研究所
28章
蜃気楼。
それは砂漠などでよく起こる現象。突然目の前にオアシスが現れたかと思って近づいてみるとそこには何
もなかった。
これは光の屈折によって遠くにあるものがあたかも目の前にあるように現れてしまう現象。
本来は暖かい空気と冷たい空気が重なって温度が変化し続ける過酷な環境でないと発生しない。
しかし特定の異人ならその原理を無視してこれと似たような現象を起こすことができる。
それを利用して作り出した部屋。
それが奏臣が作った蜃気楼という部屋。
形は普通の部屋だがその中身はえげつないほどの能力が複雑に組み合わされ、とある修行部屋となってい
る。
そしてその部屋を奏臣や天川は頻繁に利用していた。
しかしその試練の壮絶さ故にクリアするのは容易ではなかった。
一度入る度に心が砕け、メンタルケアに時間を要するほどに。
聞いてもらえば分かる通りこの部屋は精神を鍛えるための部屋。
そして今その部屋に黒山たちが挑もうとしている。
奏臣に言われ案内されたところは右側に5つのドアがある旅館地下の隠し通路のようなところだった。
その通路の壁に「蜃気楼」と1文だけ書いてあって少し不気味にも思える。
しかし通路自体は新しめでホコリもゴミもなにもない。
結論不思議な場所だった。
そしてその通路で奏臣は次なるカリキュラムを発表する。
「…ここは蜃気楼という場所だ」
「蜃気楼…ですか?」
黒山が首を傾げて聞く。
「…そうだ。1人一部屋ずつ入ってもらってカリキュラムを行う。そしてその間私や私の分身や天川は絶対
に手を出さない。中で言われた通りのことを1人でしろ」
そう言うと奏臣たちは通路の入口に向かって歩きまるで通路を見張っているかのような配置につく。
…いつでもいいぞ。と奏臣が言う。
突然のことで頭が回らないが黒山は櫻木を見る。
櫻木は少し緊張しているのか手を握ってプルプル震わせているのが見えた。
そんな櫻木を見て黒山は櫻木の肩を叩いて「俺も同じだ」と櫻木に言う。
すると櫻木はいきなり黒山に抱きついた。そして耳元で「絶対に勝つよ。私たち」と言った。
黒山はそれに「もちろんだ」と返し、櫻木の背中をぽんと軽く叩く。
牙忍たちは「お熱いことで〜」とからかっていた。
そして抱き合った体を離す。
準備は整った。
黒山はドアノブに手をかけ、そのまま押し込む。
彼の姿はドアの向こうへ消えていった。
それに続いて牙忍と櫻木、幽美や咲川もドアの向こうに消えていった。
「行きましたね」
天川が黒山たちがドアに入って少し経ってから奏臣に向かって言う。
「…そうだな」
そう落ち着いた声で言ったが、次のシーンでは奏臣の顔つきが一瞬にして険しくなり、廊下の方を見る。
後ろに居た量産型奏臣も振り返って警戒態勢を取る。
しかし奏臣が険しい顔つきで見ていたのは廊下ではなく、量産型奏臣そのものだった。
「…裏切るのか?私の分身体だというのに」
奏臣んは一瞬にして刀を生み出し奏臣の声を聞き振り返った量産型奏臣の背後に回って首元に刀身を当て
る。
それに驚いた素振りを見せた量産型奏臣はすぐに澄ました顔に変わり、指でぱちんと刀身を弾く。
すると刀は一瞬のうちに錆び、切れ味を失った。
「…残念ながら、私にはもう1人のオリジナルががいるのです」
量産型奏臣はそう言うと自身も刀を生み出して奏臣と間合いを取るために後ろに後退りする。
奏臣は息を吐いて刀身を触る。すると瞬くうちに錆びが落ちてきれいな刀身が現れる。
天川は肩を回すと構えを取って量産型奏臣と対峙する。
「…ワタシだってオリジナルやそのユウジンにテをアげたくはない。だけどもうヒトリのオリジナルが
殺っちゃいなーと命令があったんですよね。ということでどっちの命令が優先されるかっていう話だけ
ど、まぁ生憎私はあなたの強制命令が切られてるからあなたの命令はもう聞けないってことで。なんかご
めんね」
奏臣は舌打ちする。
奏臣は個人の自由を尊重している。それは分身体にとっても同じ。それが裏目に出てしまった。
だが、過ぎたことを考えても意味はない。と奏臣は思って刀を握り直す。
せめて一瞬で消してあげようと痛みがない方法を選ぶ。
そして呟く。
「…じゃあな分身。…時間停止」
瞬間、すべてが止まった。
さっきまで話していた量産型奏臣も止まって無防備な状態。
さらに時間停止の付加効果でこの停止中に動かしたものには通常時と時間停止時の差異の分で圧力が加わ
り、普通の人間なら死ぬどころじゃなく跡形もなく消える。
量産型奏臣は異人とはいえ「無限」という奏臣が持っている能力自体は引き継いでいない。
すなわち不死ではない。
そしてこの状態は奏臣が解くまで変わらない。
最強の能力。
のはずだった。
「いやー、やっぱりこの能力は面白いね。真子」
廊下の向こうから絶対に聞こえてはいけない声が聞こえてきた。
パチパチと愉快そうに手をたたきながら歩いてくるソレは優しそうな男。
その男を奏臣は知っている。
頭の中に記憶が流れ込んでくる。
研究所で出会った2人。仲良さそうに遊ぶ2人。片方が倒れ片方が立ったまま見下ろしている2人。
「…ライ」
奏臣はやってきた男、ライの姿をじっと見る。
「秘術ってものはいいね。自分の欲望に沿った能力を与えてくれて。おかげで自分自身の手で君を殺せ
る」
ライの秘術。「心無き執行者」。
それは異人による能力をすべて無効化できるというもの。もちろんそれは奏臣の時間停止も例外ではな
い。
「…私を憎んでいるのかライ。研究所から脱走し、研究所を倒産に追い込み、居場所を無くしたこの私
を」
ライは奏臣の言ったことに何も返さない。
昔はこんな男じゃなかった。
私が街を破壊した事件から数ヶ月。
私は死刑判決を下されたが、その能力の特異性故に刑を執行できなかった。
そのため私は異能力を研究する研究所に収監されることになった。
世間には刑は執行されたと嘘をついて。
そこで私は迎者の監視下の元で研究材料にされていた。
だがその全てが私にとって古代のもの。結果はすべて私が知っていた。そして私の能力をそこの研究所で
測れないこともわかっていた。そのため能力の内数個しか表に出さずほかは隠蔽していた。どうせわから
ないだろうしな。
研究員が研究所に来る朝から体を駆り出されて研究。昼ごはんもいらないのでぶっ通しで夜まで研究。
ずっとその生活が続いていた。
その時の私はもう生きる気力を失っていてなにも考えず無気力に決められたレールを歩きながら生活をし
ていたことを覚えている。
しかしそんな生活を続けていた時、ある出来事が起きた。
その日は早く研究が終わって早い時間帯に自身の部屋に戻ることができた。普段なら深夜帯に終わるので
他の研究対象と出会うこともなかったのだ。
廊下の途中、隅でうずくまっているとある幼い少年がいた。
私は珍しく他の研究対象に会ったことを自覚し、無気力ながらにその少年に少しだけ興味が湧いた。
そして「…君…どうしたんだ?」と話しかける。
少年はそれに気づいてのっそりと振り返り、私と目があった。
その瞬間、少年の瞳の奥から破壊という概念がそのまま私に向かって飛んできた。
私はそれを受けて目を押さえる。
それを見た少年は慌てて目を軽く擦り、その後に顔がどんどん青ざめていった。
だが私の身体維持がすぐに発動し、異常を治す。
数十秒後には何事もなかったかのようにケロっとしていた。
この時私の能力は少し弱体化していて治すのに数十秒もかかってしまっていた。最盛期ならそもそもダ
メージすら受けなかっただろう。
少年はその様子を見て驚いたように目を見開いていた。
そして少年は何も言わないで慌ててその場から走り出していなくなった。
謝罪の1つもないのか。と思ったが実害はなかったから何も言わないでおこうと考え、その後また自身の
部屋に向かった。
部屋につくと、あの少年のことを思い出した。
なんで自分が少年に興味を持ったのか、あの能力は何なのか。それがわからなかった。
疑問を感じるとすぐに調べたくなるのが知者の性。
無断で研究所の極秘データベースに侵入し、少年のデータを探す。データベースへの侵入は簡単に行えた
がなぜか少年のデータが何処を探しても見つからない。
どうするか悩みながら見落としがないか探していると1つ気づいたことがあった。
このデータベースには私の情報もなかったのだ。
そこから1つ仮説を立てた。
もう一段階上に極秘どころではないデータにするのさえ危険な異人たちのデータがあるのではないかとい
う仮説だ。
そういえば私の実験もほとんど書き込みは紙を使っていた気がする。
そう考えた私は能力をフル活用して少年の資料を探すことにした。
幸いにも睡眠時間は必要ない。
その日から私は少年の資料を集めることに尽力した。
一日の研究が終わるとすぐに行動を開始する。自室には分身を待機させておき、見回りに応対させる。資
料の集め方は主に「物質変換」で自身の体を壁すら貫通できる粒子にし、どんな部屋でも侵入してそれら
しき資料がないか探す。
また幸いにして私の能力が弱体化していたため、粒子になっても「身体維持」」によって元に戻ることは
ない。
そんなことをして数ヶ月たった頃、全く研究者や研究対象には気づかれること無く資料を集め終わること
に成功した。
資料はすべて私の脳内に記憶させており証拠もない。気づかれることすらなかった。
そして肝心な情報はこうだ。
「NO,121。名『ライ』本名に拒絶反応があるためこの名を呼名とする。異人。能力はすべてを破壊する
能力。概要は直で触れたものを構わず破壊。直で見たものを構わず破壊(目を覆うものをつけることを義
務付ける)。危険度10。異人の中でもトップクラスで危険。心に重大な疾患を抱えている。概要は2へ」
「2。力が目覚めた瞬間話していた両親を殺害。助けを呼ぶため隣人を呼びに行き、隣人を殺害。その時
に出た物的被害も多数。異変に気づき駆けつけた警察もライの目を見て死亡。合計4人の死亡が確認され
た。その後、目を塞いだ状態で勾留されたが直に触れるだけで物が破壊されてしまうためさらに厳重に隔
離された」
私は資料をペラペラと頭の中でめくる。
「この能力は危険だと判断され死刑を言い渡されたが、刑執行直後にその場に居た執行官と立会人の命を
破壊したが刑は実行された。がしかし原因は不明だが一度は死んでしまったもののライは蘇った。最終的
に異人を取り扱うここに送られ研究の対象になっている」
そこまで読んで私はあのときの状況を思い出す。
廊下に目隠しを付けないまま座っていた。目を見てしまった私だが死なないことに恐怖するような表情。
慌ててその場から走り出すライ。
ひさしぶりに直で人を見たけどそいつが死ななかったから驚いたのか?と考えた。
ここまで読んだ限りではライと呼ばれる少年は実の親を殺し、関係ない人を巻き込んで死ぬこともできな
い異人。
普通なら脅威だ。
しかし普通なら。
その後、私はライの居場所をまた粒子になって探した。
探し始めて数日後、研究所地下の隔離部屋に入れられていることがわかった。
何かをするわけでもなくただ座ってぼーっと空間を見つめていたライがそこに居た。
恐らく心的疾患の影響で放心状態になっているのだろう。
私は早速その部屋に忍び込もうとした。しかし部屋にはいくつものカメラが設置されており中に入るとす
ぐ研究者にバレてしまう恐れがあった。
そこで私は自身の体をミクロレベルまで小さくすることにした。
これも能力の弱体化が幸いして、持続的に行えた。
私は見つけた次の日に計画を立てその次の日に実行した。
「…やぁ。私のことを覚えているかな?」
それが私が放った第一声だった。
その声を聞いてライはビクッとし目を機械で通して周りを見渡す。しかし小さすぎるのか全く気づいても
らえなかった。
「ダれ…?」
するとライがそんなことを言った。
私は面白そうなことを考えて「…私は君に憑いている精霊だ」と言った。我ながらおかしいと思った。ラ
イも首をかしげて何も言わない。
その日はそれで終わった。その後ライが話しかけてくることがなかったからだ。
しかし次の日もその次の日も毎日のように遊びに行った。
するとそのうちライが自分から話しかけてくるようになった。
その時は楽しかった。まるでまだ感情が豊かだった時代の自分を見ているようだった。キラキラした瞳で
自分の将来の夢や楽しかったことを話す。
それを私がうんうんと聞いて反応する。
そんな生活が数年続いた。
その頃にはもう私たちは親友のようになっていて話が耐えることがなかった。
しかしある時、私が話を聞いていると突然に自分がやりたいことを見つけてしまった。
それが2人の友情の崩壊の合図だった。
どうもsakuです
研究所時代の話が明かされました
ここで久しぶりの登場(名前だけ)の迎者さんです
一応結構偉い人だったんですよ?
設定では担当の研究対象がいる研究者は上位10番ぐらいしかいませんし、しかも奏臣ですからね
優秀な人じゃないとやっていけませんよ
面白ければ評価や感想をお待ちしています
それでは




