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翡翠姫の恋煩い  作者: 八百原有希
2/9

01


「また空を見ているのですか」



深李(しんり)、…ちょっと昔のことを思い出していたの」



窓を叩く雨粒を見ながら、翠燕(すいえん)物憂(ものう)げに息を吐いた。今から5年程前、翠燕は一羽の(からす)を保護した。大雨の中、怪我をして庭に迷い込んできたのだ。深李と共に手当てをして、飛べるまで面倒をみた。それは2ヶ月ほどのことだったが、ある日忽然と居なくなってしまったこともあり、未だに翠燕は空を見ると烏を探してしまう。

室内では飛べるくらいまで回復していたとおもうが、自然にもどって元気に過ごせるかはまだ微妙だったのでは、と翠燕は勝手に思っている。どこかでいまも無事に生きているといいなとおもいながら、そう願う意味も込めて空を見上げるのだ。


深李が入れてくれたお茶を飲み一息付いたころ。

外に控えた武官が使者の来訪をつげた。

先日は腹違いの兄から連絡が来ていたから、おそらくその件だろう。普段は翠燕のことなど存在しないかのように扱う兄が、わざわざ使者を送って寄越すなど悪い予感しかしない。応接の間に通すように指示をして、深李に身なりを整え直してもらう。一つ深呼吸をして翠燕は部屋に向かった。



「えー、龍蒼国第三姫、翠燕様に拝謁(はいえつ)(たまわ)りますこと…」



「挨拶は省略して構いません、用件を伺います」



やる気のない口上を途中で止めて、翠燕は先を促した。定型分の挨拶をしているだけで、この使者が翠燕を(うやま)っていないことなど明白だった。案の定顔を上げた使者は翠燕をみて忌避感(きひかん)(あらわ)にした。大方、翠燕の容姿に驚いているのだろう。白に鉛を溶かしたような白髪に琅玕(ろうかん)のような瞳。肌に血の気は薄く、黒髪黒目がほとんどである龍蒼国では、翠燕は生まれた時から異質だった。王は母に似ても似つかない容姿に興味を無くし、家臣たちは化け物が宿ったと噂した。物心ついたころから、こういう反応はいつものことだ。翠燕は確かにこの龍蒼国において王族に名を連ねる者だったが、父である王には妃が四人いる上、子供は六人。翠燕は中でも一番末っ子にあたる。さらに母である第四妃は翠燕が三歳の頃に亡くなっており、後ろ盾になる貴族もいなかった。結果として王宮の端にある離宮に追いやられ深李と二人、ひっそりと今日まで暮らしてきたのである。権力や威厳などとは遠く離れた存在だった。

護衛の武官はおろか、こうして使者の文官にまで軽く扱われるのにはとうに慣れてしまった。深李は使者の態度に静かに怒気を漂わせているが、それに気付かない使者は次いで言葉を発した。



「本日は第一王子、董泉(とうせん)様より御命令を賜ってございます」



「続けて」



「翠燕様は来る春光(しゅんこう)(うたげ)にて、ヴィエレト国への輿入(こしいれ)が決まりましてございます。お相手はヴィエレト国元近衛隊長、現王室相談役のギエン・ハクメイ様です。それに伴いヴィエレト国より使者が参りますので、輿入までの間は彼の国の使者より文化、作法を学ぶようにとのことです」



「なっ、」



命令というにはかなり強引な内容に、翠燕は絶句した。王族の姫として生まれた以上、自分の結婚が政略的に使われることは覚悟していた。だがしかし、その嫁ぎ先が隣接する大国、ヴィエレト国であるのは予想外だった。相手に関してはもはや歴史の英雄という認識だ。しかも春光の宴は桜の時期に行われる行事であり、今は今年の宴が終わったばかり。たった一年で異国の文化を学び、嫁ぐことになろうとは。あまりの衝撃に言葉を返せないでいる翠燕に代わり、深李が口を開く。



「お待ちください、彼の国は我々と同盟関係にありません。今までの歴史上、我が国の王族が嫁いだ記録もないかと。それに、ギエン・ハクメイ様といえば二十八年前の戦争でご活躍した方では…現在は若くても50代で…」



「そんなことは董泉様も分かっておいでです。だからこそ、翠燕様がヴィエレトに輿入れすることに意味があるのです。既に彼の国は承諾の意を示しました。ギエン様は今年で65歳になりますが、まだまだご健勝です。今後の我が国とヴィエレトとの関係は貴方様に掛かっているのです」



もはや翠燕に抵抗の余地はないと、使者を通して言われた気分だ。三日後にヴィエレト国の使者がくること、彼らは王宮に滞在することを告げると董泉の使者はさっさと帰っていった。翠燕はすっかり冷め切ったお茶をひと口飲む。翠燕は今年で十五歳。今まで縁談の一つもなかったのは単に存在を忘れられていたのだと思っていた。龍蒼国は小さな国だ。国の半分は海に面していて、主に海産物の食品や工芸品などを中心に独自の文化を築いている。国風は閉鎖的で、他国との貿易などは王都から遠い国境で少ししているくらいだ。国民は異国に対して友好的とは言い難い。対してヴィエレト国は交易の国である。広大な国土を有し、国民はあらゆる人種を受け入れている。砂漠という砂の海があり、また国の端と端でも文化が若干異なるという。龍蒼国とは対照的に柔軟で開かれた国だ。董泉の思惑は、ヴィエレト国と同盟を結ぶこと。翠燕の婚姻はその縁のきっかけということらしい。ただあまりにもヴィエレト国側にメリットのない話である。まぁ、だからこそ王族が相手ではなく、高名な将軍へということなのだろうか。翠燕は三日後からはじまるであろう日々に頭が痛くなる思いだった。


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