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翡翠姫の恋煩い  作者: 八百原有希
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夜が深まり、翠燕もそらそろ寝ようかという頃、聞き慣れたコツンコツンという音がして、(ぼく)が現れた。すぐに窓を開けて招き入れる。今日の手紙の内容はなんだろう。最初の手紙のやりとりから二、三日()が空くこともあったが、山仙(さんぜん)との文通は続いていた。毎回人気のない時間を狙ったように、墨は手紙を咥えてやってきた。翠燕が授業で知ったことの感想などを書くと、それに反応して関連した旅の体験を話してくれる。この手紙の中では翠燕はただの燕だ。山仙は顔も見えない烏の飼い主。この距離感がいまの翠燕には居心地が良く、山仙への手紙を書いている時だけは飾り気のない自分でいられる気がした。


前回の手紙では墨とつけた烏の名前を喜んでくれた。今回はその時の返事に書いたヴィエレト国と龍蒼国の宗教観の違いについての内容だった。


翠燕が送った内容は、講義の中でヴィエレト国には多神教を国教としているが、貿易などで異国と絡むことも多いので、比較的異教徒などにも柔軟だと聞いたこと。それに対して龍蒼国には龍を祀る行事などがあるので、一応龍が信仰の対象になっているが王宮内でも熱心な印象は受けない。国によって様々な宗教があるのが面白いが、翠燕自身はなんとなく神様というものに頼る気がおきないのだというような内容を送っていた。


それに対して山仙は、信仰は必要に応じて人が勝手に作るものだから、厳密に何を崇めるかも神とするかも、もしくは信じるのは己と現実のみというのも自由だという。

その人にとって心の拠り所を見つけて、それを大事にして辛いことを乗り越える力にしたり、弱音を吐き出して楽になったり救いを求めることが信仰そのもの。その心の動きが大事であって何を対象にするかは重要ではないという見解だった。

文面からみるに山仙はとても現実主義で客観的な人に感じる。翠燕は自分の上手く言語化できない想いを客観的に整理してくれる山仙との文通が好きだ。

勉強を通して宗教だけに囚われず、色んな考えに触れて自分流に解釈し、行動の指針が持てるようになればいいと翠燕を応援する文面で終わっていた。早速返事を書こうとして、手紙がもう一枚重なっていたことに気づく。二枚目には、


「うーんと、追伸:昨今の宗教団体の動きの中には過激なところもある。国内で言えば聖龍党(せいりゅうとう)には近づいてはいけない…聖龍党?聞きなれない名前だわ…」



聖龍と名がついている以上は龍蒼国の龍を祀る団体だろうか。翠燕の脳裏に日中の講義の内容が思い出される。龍の加護で魔物から国を(まも)っているという話だ。

龍を(まつ)る行事で代表的なのは秋の秋宝の宴だ。とはいえ、主に秋の実りに感謝し、この先の治世への平和を願うのが目的である。龍を模した大きな人形を大人が数人がかりで動かして街を練り歩くのが、市民に人気の見せ物として有名になっているくらいで。皆で龍に祈りを捧げるなどといった形式ばったことはしない。過激と言われる聖龍党は、どんな考えでどんな活動を行っているのだろう。考えこんでいるうちに(まぶた)が重くなってくる。だめだ今夜は頭が働かない。追伸の件は一旦横において、翠燕は世間知らずな自分が不甲斐ない、と書いてみる。自分の知らない話を聞くのはとても楽しい一方で、十五年もの歳月を無駄にしていたのかと思う自分がいた。考えが及ぶ範疇(はんちゅう)も、思考の範囲もとても狭くて嫌になる。そんな愚痴のようなこと書き連ねて、こんな事を手紙で書いたら山仙はがっかりしないかしらと心配になった。




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