すれ違い。
杏樹が向かうのは本棟の生徒会室。まだ会議が行われていたので、外で待つことに。廊下で刻々と過ぎ去る時間をジッと耐えるだけの杏樹の姿に、たまたま廊下を通りかかった城島先生が声をかける。
「あら杏ちゃん、どうしたの?」
「琴葉のこと、待ってます」
俯きながらそう言う彼女に、優しく微笑む。
「そう。まだかかると思うよ。いいの?それでも」
「今日会わないと私、気が済まなくて」
「杏ちゃん、負けず嫌いだからねぇ」
「美月ちゃんだって思うでしょ。部活の週報に目を通してるんだったら、このままで良いって思わないはず」
「杏ちゃんはそれでいいの?」
「え…?」
「杏ちゃんは、琴葉ちゃんに戻ってきてほしいんだよね」
「それは…もちろん…」
レオと2人で話す時間は心地良い。やっぱり大好きだ。でも、2人でいる時間を積み重ねていくと、どうしても欲しくない空白の時間が生まれてしまう。そうなると戸惑ってしまって、やっぱり琴葉にいてほしいと思う。
(だから私は…レオとの時間は諦める。代わりに3人の時間を大切にするんだ)
あまりにも複雑な気持ちだ。言葉を選ばずに自身に言うなら、琴葉がいなくなったことで、ホッとしてしまう最低な自分がいた。レオと2人きりでいられることに、優越感さえあった。でも、そういうのを取っ払って、やっぱり元の3人に戻りたい。
城島先生が去って、それから1時間。廊下で立ち尽くした。そして会議が終わり、ゾロゾロと帰宅していく生徒達。
荷物をまとめてようやく琴葉がドアを開ける。すると立ち疲れてしゃがみ込んでいた杏樹の姿が。
「え!?杏樹!?どうしたの!?」
「会議長いよ…もうクタクタ…」
「え、ずっと待ってたの!?」
「伝えたいことがあったから」
「いやいやラインで良くない?そんな無理しなくても…」
「直接のほうがいいと思ったから…」
「と、とりあえず、どっか近くのお店入ろ。ソラマチのフードコートならすぐだし」
二人はソラマチタウンに最近加わった、フードコート内の『ヤッパリダ』というファーストフード店へ。
げっそりとした顔で歩く杏樹。体調が気になる。
「杏樹、本当に大丈夫なの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ…問題ナッシング…」
そのままフードコートの椅子に腰掛けてぐたっと机に倒れた。
「ふう〜」
息を吐いて、水を飲む。琴葉はそんな杏樹の様子を見て、理解が追いついていない。
「どうしたの?本当に」
「用なんて、私と琴葉の間柄でしょ、わかってるくせに」
「いや、本当に分からないんだけど」
「本当に分からないなら…ちょっと寂しいかな」
杏樹の本音がぽつりとこぼれて、琴葉に届く。ようやく事態を察して、琴葉は机にうつ伏せている杏樹の頭を優しく撫でた。
「そう言われたら…そういうことでしょ?戻ってきてほしいの?私に」
「何でいなくなったのさ」
「それは…私自身の為でもあるのよ。新山家からの自立…私は生徒会に挑戦して、変わる自分でありたかった」
「それも分かってるけどさ、なんか私に気を遣ってたんじゃないの」
「それは…」
琴葉が言いすぼむ。杏樹は続ける。
「私のこと避けてる…?」
「違う。それは違う。間違ってるよ杏樹」
「そうかな…?間違ってるかな…私…」
「絶対にそうじゃないよ。単純に…私の時間は私が決めると考えただけ」
また誤魔化してしまったと、琴葉は悔やむ。
違う。本当は、杏樹とレオの楽しい時間を、自分が邪魔してしまっていると考えただけ。
その輪を自分が乱してると思ったから、2人の時間を取り戻しただけ。
なのに、それを言うのが、なぜか怖い自分がいる。
「私は…自分らしくありたいの。それが生徒会」
「それなら…交流部の時間は…琴葉は琴葉らしくなかったってこと?楽しくなかったの?」
「それは…」
杏樹は、体を起き上がらせ、琴葉の目を見た。
「戻ってきてよ。生徒会やりながらでもいいからさ。全く来なくなるのは辛いよ」
杏樹にそう言われてしまって。
折れるしかなかった。
(私の本音って…何なんだろう…)
「うん、そこまで言うなら、戻るよ」
こうして琴葉は生徒会の活動と部活の活動を半々にすることを決めて、交流部に戻ることを決めた。
いつも通り、少し早めに部室に到着して、2人を待つ。
本当に少しいなくなっただけなのに、遠い昔のようで、この教室が懐かしく感じた。
ただ一人、彼と彼女を待つ。
*
杏樹がクラスの教室を開けると、レオが待っていた。
「チーッス」
「はろ〜」
「ほんじゃ、行きやすか」
「うん!」
てくてく歩いて別棟へ。渡り廊下を過ぎるまで、ずっと無言だった。
レオは何を思うんだろう、今日みたいに、琴葉が当たり前にいるはずの場所に、何を思うんだろう。
到着して、扉を開く。
風が彼女の髪を靡かせる。カーテンはゆらゆらと揺れて、音楽なんて一切流れていないのに、心地良いクラシックが再生されているかの様だった。
美しくて、ただ美しくて、杏樹は魅入ってしまう。
それは杏樹だけじゃなく。
「こんにちは」
彼女がそう挨拶をして、杏樹はいつも通り元気よく「はろ〜!」と返した。
再び、3人ともが望んでいたはずの交流部が始まった。
1時間過ぎて。
2時間過ぎて。
他愛もない話をして。
とにかく、思いついた話を適当にして。
それで、琴葉の心は安らいだ。
勧めてくれたドラマの話。
最近できたソラマチの新しいショッピング施設の話。
前に助けた軽音楽部から、今度はお客さんとして見に来ないかと誘われた話。
今後の交流部の方針の話。
沢山話した。
でも。
その話題は全て、杏樹とレオが振っていた。
自分からは、一言も発さなかった。
ただ、2人の話にリアクションをしていた。
それで良いんだって思った。
だから、2時間半ほどして。
「そろそろ帰るわ。私、明日も生徒会があるから」
「え!?琴葉、先に帰るの!?今までそんなことなかったのに」
「ここにいても特にすることはないし、仮にお客さんが来たら、あなた達が対応すれば良い話でしょう?だから私は帰るわ」
その言葉に、杏樹はただただショックだった。
「そっか…」
滲み出たその諦めは、琴葉の耳にちゃんと届いて、そしてもちろん、レオにも届いて。
「琴葉ちゃん、そんなに忙しいのかい?別に俺は引き止めはしないけどさ」
あくまで静観スタイルのレオは琴葉に静止はしないものの、違和感は感じた。
でも、琴葉はそんなことよりも。
ちゃんと来ているのに、というイライラが勝る。
「忙しいから帰る、それの何か問題がある?」
さすがにツンとした琴葉の言い方に、レオは、
「そういうわけじゃねぇって。ただお前さんに何かあったのかって思っちまっただけさ」
「優しいよね、レオは。いつだってそう。でもね、私だって色々思うことあるんだから、放っといてほしいな」
琴葉の強い言葉に、レオは言葉をなくしてしまう。
「もういいかな?たまには来るって言ってるんだし、言うこと聞いてる代わりに干渉しないでほしい」
そう言って、琴葉は出ていってしまった。
残された2人。
静かに椅子に座って、うなだれるレオ。
それを見て、ただ立っていることしかできない杏樹。
でも。
僅かな声を振り絞って出す。
「…………って……」
「……杏樹どうした…?」
「行って……!」
「いや、でも…」
「早くいけー!!」
杏樹の言葉に後押しされて、無意識のうちにレオは飛び出した。
たった一人の部屋になって。
涙が溢れた。
「何やってるんだろう…私…」
*
レオは走り、琴葉の手を掴む。
「何なの!離してっ!」
「ちょっとだけ落ち着けって」
「私は落ち着いてるわ。アンタ達がムキになってるだけでしょ?」
「お前が帰るのかどうかは正直どうでもいいんだよ。それより、杏樹にあんなこと言ったら流石に可哀想だろ」
「なに?私なんか変なこと言った?」
「杏樹はお前といたかったから呼んだんだろ?いくらなんでも冷たいだろ」
(何も分かってない。杏樹はレオといるのが楽しい。それを邪魔したら申し訳ないって思うのが普通でしょ…。というかそもそも私と杏樹だけの時間にレオが入り込んだからこんな感じになっちゃったんだ…)
「あなたがいなければ…こんなことにならなかった…」
「え…」
「レオなんかいなければ、私と杏樹だけで楽しくできたのに!私が余計な気遣いしなくて済んだのに!」
一番、言ってはいけないことを言ってしまった。
最低な言葉をレオに投げた時には、もう全てを受け止めていた彼。
その言葉を聞いて、レオは静かに手を離した。
「……わーったよ。俺が悪かったわ」
そして琴葉は振り返り、歩き出す。
その背中にレオは強めに言う。
「でも待て。一回部室に戻れ。せめて杏樹には応えてやれ。誰よりもお前と琴葉が、一番交流部の将来に思うところがあんだろ。このまま失くすのはオススメしないぜ」
そして渡り廊下の真ん中、立ち止まっていた琴葉を追い抜いて、レオは本棟へ消えていった。
ただ一人、立ちすくむ琴葉。
レオは、結局、誰の味方なんだろう。
その答えを、消えゆく背中から悟ることができなかった。でも、少なくとも、誰の味方かの前に、傷付けてしまったのは間違いない。
(何であんなこと言っちゃったんだろ…)
振り返って、もと来た方へ走り出す。大事な友達のことは少なくとも捨てちゃダメだ。
だって、杏樹が私のためを想ってここまで引っ張ってくれたのは確かなんだから。
……そう言い聞かせて、教室の前に立つ。
部室の扉を開けると、杏樹が揺らぐカーテンをおさえて、窓を閉めていた。
その静かな空気の中で、琴葉は目を逸らして口にする。
「杏樹…さっきは…ごめん…」
「何が…?」
「何がって…いや…申し訳ないことしちゃったなって」
「レオに言われてあなたは戻ってきただけでしょ。帰りたいなら帰れば良いじゃん」
そう突き放す言い方をする杏樹に少し戸惑った。そしてすぐに気付く。戸惑う時点で、私は杏樹の気持ちを分かってはいなかったのだと。
でも、反対に口は動いてしまう。
「私だって事情があるの。だから…」
それを遮るように、杏樹の抑えていた気持ちが溢れ出す。
「そうやって自分の都合ばっか言って、無理に部活に付き合ってくれるフリなんかしてもらわなくていいから。普通に琴葉と一緒にいれたら楽しいって思ってた私がバカだったわ。琴葉は私に気を遣って合わせてくれてるだけだって、今日のを見てよく分かった」
そう言われて、琴葉も気持ちが溢れる。
「そういう言い方はないんじゃないの?私も別に交流部が嫌で距離を置こうとしたわけじゃないんだから。別にあなたに気を遣ってるつもりなんて…」
「琴葉はいいよね、なんにも気付いてないんだもん」
「え…?」
「レオの気持ち、なーんにも知らないんだもん。自分のことばっかり考えてる人はお気楽でいいよね」
「なら何?私は自分がやりたいことに挑戦するなって言うの?交流部以外のことはしちゃダメって言うの?」
「琴葉にとって交流部は大事じゃないんだ」
「そんなこと言ってないでしょ!?私はこの部活のことを一番に考えて、こうやってちゃんと戻ってきたの。私はちゃんとしようと思ってる」
「ちゃんとする?中身のない言葉」
「あなたね…!」
お互い、目を合わせずに棘のある言葉をぶつけ合って、琴葉が怒りで振り向いた。そこには、涙を流す杏樹の姿が。
「私は…3人で楽しくやりたかったな…もっともっと楽しく…最後までやりたかったな…」
レオと杏樹の楽しそうな時間を奪ってしまったから、2人の幸せを純粋に願っただけなのに。
何でこんな風になっちゃったんだ。
琴葉の中でこぼれ落ちたその言葉が舞って、誰にも言えず押し殺した。
「じゃあね、琴葉」
そのまま教室を立ち去った杏樹。
それからもう、彼女を学校で見ることはなくなってしまった。
*
杏樹が教室を出てから30分後。
たった一人。部室の鍵を締めて、職員室へ向かう琴葉。
するとバレー部の鍵を返しに来ていた一人の少女が。
「あれ、琴葉先輩」
「あら、陽じゃない、どうしたの」
「部活終わりで鍵を戻しに。琴葉先輩もですか?」
「ええ。特にすることもないしね」
陽と琴葉は中学が同じ。元々茶道部に入っていた二人はそこで知り合った。高校進学後、一年後輩の陽は女子バレーボール部に所属していたが、親しい固定の友達がいない、心細い時期がまさにこの7月末だった。
そんな陽が久しぶりに校内で琴葉と顔を合わせた。しかしその悲しそうな、今にも泣き出しそうな琴葉の表情に、陽は察する。
「先輩、何がありました?」
「別に何もないわ」
取り繕ったその言葉に反して、涙がこぼれ落ちた。
「先輩!?どうしたんですか!?」
「何でもないって…言ってるでしょ…」
自分の言葉や態度の数々を悔いた。
大切にしていたあの時間を、一人でいた自分を救い出してくれたあの場所を、失いかけている。
「私で良ければ話乗りますから。お世話にもなりましたし!」
「うぅ…陽ぅっ…!」
そんな優しい陽に、琴葉は自然と抱きついて号泣してしまった。
それから少し落ち着いて、中庭に座る。そこで陽に部活で起こったこれまでの出来事を伝えた。
「まさかバレー部の助っ人に交流部として来てくれていた杏樹先輩が琴葉先輩と衝突するなんて…」
陽はシュンと俯く。同じように悲しい気持ちになってくれる陽のことがとても有難く、嬉しく感じたのと同時に、そういう気持ちにさせてしまったことが何だか申し訳なくなってしまう。
「ごめんね陽。あなたには関係のない問題だったわね」
「いや、そうでもないです。実際あの時のバレー部は杏樹先輩がいなければ回らなかったですし、交流部にはお世話になっていたので。それで琴葉先輩はどうしたいんですか?部活は続けたいんですか?」
「分からない…でも、今のままではダメだと思ってる」
「なら、続けましょうよ」
「そうは言っても、このままじゃレオも来なくなっちゃうんじゃ…」
「なら、そのレオ先輩って人も私が連れ戻します。どこかへいなくなっちゃった杏樹先輩はともかく、その人は連れ戻しましょう。安心して下さい」
そうキリッと言う陽は、どこまでも自分より素敵な子に見えた。真っ直ぐに、自分の気持ちに正直に生きる彼女の方が潔くて、常に相手に気を遣って行動をする自分が小さく感じてしまう。
「琴葉先輩は堂々としているところが一番カッコイイんです。私はそんな琴葉先輩でいてほしいんです!」
彼女がいなければ、とっくに自分はダメになっていたかもしれない。
そう思わされるくらい、この時の琴葉にとって陽は救いの存在だった。
*
琴葉に言われた場所へ向かう陽。西日が少しずつ強くなり、暮れ落ちる今日を惜しむように木々が風で揺れる。
その先は別棟の屋上。扉の向こうに、探していた"彼"はいた。寝っ転がって、日向ぼっこをしたが、陽が扉を開けたことに気付き、身体をそちらへ向ける。
「おや?初めてのお客さんだねぇ」
「あなたがレオ先輩ですか?」
「え、すげぇ、何で知ってんの?俺、ちょー有名人じゃん!」
「琴葉先輩の知り合いです!」
「あー、なるほどね」
琴葉の知り合い、という言葉を聞き、すぐに察する。ここに来た目的まで、あっさりと。
「琴葉ちゃんに頼まれて、俺を連れ戻そうってわけ?」
「まあ、簡単に言えばそうです!」
「君、面白いねぇ。名前なんて言うの?」
「六嶋陽。バレー部の1年生です」
「ほー。そんなバレー部ちゃんが何で俺を連れ戻そうとするわけ?」
「琴葉先輩、一人ぼっちで可哀想です。それはあなただって知ってるんでしょ?」
「そうだねぇ。バレー部ってことは、前に助っ人でうちの部活から送った近浦杏樹のことを知ってるかい?」
「はい、もちろん。その杏樹先輩も交流部からいなくなっちゃったんですよね?だったらレオ先輩が何とかして下さい!」
そう言われて、レオは起き上がり、
「しゃーねぇなぁ。女の子の頼みとなっちゃあ、嫌だなんて言えないよなぁ」
そして別棟の階段を降り、二階の部室へと赴く。
陽が扉を開け、
「琴葉先輩ー!レオ先輩を連れ戻してきました!」
そして気まずそうにレオも陽の後に続いて部室へ入ってくる。
いつものように、窓際で、揺れるカーテンと吹き抜ける風に髪を靡かせながら、優雅に琴葉は紅茶を飲んでいた。
「そう、ありがとう、陽」
陽は満面の笑みでピース。そしていつものように軽い調子で、「チーッス」と挨拶をするレオ。
「あなたの挨拶はどうにかならないわけ?」
「別にいーじゃーん?俺と琴葉ちゃんの仲なんだし」
「相変わらず気持ち悪いわね」
「クーッ!この感じよ!毒舌受けると琴葉ちゃんって感じがするんだよねぇ」
そんなふざけてお互い返してみたものの、すぐにまた空回った空気になる。
それを察して、琴葉は飲んでいたカップを置いて立ち上がった。
「この間はごめんなさい。酷いことを言ってしまったわ」
「気にするなよ、俺もわりーな。あんま上手く立ち回れなくて」
そう何となく笑い合うけれど。
いつものあざとい「はろ〜」という挨拶は聞こえなくて。
普段、彼女が座っていた席は空いていて。
どうも二人のリズムは狂う。
でも、それを言葉にするのが、何だか嫌だった。理由があるわけじゃない。何かが嫌だった。
その空気を間埋めするように陽は、
「もうー、二人とも杏樹先輩のこと気にしてたら部活はできませんよ?もう先輩はいないんです。今度から二人でやっていくんでしょ?」
「ええ、けれど…私とレオだけで、何ができるかしら…」
「ま、企画とか引っ張ってくれるのは基本、杏ちゃんだったな。持ち前のコミュ力で他の部活とも交渉の窓口になってたのはアイツだったし。俺と琴葉ちゃんでどうにかなる問題かねぇ」
そんな内向的になる先輩二人を見て陽は、
「もー!どーしょーもない先輩達だなぁ!いいです!だったら私が仕事掴まえてきます!」
「え!?」
琴葉は衝撃の言葉に驚くが、陽は続ける。
「どうせ今月末で部活辞める予定でしたし。せっかくだったら、この未開拓な部活に私も時間使ってあげます!1年生一人もいない部活って、ちょっと寂しいでしょ?」
「それはそうだけど…陽はそれでいいの?」
「いいんです。それで杏樹先輩の代わりになれるとは思ってないですけど、二人が楽しんでくれるのが一番ですから!それに、今クラスで一人でいる女の子がいて、その子も誘ってみようと思います!そしたら楽しくなるでしょ?」
ノリノリで提案してくる陽に、琴葉もレオも最初は戸惑ったが、琴葉は静かに笑う。
「あなたは…本当に素敵な子ね」
こうして、陽が交流部に加入し、続いて陽に背中を押されて入部した風花。4人となった交流部は10月から年をまたいだ。
4人でクリスマスパーティーをやったり、初詣に行ったりと楽しく過ごして。
2月のある日、レオは、「ありがとう」という手紙を置いて、部活を去った。
その手紙を見て、琴葉も陽も風花も固まった。
突然の出来事に陽は取り乱す。
「どうして…!?最後までいてくれるって、私は信じてたのに!」
「陽ちゃん、落ち着いて!ね?」
「風ちゃんは何でそんな平気な顔してられるの?ねぇ!琴葉先輩も!こんなお別れでいいんですか?」
「別に本人が辞めたいと思って辞めたわけだから、私達が止めることはできないはずよ、陽」
「そんなの…!すぐに受け入れられるわけないです!私、嬉しかったんです…。琴葉先輩があんなに沈んでたのに、レオ先輩が戻ってきて元気になったのが…。それなのに…これじゃ振り出しに戻っちゃった…」
そして琴葉に詰め寄る。
「琴葉先輩、このままでいいんですか?私は琴葉先輩も、レオ先輩も最後まで部活を全うしてほしいです!」
気持ちが走る陽を、風花が止める。
「やめよ、陽…お二人にしか分からないことがあるんだから」
「でも…!」
涙目の彼女を、琴葉は優しく諭した。
「まあ、私もいつかこうなる気はしてた。でも、引き止める権利は私にはないわ。レオは後輩が入ったらやめるって決めてたんだと思う。私達3年生は、3人でいる時間が楽しかったから、もうそれが叶わない今は仕方ないこと」
琴葉は分かった。
きっと、陽が部活に入ると言った時、レオはそのことを予想していたんだと。
そして、軌道に乗った交流部を見て、もう大丈夫と確信したら、自然と抜けるのだと。
そしてそれがこのタイミングになったと。
きっと卒業まで一緒に全うすることはできたのかもしれない。
でも、琴葉がぶつけてしまったあの言葉は、レオにとっては相当トラウマになっていて。
我を出さないレオの性格に結びついてしまったと。
陽には申し訳ないけれど。
これが3年生のあり様だと、晒して新学期を迎えるしかなかった。
次回で初代交流部のエピソードが完結。
失ったものを、彼ら彼女らは取り戻しに行けるのでしょうか。
全然関係ない余談ですが、琴葉はコーヒーがあまり得意ではありません。セレブな新山家では午後にアフタヌーンティーを飲むのが基本。子供の頃からずっと飲んでいたので、緑茶というものを中2まで知らなかった琴葉ちゃんでした。