中身は、昔のまま
「はぁー……」
1人、ため息をつく。
ーーやっぱ落ち着くなぁ、ここ。
私が学校で唯一落ち着ける場所というのは、…トイレの個室の中だった。トイレの個室が好きだなんて、やっぱり私の心はいじめられっ子の気質のまま、なんだろう。
先生に呼ばれているとか適当な理由をつけて抜け出して、ここに“逃げ込む”ーー私の日課、かもしれない。
ーーだって、ここなら、何をしたってバレないから。泣いてようが、メイクが落ちていようが、髪がボサボサだろうがーー誰も私を、糾弾しない。
(みんな、私がこんなに臆病な小心者だなんて、思ってないんだろうなぁ……)
はぁ、と、小さくため息が漏れた。
理想の自分と、現実の自分が全く違うなんて……なんて辛いことなのか。“外”では理想の自分をつらぬけてると自負しているけれども、それって、詐欺みたいなものじゃないかと思ってしまう。
(そんなこと言ったって、嘘をつかないで生きてる人なんて、いないじゃない…多分)
この問題は、1回考えたら、もう堂々巡り。1回も結論にたどりつけたことは、ない。
こんなに悩むんなら、理想の自分を追究しなくたっていいじゃないかとは、思わなくもなかったけれど……。
ーー「このマヌケが!」
ーー「頼むから早く死んでくれ」
「う……っ!」
遠い記憶を思い出した瞬間、頭に割れるような痛みを感じて、私は頭を抱えて歯を食いしばった。
「やだッ……やめてっ!」
(あんな惨めな思い……もう一生、したくない)
私は、歪んだ視界の奥で、うっすらと口角をあげた。
「そう……私は、もう、あんな風にいじめられたりしない」
ーーああやって虐げられないために、努力したんだから……
キーンコーンカーンコーン
「えっ…もう下校時間!?」
私はハッとして、どこかへ冒険に出かけていた意識を慌てて引き寄せた。
「やばい、私どんだけ考えにふけってたのよ!」
ーーやっぱり、放課後はダメね
こんなトイレに1時間いるくらいなら、さっさと家に帰った方がマシだ。
いくらトイレが安心するって言っても、学校のトイレが好きなわけじゃない。教室よりマシってだけ。
「あーもう、美亜は流石に帰っちゃったよね。今日は彼氏とデートとか言ってたしっ」
私と一番仲がいいのは美亜だけど、美亜は交友関係も広いし、なんてったって可愛い。私がいなくたって、行動できる子なのだ。
「私だけの友達とか出来ないかなぁ……まぁ、今みたいに人気者だったら、そんなの心配しなくてもいっかぁ」
薄々、分かってるけど。
確かに私は“理想”を目指してるから、可愛いし、多分…モテるけど、もしクラスでの地位から蹴落とされたら、私についてくる人はいないって。みんな、結局は“みんな”しだいなんだもん。
空気を読んで、行動する…それが、“みんな”の正解でしょ?
そんなひねくれたことを考えながら廊下を歩いていたら、いつの間にか正面玄関まで着いてしまった。
最終下校時刻を過ぎたからか、ここまで誰ともすれ違わなかった。
人っ子一人いない廊下は、夕方の暗さも加わって、少し薄気味悪かった。
みんな真面目じゃないなぁ……。
私が言えることじゃないけど、さ。
「…げ、雨降ってるじゃん!」
外に足を運んだ私は、想定していなかった事態に呆然とした。
そこに広がっていたのは、ザアザアと降る雨に降られる、校庭。
ーーピコンッ
スマホの通知音が鳴って、私はすぐにそれに反応した。
美亜からだった。
『アメ降っちゃったぁー! 甘くなくって残念です♡ 彼ピが上着貸してくれたよーん』
何だか…、リア充感満載って言うか……マウントってやつかな?
「美亜ったら…そっか、デートしてんのかぁ!」
私のことを心配したりはしてくれてなくて、ちょっと落ち込む。
まぁ、まだ帰ってないなんて、想像もしていないだろうからしょうがない。こんな遅くまで生徒を残す先生は、この学校には中々いない。
顔を上げても、一向にやまない雨ーーというか、さっきより勢いを増したーーに、私は天を仰いだ。
「あーもー、いつ止むのよ〜」
「まだしばらくやまないよ」
「…はっ?」
独り言だったはずの言葉に思いがけず答えが返ってきて、私は素っ頓狂な声を上げ、声がした方を振り返った。
「えーっと…誰だっけ」
そこに立っていたのは、どこかで見たような男子だった。
クラスメイト……だったっけ?
毛量のある黒髪は肩あたりまで伸び、さらに厚いメガネまでして……なんて言うんだろうか…そう!
まさに、もさっとしていた!
こんな暗い話では無いです……笑。
トイレの話から始まってごめんなさい。