自分のために頭を下げる瑛斗の姿があった。

どうしてここまで、他人に対して夢中になれるのか。

こうまでするとは、もう普通じゃない。


むしろ、何かに捕らわれているようだった。


瑛斗の立ち振る舞いが全力投球過ぎて、虎之介は全身が震える感覚だった。

自分がずっとしたかった、母への反発。

心の底から好んでやっていた、卓球の道。

全部否定しなきゃいけない環境で、そう自分に言い聞かせて。

ここまでずっとやってきた。

そうするしかない、だって相手は保護者会のトップだから。色んな人や権力を牛耳って来たんだから。

その相手に歯向かうだなんて、絶対にできない。

そう思っていたことを、目の前で彼は壊そうとする。

(このバカが…)

そして足が動き出す。

「おい、泉」

「へ、平城くん…」

「母上もこんな夜遅くに声がでかい」

「虎之介…何なのその態度は。帰ってくるのも随分遅いじゃない。何時だと思っているの」

「母上はこんな小煩い奴の一人も追い返せないのかよ。絶望した。もう母上の言う通りにはしない」

その言葉に、二人は衝撃的だった。

瑛斗は言葉をなくす。

「ど、どうしたの平城くん」

「お前な、夜遅くまで人の家に来てウザいんだよ。諦めろって言ったろ」

「そう…だけど…ごめん…」

「謝るくらいなら初めから来るな」

戦うことをやめたお前とは違う。

それだけは証明できる、と。

まだ、本気をぶつける時間があるのなら。

「母上、コイツのことはどーでもいいから、俺の意見聞いてほしい」

「あなたも部活やりたいって言い出すの?この子の言い分にまんまと引っかかるの?」

「そうじゃない。大学受験に専念するんだったらゴルフやろうが卓球やろうが関係ない。それでもやれというのなら、俺が全力を注げるのは卓球しかない」

「卓球をやっていては一般庶民のままだわ。それでは意味がないの」

「一般庶民ごとき、ひねり潰せるくらい俺がすげぇってこと証明すればいいだけだ。平城家の誇りを潰さないように俺がトップクラスの力を示せばいい」

「あなたね…」

「保護者会での母上の立場を潰したくなければそのまま卓球部を続けさせてくれ。卓球以外をやれって言うんだったら、俺は平城家の面子を潰す」

言い放った言葉が、何を意味しているかなんて正直なんでもいい。

ただ、俺はやりたいようにやる。

それだけの信念が、虎之介に芽生えていた。

「そう。あなたも歯向かうのね」

「ああ」

「私にそこまで言うのなら、平城家のプライドをかけて成果を残しなさい。残せなければ即刻部活は廃部にします。以上」

そう言って扉を閉められた。

その扉を再び開いて帰宅するには心苦しく、立ち止まってしまった。

腰から砕けて倒れる瑛斗。それを見て、虎之介が言う。

「何でこんな勝手なことした」

「悪い、納得がいかなかった」

「だからって、やっていいことと悪いことがあんだろ。夜にわざわざ人の家に来るとか迷惑なんだよ」

「それはホントにごめん」

「自分を人に重ねるな。俺はお前じゃない。お前の挫折と俺の考えを混ぜるな」

その言葉を聞いて、瑛斗はハッとする。

「幸心から、なんか聞いたの?」

「さっき話した。色々聞いた。だから言える」

そして瑛斗の前に立つ。

「俺をお前の代償行為に使うな。人のために動いているつもりだろうがお前は自分のためにやってる」

「うん、それは間違いないかもね」

「そんなんじゃ今後お前が辛いだけだからな?自分を投げ捨てて、人の未来に干渉して、それでお前の挑戦は埋まらねぇんだぞ!お前が他人に割いてる時間があったらもう一度ステージに立つよう逃げないで動けよ!」

虎之介の言葉に。

瑛斗は頷くことしかできなかった。

誰かに期待して。自分が叶わなかったことを穴埋めして。

そうして誤魔化してきたのかもしれないと。

でも。

「そうだと思う。でもね、今日のこれは違う」

「はあ?何が違うんだよ」

「缶コーヒーのお礼。何も成果出してないのに、ただもらうのは気が引けたから」

「お前…つくづくバカだ」

そして、家の扉を開けようと虎之介が前進する。

ドアノブに手をかけた時、瑛斗が呟いた。

「ありがとう」

「何がだよ」

「平城くん、言葉はキツイけど、言ってること、全部誰かのために言ってるんだよな。人一倍責任感が強くて、思いやりがあるんだなって俺は思うよ」

「俺はヒヨってる奴が嫌いなだけだ」

「理由はそれでもいい。とにかく、ありがとう」

そして、虎之介は扉を開く。

再び瑛斗が口にする。

「トラって呼んでいい?」

瑛斗には見えぬように、小さく笑んだ。

「勝手にしろ。その代わり俺も瑛斗って呼ぶから」

「ツンデレだな〜」

「対等にしたほうが良いって判断しただけだ、いちいちうるせぇんだよ。もう遅いんだから帰れ」

そう言って彼はドアを閉めた。

自分のやり方が自己犠牲チックであるということは、瑛斗自身よく分かっている。

だからこそ、虎之介が行動にしてくれて嬉しかった。

でも、これで良かったのかなって、ほんのり寂しかった。

自分の家へと歩く先。

待っていたのは一人の女の子。

「帰ろ、お兄ちゃん」

その温かい声に全身の力が抜けて、苦しそうだったその表情は和らいだ。

誰かのために頑張ると決めたのは、自分のトラウマを乗り越えるためなんだと気付かされたけど。

それでも結果が良かったらいいなと願う瑛斗だった。




虎之介と京妃ちゃん。

初めに琴葉のバックボーンを考えた時に、彼女のことをよく知るかわいい後輩がいたら良いなと思い生まれたのがこの二人でした。

とにかくストイックで素直になれない虎之介…通称トラと、そんなトラのことが大好きな京妃ちゃん。

この二人の展開も今後楽しみにして頂けたらと思います。

瑛斗くんとしてもようやくレギュラーの男の子キャラが出たのですが、『リア銃』の充くんとスターくんとは異なり、虎之介が曲者のため中々距離が縮まりません…(笑)。

真っ直ぐな瑛斗くんの過去も少しずつ見えてきたと思うので、次回も楽しみにお待ち下さいね。

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