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久々の日本!

ご興味を持って下さりありがとうございます。

本作は自著『リアルに銃を撃て。』の続編となっていますので、そちらを読んだことがなく、この作品から読むという方でも十二分に楽しめる内容にできるよう努めます。

また、『リア銃』を読んで頂ければ繋がる人物やエピソードも散りばめていくので、宜しければそちらもご覧下さい。

春。


それは出会いの季節。


バタフライピーの香りが漂い、その扉を開けばたちまち優雅で心地よい新緑を抜ける風が僕の頬に当たる。なんと素敵な時間だろう。

向こうでは冬眠を終えたマレーグマがこちらへ嬉しそうに駆け寄ってくる。身の危険を感じながらも、僕は同じくらい嬉しそうに逃げてゆく。

そう。春とはすなわち幸せの象徴。僕はまた新たな幸せに巡り会える…


「なんだこりゃーー!」


その文を読み絶叫する女性…城島美月は目の前の男子に怒りの眼差しを向けていた。

「泉くん、これって…」

「自己紹介の文になります!」

「うん?私、そうお願いしたはずだよね…この文は…?」

「人の心にやすらぎを!その一心でこの17年、生きてまいりました!」

「書き直しなさーーい!」

再び職員室で彼女は再び絶叫の声をあげる。

その紙を拾って、彼はむーっとしながら言う。

「この泉瑛斗史上最高傑作の自己紹介文だと思ったんだけどなぁ…」

担任である城島先生に課されたのは、明日発表する予定の自己紹介スピーチの原稿。放り投げた紙を一緒に拾う城島先生ははあとため息をつき、呆れた眼差しを向ける。

「いくらあなたが帰国子女とは言え、日本の子たちにこの内容の自己紹介は意味不明過ぎるでしょ…」

「やっぱり、もっとリアリティーあるものにした方が?」

「そもそもいきなり、春がどうのこうのとかいらないの!『カナダの大学から転校してきました泉瑛斗です!趣味は手品です!宜しくお願いします!』とかでいいの!」

「おー!簡潔!さすがは先生!」

ぱちぱちと手を叩き、尊敬の眼差しを向ける彼を見て、再び彼女は深いため息をついた。

「まさか去年あれだけ話題になった天才マジシャンである君の性格がこんな感じだとは…」

彼の凄さをテレビ越しで見ていた彼女は、そのギャップに愕然とする。

泉瑛斗。昨年、カナダで開催された『アマチュアマジシャン・オブ・ザ・イヤー』にて、日本人初の入賞を果たし、手品界の新生児と言われる存在となった高校2年生。父親の海外転勤の都合にあわせ、家族揃って様々な地域へ移り住んでいた彼は、1年生としての課程をカナダで済ませ、この春のタイミングで帰国した。

そんな彼が選んだ学校は、ファッショナブルで日本のカルチャーが詰まった『とうきょうスカイツリー駅』が最寄りである『東京都立墨田高校』。父親の会社が傍であり、社宅も隣接していることから、この高校の編入試験を受け、無事に合格が決まり、初日の制服採寸を終え、今日事前に担任の先生と顔を合わせて明日の自己紹介の段取りを行っていたのだが…本人としては真面目でも、国際生活が長かった上、元々天然気質な彼の性分も相まって絶望的な文才になってしまっていたのである。

「とりあえずデフォルトのフォーマット渡すから、これをイメージしながら書いてみて」

「はーい!」

元気よく瑛斗は挨拶をし、教室を後にする。その去っていく姿を見送り、呆れたため息にほのかな笑みを加えた城島先生は、自身の机に飾ってあった写真立ての"彼ら"に声をかけた。


「あれから10年か。ふふっ、面白い子が久々に来たよ、みんな…」





***************





家に帰った頃には夕暮れ。扉を開けると、スパイシーないい匂いが部屋に漂う。

「おかえり〜お兄ちゃん。カレーできたよ」

「あれ、もう帰ってたの」

「うん。お兄ちゃん職員室で先生に怒られてたから、私は紹介スピーチ、ちゃっちゃと提出してきた」

「怒られてないし!あの先生すごい良い人なんだから!これは楽しい高2になりそうだ!」

「はぁ。脳内お気楽でいいですね」

瑛斗より1つ下の妹、泉 幸心(こころ)。同じく今日は担任の先生との顔合わせだった。彼を置いて夕飯の支度をするために帰ってきた。

「幸心、母さんは?」

「区役所。んまあ、引っ越してすぐだしバタバタしてますよそりゃ」

「ふーん。父さんは?」

「日本支部の人たちに挨拶。海外転勤になったの私が6歳だったし、それ以来なんでしょ、昔の同僚さんたちに会うの」

「にゃーるほどね」

泉家での団欒は、基本的に2人。両親共働きな上、様々な国に移り住んできた瑛斗と幸心は、こんな感じで夕飯を済ます。

「で?お兄ちゃん、部活とかどーすんの」

「そうそう、その部活ってのに入ってみたくってさ。要するにクラブみたいなもんだろ?」

「まあ多分ね。私はやっぱり!憧れの将棋部!とか?」

「ないらしいよ」

「えぇ!?どの学校にもあるものだとばかり!?でもせっかく日本にいるんだから日本っぽい部活に入りたいなぁ。歌舞伎とか?お侍さんとか?」

「全部ないよ、パンフくらい見ときな」

「ええー、ないのー」

幸心は渋々、部活紹介パンフレットを眺め、うえぇと口にした。

「サッカー、ソフトボール、テニスに、バレー…どれも向こうでできるものばっかじゃん」

ため息をつく彼女を瑛斗が気の抜けた笑いで返していると、ふと2人の目が同時にある部活にとまった。

いや、それを部活とは呼ばないのかもしれない。

「そ、その他…?」

「なにその何でもホイホイな感じ…お兄ちゃん、それ誰かに確認してきてよ」

「うん。きいてみる」





***************





翌日。

比較的新しいこの教室。

ざわめく生徒同士の会話は、高1から引き続き同じクラスだった者、同じ部活の者が大半であり、クラスメイトの多くが新たなクラス編成で友人を見つけられず、席に座って大人しくしている。

その中でウキウキしているのは瑛斗。

黒板の方へ目をやれば、ガラガラと扉を開け、教室に入る昨日の先生。

「はーい、みんな席について」

そう言われて着席し、一定の静まりを確認すると彼女は教壇に立つ。

「このクラス、2年A組を担当することになりました、城島美月と言います。先生歴は今年で10年目、担当科目は理科です」

理科、と言う言葉を聞いてクラスがざわつく。それもそのはずで、彼女の格好はジャージ姿だった。

「体育の先生だと思ったかな?ふふっ、この格好は気合いを入れるためのもの!昔、剣道やってたから」

微笑む彼女を見て、瑛斗は嬉しそうにうなずく。

全体の説明が一通り済むと、自己紹介が始まる。瑛斗が見渡す限り、40名ほどの生徒数。

瑛斗の出席番号は、五十音順で「いずみ」なのでクラス1番、座席も右前の先頭。反対に、クラスで1番五十音順が最後なのは、1番左後ろの女の子。

「じゃあ、泉くん、それと、六嶋さん、立ってじゃんけんして。泉くんが勝ったら五十音順で、六嶋さんが勝ったらその反対で」

「はい!」

「わかりました!」

元気よく立ち上がった2人。瑛斗が彼女へ目を向けると、一番遠くに座っている彼女が、明るく笑む。

「じゃんけんぽん!」


その笑顔に、見覚えがある気がした。


瑛斗の心の中で、少しだけ、きっとそんなに遠くない過去に、この笑顔が浮かぶ、そんな気持ちが騒いだ。


そして基本フォーマットに改められた自己紹介をする。

「泉瑛斗です!カナダで高校1年生を過ごし、この4月から日本に帰国しました。日本語学校にも通っていたので言語も問題ありません!どうぞ気楽に接して下さい!」

物珍しそうにクラスがザワつく。本人はそんなことお構いなしにケロッとしている。

そして小声で確かに彼の耳に届く。

「まさか…」

「え、ウソでしょ…!?」

「泉瑛斗…!?去年、ニュースに取り上げられてたマジシャン…?」

当然のように周りは彼を認識している。趣味なんて明かさなくとも、皆が驚きの眼差しを自然と向ける。

瑛斗の存在で驚きを隠せなかった面々もグラデーションのようにその喧騒は緩やかなものへと馴染んでいき、順調に一人ひとりが終わっていく。

ホームルームが終わり休み時間になると、人が大勢寄ってくる。

「泉瑛斗だー!」

「ねーねー!サインちょうだい!」

「うわぁ!本物が同じクラスなんて!」

戸惑いながらも笑顔で瑛斗は答えていく。

「ありがと!そうやって知ってくれてるなんて嬉しいよ」

すっかり囲まれて人気者。その応対を済ませていると、1つ、視線を感じた。

先程の彼女…六嶋さんと呼ばれた女の子。

ショートヘアで少し小柄、茶目っ気のある仕草は、心奪われるほどに魅入る感覚があった。

少しずつ散っていく人々の間をすり抜け、彼女のもとへ駆け寄る。

「六嶋さん…だっけ。どしたの?」

「ああ、見てたのバレてたのか」

「そりゃあ分かるよ。で、何かあったの?」

「泉瑛斗くんって言ったよね?」

「ああ、知ってくれてるの?ありがと。そうなんだよ、ちょっとだけ手品かじっててさ」

「そうじゃなくて!あ、いや手品も勿論あるんだけどさ、そっちじゃなくて、きみ、前にバンクーバーで会ったよね!半年前くらいに!」

「半年前…?バンクーバーで…?」

すると、その時の記憶が鮮明に蘇ってくる。

瑛斗が感じていた彼女への違和感は、その思い出が頭の隅にあったから。

「あー!地下鉄のホームの!」

「そー!あの時はありがとね!めっちゃ怖かった」

「君の無事が一番だったからね」

そう。彼女はバンクーバーの駅で危ない男集団に囲まれていたところを瑛斗に助けてもらった女の子だった。

久々の再会に瑛斗は心が弾んだが、どちらかというと驚きが勝っていた。

「でもとんでもない偶然じゃない?この広い地球で、たまたまバンクーバーで一回助けた日本人の女の子と、半年後同じクラスになるなんて!」

「まあ確かに同じクラスになったのは奇跡かもだけど、あながち偶然ってほどじゃないのかも!」

「え…?それってどういう…?」

「さあ…?どういう意味でしょう?いつか分かる日が来るかも!なんてね」

「えぇ、何で教えてくれないの」

「だって教えちゃったらつまんないもん」

「おいおい、すげぇ気になる」

「大した理由じゃないかもだけどさ。実は君がこの学校に入ってくるんじゃないかって、予想はしてたんだ」

「え!?何で君がそんな予想!?」

「ま、その真相は後でのお楽しみってことで」

「後で…?」

そう言って、彼女はその場を立ち去ってしまった。





***************





放課後。帰宅路。

校舎を出ると、ソラマチタウンがすぐ目の前に広がる。

スカイツリーが建てられたことにより、その下に商業施設が集まった形で平日にも関わらず外国人観光客などが見受けられる。そんな通りを横切りながら、すぐ近くの社宅へと、瑛斗は戻る。

昔懐かしの風がほんのり吹いて、春独特の胸騒ぎを起こさせるような不穏な暖かさが肌へと伝わる。

社宅の敷地に入ると、そこには瑛斗の父親…泉零が何やら複数の男性と話をしていた。

「父さん、ただいま」

「お〜、瑛斗。もう学校から帰ったのか」

「ま、部活見学も明日からだし」

するとそんな瑛斗を見て、その他数人の男性陣が嬉しそうな声を上げる。

「うおー!きみ、瑛斗くん?」

「あ、はい!そうです!」

「うわぁぁ、懐かしいな!まだあの時はきみ、7才だったもんなぁ」

頭にハテナが生まれる瑛斗。それに対して零は補足するように話した。

「海外転勤になる前、お前よく遊んでもらってたんだぞ。俺の同期たちだ」

その中の一人が、ふらふらと近づいて軽い挨拶をしてくれる。

「ご無沙汰。と言っても君は覚えてないから実質はじめましてみたいなもんか」

「あ、はい、すみません」

「謝ることはねぇよ。俺、六嶋日向。娘が君と同い年なんだよ」

「え…!?」

その苗字を聞いて、瑛斗の中の午前中からの疑問が明確になり、点と点が線で繋がった。

「え!?あの、六嶋陽ちゃん!?」

そう言うと、肩をトントンと叩かれた。振り向くと、人差し指を頬にツンと突く彼女の姿があった。

「やった!引っかかった!未だにこの方法で引っかかる人いるんだ!」

「え!?六嶋さん!?」

「陽でいいよ〜」

「え、陽ちゃん、え、何でこの社宅に!?」

「今、お父さんが言ったとおりよ。私達の共通点は父親が同じ会社の同期!」

「あー!だからバンクーバーの時…!」

「そーゆーこと!同じバンクーバー支部にお父さんが行ってたから、あの時は単身赴任先のお父さんに会いに行ってたってわけ。その時にチンピラに絡まれたのを偶然助けてくれたのがあなただったの」

「どーりで偶然にしちゃ出来すぎると思った!」

驚き納得をする瑛斗に零は続けた。

「ま、要するに俺も日向もバンクーバーに行ってて、陽ちゃんが通ってんのが社宅のすぐそばの墨高だったから、日向にこの高校のこと教えてもらって、帰国子女の紹介枠でお前をぶち込んだわけだ」

「あー、編入試験も英語ができてりゃ有利になったし、何かと好都合だったわけね。まんまと俺ハメられた…」

「別にハメてなんかないぞ。お前だってスカイツリーのそばで嬉しいってノリノリだったじゃねぇか」

それに加え、陽もムッとしている。

「なにあんた、私と一緒が嫌なわけ?」

「いいえ、まったく!そういうわけじゃないから!」

あたふたする瑛斗に対し、陽の父、日向は冷酷な顔を急に見せた。

「おい、零の息子。うちの陽に対してぞんざいな扱いをするもんなら、今すぐ君の内部紹介を取り消したっていいんだぜ?」

「ひぃぃぃ!」

瑛斗がビビっていると、日向の耳を陽が引っ張る。

「はーい、お父さんは引っ込んでー」

「だって!陽を傷つけるような奴は例え誰であろうとぶっ飛ばさなければ!」

「そーゆー気色悪いモンスターペアレントはやめて。それに…」

つづけて陽は、優しく笑む。


「この人、私を助けてくれたから。良い人に決まってる」


そう言われて。

瑛斗の胸がザワついた。


どこか遠い記憶の中で。奥の奥に閉まった、忘れるためだけの思い出が、消えず残り続けている。



「良い人だね。エイトは…」



もう二度と。この記憶は思い出したくないのに。


自分を肯定されて、微笑まれてしまっては。

思い出すしか選択肢はない。



瑛斗の心にはいつも。

この記憶が残り続けていた。



「おーい、瑛斗ー」

「ほへ!?」

「なに奇声上げてんだ。幸心が晩飯作ってくれてるから帰るぞ〜」

零の声で我に返ると、もう既に日向、陽の六嶋親子とはバイバイしていたようで、彼らはいなくなっていた。

薄っすらと揺らいだ記憶は脳を掻き立てて、目の前の現実から一時的に逃避させる。

瑛斗はいつも、そんな気分に時々なってしまう。





***************





翌朝、瑛斗が家を出ると、陽の姿が。

「遅い」

「え、約束なんかしてないでしょ」

「はー?昨日、この時間に社宅の広場に集合って話したでしょ!」

「あ、え、そーだっけ」

「なんかぽかーんとしてたけど、聞いてなかったのね」

「あ、ああ、ごめん」

すると瑛斗の背後からジトっとした視線を陽は感じた。

「ん?そこにいるのって…」

その視線はサッと瑛斗の影に隠れ、こちらの様子を伺うように見てくる。

「お兄ちゃんに女友だち…そんなまさか…」

「お、お兄ちゃん??」

自分の後ろでコソコソとしている幸心を、瑛斗が引っ張り出した。

「ほら幸心、ちゃんと挨拶」

「あ、どもども。瑛斗の妹の幸心です」

「妹さん!こんにちは。陽です!六嶋陽!」

「お〜!陽さんですね!素敵なお名前!」

思ったよりニコニコ楽しげに笑う幸心を見て、陽は少し疑問に感じる。

「それにしてもさっきはコソコソ隠れてどーしたの?」

「あ、いや、それがですね、お兄ちゃんが女の子のお友達がいるなんて知らなくて。私としては結構ビッグニュースでして」

「え、瑛斗いないの!?女友達!」

「いつの間にか瑛斗って呼び捨てになってるし…全然いいんだけど」

「そっかぁ、いないのかぁ、ヘタレだなぁ」

「別にいいでしょ!」

「あらあら強がっちゃって」

「強がってるわけじゃないし!陽には男友達いるのかよ!」

「まあ、別にいないけど…」

「人のこと言えないじゃんかー!」

 そんな楽しそうに言い合いをする兄の姿が久々に見れて、幸心としては十分に満足だった。

「よーし!じゃあ二人はおいていって学校へレッツゴー!」

「ちょっと幸心ちゃん!?」

「おい待て幸心ー!」





***************





授業が終わり、放課後。

仮入部期間は一週間。この間に、瑛斗も幸心も決めなければならない。

「と言ってもなぁ…別に俺やりたいことないんだよなぁ」

机に突っ伏して考え込む。


(2年生から運動部に本腰を入れて始めるのも少し大変だよなぁ…)


ここまでの人生、瑛斗はどんなこともある程度そつなくこなしてきた。

何かが特に優れてるというわけではなく、きっと他の人が悩んだりしてきたことの大抵を、大きく苦労せず乗り越えてきた。勉強も運動も。そして他言語も。だからこれと言って何か特別に才能があるって程でもない。

マジックの才能も、もう才能だなんて言えない過去に、自身でしてしまったのだ。


(俺は何が好きなのだろう)


ふと心の中で呟かれた言葉。イヤホン越しで流れる音楽。大好きな歌い手さんの曲。顔だしはしていなくとも、自分の心をがっちり掴むその歌唱力に、いつしか虜になっていた。



(いつか、この人みたいに違う自分を手にしたい)



その時。



「あ…!今聞いてるのってWIN-WINでしょ!」


聴き馴染みのない声が飛び込んできた。顔をそちらに向けると、一人、女の子が瑛斗の席へ近づいてきた。どうやら瑛斗の使用している音楽プレーヤーの画面に表示されていたアーティスト名『WIN-WIN』の文字を見て近寄った様子だ。


「そうだよ!よく知ってるね」

「知ってるよ〜!顔出しNGの歌い手、WIN-WIN!最近ボカロPとコンビ組んで再生回数も少しずつ上がってるんだよね!」

「うおー!すごい!君いいね!分かってくれる人が今まで全然いなくてさ!」

そう瑛斗が嬉しそうに笑むと、同じく彼女もニコッと笑った。

「あ、名前聞いてもいいかな?自己紹介したと思うけど、まだみんなの名前覚えきれなくて」

「私、羽村風花!泉瑛斗くんだよね!転校生だからすぐ名前覚えたよ!」

「ありがとう。風花って呼んでも平気?」

「もちろん!じゃあ瑛斗くんでいいかな?」

「俺は何でも大丈夫だよ!あ、そうだ、部活何に入ってるの?俺、今部活探しててさ」

「あ〜、そっか、まだうちの学校のことよくわかんないもんね!私はね、何だか不思議な部活に入ってるの」

「不思議な部活…?」


「うん。交流部」


「こ、交流部?なにそれ」

「私も何の部活かよくわからないんだけどね。でも一応何かしらに入っとこうかなと思って、去年入ったんだ。そしたらなんとなく今年も続けることにして」

「へーえ、何する部活?ちょっと見てみたいな」

「言葉で伝えるの難しいから実際に見てもらったほうがわかりやすいかも!」

「おー!なら今日行くよ!」

羽村風花の話のままに、瑛斗は放課後、交流部の門を叩くこととなった。





***************





渡り廊下を通った別棟。

吹き抜ける風を肌で感じるその景色は、そびえ立つスカイツリーが夕暮れに染まり、そのカラーリングにちょっとした物悲しさを伝わせる。

そんな別棟は教室で練習する合唱部の声と、奥で演奏する軽音楽部の軽快な楽器音が鳴り漏れるだけで、その他の文化部と思われる集団が数名、細々と活動をしているように映る。

強いて言えば、美術部の生徒会総選挙に向けたポスターを慌ただしく運ぶ様子くらいで、瑛斗はそんな彼らの様子を羨ましく目で追いながら、風花の後ろをついていく。

「なんかさ、学校のパンフレットに『その他』っていう項目があったんだけど、もしかしてその交流部っていうのがそれにあたる感じ?」

「うん。パンフレットじゃ説明できないくらい、よく分からない部活だからね」

「ほ〜」

歩きながら、瑛斗が気になりだす。

「風花、部室はどこ?」

「一個使ってなかった教室があってね、そこを去年部室にさせてもらったの」

「ふーん」

夕陽がほんのりと差し込む。優しく風花の頬を照らし、それに合わせたように彼女が少し申し訳無さそうに呟く。

「もし、つまんなそうだったらごめんね」

「いやいや、むしろこうやって誘ってくれてるだけで部活選びをしてる身としては助かるよ。まあ来年受験だしあんま激しい部活には入れないしさ」

「そうだよね!私もそう」

コツコツと二人の室内シューズの音が鳴る。まだ少し手探りで、近すぎない関係性だから、瑛斗は彼女が知りたくなった。

「ねえ、風花」

「ん?」

「風花は、その部活、楽しい?」

「楽しいよ。部員のみんなもいい人達だしね」

「そっか。あ、いや、部活ってものが俺はよく分からないからさ。日本に長く居るのも久々で」

「ずっと海外にいたの?」

「うん。小1が最後」

「小1!?」

「あ、まあ、いや、別に毎年帰国してるし、全然懐かしいとかそういうのじゃないんだ。でも、こうして長く同じ学校に、しかも母国で暮らすっていうのが初めてでさ」

「そ、そうなんだ。だったら…」


そして彼女は振り返り、斜め後ろを歩いていた彼の方へと顔を向けた。


「たぶん、すっごい素敵な出会いだと思うよ!この部活!」


その優しげな温かい、潔さすらある声に。


確かに心臓が高鳴った。



(この子…)



なぜかはわからない。でも。瑛斗の中で明確に、風花の声はドキッとさせるものがあった。

まだ知り合って数時間なのに。この子には親しみさえも抱いてしまう。

「ん?どうしたの?」

「え!?あ、いや、何でもない」

笑って誤魔化した。キョトンとする風花はまあいいやと前へ足を進める。そして、教室の奥の奥、場所の位置的な問題で絶対に使われないであろう1つの教室の前に、彼らは立った。

「じゃあ開けるね!」

ガラガラと軋む音が聞こえ、軽い足取りで風花が入る。それに続いて瑛斗が中に入ると、驚きの人物が待っていた。

「ええ!?え、瑛斗!?」

「ん!?陽!?」

「どーしてアンタがここに?」

その教室には部活を始めるべくバタバタとしていた陽の姿があった。

「あ、いや、風花に連れられてさ」

「そ、そうだったの?」

陽がどういう繋がりなんだと目で促すので、それに風花が微笑んで返す。

「瑛斗くん、部活どこに入るか悩んでたから連れてきたの!そう言えばクラスで陽ちゃんと瑛斗くん話してたもんね」

「うん、あ、でも瑛斗には部活のこと話してなかったよね。よかったらうち見学していきな」

「あ、うん」

目で促され、とりあえず椅子に腰掛ける。教室にいたのは陽ただ一人。その異質な空間をただ黙って瑛斗は物珍しく感じ取っていた。

「それにしても風ちゃんが瑛斗といつの間にか仲良くなってたなんてね」

「まあ、今日たまたまね、俺の好きな歌手のこと、風花が知ってたみたいで!」

「そう!瑛斗くん、WIN-WINのこと知ってるって聞いて嬉しくなっちゃって!」

二人の嬉しそうな表情を見て、陽はニンマリと笑う。

「ほー。君たち、意気投合するの早いねぇ」

どこか瑛斗には迷いがあって、本当に日本での生活にやっていけるかの不安はあった。しかし、周りがこうして話しかけてくれるから、案外歯がゆい思いをそれほどしないで済んだ、好スタートと思える空気感だった。

ただ、そろそろ根本的なことが気になり始める。

「で、結局この部活、何する部活なの?」

瑛斗のそんな言葉に、風花は眉をハの字に変え、陽へ視線を向ける。

「もう、風ちゃんが連れてきたのにー」

ふて腐れるように言う陽。彼女が話そうとすると、またガラガラと音を軋めかせながら、扉が開く。

「あら、お客さん?」

「あ、お疲れ様です。琴葉先輩」

その亜麻色の髪が華麗に煌光り、瑛斗に目を向けた。

「あ、はじめまして。高2の泉瑛斗と言います」

「私は3年の新山琴葉。君が泉くんね。陽から少し話は聞いてたわ。この子嬉しそうに話すから」

「ちょっと先輩!それは言わない約束です!」


(え…?)


瑛斗は戸惑い、目線を陽に映す。頬を染め、目をそらす彼女の姿に瑛斗まで赤くなる。

「アンタ何赤くなってるの!勘違い勘違い!もー!琴葉先輩が余計なこと言うからこーゆーことになるんですよ!」

「えー、だって実際ホントのことじゃない」

そんなやり取りが小っ恥ずかしくなり、瑛斗は遮って話す。

「そんなことより!結局ここは何をする部活なんですか?」

「あらー、照れ隠ししちゃって。いいわよ、教えてあげる」

学年が一つ上の彼女は余裕の笑みで、話し始める。

「ここは交流部。まあいわゆる何でもホイホイな部活よ。近年オンラインサロンだのウェブコミュニティだの流行ってるけど、まあそれの高校生版。特にこれと言って限定せず、みんなで色んなことへ挑戦したり、仲良く遊んだり、まあそういうプライベートな空間を提供する感じ」

「ほう…?まあ、わかるような、わからないような…」

頭にハテナが浮かぶ瑛斗に補足をするべく陽が、

「まあ、例えば部員の誰かの趣味に付き合ってあげたり、みんなで野外活動しに行ったり、学校行事系で生徒会の人手不足が起きたときのお手伝いだったり、活動内容は色々」

「なる…ほど…?」

ちょっとずつイメージが膨らむ中で、さらに風花が加えて、

「私はね、仲良くできる友達が少なかったから、友達がほしくてここに入ったの。先輩たちにもお世話になってるし、ここの4人でこれまで力を合わせてきたの」

「4人?ひとり足りなくない?」

瑛斗のその言葉に琴葉が苦い顔をし、1つだけ明らかに分かりやすく端に置かれた窓際の椅子を見て、呟いた。

「高3で一人いるのよ。最近は来なくなったけどね」

その椅子に風で舞うカーテンがはらりと被り、一昔前のように、懐かしさすら演出させる。瑛斗はその定位置に座る主が気になった。

「部長が琴葉さん…ですよね」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、その方が副部長…?」

「一応ね。実質副部長は陽みたいなもんだわ。去年の秋くらいからね」

何があったのか、それは踏み込めなかった。

女子3人の中で流れる空気に、割って入るほどの余裕はなかった。

「ま、そんなわけで、私達だけのかしましい部活だけど、宜しければ」

「あ、はい…」

形だけの返事はから回る。だが、この微妙に流れる違和感を知りたい気持ちはあった。

だから、この先の面白さにかけて。


そして、なにより、欲しかったものがずっとあったから。それを叶えたくて。



(あの時と違う俺になれるかもしれないんだ)



瑛斗は門を叩く。


「仮入部からでも大丈夫ですか?」


その言葉に、琴葉は微笑みを返す。


「ええ。もちろん!」






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