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交流部って何なんだ。

紅葉が舞う隅田川。

その先にある緑豊かな学校で、出会った2人は、1つの決断をする。


「私と一緒に、部活始めよ!」


ただ、その一言に救われた。

何もなかった。本当に、誰にも自分らしさを知ってもらえなかった。


そんな彼女を、彼女は受け止めてくれた。





新山琴葉。

この春に入学した、高校1年生。家は超有名な大富豪の新山家。そんな高貴な家柄もあってか、中学時代は茶道部で3年間を過ごした。

中学生の時に知り合った身近な後輩、六嶋陽は身体を動かすことを優先して、茶道部を途中でやめた。部員の中でとりわけ親しいような友人がいるわけでもなく、孤独な日々を過ごしていた。

そんな毎日はもう終わり、いよいよ晴れての高校生活。部活で友達をどれだけ作れるかが肝心。そう願って、部活のパンフレットを隅から隅まで何度も見る。しかし、何度見てものめり込むことのできそうな部活は見つからない。茶道をするこだわりもなければ、それ以外に運動系も文化系も興味はそれほどない。家の事情で、名前にも含まれている琴を嗜んできたものの、本当はロックが大好きで軽音楽にも憧れた。でもそんな軽音楽に入れば家が絶対に許さないだろう。だから何もせず、どこにも所属しなかった。

気付けば、1年生の間はただ何となくの日々が流れていった。何者でもない自分に段々焦り始める。私はこれで本当にいいのかな、将来後悔しないのかな、と。そんな自分らしさを掴めないまま、4ヶ月近くを終わらせてしまった。


本当に、空白の半年だった。


無駄にした、と言えばそれまでなのかもしれない。でも、それよりも怖いのは、その無駄にした、という感覚を今年も味わうのではないかというものだ。琴葉はそれに怯えて、上手く勇気が踏み出せないでいた。


そんな中での9月。

突如クラスに新しい生徒が。


転校生、近浦杏樹。


彼女は海外を転々としてきた帰国子女。海外経験の豊富さからフレンドリーで、かつ、大人な色気も持った少し小悪魔的な魅力があり、男子からの人気が絶大だった。

「杏樹さん!今日も素敵ですね!可愛いです!」

そんなことを毎日、色んな男子が言ってくる。

それに対して、彼女は。

「そう〜?ありがと!」

とびきりのスマイルでファン応対。メロメロになる男子は数知れず、他クラスからめファンが生まれるほど。

「おい、お前杏樹に告白しろよ」

「やだよ、お前から先にいけよ」

そんな会話があちらこちらから聞こえる。でも琴葉は思う。自分には到底縁のない話。そんなすごい人気者とは、別世界の住人。正直、興味なんてない。


そう思っていたけれど。


「琴葉ー!」


ある日突然、彼女に名を呼ばれた。

「は、はい」

「琴葉はさ、何の部活入ってるの?」

「え、いや、別に何の部活も入ってないけど」

「え!何でさ」

「だって、やりたいこと見つからないんだもの」

「その割には、よくその本読んでるよね。それがやりたいことじゃないの?」

杏樹が目に入ったのは、紅茶に合うお菓子のレシピ本。料理を学校でできるわけでもないのにそこまで考えたくなるくらい紅茶と洋菓子をこよなく愛しているのが、普段から人をよく観察している杏樹にはお見通しだった。

「料理部に入らないの?」

「こ、これは別にその…何でもないの」

「照れることないじゃん。私はそうやって好きなものに対して真っ直ぐなあなたが好きよ☆」

嬉しそうに、人を弄ぶかのように笑う彼女が、何だか最初は全然信用ができずにいた。それでも一緒に話すうち、少しずつ分かってくる。

「ごめんなさい…私…まだ名前を覚えられてなくて」

「あー、私?近浦杏樹!日本一の美少女ですっ!☆」

「じ、自分で言うんだ…」

「だって、可愛いかどうかってその人がそう思ったかどうかでしょ?私は自分が一番可愛いって思ってるからそう言ってるだけ!」

「め、めっちゃイタイ子…」

「まあ、自分でも分かってるんだけどね。そういうのがあんまり受け入れられないことも。でもさ、自分の好きなこと好きって思うのは不思議なことじゃないと思うのさ。だって、琴葉もそれが好きなわけでしょ?」

「うん」

そこから執拗に絡んでくる杏樹。その意味が、琴葉には全く分からなかった。高校1年、夏休みが始まってから頻繁に連絡をしてくるのが杏樹だった。

そして夏も開けたある日の放課後の帰り道。2人で帰ることが当たり前になっていた琴葉は杏樹に尋ねた。

「ねぇ、杏樹」

「ん?」

「何で、誰も友達のいない私に声をかけたの?」

「んー、むしろ琴葉のまわり誰もいなかったし、私もどっちかっていうとそっちタイプだからかな」

「失礼な人」

「なになにー?もしかして、私に対して感謝の念とかー?」

「それは違う」

「えーつまんないの」

「ただ…あなたは私タイプじゃないでしょ。どっちかといったら毎日告白されたり、モテモテで男子のファンもめちゃめちゃ多いじゃん」

「まあ、私スタイルもいいしね」

「それもそうだけど…私である必要があるの?」

愉快で色気があって小悪魔っぽくて、それにつられる男子が沢山いる。そういうことでステータスを高めること自体、彼女にとっては難しくも何ともないこと。それでも、そこに終始しない理由があると、琴葉は感じた。

杏樹は小さく息を吐き、無邪気な、敢えて振る舞うナルシストな自分を解いて、心の奥の自分自身で、琴葉に言葉を投げる。

「私に近付いてくる男子、嫌なわけじゃない。でも、理解はしてくれないよ」

「え?」

「私さ、可愛いじゃん。んでモテるわけだ。そしたら男たちがすごい下心丸出しで私のもとにやってくる。そうやって得意分野で自分を持ち上げて嬉しいっていう気持ちになって。でもそうすると女子たちに媚び売ってる奴だと思われる。ずっとその繰り返し。モテモテなのは嬉しいけどさ、それでビッチって思われるのも何だか悔しいし。だから一層、可愛い子といた方が楽しいかなって」

「へぇ…」

クラスの人気者、近浦杏樹は彼女なりの苦悩があって、自分を選んでくれた。嬉しかったけれど、杏樹の良さは外見的なものだけじゃない、もっと認められるべきポイントがあるんじゃないかって、強く思った。

だから、聞いてみたくなった。

「じゃあ、いっそのこと可愛こぶらなくたって良いんじゃない?そんなことしたら、また男子たちが勘違いしちゃうでしょう?」

「まあね。勘違いさせてチヤホヤさせるのもそれはそれで楽しいんだけどねぇ〜。結局、『友達でいいかな?』って言ったらみんな悔しそうにするし、でもみんなの杏樹って感じで最終的には受け入れてくれる。それが楽しい的なところはあるかな〜」

琴葉は思う。やっぱり分かりたくて、分かることができない。

そこまでして、人気が必要な理由。

「その男の子たちはさ、一応本気なんでしょ?何だかちょっと可哀想じゃないかな…」

そう呟いた琴葉を杏樹がじっと見る。それに琴葉は戸惑い、

「あ、いや、なんかごめん、別に近づいてくる男子たちを弁護したわけじゃなくて、その何ていうんだろう…男子たちは勘違いする、でも杏樹が人気者を演じてるからまた男子が近づいてきて、杏樹は他の女子に誤解される…そこまでチヤホヤされるのが楽しい理由が、なんかよくわかんなくて…」

そう聞いて杏樹は笑う。

「琴葉は意外と、納得しないと前に進めないタイプなんだねぇ」

「べ、別にそういうわけじゃないし…」

「言いたいことはわかるよ。やってることと言ってること、矛盾してるもんね、私。でも、もっと簡単な理由なんだと思う」

風になびく彼女の髪は明るくて美しかった。きっと、自分を安売りしなくても、この子は十分な魅力があると確信できるほどであった。

彼女は続けて言う。

「怖いんだよ、私。自分が人気者だって、必要とされてるんだって、本当はそんなんじゃなくても、それを演じるスキルがあるなら、それを使ってそう見せないと怖いんだよ」

「でも…自分に自信があるんでしょ…?」

「うーん、難しいねぇ。自信がないから、自信があるように演じてる?のかな?」

「ふーん」

自分は人に必要とされているということを安易に示す方法が、「人気」。たまたま彼女はそれが得意分野だっただけで、でもそれをして得たものは信頼も何もない、ただ言い寄られるもの。きっと気があるフリをしてしまうことも、それで他の誰かが傷ついてしまうことも、彼女は分かった上で、その傷跡を見つめながら、今もそのキャラを演じ続ける。


きっと、すごく簡単で、すごく残酷な自分への報酬だ。


「琴葉はさ、自分に自信ないの?」

そう尋ねられて、すぐには返せなかった。

生まれは富裕層の新山家。親は投資家で昔からリッチな生活を送り、何不自由なく暮らしてきた…つもりだった。でも。いつも自分では何もできなくて、そんな壁を京妃が壊してくれて、虎之介と京妃と3人で自分の居場所を何とか作ってもらって、そうやって誰かに助けてもらいながら過ごしてきた。結局、どこかに所属しても何の身にもならなくて、好きなことからは目を背けて。ずっと習ってきた琴も好きだけど、ロックなバンドサウンドも心から大好きで。でもそれも全て隠して隠して。1つ1つを手放して、大事なものだけは隠して。そんな自分があまり好きではなかった。だからスキルだけでも持っている杏樹がある意味羨ましかった。自分を肯定するだけのスキルがあるなら、きっと自分を守って生きていけるから。でもその彼女はそれが嫌だという。贅沢に見えて、でもなぜか共感もできた。そんな不思議な感覚を抱いてしまったから、彼女と似ても似つかない自分を重ねてしまったから、答えは出なかった。

「……分かんない」

そう返すしかなかった。だってそれが今の私だから。何も持っていないから。

でも。

彼女はそれを否定しなかった。

「分かんない、か。でもある意味そっちの方が良いかもね!」

「え…何言ってるの…自分に自信があった方が良いに決まってるでしょう…」

「だってさ、自信があるって分かっちゃったら、慢心しちゃうでしょ?私が良い例だと思うし!でも琴葉はこれから自分の良いところ沢山見つけられるってことじゃん!それって素敵でしょ?」

そう純粋に笑う彼女を見て、初めて本当の彼女が分かった気がした。

「あなた…普段の可愛こぶってる時より、今の方が可愛いわ」

「えぇ〜それ褒めてるの?」

「褒めてるわよ」

「嘘だ〜」

杏樹も同じく。

ずっと孤独だった。

琴葉の護られた、がんじがらめな生活とは反対に、親はイタリアで暮らしている自由な人。好きなことはある程度何でもやらせてくれた。だからコミュニケーションスキルが立つ色んなコミュニティに入れてくれた。ダンスにサーフィン、バンド活動、とにかく飛び込んでみて、それなりに楽しく生きてきた。

でも、ど真ん中の何かが足りない気がした。元々あったモノに飛び込んでみても、生まれるものはそのグループに対しての共感程度で、自分のホームでいられた気分にはなれなかった。

色んなことを試してみて、それが満たされなくて、親を残して日本に久しぶりに帰国してきた。

そうまでして日本に戻ってきたからには、誰かとしっかり関わって自分らしさを、自信を作りたいと思った。

でも生かせるのは結局、相手の心を安易に揺さぶるような浅はかな人気の獲得。怖いから、認められたいから、そんな自分が嫌いでも、そういうことをして自分を高く評価しておきたかった。

色気も人気も評判も、やっぱりいらない。

それが琴葉という真っ直ぐ自分の好きなものを夢中になってのめり込む女の子との出会いでハッとさせられた。ちゃんと正面から自分らしくいるために帰国したんだ、と。目的があったから今ここにいるんだ、と。

杏樹は尋ねる。

何かが足りないのなら、自分で生み出せばいいと信じて。


「ねぇ、琴葉」

「ん?どうしたの?」



「私と一緒に、部活始めよ!」



その言葉に、一方の琴葉は、ただ衝撃だった。

「私と一緒でいいの?」

「孤高の美女である新山琴葉を私が独占できるなんてラッキーじゃん♪」

「そんな理由…?」

「琴葉だって人気者なんだよ。琴葉の美人っぷりに惚れ惚れしてる男子だって沢山いるんだし」

「え、そうなの!?」

「うん。私とその男子、どっちとる?」

「な、なにそのわけわかんない質問…」

「もしかして、男子と付き合ったことないのー?」

「わ、悪い?私だって白馬の王子様が現れてくれたら良いなーとか思いながら夢見てる分には良いでしょ!」

「ふふっ、琴葉かわいい」

「うわー!バカにされた!」

杏樹はそう楽しそうに笑って、

「今は琴葉を独り占めしたいのさ。この私がね」

「ほんと変な子ね」

素直に、嬉しかった。

自分がようやく必要とされている気がして。


新山琴葉も、近浦杏樹も。


色々経験してみて、結局自分を見失った二人だった。


だから杏樹が手を差し伸べる。


「どう?乗ってみる?」


幼馴染の虎之介も京妃も、自分の夢に向かい始めている。

だから、自分も、自分のしたいことを叶えるために。


地位も人気も捨てた孤独な女の子のその手を、家柄という檻から出て彷徨っていた女の子が、今、受け取った。


「うん、乗ってみる」





***************





部活を始めるとはなったものの、まずは申請する内容を考えなければならない。

「どういう活動にする?2人の好きなものとか?」

杏樹が訊くと、琴葉はうなる。

「んー、私達が好きなのってロックとかじゃない?だからバンド?」

「バンドをやりたいってほどでもないんだよねぇ」

「杏樹が自信満々に部活やりたいとか言うからやりたいことが元々あるもんだと思っていたわ」

「それがなぁ〜特にないんだよなぁ〜」

杏樹は少し考えてみて、パッと閃く。

「そーだ!アイツに聞いてみよう!」

「あ、あいつ?」

コテと首を傾げた琴葉。ニコニコの杏樹は、琴葉の手を引いて走り出した。





渡り廊下を過ぎた先。

そこは別棟。本棟で全ての授業が行われている二人からしてみれば、全く縁のない校舎だ。美術部や手芸部など一部の学生がこのエリアを使う程度で、今はほぼ何も活用されていない、比較的静かな場所。

「ねえ、杏樹。こんなところに何があるの?」

そう不安になる琴葉を連れて杏樹がやって来たのは、二階の小さな空き教室。

「ここ、拠点にしたいな。申請出してみよっか!」

「う、うん…」

そして、更に近くの階段を上っていく。

「ねえ杏樹、どこまで行くの?」

「いいからいいから」

そう笑う杏樹の後をついていくと、屋上に辿り着いた。

本棟の屋上は厳重に鍵が掛けられており、生徒が入れないようになっているが、別棟であるこの屋上に通ずる入口の鍵は壊れていた。

「よし、行ってみよう」

「ええ…大丈夫なの、勝手にこんなところに入って…」

そして扉を開けた先、広い屋上で一人、うたた寝をしている男子を見つける。

「はろー、レオ」

「んー…ねーむいのに起こすなよ、杏ちゃん」

嫌々起き上がるそのレオと呼ばれた男こそ、杏樹の近所に住む柊獅瞳。

「おお、そちらの方ははじめましてかな?」

「あ、はい。新山琴葉と言います」

「そのバッジは同い年だねぇ。じゃあタメ口にしましょうぜ。琴葉ちゃん」

「な、馴れ馴れしい…」

琴葉はグッと引くも、杏樹が背中をポンッと押す。

「大丈夫。私が知ってる男子の中では近所に住んでて信頼もそこそこおける奴だから」

「そこそこって酷くね!?杏ちゃんそりゃあないっしょ」


(こんなチャラチャラしてる人を信頼してるって、やっぱり杏樹は性格的に得してるだけじゃん…)


そう内心思いながらも、琴葉は杏樹に本題を尋ねる。

「で、この方に用事があるってことだよね、杏樹」

「うん。てゆーか、レオに私達がやる部活考えてもらおうかなって」

「え、なになに。2人部活やんの?いーじゃん!応援してるぜ〜、んで、その部活を考える?え、どゆこと?」

「その通りの意味。はい、レオさっさと考えて」

「やばっ!全投げじゃん!」

詳細は琴葉から伝え、部活を作ることになった経緯を聞くレオ。お互いに足りない何かを探して、自分達で居場所を掴み取りたいというそんな話。

真面目に聞いていたレオだったが、終盤にはふむと頷きながらへらっと笑い、

「お二人さん、井の中の蛙大海を知らずってところだな」

その言葉に杏樹はカチンと来て、

「はー?何どういうこと?アンタは大海を知ってるの?溺れろ」

「杏ちゃん冷たいって〜、ごめんごめん」

なぜそう言われたのか腑に落ちなくて、ちょっぴりイラッとしてしまったけれど、琴葉もその言葉の先を追うように、

「で、どういうことなの?」

「まあ、そのなんてゆーんだろーな。杏ちゃんは人気をなくすことの恐怖症、琴葉ちゃんはそもそも人と上手く接することが恐怖症、みたいなもんでしょ」

「私は人と接することが恐怖症というわけではないと思うんだけど…」

そう琴葉が言い返すも、レオはまあまあとなだめ、

「いずれにせよ二人は多方面への交流、交友が壊滅的に足らんわけだ。そんなんじゃそもそもどんな部活をやろうが始まらない」

杏樹はさらにカチンと来て、

「ほんと他人事ね〜、人間関係苦労してなかったらすんなり部活くらい思いついてたし!」

それにレオはパッと閃いて、

「あ、だったらその交流関係を築くような部活にすれば良いんじゃね?友達作る部みたいな感じ」

琴葉は驚きながらも、

「なる…ほど…?たしかにそれはそれでありな気もするわね」

そこに杏樹は難色を示し、

「えー、でもクラスの子たちに友達作ってる部活って思われるの恥ずかしいなぁ」

そこでうーんとアイデアを考え、レオが絞り出す。

「じゃあ表向きは他の部活とか生徒会を支えたりするボランティア集団っていう目的にしとけばいいんだよ。んで、それを通じて交流の輪を広げる部活、交流部!どうだ?理に適ってるだろう?」

得意気にレオがそう言うと二人は、

「杏樹、どう思う?」

「交流部?ないない。何する部活かも分かりにくいし怪しそう」

「私もそれちょっと思った…」

「おいお前ら!そんなに言うんだったら自分達で考えろ!」

でもすぐに、杏樹はくすりと笑う。それにつられて、琴葉も笑みがこぼれた。

「交流部…ダサいけど、別にいっか!」

「そうね。私達が特に何部かなんて思いつきもしなかったし、彼の命名ってことでいいわ」

「おいおい何だか自分で言ってて恥ずかしくなってきたぞおい…。柊レオ、生まれてはじめての失態だ…」

レオは顔を赤くして、杏樹は面白おかしく笑う。

「いいねぇ。レオは絶妙にダサいねぇ」

「もういいだろ…俺は帰る」

そう立ち去ろうとした彼の腕を、杏樹は掴んだ。

「待って」

「ん?どしたの」

「レオも入っちゃいな!それがいい!」

「はー!?」

レオは驚くも、琴葉も異論はない。

「そうね。実際こうやって携わってくれてることだし、せっかくなら一緒にやった方が面白いわ」

「え、お前らやば」

流れで入部させられそうになるレオは引いた目で二人を見るも、杏樹の真っ直ぐな瞳にあっさり折れる。

「まあ何をする部活かがフワッとしてるなら、俺がいてもいなくても一緒か」

そう諦めたように言うレオの言葉に満面の笑みを浮かべる杏樹。

「そうこなくっちゃ!」


たった3人。


新山琴葉、近浦杏樹、柊獅瞳。


この3人だけの、初代交流部が始まった。






***************






ある日。

申請書を作り、職員室の扉をノックして入室する琴葉たち3人。

「お〜、新山。どうかしたか?」

琴葉と杏樹の担任の男の先生…山下先生が書面を琴葉から受け取る。

「これ、私達が考えた部活です。交流部って言います」

「交流部…?」

山下先生はその文面を読み上げる。

「地域に貢献し、校内の交流活動を盛んに行うことを目的にしたボランティア部。主な活動としては、美化活動、生徒会支援、校内イベント運営の補助、部員同士の親交…」

それを読んで、先生はため息をついた。

「君達ねぇ、別にこれをやることは悪いことだとは思わないんだけど、随分曖昧じゃないか?正直これに相手ができる顧問なんて…」

そう悩むその先生が持っていた申請書をひょいと覗く先生が現れた。

「交流部…いいじゃないですか!」

そうにこやかに笑ってくれた先生は城島美月。

「えっと…1年生の担任の…城島先生でしたっけ…?」

他学年であることから基本的に関係性がない杏樹がそう尋ねると城島先生は嬉しそうに、

「うん!私、この部活の顧問になっちゃおうかな〜!」

楽しそうに笑う城島先生に、山下先生は、

「城島先生、あなたは剣道部の顧問でしょう?2つもできるんですか?」

「私から教頭先生に打診します!なんかワクワクするね!」

そう無邪気に振る舞う城島先生に、琴葉と杏樹は報われた気がした。後ろでその一連のやり取りをただ聞いているだけのレオも、自然と心が踊った。

城島先生は提案する。

「別棟で使ってない教室があるはずだからそこでやることにしよっか」

こうして今現在交流部がある、その別棟の二階の済部屋が確保されることとなった。







***************






ホコリを被ったその教室を雑巾がけする3人、そして城島先生。

琴葉はシンプルに気になる。

「城島先生、なぜ私達の肩を持ってくれたんですか?」

「んー?別に?特に深い理由はないよ。ただ何となくみんなが新しいチャレンジをするのをこの目で見届けたかっただけ」

「そ、そうですか」

それを聞いてレオは、

「いいや〜?なんか隠してるっしょ美月ちゃん。本当はちゃんと理由あるんじゃねーの?」

そう言われて、城島先生は小さく笑った。

「ふふっ。面白い子ね」

そして小さく息を吐いた。

「高校の時に好きだった人が、小説とかの執筆のプロでね、しかも剣道で県大会にも行ってたの。その二刀流がカッコよくて。今もその人みたいになれたらなーって思ってるからさ、『剣道部と交流部、どっちも携わってる二刀流美月ちゃん!』みたいなのに憧れてるだけよ。結局のところ自己満足なんだよね。だから気にしないで」

なるほどと一同頷く。でも、せっかくなら先生にも良いって思ってもらえる部活にしたい。

琴葉に芽生えた確かなその感情は、3人での活動へ次々と落とし込んでいった。

ある日は演劇部の裏方要因としてメンバーに参加。音響を琴葉が、照明を杏樹が、そして小道具をレオがお手伝い。2ヶ月に渡る猛練習に密着し、舞台を成功へと導いた。

ある日は陸上部の助っ人に。大会に出場する際、必ず補欠をメンバーに加えなければならないが、足りていなかった為足の早いレオがエントリー。結果的に出番はなかったものの、応援席から陸上部メンバーへ声援を飛ばした。

ある日は軽音楽部の一員に。琴葉はギターが、杏樹はベースが弾ける長所を活かして、重厚なロックサウンドを支えるバッキングを行った。他のグループでドラムが欠けているところには、経験者であるレオが叩き、見事ライブを成功に繋げた。

3人で何度も何度も、難しい困難を乗り越えて、部員は増えずとも、とにかく楽しかった。杏樹を真ん中に並んで歩く影は優しく夕陽に当てられ揺れて、会話が途切れることもなく、いつまでも3人で笑い合っていた。

こうして半年が過ぎて。

いつものように帰る3人。

杏樹とレオは近所住みである関係で一緒にそのまま帰っていく。2人と分かれ、一人で帰ろうとしたその時、琴葉は振り向いた。


杏樹が、楽しそうにレオと話していた。


不思議と胸騒ぎがした。

この3人の時間があまりに大切過ぎて、失くしたくなくて、気持ちが募れば募るほど、2人の笑う姿が輝いて見えて。

それで、思った。


(杏樹は、レオと長くいたかったのかな。だから、交流部にレオを誘ったのかな)


得意の色仕掛けで数々の男子は杏樹に魅了されていた。でも本当はそれだけの人に好かれたいと願う、人一倍寂しがりやで、でも根っこにあった気持ちは、大切な誰かに認められたいというもの。それが杏樹だった。

それがよく分かっていたから、杏樹にとってレオは特別な存在なのだと、口に出さずとも感じられる。


そして琴葉は高2となった4月。大勝負に出る。


「ねぇ、2人とも。ちょっと聞いてほしいの」

「なに?どしたの?」

杏樹が首を傾げると、琴葉は意を決して、

「私、生徒会に立候補する」

その言葉は2人にとってあまりにも予想外なものだった。レオは冷静に真意を尋ねる。

「なにかあったのかい?心の変化とか」

「何もないわ。ただ、挑戦してみたいと思っただけ」

琴葉のカラッとしたその言葉に、杏樹は少し焦りを見せる。

「待って、別に生徒会の活動をすることに反対なわけじゃないんだけど、そうなるとこれはどうなるの?この部活の頻度は」

「それなりに減ると思う。というか、うちの学校は内部だけじゃなくて外部の国際交流とかにも力を入れてる学校だから、最初のうちは部活に来ること自体、忙しくて難しいかも」

「そ、そうなんだ…」

明らかに沈む杏樹の声。レオはそれが気になるも、それ以上に決意が固まっている琴葉に対して違和感を感じる。

「ここまでお前さんが交流部を優先してきたのに、突然生徒会とは面白い選択を取るねぇ」

「そこに深い意味はないわ。レオは嫌なの?私が来なくなること」

そう尋ねられて、レオは返す。

「まあ、それなりにな」

その言葉が、その言い方が、その感情が、

柊獅瞳という人間のらしさを消し去った。

ずっと清ましたような態度で、一枚上を取るような行動で掴みどころがなくて。

それを、レオのレスポンス1つでかき消されたような感覚を琴葉は受ける。

でも。もう琴葉の中では固い決意だった。

ここまで来れば交流部は壊れない。2人が守ってくれるなら自分は戻りたいタイミングで戻れば良い。戻れば、を願うことがあるのなら。

決して優先順位が下がったわけじゃない。生徒会と交流部で一緒に活動ができるかもしれない。だから別にここで終わるだなんてこと起こらないかもしれない。そう、それだから、別にいい。私なんていなくたって、いや、あの笑顔を見てしまったら…


(私は、2人の邪魔をしてはいけない)


レオの気持ちには悪いけれど、もう決心は揺らがない。

「ありがとう、レオ。でも私はやってみるわ。やってみたいの。生徒会」

本当は少しもやりたくなんてない。自分に嘘をついてしまえば、3人の関係性は守られる。一緒にいなければ、壊れることは絶対にないはず。ずっと居続けるから複雑な気持ちになっちゃうんだ。それなら一層のこと…。


それから琴葉は、生徒会に入った。

次はどこの部活に助っ人に行こうかと話し合い、お菓子を広げて笑い合ったその部屋に、紅茶の香りはもうしなくなった。


杏樹が扉をいつものように開き部室に入ると、たった一人で外の中庭を眺めるレオの姿があった。

「はろー」

「よっ」

軽く返事をした彼の顔が光に照らされる。

まだ夕方にさえなっていないのに、その姿は柔らかい暮れの陽そのものの様だった。

「何眺めてるの」

「ん?かわいい子探し」

「スケベねぇ」

「高2だぞ俺。健全と言ってほしいぜ」

そうおどけてみせるレオ。

でも杏樹には分かってしまう。

そんな下心ありきの観察なら、そんな深刻そうな顔にはならない。


ドクッ。


嫌な鼓動だ。身体を強張らせる、嫌な胸の高鳴り。

3人とも、3人でいることを望んでいたはず。なのに何で琴葉は突然生徒会に入ろうとだなんてしたのだろう。

謎は深まる上に、自分の嫌いな一面が顔を覗かせる。それを覆い隠そうと、ポーカーフェイスであろうとすればするほど、嫌な胸の高鳴りは収まらない。


だって。


(わたし、レオのこと、好きなんだな)


それを自覚した。今、この瞬間に。

そして出会った頃を思い出す。





高1の春。

引越し先が新橋になることが決まり、実際の学校生活は秋からではあるものの、海外から一時的に帰国してきた杏樹。

「おー!汽車!」

新橋駅前にある大きな汽車を見て、テンションが上がる。それを熱心に撮影している一人の男子を見かけた。

その制服は、秋に入学しようと思っている墨田高校。アクセスも都営浅草線で一本、クリエイティブで人気の学校である。

嬉しそうに汽車を一眼レフで撮る彼に、話しかけてみる。初対面でも物怖じせず声をかけられるのは杏樹ならではの強みだ。

「墨田高校に通ってるんですか?」

「お、よく分かったねぇ。そう。今日は地元でゆっくり汽車を愛でる日でさ。君も鉄道ファンかい?」

「ううん、まったく。でも秋から私、転入するの」

「ほー、住んでるのもこのへん?」

「うん、今は海外暮らしだけど、夏休みからこっちで暮らす予定」

「ひぇー、海外!しかもこのへん住みになるし俺と学校も一緒なわけか!それは嬉しいねぇ」

「私としても安心するわ。地元に知り合いが一人でもいるならね!」

「うむうむ。んじゃ、俺様は一通りこの汽車ちゃんを撮り終えたところだし、メシでも行くかい?」

「マジでー!?行く!」

金髪のチャラ男にノリノリで乗っかる杏樹。同じテンションと同じノリが最高にマッチする2人は親睦を深めていった。一時的にまた海外へ戻った杏樹ともレオは変わらず連絡を続け、夏休みにいよいよ日本へ本格的に暮らすことになった杏樹は真っ先にレオに会い、学校のことやお互いのこれまでのことなどを打ち明け合った。

カフェで来月からの入学を楽しみにする杏樹。コーヒーをグッと飲んだレオは「美味いー!」と嬉しそうに堪能している。

そんな彼の無邪気な一面を見て、杏樹は問う。

「昔から鉄道好きなの?」

「まあそれもあるけど、一番はカメラだな。俺、動き回るのが好きでさ、パルクールの大会に出場したこともあって」

「パルクール!?あの街中をぴょこぴょこ飛び回るやつ?」

「そう、障害物避けたり利用したりして競い合う競技なんだけどさ、その時の俺を撮ってくれた人がくれたワンショットに惚れ込んで、自分もすっかり夢中になっちった。ほら、この写真」

スマホの待受を見せるレオ。それは屋根から隣の屋根へと飛び移る一瞬を切り抜いた、躍動感ある写真だった。

「すごい!これ誰が撮ってくれたの?」

「従兄弟。昔、体鍛えるためによく稽古してもらったのさ。そんな兄ちゃん的存在の彼が、俺の成長をこうして写真として撮ってくれた。それが何だか嬉しくてさ」

それを楽しそうに見せるレオが、すごく魅力的に見えた。

この人はずっと、そのお兄さんのような存在である従兄弟の背中を追いかけて、とにかく好きなことに夢中になっているのだと。

これまでそんなに人に惹かれなかった杏樹が、瑛斗と出会う前の時点で初めてこうして男子に興味を持った。





あの出会いの日から、レオと一緒にいたいと少しずつ願うようになって、琴葉に唯一自慢できる友達を最初の初期部員として加えることができた。3人で駆け抜けてきた日々はやっぱり楽しかった。演劇部の音響トラブルも、陸上メンバーの3年引退の瞬間も、軽音楽部の本番途中でギターの弦が切れて慌てた事も、全てにおいて楽しい思い出だったし、何よりそんな数々の山場を交流部として乗り越えていったのが、自分のまさに居場所とも言える存在で、杏樹にとっては他に替えられないものだった。

そんなトリオの一人が抜けた。

琴葉がいなくなって、寂しさやちょっとしたショック、それに悲しさみたいなものが心をグチャグチャにしてくる。そして何より、目の前にいるレオが、自分ではなく中庭を眺めているということにも、猛烈な何かの感情が押し寄せる。その何かが言葉にならないけれど。

きっと、怖いという気持ちに一番近いはずなんだ。こうなってしまうのは仕方がないこと。琴葉がいなくなって真っ先にレオだって戸惑いを見せるだろう。前向きに振る舞ったところで、それが正解かどうかなんて分からない。でも、そうするべきなんじゃないかって思った。

けれど。

やっぱり尋ねておきたい。

その答えを聞いて、この感情が怖いとは別のものであるということを証明したい。

恐る恐る、最小限の言葉に絞って、レオに投げてみる。

「ねぇ、レオ」

「どした」

「ホントは何を考えてたの?」

「女子ーズって言ってるだろう。かわいい子探しは楽しいからな」

「琴葉のことでしょ、考えてたのは」

勇気を出して、誤魔化す彼に直球を投げる。さすがに驚いたのか、おどけたその表情に陽の光は当たらず、ようやく彼は杏樹の方を向いた。

それに杏樹は、その瞬間に食い入るように続ける。

言葉は最小限にするつもりだったのに。

「あなたが琴葉を大事に思うようにね、私だって大事なの。琴葉と出会ったときから交流部の活動を通して、宝物を貰ったと心から思うわ。それはあなたもでしょ?」

彼は色んな気持ちを鎮めるように優しく目を閉じて、息を吐いた。

「俺はどこまで楽しくいられんのかな」

意外な返しに、杏樹は焦る。

「だ、大丈夫だよ!一緒に乗り越えて来たじゃん!私達で、ここまで交流部として」

「ごめんよ杏ちゃん。戸惑う気持ちはよくわかる。こんな返ししかできねぇ俺を恨んでくれて構わない」

「恨むだなんて…そんなありきたりな気持ちなんかじゃないよ。卒業まで走りたくないの?3人で…。私達にはもう、無理なの…?」

そう枯れそうな声で伝えた杏樹の言葉の意味を丁寧に汲み取って、レオは杏樹が求めていたそれを敢えて今言う。


「無理ではないさ。だって、俺は琴葉にいてほしいと思うから」


その言葉が聞きたかった。

聞きたくて、引っ張り出すことができた。

やっと、レオに白旗を上げさせることができた。

なのに。

それは1つの崩壊を意味する言葉だ。

「そっか」

今までの3人ではもういられない。だって、友情以外の気持ちが、その輪の中に入り混じってしまったから。

彼女が部活に戻ることを、レオが望んでいた。

それはつまり、自身の失恋の瞬間でもあると、杏樹には分かっていた。

ずっと、ちゃんと分かっていた。

少しずつ、日をまたいで少しずつ、月日の流れに身を任せているうち、レオが琴葉に惹かれていったのを、ちゃんとみて、ちゃんと頭で理解して。

言うのが怖すぎた。体が震えた。でもちゃんと引っ張り出せた。

でも、当の本人は自分のその気持ちが友情以外の何かであることに気付いてなかった。

だから、2人の無意識の想いを、実らせてあげよう。

「ねね、今すぐには無理かもしれないけどさ、琴葉を生徒会から奪い返そうよ」

「すんなりアイツが聞くとは思わないけどな」

そう跳ね返して言う彼も、続けて、

「まあ俺は3人でいれたら良いと思ってる」

わざわざ念押しかのようにそれを言う。暗に俺は"そっち"の選択は取らないと、あたかも杏樹に示すように。

「うん、ありがと、レオ」

ちゃんと琴葉から本音を聞かないと、このままバラバラになるのは嫌だから。

レオをその部屋に残して、杏樹は走り出した。





第2話とタイトルが一緒なのですが、改めて本当の交流部とは何なのか、問い質す前編となりました。

幸せだった3人を待つ苦悩。お互いを思いやるからこそ、不器用に振る舞ってしまう青春模様に浸って頂けたら幸いです。

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