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ホタル、召喚…!

別棟。交流部の教室。

「だーれも来ないね」

気だるげに陽が言う。ピアノ演奏会が終わった翌日で、特にすることもなく、4人で暇を持て余す。

「まあ、現実はこんなもんよね…」

あれだけ規模を拡大して部のアピールをしても、やはり直接的な集客力には中々繋がらない。

そう風花が落胆していると、瑛斗はにこやかな表情を浮かべる。

「大丈夫!もうじき来るから!」

「あら、えらく自信満々ね」

瑛斗のそんな様子に琴葉も疑問を含めた返しをする。

すると、パタパタと足音が聞こえてくる。

別棟は基本的に文化部が各教室で活動しているということもあり、物音などはほとんど立たないはずなのだが、分かりやすく誰かが近づいているのが4人に伝わった。

そしてその扉がノックされる。

「どうぞ〜」

琴葉の呼びかけと共に入ってきたのは、

「こんにちは!」

瑛斗の妹の幸心だった。

「幸心ちゃん!どうしたの?」

陽がびっくりしていると、心は瑛斗によく似たニコッとした笑顔を返す。

「私、入部希望です!」

「えー!?」

瑛斗を除く3人が声を合わせて驚いた。風花が尋ねる。

「幸心ちゃんってまだ部活入ってなかったの?」

「はい!私、結構優柔不断なところありまして…運動部に入りたかったんですけど、結局どの運動部も魅力的で決めかねておりまして」

「え、だったら尚更文化部っぽい交流部は向いていないんじゃ…?」

「仰る通りなんですけど、交流部は各部活の助っ人をしたりすることができるって書いてあったので、色んな運動部のピンチヒッターをすることもできますし、何より人のお役に立てるような部活動って何だかすごい素敵で…。風花先輩の演奏、もうキュンキュンでした!」

「うわぁ!ありがとう!」

素直に喜んでくれる幸心を抱きしめる風花。

少し遡って今朝、瑛斗はそんな朗報を早めに聞いていた。





いつも通り朝食を作り、鼻歌を歌う幸心。

「えらく上機嫌だな」

兄のそんな言葉に、いつもなら手伝えと言いたくなる気持ちも今日はどうでもいい気分。

「まあね。だって私、部活決めたから」

「え、結局どうすんの」

「んーとね、お兄ちゃんがこないだから行ってるとこ?交流部にしよーかなって」

「え!?何で!?」

「何でって…風花先輩の演奏、素敵だったじゃん。やりたいこと思いっきりできる部活ってなんかいいなって。私、バンクーバーのクラブチームでできた先輩とはもうそれっきりだしね。歳上の先輩のキラキラしてる姿見れただけでなんかいいなって思ったわけですよ」

「そっか!まあたしかに風花のアドリブには俺もびっくりしたけどなんか嬉しかったな。『未来はこの手で掴みたい!』ってところ」

「あー!やっぱりあの時、風花先輩思いつきで喋ってたんだね。すごい!」

出来上がった目玉焼きを皿に盛り付ける。

「ほれ、お食べ」

「はーい!いただきます!」

瑛斗がソースをかけて食べ始めるのを見る。

「日本人らしくお醤油かけなよお兄ちゃん」

「ソースのほうがうまい!」

「あっそ」

美味しそうに食べる兄を見て、つい頬が緩む。

「ねー、お兄ちゃん」

「ん?」

「結局お兄ちゃんは交流部に入ったんでしょ?」

「うん」

「同じ社宅の陽先輩もいるし、風花先輩も素敵だし、やっぱ交流部だと安心するかも、私」

「あれだけ俺にはちゃんと考えてから入れ的なこと言ってたのに、何だかんだ結局お前はあっさりだな」

「どこがよ。ちゃんと考えて決めてるし。そんなこと言ったらお兄ちゃんだって結構あっさり決めたじゃん」

「ま、俺は直感を信じる勇敢なタイプだからな。そんなカッコいいお兄ちゃんと同じ部活に入りたいってのがホントの気持ちでしょ」

「うぇぇ、やだよこんなお兄ちゃん気持ち悪い」

「ひどっ!」

久々に兄が何かにのめり込む姿を見て、嬉しかったから、もう少し見ていたいと思えた。

だから、あながち嘘ではないのかもしれないと、幸心は胸の奥底にとどめた。





そんな事が朝にあり、結果今に至る形でそれに安堵する琴葉。

「なら、これで交流部は存続ね。ありがとう、幸心ちゃん」

「はい!」

「私は城島先生に申請出してくれる」

そう言って、琴葉は退出した。

「琴葉さん、ちょっと嬉しそうだったね」

瑛斗がそう言うと、陽と風花はうんと同じくらい嬉しそうにうなずいた。

あまり言葉にはしてくれないけれど、琴葉のどことなく穏やかな表情が、実はかなり嬉しさを含んでいるということに瑛斗も段々と分かり始めていた。

だがそれも束の間、幸心が不安気に、

「あ、あと一点ご相談なのですが…」

申し訳なさそうな顔で2年生3人を見る。

「どしたの?」

陽が尋ねると、更に申し訳なさそうな顔で、幸心は続けた。

「昨日の演奏会に来ていた私の友達なんですけど、ちょっぴり変な子で、助けてあげてほしくて」

「変な子?」

陽は首を傾げたものの、数秒後にぱっと思いついた。

「あー!あの青い髪の子!たしかに変な子だった!」

「たしか堀田るりちゃんだよね?あの子がどうかしたの?」

瑛斗が心に聞くと、不安気な顔で答える。

「ほら、オカルト部を作ったって言ったでしょ?あの子が一人で言い出して一人でやってるから…」

その場みんなが察した。

部員が1名、しかも学校への貢献度合いも今のところゼロ。

当然、あの生徒会長に目をつけられるに決まっていると…。

「え、てことはヤバいじゃん!どうする?」

陽が焦るが、既に幸心は詰んでいるのを知っている感じで、

「きっと今頃、生徒会長に部活解体を迫られていると…」

そう不安そうに言うと、風花が立ち上がった。

「とりあえず行こ!オカルト部って教室はどこ使ってるの?」

「この別棟の下の階です!」

その言葉とともに陽、風花、幸心、そして瑛斗は駆け出した。

すると教室に戻ってこようとする琴葉に遭遇した。

「あれ、みんなどこ行くの?」

「オカルト部です!行ってきます!詳しいことは後で!」

「後でって…まったく無鉄砲な子たちなんだから」

そう言葉が耳に入る間もなく4人は走り去っていった。

でも、どことなく全力で今に投球している彼らが何だか少し前の自分と重なって。

あの2年生3人に任せれば大丈夫だろうという安心感が少しずつ琴葉に芽生えたのか、割って入ることもなく自身は紅茶の香りのするいつもの教室へ向かった。






***************





別棟1階。

使える教室はほとんどなく、別棟で現状活動している部は全て交流部と同じく2階。

この1階で唯一、部活、いや、もはや使わない教室でほぼ立てこもり状態なのが自称オカルト部の堀田るり。

4人が到着すると、その場ではるりと才馬が、案の定のやり取りをしていた。

「1年の堀田さん、今すぐここを立ち退きなさい!不正利用です!」

「ふっ。光の指導者にこの悪魔の契約をかわす儀式は済ませた。正当に認められしテリトリーと言えるでしょう」

「先生からの受領をされたとしても、その申請書に書いてありますよね?部の設立から3週間で部員が4名に満たない場合、即刻撤退しろと。その期日が今日です!」

「運命を司る日が本日とあらば、漆黒へ誘われし刻は先、未だ暮れ切ってはいない…我へのリミットは僅かながら残されている…」

「この3週間何の変化もなくただ勝手に居座り続けていたあなたのところに、残り1時間ちょっとで入部希望が集まるわけがありません」

「そ、それは…否めない…うぅ…」

このままではるりが、オカルト部が追いやられる。

この教室へ来るまでに、4人で走りながら考えた案。


(多少強引だけれど、何もしないよりかは絶対マシだ)


二人のやり取りを見て、瑛斗が会話に入る。

「会長。僕に考えがあるんですが」

「君は泉くん…。突然何です?」

「僕ら交流部もオカルト部員になるっていうのはどうでしょうか?兼部という形にしてしまえば存続は可能かと」

「ではあなた方がオカルト部員になって年間でどのようなスケジュールに乗っ取り活動をするのですか?交流部も辛うじて存続しているようなあなた方が今から生徒会に貢献できるような動きをできるとでも?」

そんな才馬の態度に、陽は痺れを切らした。

「あの!そもそも私達は生徒会のために部活をやってるわけじゃないです!」

それに対して冷ややかな目で才馬は返す。

「分かってないですね。生徒会に貢献するということはすなわち学校そのものへ付加価値を与えること。県大会の出場、文化祭などのサポートなど、部は成果を出すことで初めて役割を成すのです。そんなことも分からずにただ部活動を名乗るなんてやめてください。オカルト部なんてなんの役にも立たない、無意味です」

友人の大事なものをそんな風に言われ、幸心もイライラを募らせる。

そして才馬はみんなの怒りを買う決定的なことを言う。


「感動も生めない、空想で人を騙すオカルトなど、くだらない」


その言葉に瑛斗が怒りを露わにしようとしたその時…


「くだらなくなんかない!」


そう力強く叫んだのは、るりだった。


「オカルト部はくだらなくなんかない!私のやりたいことちゃんと貫いてって言ってくれた人がいたから、だから私はやりたいだけ…!私の人生を邪魔しないで!」

素の話し方で訴えるるりの姿に才馬は驚いたが、すぐに立て直し、

「だからといって何でもありというわけにはいきません。今日でオカルト部は解体。以上」

そう言ってその場を去っていった。

一部始終を見て、幸心が怒りを露わにする。

「何なのあの人!ほんとサイッテー!」

るりは縮こまって顔をこちらに向けない。周りには、恐らくるりが自宅から持ってきたであろう私物が、沢山置かれていた。奇妙なお面、水晶玉、タロットカード、黒いマント。

それらを見て、瑛斗が話しかける。

「堀田さん、大丈夫だよ」

「何が大丈夫なの…」

「俺らがオカルト部に入ることはできなかったけどさ、堀田さんが交流部に入ってオカルトやればいいんだよ」

「え…!?」

「これだけ自分の好きなこと、好きって思えるんだもん。それってすごい素敵なこと。俺さ、傾向はちょっと違うかもだけど、目に見えるものだけが全てじゃないって思ってるんだよね」

そして瑛斗は近くにあったタロットカードを見て、

「これ、借りてもいい?」

「う、うん…」

「いつもどんな感じに祈りを唱えるの?せっかくだからこのタロットカードに念じてみてよ」

「み、満ちたりし邪悪なる根源主よ、我ら悪の下僕の祈りに応え、栄光を与えたまえ、アンバラバラバラ、ゴミバーリャ…」

「すっごい!めっちゃちゃんとしてるね!いいよ!パワーが溜まってきた!」

すると、そのタロットカードは瑛斗が手を隠した瞬間にトランプへすり替わった。

「え…!?」

「へへん。すごいでしょー」

そして、るりの目を見た。

好きなものへ全力投球する、彼女の目を、ちゃんと見てから言葉を紡ぐ。

「奇跡って、わりとよく起こると思う。自分が信じていた世界とは違う景色って、絶対あるはずだから」

そう言って、るりの手にトランプを渡す。瑛斗が手をどけた時には、元のタロットカードに戻っていた。

「す、すごい…!」

素直に目の前のことに驚く。


昔から、こうした目に見えない力に憧れていた。

それが今の堀田るりの源。


悲しさと、驚きと、感動と、優しさと。

色んな感情を受け取りすぎて、るりの目に涙が浮かぶ。

その涙を、瑛斗は優しく拭った。

「大丈夫。堀田さんが守りたいもの、俺達が守るよ」

幸心はるりに飛びつく。

「私ね、交流部に入ることにしたの。るりちゃんと一緒にいたいから、おいで!」

風花も寄り添う。

「私も将来の旦那さん誰なのか占ってほしいなぁ、なんてね」

そして陽がヨシヨシとるりの頭を撫でる。

「私達が味方だよ。ちょっと引いちゃうときもあるけど!」

「ストレートに言うなよ…」

瑛斗は苦笑いしながら、るりの方に目を向けると、先ほどのような縮こまった彼女は随分と安堵の表情を浮かべていた。しかし、目線は下向きで、

「私、変な子よ…。儀式するかもしれないよ…」

「大丈夫!一緒に儀式しよ!」

瑛斗が返した。

「巻き込んで、闇の使者ごっこ始めるかもよ…」

「じゃあ私は陽だから光の使者になる!」

陽が楽しそうに答えた。

「コミュ症で、インドアで、めんどくさいし…」

「私と一緒!安心して」

風花が自身と重ねながら言う。

「ここすけにこれ以上迷惑かけたくないし…あの時だってそうだし…」

「一体いつまでそんな大昔のこと気にしてるの。大丈夫、私は味方だよ」

力強く返す交流部が幸心の言葉と、皆の気持ちで、るりはようやく不器用に笑った。

あの時を思い出して。





「るーりちゃん、あーそぼ」

「ほら、るり。幸心ちゃん来てるわよ」

母からの呼びかけに飛び出した、6歳児。

「こ、ここすけ!あくまのおつかいだ!わるものめ!」

「こら、るり。幸心ちゃんのことそういう風に言っちゃいけません」

「だって!いつもゲーム、ここすけが勝つんだもん!わるいこだ!」

「もうー、悪い子なのはどっちなのかしら」


深くは思い出せないけれど。

あの時、幸心は「悪者」と呼ばれてどんな気分だったのだろうか。


数日流れたある日。


いつものように、大好きな『魔法少女マミコ』の服装をしていたるり。

幸心と二人で、公園で遊んでいた時。

「うわぁー、だっせぇ服!」

近所に住んでいる、幼稚園で同じクラスの男児たちが、るりをバカにする。

「あれでヒーローごっこしてるつもりかよ」

「きもちわりぃ!」

好きなキャラクターに憧れて、好きな服を着ていて。

それの何が悪いんだ。

正義のヒロインに憧れて、何がダサいんだ。

そう思ったけれど、怖くて言い返せなくて、ただ泣くことしかできなかった。

でも…


「バカにしないで!」


るりを庇って、彼らの前に立ったのはまだまだ身体の小さな幸心だった。

「るりちゃんが好きなもの、バカにしちゃだめ!」

「なんだよこいつー」

「こいつもムカつくな」

散々に言われたけれど。結局男児たちは去っていった。

そんな勇敢な彼女が、眩しくてしょーがなくて。


数百倍、この子のほうが正義の味方で、ヒーローで。


頼りになる唯一のそんな親友・泉幸心は、


翌年、海外へ行ってしまった。



それからるりは小学生になって。

友達がろくにできないまま中学生になって。

カッコよかった幸心のあの姿だけが印象に残ったまま、心は沈んでいって。

気付けば、正義の戦士は、闇の戦士になってしまった。


もうそれでいい。好きなものを貫けばいい。

人として堕ちたけれど。

闇の世界の住人でもキラキラしたものがあって。

それがオカルトだった。

占いとか、見えないものがひとつの希望だった。

そう思っていた。


それを失くされて、でも、また幸心が戻ってきて、

そして今は彼女だけじゃなくて…





目の前には、幸心と2年生が3人。


私は私らしく、輝けばいい。


だから。


「ここすけ…先輩たち…ありがとうございます…」


そんな一心で、るりは笑う。


そしてオカルト部はなくなった。

でも。

交流部の教室の入口に常時貼り出すことのできるポスターができた。


『占い、恋愛相談承ります』






***************





部室。

「では改めて自己紹介をどうぞ」

琴葉がそう言うと、るりは自信満々に、

「ふっ。我が名は愛憎戦士ホタル…!天空より舞い降りし邪神カルミナ・カミーナの生まれ変わり…」

「肩書はいいから本名を」

そうスパンっと話を分断され、ぐぬぬ…とうなりながらボソボソと、

「い、1年…堀田るり…です…」

「るりちゃんね。いいこいいこ」

琴葉に頭を撫でられ、甲高い声が出る。

「んなぁー!私は犬じゃない!ホタルなのー!」

それに対して幸心がため息をつく。

「ホントにこの子は昔から手がかかるんだから…」

「さっき大丈夫って言ってくれたじゃん!」

ムキになるるりの声は結構可愛らしくて、瑛斗がつい笑ってしまう。

「堀田さん…まどろっこしいからるりって呼ぶね。るりって結構かわいいな」

「る、るり!?か、かわ!?」

コミュ力が高い瑛斗の速度に、その言葉に、るりが戸惑う。

そしてもう一人。ジトっとした目を向ける人物。

そちらの方へ瑛斗が目を向けると、うぇぇという顔をして軽蔑の眼差しを向ける。

「へー、そーゆー子がお好みですか、そーやってすぐ呼び捨てにして距離詰めるんですか、そーですか」

陽のそんな言葉に瑛斗が慌て出し、

「いやいやいや!別に深い意味じゃないから!てか陽もすぐ瑛斗呼びしてたでしょ!」

するともうひとりジト目を向けてくるのが、

「ほー、お兄ちゃん、下級生狙いですか、しかも私の親友狙いですか、そーですか」

「所詮瑛斗は年下好きなわけよ」

「ですね、変態ですね」

思ったことを言っただけなのにドン引きで意気投合し合う陽と幸心に瑛斗がさらに慌てる。

「もうやめてくれー!」

そんな様子を見て、風花はひとり心のなかで笑う。


(陽ちゃん、ほんとわかりやすい)


そんな風に分かりやすくできるって、なんだか少し羨ましいと、そんな思いは口にせず留めておくことにした。

その風花を、今度は琴葉がくすりと笑い、瑛斗に聞こえない声で呟く。

「あら、風花。嫉妬かな?」

「え!?そ、そんなんじゃないです」

「ま、陽は瑛斗くんロックオンしてるみたいだしね」

そう言われて、風花は静かに目を閉じ、再び開けた目の前の光景に言葉を添える。

「陽ちゃん、ツンデレなんです。瑛斗くんのこと大好きなのに、ああやって反発して」

「風花は瑛斗くんと趣味合うんでしょ?あの子、性格いい男子だし、狙っちゃえば?」

「いや、多分…」

そうやって茶化して見たけれど、風花のその言葉の後が想像できて、琴葉は寂しくなった。

そして案の定の返しが来る。


「多分、私には、無理なんです」


何となく、風花が自分に重なってきて。

気持ちが分かってしまって。

でも、尋ねてしまう。

「どうして?」

「だって瑛斗くん、私みたいな凡人と違って、すごい有名人でキラキラした世界に住んでた人だと思うんです。だからそんな人の隣に、私なんかじゃ…」

その言葉を遮るように、琴葉は風花のほっぺを両手でふにーと引っ張った。

「いひゃぁい!」

「なーに自分で限界決めちゃってるの。ここにいる人全員凡人でしょ」

「だっひぇ…」

そして哀しげな眼差しで、風花に視線を落とす。

「ちゃんと今を生きないと、私みたいになっちゃうよ」

戸惑いを隠せなかった。琴葉にそう言われてしまったら、風花は返す言葉が見つからない。

そんな二人の様子に気づき、幸心が声をかける。

「ん?お二人ともどうかされたんですか?」

「あ、いやいや!なんでもないの!」

風花がそう取り繕うと、幸心が「あれ止めてください…」と面倒臭そうに言う。

「ふっ。我に惚れてしまったのですね。そなたも闇の使い手に…」

「そう、この変態大魔神は、どうしょうもないスケベで…」

「るり!それに陽!俺は変態じゃないー!」

すっかり意気投合しているメンバーに、琴葉は穏やかに笑んだ。





***************





帰り道。夕暮れのスカイツリータウン周辺。

「はあー、結局占いしに来る人も来なかったねぇ」

「まあ別棟だしね」

陽と風花の宙に舞ったその言葉に、幸心は嬉しそうに返す。

「でもなんか良いじゃないですか!こうやって気ままにできる部活って!」

そして、隅田川にかけられた目の前に広がる大量の鯉のぼりに皆が立ち止まる。

瑛斗が、ぽつりと呟く。

「なんか…日本って良いっすね」

みんながポツポツと言葉にならない返事をする。夕暮れに揺れる鯉のぼりが、変わらず今日の終焉を彩っている。

「ねぇ、るり」

陽が尋ねると当たり前のようにるりは、

「なんだハーリー」

「なんか変なアダ名つけられた…まあ別にいいけど。そこじゃなくて、何であなたはホタルなの?」

「ふっ、何かと思えば愚問。我の創造主なるお方から授かった宝名なのです」

「創造主なるお方…?」

琴葉が首を傾げる。幸心もいまいちこのキャラになった経緯はわかっていない様子で、

「闇とか、邪悪とかだけど、ホタルって名前はすごい可愛いよね。誰かにつけてもらったってこと?」

「その通り。さすがは我がマイフレンド、最古信者のホタルジュニアよ」

「自分の信者のこと、ホタルジュニアって呼ぶのね…」

風花も苦笑いしていたが、瑛斗は立て続けに突っ込む。

「ホタルの名付け親気になる!どんな人?」

そう瑛斗が話に首を突っ込むと、るりは少し戸惑い、

「そ、その方のお名前を口にするなどまさに封印を解くようなもの…」

「え!だれだれ!」

「誰って言われても…」

彼の興味津々な顔を見て、るりは段々と言葉の勢いをすぼめた。

「…………1年くらい前に、ある女の人がくれた名前なの」

その言葉に「へぇ〜!」という驚きの声が皆からあがる。

瑛斗が1つ気になっていたこと。

才馬に「くだらなくなんかない」と言い放ったあの時にるりが残した言葉。

「俺、気になったんだけどさ、生徒会長に言ってた、『やりたいことを貫いて』って言葉をるりにかけてくれた人がその女の人…?」

「うん」





1年前。

るりは、蛇崩川の沿道を歩いていた。

自宅からそこそこ遠いけれど、区を跨いで少し離れたかった。

蛇崩川の近くの公園の桜は満開で、とにかく美しかった。

そもそも、本当に久々に外に出た。


昔から引っ込み思案で、自分の思想が強くて、その分感受性が豊かで、さらにその分落ち込みやすくて。

小さなことで傷ついて、人と少しズレた箇所も自覚しているけれど、そこを突っつかれてさらに傷ついて、引きずって。

学校に行かなくなった。

たまにそういった子達を受け入れてくれる学校の個別クラスで補講を週に数回行って。

同じ中学の子たちと会わないように遠く離れた場所で買い物したりして。

炊事洗濯、家の事なら何でもできる。お嫁さんスキルだったら満点だよねっていうレベル。

その能力は家だけに留めて、一人、部屋で引きこもった。

居場所は家しかなくて。

お母さんを不安にさせてきた。


だからこそ、本当に久々に外に出た。

歩く世田谷周辺のこの道は、何だか優しい光に満ち溢れていて、とにかく穏やかだった。


るりは感じていた。ずっと。


たった一人の幼なじみが、海外へ旅立って、私は一人ぼっちになった。

私の唯一の希望の光はもういなくて、私は闇をまとう漆黒の存在になると。

そんな沈む自分に安心し出して、ここまで堕ちて、何を得たのだろう。

愛を知れず、友情を憎んで、孤独を選んで、何を成しただろう。


自分が嫌いだ。

何もできない、幸心がいない世界で、一人でいる自分が大嫌いだ。


そう思いながら。

るりは重い足を階段に乗せ、くたくたとのぼる。

その先、広がる公園の隅っこにあるベンチに座っていたのは。


息を呑むほどの美人だった。


思わず見惚れてしまった。

時が止まったのかと思うくらい、夏に舞う、蛍の光のように、淡い、眩しい人だった。

つい見続けていたら、声をかけられた。


「どうしたの?」


るりは慌てて取り繕う。

「いや、えっと、あの…何でもないです」

「そっか!」

会話はそれで終わったはずだった。

でも。

彼女が続ける。


「ねえ」

「あ、はい!」

「大丈夫?顔色悪いよ?」

「え!?いや、大丈夫です」

「なんか真っ青だし、寝不足?すごい疲れてない?平気?」

「いや!ほんとに大丈夫です!ほんとに!」

不意に優しくされて、ビックリしてしまった。

瞬時に見抜く洞察力、相手に寄り添うホスピタリティー。

顔を見られて慌てふためいて、

そしてさらにビックリしてしまった。


「え…?まさか…」


その女性の面影が、幼少期の記憶に重なる。


「マ、マミコ…!?」


知っていた。

いや、そんなどころの話じゃない。

憧れであり、自分の大切な幹となる人だった。


「おー!よく分かったね!あんまり言われないんだよ、子役のときの話だし、魔法少女マミコは外伝作品だから1クールで終わっちゃったしね」

「てことはやっぱり…『学園プロジェクト』の喜々マミコ役を演じていた…」


「そ!私、星野輝き!よろしくね!知ってくれてありがとう。嬉しいよ!」


輝きと名乗るその女性が編み出すお芝居に、世界観に、るりは心を奪われて子供時代を過ごした。

「わ、私!輝きさんのめちゃめちゃファンです!」

「うわぁ!嬉しい!なかなか役者時代の私を知っている人自体が少ないからね。ほんとにありがたいよ」

興奮冷めやらぬるりも、1つ疑問に思うことがあった。

「と、ところで、輝きさんは何でここに?まさかこんな公園で会えるだなんて思ってもいなかったです!」

「んー、そうだね。昔を思い出してたってところかな」

「昔…ですか…」

「うん。高校時代。大好きな人がいたんだけどさ、その人に素直に思いを伝えられないままズルズル引きずってね、そんな悩んでいるあの時、たまたま到着したのがここだったの。それを久々に思い出してさ、懐かしむために来たってとこかな」

彼女はるりに話してくれた。

ずっと想いを寄せていた男性のこと。

その男性が好きだった女の子の恋路を応援していたこと。

でも。

最後は自分の気持ちに正直に、ちゃんと正面から向き合ったこと。


「私さ、輝きっていう名前だから、その名前に負けないくらい人生輝いてやろうって、そう思ってる。今はカウンセラーのお仕事をしててね、人生に行き詰まっている人たちのサポートをしてるの」

そんな言葉に、なぜか納得に近いものがあった。

色んな自分の気持ちと向き合って、苦しんで。

それでも前を向こうって、この人は頑張ってきたんだろう。


「それに引き換え私とくれば…」

るりが心の声がオンになって本音が溢れる。

それをやさしくその女性は拾い上げ、言葉を乗せる。


「よかったら、話聞かせて」


その温かい言葉と、人生の救世主だってことも相まって、何でも話せた。

これまでの生きている心地のしない、辛く長い人生のこと。

闇のオカルトにすっかりのめり込んで、人と関わることを諦めたこと。

そして、彼女は穏やかに笑う。


「いいじゃん!闇の戦士!かっこいい!」

「そうかな…結局自虐なだけだし…」

「自虐なんて何も悪くないのよ。自分を責めるのはたしかに心当たりがあるからこそ、そうしちゃうんだと思う。でもね、それでいいじゃない。あなたがそれを望むなら、逃げたいときは逃げればいい。挫けたいときは挫ければいい。闇だって思うなら受け入れればいい。そうして自分を守ってあげて、それを自分自身が認めてくれたら、今度は攻めに出ればいいよ!あなたの個性、活かしていけばいい!」

「闇を…受け入れる…」

「うん。私は自分の嫌なところ全部受け止めたから、元気になれた。だから好きなこと、捨てなくていい、自虐すら味方にしちゃえばいい!」

「私に…できるかな…」

「できるよ。あなたにニックネームつけてあげる」

「え…?」

「お名前は…?」

「ほ、堀田るり…です…」

その名前を聞いて、彼女の目が大きく見開かれた。

「うそ…こんな奇跡あるんだ!」

「な、何が…ですか…?」

数奇な運命か、何かの縁なのか。

「闇をまとう漆黒の戦士ホタル…なんていうのはどう?なんかカッコよくない?」

「ホ、ホタル…?なんで…?」

「堀田るりちゃんだから、略してホタルちゃん!」

「な、なるほど…」

「あと、蛍って闇の中を照らすじゃない?受け入れたその闇の中をきっとあなたなら自分らしく照らしていける。私はそう信じてるよ。それに…」

彼女は嬉しそうに笑った。

「私もアダ名、ほたるなの!こんな偶然起こるんだね!」

ニコッと微笑んだ女性…星野輝きは、その彼女だけが持つ特有の愛情で返してくれた。


「自分の好きなこと、貫いてみてね。私があなたの人生、応援してあげる!」


彼女が教えてくれた、自分の思うままに生きるっていう気持ち。


だからるりは、勇気を出して高校から学校というものにもう一度挑戦することを決めた。





そして入学。

クラスが発表された。

好きなことを貫くとは言ったものの、久々の一般クラス。大好きなオカルトグッズは鞄の中へ隠し、普通の話し方、普通の立ち振る舞いでバレないようにするしかなかった。

そんな時…


「え…!?るりちゃん…!?」


運命(ディステニー)は、ちゃんとそこにあった。


「こ、ここすけ!?」


怖がりながら一歩、勇気を出して高校に来てみたら、人生唯一の親友に、再び出会えた。

「幼稚園ぶりだね!なーんだ!全然るりちゃん変わってないや!」

オカルトグッズはまだ恥ずかしくて鞄の中へ隠しちゃったけれど。

これは自分の原点だからって、鞄につけた魔法少女マミコのキーホルダー。

それをちゃんと、幸心は覚えてくれていた。

「ばか…」

「え、どうしたの、るりちゃん?」


涙が、溢れた。


そしてるりは叫ぶ。


「急にいなくなるなー!私がどんな思いでここまで過ごしてきたか!いなくなるんだったらちゃんと言ってよ!私は…私は…」

突然泣き出したるりに幸心は一瞬戸惑ったが、ここまでの彼女のことを、その涙で悟った。





「るりが、そんな女性と出会っていたなんて」

「そ。だから…」

今はもう。

目の前には、幸心以外の本性をぶつけられる人達がいる。

きっとその筆頭が、彼女の兄なんだなって、るりは思った。

「ホタルジュニア・ここすけの兄、エイティーよ」

「え、えいてぃー!?」

瑛斗はそのあだ名に戸惑う。

そんな戸惑う姿が、やっぱり妹と似ていて。

るりは嬉しくて照れながら言う。


「我の部を傘下にし存続させてくれたこと、見事に情熱的だ。褒めてつかわす」


そんなキャラクターで素直になれない気持ちを言葉にするるりに、瑛斗まで嬉しくなった。


「よろしく。ホタルさん」

るりちゃん回でした。

この子がこの作品のギャグメーカーというか、ムードメーカーになってくれたら嬉しいなと思い、メンバーの個性やキャラ設定を考えた時に真っ先に固まりました。

交流部メンバーは着々と集まっていますが、肝心の交流部の過去が明らかになっていないので琴葉の謎は色々あるかと思いますが、それは後のお楽しみということにしておきましょう。

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