守護天使
40章
「概念は力が強すぎてこの能力が使えなくなるやつの影響を受けないってこと!?」
櫻木が驚きの表情で言う。
それにライが「簡単に言えばそうだな」と答える。
概念の怖さは信二くんとこのおじさんの戦ってたところを見てわかってる。あれは能力がない異人がまとも
に戦って勝てるものじゃない。幽美さんのあんな1本の槍じゃ勝てるはずない。
櫻木の脳内に逃走という選択肢が浮かぶ。
出口は私の後ろにあるけど多分追いつかれるし、何より信二くんを置いていけない。
しかも私の身体蘇生も無効化されちゃってるから1回あれに当たったらそこで終わり。えーこれ無理じゃない
の?
さらにいえば戦いの余波で床は既にボロボロで走れば絶対に転んでしまう。その間に破壊の概念に追いつか
れ消し去られてしまう可能性もあった。
櫻木はそこまで気づいていないようだが。
「行け概念!あいつらを消し去ってしまえ!」
ライがそう言うと黒い粒子が勢いよく櫻木たちの元へ勢いよく移動し始めた。
粒子は砂が風にのって飛んでいくように飛んでくるため逃げ場はない。
さらに粒子はライを中心に廊下全体を覆うよう飛ばされているためライの後ろに居た幽美も範囲内である。
答えはゲームオーバーだ。
咲川は能力は使えないが常人より回転が早い頭で解決策を考えるが答えは出ない。
幽美は使える1本の槍で概念を刺したりするがそんなもの意味はなく逆に槍が破壊され唯一の武器を失ってし
まった。
牙忍は暴走している黒山を抑えるのに必死で何も出来ない。
何も解決策はなかった。イレギュラーでも起きなければここでみんな死ぬ。
櫻木が諦め、鼻先に概念が近づいたとき、
「アァァァァァァァァァァァァァァァ!」
黒山のようなものが動いた。
牙忍の腕をほどき、超高速で櫻木の元へ着く。
そして櫻木を後ろに弾いて自分が概念を受けた。
突然の出来事にその場に居た者は唖然としたが、櫻木だけは
「信二くん!」と概念に飲まれた彼氏の名前を呼んでいた。
すると
ピカっと概念の中から光が放たれた。
光は概念を消し去り、生徒会の窮地を救った。
その光の発信源は言うまでもなく、彼だ。
だが概念の中から見えた彼の姿はところどころヒビが入っており概念の影響を受けている。おおよそ相打ち
と言ったところだろうか。
彼自身は生きているが。
しかしこうしている間にもヒビは広がって彼の体を破壊せんとする。
「煉獄の祝福」
意識が無いはずの彼が呟いた。
すると彼の足元から黒い炎が現れ形を作る。
異人の能力は使えないはずなのに。
炎が形成した形は2体のエンジェルのような小さい天使の形だったが黒い炎で形成されているため時々輪郭が
ぼやけ不気味さが拭えない。
そこで櫻木は気づいた。
さっき自分がライに聞いたこと。
『概念は力が強すぎてこの能力が使えなくなるやつの影響を受けないってこと!?』
それと同じだということに。
その櫻木の予想は正解だった。
今の黒山は自身の力であるフランマと同一化している状態。もともとフランマが神格能力と同等の力を持っ
ていてそれを黒山が暴走させたものだからその力は神格能力を超えて概念に匹敵する。
その影響ででライの執行者の処刑場効果を打ち破ったのだ。
だが櫻木の能力は神格能力にすら届いていないため執行者の処刑場効果を受け無効にされている。能力を共
有している黒山もそれは同じ。
だからヒビが入った体が治らない。
「そうか…面白いことをしてくれるな」
ライが髪をかきあげながら言う。
最初に動いたのは黒山のようなものだった。
右手を横一線に凪ぐと、エンジェルのようなものが2体とも弓を構える。
ライも足を開き、臨戦態勢に入る。
そして黒山のようなものは凪いだ手の先に何かを黒い炎で生み出した。
それは角笛のようなラッパ。
そしてそれを口につけ目を瞑る。
黒山のようなものは息を吸うとそれを一気に吐き出した。
辺りにラッパの音が鳴り響いた。
その音量は尋常じゃなく廊下をビリビリと震わせ、牙忍も櫻木も全員が思わず耳を塞ぐ。が、音は手を容易
く貫通し頭を響かせる。
ライだけは耳を塞ぐこともせずただ怪訝そうな顔をするだけだった。
音が止み始め、最終的に止まった。
止まった後に天使が弓を放ち、戦いの始まりを合図した。
その弓は矢を放つと放ったはずの黒い炎の矢が伸びて一目散にライへと飛んでいく。
伸びた矢は飛んでいく不規則な軌跡を描いている。
ライは向かってくる矢を身体能力で避ける。
だが避けた矢は後ろでUターンをし、またライの方向へ向かう。
それに気付けなかったライは背中に矢を2本受けてしまう。
「ぐっ」と苦しそうな声を出したが致命傷には至っていないようでまだ立つことができる余裕がある。
背中の矢は刺さったままでしかも捕まえる紐のように天使のようなものが持つ弓に繋がっている。
今度は黒山のようなもの自身がライに歩み寄る。
ライは戦略的撤退を考えたが、
「この鎖のせいで逃げられないな。くそ」
矢は超常的な力のせいで抜けない。戦闘をするしか道はなかった。
「概念放出」
ライは呟いた。
さっきの概念は消し去られはしたものの黒山のようなものは確実にダメージを負っている。あの少女のほうの能力が消えているため再生もしない。
概念がブワァと現れる。
ライは現れた概念をを一箇所に集め、玉にするとそれを黒山のようなものに向かって飛ばす。
黒山のようなものはそれを右にずれて避けた。
だがその瞬間に概念の玉が爆発した。
概念は黒山を覆って破壊を初める。
今のライは理由は不明だが概念を自由に操ることができるようになった。概念を爆発させることもできる。
割と早く概念は振り払われた。
黒山のようなものの姿も見える。
さっきよりも体の崩壊具合が上がっているのが見てとれる。
顔も腕も服もひび割れて今にも壊れそうだ。
そんな2人の戦いを櫻木たちは見ることしか出来なかった。
戦い自体は穏やかだが一瞬でもあの戦場に入れば命は保証できない。
櫻木は絶望の状況に立ち尽くしていた。
すると立ち尽くす櫻木の前にコロンと何かが転がってきた。
不思議に思って数歩踏み出し、それを拾ってみる。
それは勾玉のようなものだった。
なんだろうこれ…。と勾玉を見つめている。勾玉は青い色をしていてとてもきれいだった。
でもどこから転がってきたのか検討もつかない。
周りを見渡してみても似たようなものは何もない。
櫻木が見つめて動きを止めていると。
「櫻木!危ない!」と言う牙忍の叫び声が聞こえてきた。
「?」と思い顔を上げるとそこには概念の玉があった。
ライはあることに気がついた。
黒山のようなものは時折後ろを横目で見て何かを確認している。最初は後ろから攻撃されないか心配してる
ものかと思っていたが、後ろを確認する回数が異常に多く。概念を振り払った際は真っ先に後ろを確認して
いた。
不思議に思ったライは黒山のようなものの後ろを見る。
そしてその先に居たのは
櫻木愛花だった。
そこで気がついた。
まだ黒山の理性が残っているということを。
それならば倒すのは簡単だった。
意識のない敵を排除するためだけの動きをするものだったら少し骨が折れたが、これなら話は簡単だ。
「概念放出」
そう言うとまた概念を玉に形成する。
今度の狙いは櫻木。
概念が櫻木に向かって発射された。
球速はさっきと違って圧倒的に速くあっという間に櫻木との距離を詰める。さらに狙われている当の本人は
なにかに気を取られていて概念に気づいていない。
もう目の間に来たところであの牙忍が気づいて櫻木に声をかけたがもう遅い。
「助けられるのはお前しか居ないぜ?」
大きい音が鳴り概念が爆発した。
櫻木を覆った概念は中にあるものを破壊し尽くすだろう。
牙忍も幽美も咲川もまた見ることしか出来ない。今はただの人間であるから。足がすくみ動くことすら出来
ない。
概念が晴れていく。
中には概念によってバラバラになった櫻木がいるはずだ。
だがそこに居たのは別人で、既に左腕が割れて落ち、他の部位も余すことなくヒビに侵されている痛々しい
姿をした黒山のようなものだった。
その後ろに炎で覆われた謎のカプセルがあり、概念が完全に晴れるとそれは割れ、中から無傷の櫻木が現れ
た。
櫻木は「信二くん…」と言いながら座り込んでいる。
「やっぱりな。まだそいつのことは覚えてたみたいだ。その様子だと立っていられることさえも奇跡に等し
いだろ。もう一発どころか普通に歩くだけでも死にそうだな」
ライが不敵な笑みを浮かべて言った。
すべてが上手くいった。こいつらさえ消すことができれば私の願望は叶ったも同然。
そうライは考えた。
対して黒山のようなものは体の崩壊が落ち着いたのを確認してから櫻木の方へ振り返った。
櫻木が見たその顔は笑顔だった。いつもと同じような笑顔。
そして『黒山』は言った。
「愛してる。死んだとしてもな」
櫻木はそれを聞いて彼のやろうとしてることがわかった。だが止めることなんて出来なかった。櫻木はその
場で泣き崩れる。
黒山のようなものは天使を集めて形を崩す。
そして自分の体の中から1つの灯火を取り出した。
それを眺め名残惜しそうに形を崩した炎に混ぜる。
瞬間に炎は虹色に輝いた。
黒山のようなものはそれを残った右手で持って後ろに振りかぶる。体を動かすとヒビが広がってヒビとヒビ
が繋がり、いろんなパーツが床にポロンと落ちていく。
そんなことは全く意に介さず言い放つ。
自分の愛すべき者を守るために。この命尽きたとしても。
「永遠の煉獄」
ワンテンポ置いて黒山のようなものが前に突き出した虹色の炎が噴出した。
それは今の弱った黒山のようなものが放つなんてライには予想できないほどの量だった。しかも勢いも速い
ためそれに気づいたときにはもう目の前だ。
ライは炎を両手で抑えようとする。
だがそんなことできるはずもなく彼の体は炎の中に消えていった。
炎の中で彼は組織のことを考えた。
「すまん」と。
数秒後に炎は止まった。炎の通り道には何も残っておらず、焦げ臭い匂いが辺りを充満していた。
そしてその炎の主は元の姿に戻り、仰向けにバタリと力なく倒れた。
辺りには黒山だったものが何個も落ちている。
既に彼の体は頭と体しか無かった。
そんな黒山に生徒会が駆け寄る。
櫻木が黒山の顔を覗き込む。
「…意識がなくなってもさ」
黒山がボロボロの状態になっても喋り始めた。櫻木は「しゃべらなくていいよ…」と言ったが無視して話
す。
「牙忍に押さえつけられてからお前を守るってことだけは…覚えてたんだ。お前が無事で良かったよ」
黒山は満足そうに笑う。
櫻木が泣きながら「でも信二くんが…」と言う。
それに黒山はまた笑って
「お前を守るためだったらこの命くれてやるさ…。俺が初めて愛した人だからな」
そして
「もう無理みたいだな」と呟く。
体の崩壊がまた始まった。胴体から体がどんどんと崩れていく。
「牙忍、ゲーム頑張れよ。咲川、実験も程々にな。幽美、自分を忘れんなよ」
生徒会メンバーに声をかける黒山。
「愛花」
これで最後。
「生きろ。愛してる」
そう言った瞬間、黒山の体は完全に崩壊し、床に転がった。
崩壊した欠片から人間らしいものは消え、無機質な真っ黒いものに変貌した。
黒山はもう、居ない。




