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“MEGU”

ーー真っ暗だった私の人生に、一筋の光が差し込んだようだった


イヤフォンを通して流れてくる、伸びやかなハイトーンの声。それは、私の頭で何度も反響して、心をくすぐった。


その一瞬で、私は、“彼”の魅力に、取り憑かれてしまったんだーー








「“MEGU”…今日も神ぃ……」

彼がアップした新曲を聞き終わり、私はヘッドホンを外すのも忘れ、ため息をついた。

今日は、『“MEGU”』の新曲発表日だった。

投稿時間になったらすぐにアクセスするために、何時間も前からパソコンの前で待機していた。


ーー何故なら、『“MEGU”』は私の推しだから!


“MEGU”ーー有名な動画投稿サイト『ウィングス』の人気バーチャルアイドル。


“MEGU”のポイントは、『バーチャルアイドル』だってこと。

“MEGU”は、『彼』であること以外は何も明かしていない、謎に包まれた存在。それ以外に、明かされた情報は何一つない。

何歳なのか、誕生日はいつなのか、どんな顔なのか、何が好きなのかーー知りたいことは、たくさんあるのに。


それでも、“MEGU”の歌声は、私の心にストライク。優美で、気高くて、リスナーの心を捉えて離さない。

私の推しポイントは、彼のどこまでも伸びる、伸びやかな高音ボイス。それは聞いているだけで気持ちがスカッとして、明日もまた頑張ろうって思えるんだ。


「うん…今日も、頑張らなきゃ」

私は深呼吸をして、パンっと両手で頬を叩いた。

「やばっ、もう6時?! まだスキンケアしてないのに!」

時計が示した時間に驚愕して、私はヘアブラシと手鏡を手に、ドタバタと部屋を出た。









私は神崎(かんざき)優紀(ゆうき)、15歳。

この春、眞白高校1年生になった、ピッチピチのJKです。


「優紀!」

「神崎さん!」

1年2組の教室のドアを開けた途端、私は沢山の声に呼ばれた。私の周りに、クラスメイトたちが男女問わず群がっていたのだ。


「やっほー、みんな!」

私が手を振ると、みんなも挨拶を返してくれる。


「今日も可愛い…ヤバい」

「見ろよ…あのサラサラな髪」

それは、男子も例外じゃない。


変わらない光景に内心安堵しながら、私はそっと胸に手を置いた。


「わ、リュック変えたよね?! めっちゃおしゃれー!」

「ありがとう! 直感で選んじゃったから、センスズレてないか心配だったの!」

ありがとう! 流行の最先端を研究して買ったからね。


「髪型、かわいい! その髪型、どうやったの?!」

「えー、じゃあ後でやってあげる!」

この為にどれだけ練習したことか……。

私が何も言わなくても話題を振ってくる彼らに笑顔で返しながら、自分の努力がちゃんと身になっていることに安堵していた。


ーー今でも、教室に入る時は怖くて、心臓がドクンドクンと鳴ってしまう


教室は怖かった。『みんな』の視線が、私に注目する。その視線が私を品定めして、隅から隅まで、ちょっとしたミスも許されなかった。

髪の毛が1本はねているだけでも、私にとっては大問題だ。スカートだって『みんな』より長いと浮くし、短いと惨めな思いをした。顔だってーーよく性格が大事とか言うけど、それは顔の審議が終わったあとの話だ。


中学の時は…いじめにあっていた。

理由は…あまりはっきりと覚えていない。多分、上下関係なんて理解してなくて、『みんな』のリーダー的存在の女の子に、反抗的に接しちゃったせいだと思う。

か、ん、ざ、き、ゆ、う、きーーこの名前の1字でも誰かが口にすると、ビクッと方が震えた。そのたびに、誰かしらが笑う。

私に向けられる声はいつだって、いじわるで、おかしそうで、悪意に満ちていた。

そんな空気の中で生きてきて、私には楽しいことなんて何も無くて、いつしか笑うことも、泣くことも、怒ることも忘れてた。

…でも、中3の夏だったっけ。私が、“MEGU”に出会ったのはーー


「優紀ってさ、いっつも手鏡見てないー?」

友達ーー美亜にそう問われてーードキッとした。


「えっ…うそ、そんなに触ってる?!」


外見は、気にせずにはいられなかった。


ちょっとでも隙があればすぐに狙われる世界を、私は知っているから。

でも、そんなに指摘されるほどだなんて……。結局私は何も変われて無いんじゃないかって、思うことがある。そんなときは怖くて、やっぱり“MEGU”に頼らずには居られない。


「誰が見てもわかるわよ。ねぇ、神崎って意外と外見に自信持てないタイプだったりするぅー?」

少し毒づいた言葉が聞こえて、私はバッと顔を上げた。声の方には……やっぱり、あの子がいた。


「……華梨奈(かりな)、何言ってんの?」

美亜が、ムッとしたように華梨奈の方に体を向けた。

華梨奈はストローを口に加えたまま、ニヤッとした顔で美亜を見つめた。


佐藤華梨奈ーーこのクラスで唯一、私に歯向かってくる人。


多分、彼女は目立ちたいタイプの女の子なんだろうと思う。

でも、クラス1の座をそう簡単に明け渡す気は全くない。私が花の高校生活を送るために、どれだけ努力をしたと思ってるの?


「佐藤さん、」

私はこの場を収めるため、美亜を庇うように立った。

そして、首を傾げて……、上目遣いで華梨奈を見る。必殺! うるうるポーズ!


「意外とってことは……少しは私を可愛いとか…思ってくれたってこと…だよね?」


華梨奈が、「はぁ?!」と、飲んでいたリンゴジュースを吹き出しそうになって、むせていた。


「あっ…ごめん! 違うよね……私、早とちりしちゃって……厚かましいよね…ごめんね」


私がうるうると目を濡らしながら言うと、周りのクラスメイトたちがザワザワと騒ぎ出した。

「ちょっと…華梨奈、言い過ぎだよ」

「優紀、謙虚すぎる……!」


……上手くいってよかった。華梨奈が気まずそうに顔を背けたのを見て、私はドサッと椅子にもたれかかった。


「優紀〜! 華梨奈を黙らせちゃうとか、すごい!」

美亜がきゃー! と抱きついてきて、私はあはは…と笑った。


ーーごめん


私はこの場所で、嘘ばかりついている。

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